リドル・ローズハートの部屋にて
「とりあえずまずはタルトの材料を買いに行かなくてはいけないね。」
オバブロ後、体調を崩し寝込んでしまったリドルくんの部屋にお見舞いにくる寮生(+α)の話。
捏造ましましでキャラの口調もあやふやです。私の中で他の人がリドルくんに対してこんな風なこと考えてくれてたら嬉しいなぁと思い書きました。リドルくんに苺タルトをたくさんあげたいです。貢ぎたいです。
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昔から、ルールは僕のすぐ側にあった。ルールを守るというのは僕にとっては息をするのと等しいことで、分単位で決められていく日々のスケジュールも、計算して作られた味の薄く量の少ない食事も、膨大な知識のつめこみも僕にとっては当たり前だった。
けれど、僕は日に日に心の中で欲を生んでいった。
街で見かけた宝石みたいな苺のタルトを食べてみたいと思ってしまった。
勉強中、窓の外から聞こえてくる楽しそうな声達に、いいなと思ってしまった。
そして、日に日に募っていった欲は、窓から現れた二人の男の子によって破裂してしまった。
トレイとチェーニャと名乗った男の子たちは僕の手をひいて外に連れ出してくれた。遊び方をろくに知らない僕に沢山の遊びを教えてくれた。本当に楽しかった。幸せだった。お母様にバレないよう自習時間の一時間しか遊ぶ時間はなかったけれど。その分、勉強を頑張らなければいけなかったけれど。それでも二人の側にいたかった。
苺のタルトを食べたことがない僕に驚いた二人は僕に苺のタルトを食べさせてくれた。初めて食べた苺のタルトは、今まで食べてきたどの食べ物よりも美味しくて、だから、時間を忘れてしまっていたのだ。もう一時間はすぎていて、家に帰ってお母様に怒られた。一緒に謝りにきてくれた二人もお母様に怒られていて、それがとても申し訳なく思ったし、悲しくなった。それから一時間の自習時間もなく僕はずっと部屋にいるようになった。二人にも会えない、孤独な日々。
僕がルールを破ってしまったから、トレイとチェーニャが怒られてしまった。
僕がルールを破ってしまったから、トレイとチェーニャと離れ離れになってしまった。
同じ過ちは二度としない。ルールを破ればまたなにか奪われてしまう。
ごめんなさいお母様、もうしないから。もう、絶対にルールを破ったりなんてしないから、だから
***
「…ん、」
リドルは目を覚ました。頭が痛く、ぼんやりと霧がかかっているようだ。体が重いし、暑い。今は何時だろう、いや、それよりここはどこだろう。きょろ、と視線を彷徨わせる。そこは自室であった。窓から差し込む光が朝であることを伝えてくる。もう朝か。学校へいく準備をしなくては。リドルはそう思い体を起こす。しかし起きれたのは一瞬で、ずきりと走った頭痛によりリドルは再びベッドに逆戻りしてしまった。なんだか酷くくらくらする。どうしたものかと思っているとふいに部屋の扉が開いた。
「…リドル?」
聴き慣れた声に少しだけ頭を動かして扉の方を見る。そこにはコップをもったトレイが立っていた。
「とれ…っ、げほっごほ!!」
名前を呼ぼうとしたが喉が酷く乾いていたせいかつっかえてしまいリドルは盛大に咳き込んでしまった。背中を丸めて咳き込み始めるリドルにトレイは慌てて駆け寄る。リドルを気遣うように体を起こさせると口元に水の入ったコップを近づけて傾けさせた。抵抗もせずに飲み込むと冷たい水が喉に流れ込んでくる。次第に喉の渇きも落ち着いていった。リドルが落ち着いたのを見ると、トレイは再びリドルを寝かせる。
「起きたんだな。調子はどうだ?」
「…頭が痛いし、体がだるい…」
「まぁ、二日も寝込んだままだったからな。」
「…二日…?」
リドルの不思議そうな声に覚えていないのか?とトレイは問いかけてくる。それに素直に頷くとトレイはコップをベットの側の棚に置いた。
「オーバーブロットをした後、保健室に行っただろう?」
「…ああ…」
オーバーブロットした後、トレイに諭され、エースと会話をした。その後、トレイに保健室に連れられた記憶は、ぼんやりとだがある。だが保健室に行った後の記憶がなかった。
「お前保健室につく直前で気を失ってな。保険の先生にも診てもらったんだが、オーバーブロット直後で魔力がすっからかんになっちまった影響だろう、って言われたんだ。オーバーブロット自体、例が少ないせいかどんな症状がまだでるかよくわかっていないし、それから高熱を出してずっと寝込んでたんだよ。」
トレイの説明にそうだったのか、とぼんやりと思う。頭が痛くてあまり思考が働かないのだ。そんなリドルに気づいたのかトレイは気遣うように頬を人撫でした。
「…大丈夫か?」
「頭が痛いんだ…でも眠くて…」
ゆらゆらと揺らめく視界でリドルはトレイを見つめる。するとトレイはリドルの頭を撫でながら口を開いた。
