格付け会社は何を評価してきたのか

実際、S&Pグローバル・レーティングやムーディーズ・レーティングスといった主要な格付け会社は、日本を「国家」というよりも、むしろ「世界最大級の企業」として分析している。そこでは、税収は企業で言えば売上に相当し、国債は社債や借入金に相当する。プライマリーバランスは、利払い前の営業キャッシュフローの一部にすぎない。債務対GDP比は、企業で言えば売上規模に対する純有利子負債の比率であり、利払い費は金利負担そのものだ。

この視点に立つと、なぜPBが「絶対指標」ではないのかが、自然に理解できる。企業の信用を判断するとき、今期の営業キャッシュフローが黒字かどうかだけで結論を出す人はいない。たとえ一時的に赤字であっても、売上が伸び、将来のキャッシュフローが合理的に見通せる企業であれば、信用は維持される。逆に、今期は黒字でも、売上が縮小し、将来の稼ぐ力が見えない企業は、信用が低下する。国家におけるPBも、まったく同じ位置づけにある。

では、格付け会社は日本の何を評価してきたのか。彼らは長年、日本を「借金は多いが、資金繰りが極めて安定した巨大企業」と見てきた。自国通貨建てで国債を発行できること、国内に厚い金融市場と貯蓄基盤があること、政策運営が比較的予見可能であること。これらはすべて、企業で言えば「安定した資金調達力」と「ガバナンスの信頼性」に相当する。

日本の国旗
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「緊縮か積極か」の二択ではない

しかし、ここで見落としてはならないのは、この評価が常に「将来もそうである」という暗黙の前提の上に成り立っているという点だ。格付け会社は、日本が永遠に信用を保てるとは考えていない。彼らは、経済成長の見通し、税収の持続性、政策運営の一貫性が、今後も維持されるかどうかを注視している。その前提が揺らいだ瞬間、評価は変わりうる。

ここで重要なのは、格付け会社が「緊縮財政か積極財政か」という二択で日本を見ていないことである。彼らにとって重要なのは、どちらの政策であれ、その結果として返済能力が高まるのか、あるいは低下するのかという一点だ。成長投資によって将来の税収が増え、債務の相対的な重さが軽くなるのであれば、短期的な赤字は必ずしも問題にならない。逆に、財政規律を掲げていても、成長が失われ、税収基盤が弱体化すれば、信用は損なわれる。

このように見てくると、PBを守るか否かという議論が、なぜ格付け会社の視点と噛み合わなかったのかがはっきりする。PBは、信用分析の一要素ではあっても、中心ではない。中心にあるのは、国家という巨大企業が、将来も稼ぎ続け、借金を返し続けられるかどうかという問いなのである。

次章では、こうした格付け会社の視座をさらに一段進め、「では、その返済能力を左右する最大の要因は何か」という核心に踏み込む。なぜ彼らが金利の上下よりも、経済成長の鈍化を恐れるのか。その答えは、「rとg」という、一見単純だが極めて重要な関係式に集約されている。そこから、日本国債のリスクは初めて“見える形”になる。