「責任ある積極財政」の本当の意味

第4章:高市政権の「積極財政」はr<gを強めるのか、壊すのか

前章で見たように、日本国債の信用を左右する核心は、長期金利rと名目GDP成長率gの関係にある。成長が金利を上回っている限り、借金は相対的に軽くなり、国債は回る。逆に、成長が鈍化し、金利の方が高くなれば、国債の力学は一変する。では、いま進められている高市政権の積極財政は、このr<gの関係を強化するのか、それとも破壊するのか。

まず明確にしておきたいのは、積極財政そのものが格付け上の「罪」ではないという点である。多くの議論では、積極財政か緊縮かという二項対立が前提になっているが、格付け会社や市場は、そのようなイデオロギーで国家を評価していない。彼らが問うのは、借金を増やすかどうかではなく、その結果として返済能力が高まるのか、あるいは弱まるのかという一点だ。

この視点に立てば、高市早苗政権が掲げる「責任ある積極財政」の意味は、従来の財政論争とは異なる角度から見えてくる。高市政権は、単年度のプライマリーバランス黒字を最優先する姿勢から距離を置き、成長投資を通じて経済全体の稼ぐ力を引き上げることを前面に打ち出している。これは、短期的な赤字を容認しつつ、将来の税収基盤を厚くすることでr<gを維持しようとする戦略だと解釈できる。

2025年10月24日、国会で所信表明演説を行う高市早苗首相
2025年10月24日、国会で所信表明演説を行う高市早苗首相(写真=内閣広報室/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons

「不採算事業」から撤退できるか

この発想自体は、格付け会社の思考と大きく矛盾しない。彼らもまた、短期の赤字や一時的な債務増加を、それだけで否定することはない。問題は、その支出が本当に成長につながるのか、そして成長が合理的に説明できるのか、という点に尽きる。ここで初めて、「積極財政」という言葉の中身が問われる。

積極財政がr<gを強化するのは、支出が将来の生産性を高め、民間投資を誘発し、結果として税収を増やす場合である。AIやデジタル基盤への投資、老朽化したインフラの高度化、人的資本への投資などは、その典型だ。これらは、短期的には財政負担を増やすが、中長期的には経済全体の稼ぐ力を底上げし、成長率を押し上げる可能性がある。この場合、債務は増えても、その重さは相対的に軽くなる。

しかし、同じ「積極財政」という言葉でも、別の姿に転ぶ可能性がある。支出が恒常的な補助金や給付に偏り、効果検証が行われず、政治的配慮によって継続される場合だ。この場合、借金は増えるが成長は起きない。rは金融環境の変化によって上昇する一方で、gは伸びず、やがてr>gの状態に近づいていく。ここに至ると、積極財政は成長戦略ではなく、信用を削る要因に変わる。