「『ドュードュル・スート』」
すると途端に頭の痛さが消え失せる。怠さは消えていないがこれなら眠れそうだ。トレイのユニーク魔法でリドルの頭痛を上書きしてくれたのだろう。
「俺のユニーク魔法、あまり持たないから、今のうちに寝ろ。お前は頑張りすぎだからな。少しは休んだ方がいい。」
優しい声に誘われるがまま、リドルは目を閉じる。昔熱を出した時母はなにをしてくれただろうか。熱をだすと、母はとち狂ったように医者に怒鳴りつけていた。幼いリドルはそれが酷く恐ろしくてそれから熱なんて出さないように頑張ってきた。
…そうだ。頑張って、きたのだ。母の期待に応えるために、一生懸命。トレイやエース、皆んながリドルのやり方は間違っていたと言った。今ではリドルもそれを飲み込んではいるが、あの時のリドルは今までの自分の努力が全て否定されたような気がして悲しかったのだ。でも、それは違う。
(ねぇトレイ…。僕はちゃんと頑張ってたんだよね。君が言うのだから、きっとそうなんだ。)
今までずっと側にいてくれたトレイ。彼が言うのだからそれはきっと本心だ。だからきっと、少しぐらい休んでもいいのだ。だってリドルは頑張ったのだから。
「おやすみ、リドル。どうかいい夢を。」
優しい声を聞いた最後に、リドルの意識は夢へと落ちていった。
***
初めてそいつと会った時は子供の頃だった。チェーニャと遊んでいる時大きな家の窓から彼を見つけた。白い肌に存在を主張する真っ赤な髪。見かける姿はいつもペンを握って下を向いている姿。気になったトレイとチェーニャは思い切ってその家に忍び込み彼のいる部屋の窓をノックした。いつも無表情の彼だったがトレイとチェーニャに気がつくととても驚いたように目を丸めていた。いつも人形みたいに思っていたのでトレイはその顔がちょっと面白かったのを今でも覚えている。名前を名乗ると彼も名乗り返してくれた。人形のようだと思っていた男の子の名前はリドル。リドルは遊び方をなにも知らなくてそれに驚いたトレイとチェーニャはリドルに沢山の遊び方を教えた。トレイには下に弟妹がいるからリドルのことを弟だと思っていたのだ。リドルは苺のタルトを食べたことがないらしい。ケーキ屋の家の息子であるトレイにとってそれは信じられないことだった。だから、食べさせてあげようと思った。苺のタルトを差し出すとリドルは目をキラキラと輝かせ、恐る恐るといった様子でフォークをさした。少し震える手でタルトの切れ端を口に含む。何故だかトレイも緊張していた。口に含んだ瞬間ぱあっ、とリドルの顔が笑顔になる。花が綻んだような笑みは見ているこっちも嬉しかった。だがリドルはいつも一時間しか遊んでくれなかった。仕方ないことだとトレイもわかっていたけれど。リドルが苺のタルトを食べ終わる頃には少しだけ一時間をオーバーしてしまっていた。それから、トレイとチェーニャ、リドルは離れ離れになってしまった。
すぅ、と寝息が聞こえることにトレイは安堵のため息をつく。ベッドには幼い頃よりも大きくなった、けれど小柄なリドルが眠っていた。髪と同じくらい赤い頬は見ていて痛々しい。
『僕はいっぱい我慢したのにっ…!』
オーバーブロットする時リドルは怒り狂っていた。エースとデュースが刺激したせいだろうが、恐らくそこにトレイも原因として含まれている。幼い頃、彼を連れ出していたこと、彼に苺のタルトを食べさせたことがバレてトレイとチェーニャはリドルの母に怒られた。けれどその怒りの矛先はやがてリドルに向けられ、リドルの手を乱暴に掴んだリドルの母親は屋敷へ戻っていった。それからというものトレイはリドルに会っていなかった。チェーニャは度々忍び込んでは様子を見に行っていたようだがトレイはリドルが怒られたのは自分のせいだと思ってしまっていて行くことが出来なかった。
ナイトレイブンカレッジで新入生が来た時、赤い髪の彼を見つけてやはりきたな、とトレイは思った。もしかしたらもう自分のことなど忘れてしまっているのかもしれないが。しかしそんな考えは杞憂で終わり、リドルはトレイのところへ真っ直ぐと歩いてきた。そして久しぶり、とトレイに言ったのだ。また会えた、良かった。とリドルは幼い頃初めてタルトを食べた時のような笑顔でトレイに言った。
リドルは成績優良者で新入生代表に選ばれていた。そのことに驚いたり、悪くいう奴もいたけれどトレイは別に驚いたりしなかった。その裏にある努力をトレイは知っていたから。そして彼はトレイと同じ寮に入り、僅か一週間で寮長の座についた。彼は昔の彼とは少し違っていた。刺がついた。鋭くなった。まるで、研ぎ澄まされたナイフのような。ルールに沿うのが大切なのだとルール違反を徹底的に弾圧するようになった。その原因がなんなのかくらいトレイには容易にわかる。だからトレイはせめて自分だけでもリドルの味方でいようと思った。けれど、それは、
(…それは、間違ってたんだよな。)
眠っているリドルの顔を見ながらトレイは思う。リドルがあんな捻くれ者になったのはなにも言ってやれなかったトレイのせいだとエースは言った。言われて、なにも言い返せなかった。トレイは怖かったのだ。だから、なにもリドルに言えなかった。それが間違ってると知っていたのに、それで、リドルの苦しみがなくなるわけじゃないとわかっていたのに。だから、自身のユニーク魔法でリドルのユニーク魔法を打ち消した。それ以上いけば彼はもう後戻りできなくなってしまうと思ったから。その時のリドルの顔をトレイは多分一生忘れられないだろう。困惑と絶望。今まで側で信じてきたトレイがいきなり間違ってると言ってきたのだ。リドルの頭はそれはそれはパニックになったことだろう。そしてそのパニックが怒りへ変換されオーバーブロットする決定打になってしまった。
心の中でずっと苦しんでるリドルを知りながら、嫌われるのが怖くてなにも出来なかったトレイ。けれど、これからは違う。これからは、本当の友達になれるように。まぁ、彼を甘やかしてしまうのは、昔からの癖というかなんというかなのでこれからも甘やかしてはしまうと思うが。
「これからは、俺もちゃんと言うよ。子供の時みたいに。」
幼い頃、遊び方を知らない彼に遊び方を教えたように。
***
「失礼しま〜すっ、」
明るく、けれど寝ているかもしれない彼を起こさないよう小声でケイトはリドルの部屋を訪れた。ベッドに横たわる彼は未だに顔が赤く苦しそうだ。流石にこんなところでマジカメ映え〜!写メ写メ!というほどケイトは腐った人間ではない。熱はどうだろうか。一回起きたとトレイから聞いたがまたすぐ寝てしまったらしい。それはそうだろう。オーバーブロットして、リドルの魔力はほぼすっからかんだ。魔法の威力が著しく上がった代償に、体への負担も多くなる。
ケイトは人付き合いが上手い方だと自負している。初めて会った人とも普通に話せるし友人も自分の寮にも他の寮にも先輩後輩同い年関係なく沢山いる。だから初めて会った時リドルのことを馬鹿だなと思っていた。凛としていて隙がないといえば聞こえはいいがまるで鋭い刃物のように来るもの全てに刃を向ける彼はどう考えても人付き合いがいいとはいえなかっただろう。
ケイトはリドルのことをよく知らない。二年は一緒にいるけれど、それでもなお彼のことをよく知るのは難しかった。一週間でその時の寮長を倒し寮長に成り上がった一年生。話を聞いた時は逆らわないようにしないとな、とケイトは思っていた。友人であるトレイと幼馴染らしいがそれはケイトには関係なかった。問題はどう問題を起こさず過ごせるか。まぁ、一年ながらに三年生に勝った彼のことを、すごいと思わなかったわけではなかったけれど。
今回のことは、きっとケイトを含めたハーツラビュルの寮生全員が引き起こしたことだ。ハートの女王の行き過ぎた行動に、誰も異を唱えず従ってしまったように。彼もまた行き過ぎたところまで行ってしまっていた。彼もきっと心のどこかでこれは違うと気付いていたのではないか。リドルは賢い子だったから。倒れた彼を見てケイトは初めて彼が自分より年下の、後輩であることに気がついた。いつのまにか恐れてしまっていた彼の体は自分よりも小さく、そして弱々しかった。
「…今までごめんね。リドルくん」
苦しそうに眉を寄せて眠る彼にケイトは呟く。ならせめて、これからは彼をきちんと支えようと思った。彼が孤独になってしまわないように。今度こそ、彼の言いなりになるだけではなく、きちんと彼と向き合えるように。そしたら、
いつか彼とも、友人になれるだろうか。
***
「失礼します!…あ、」
先輩の、それも寮長の部屋に入るのだから、と元気よく挨拶したデュースは眠っているリドルを見て慌てて自分の口を抑えた。慎重に慎重にベッドに近づいてみる。よかった。自分の声で起こしたりはしていないようだった。ほ、と息をはく。
リドルはデュースにとっての憧れそのものだった。人にも自分にも厳しく、そして人を従えることができる実力とカリスマ。テストで毎回学年一位などデュースには絶対にとれそうにない。まぁ、度が過ぎたルールを守ろうとするのはよくないと流石に思ったが。
「…う、」
眠っている彼を見ているとふいに彼の眉が苦しそうに寄った。デュースが慌てているとリドルは小さく口を開く。
「ごめ、なさ…」
「…?」
よく聞こえなくてデュースはリドルの口元に耳を近づけた。
「…ごめんなさい、お母様…」
その声が聞こえた瞬間デュースは顔を上げる。トレイから、リドルの幼少の頃の話は聞かされていた。母親によって分単位で決められた毎日のスケジュール。初めて聞いた時はゾッとしてしまった。
デュースにとって母親とはいつも優しくそばにいてくれる存在だ。デュースが一時期荒れて、問題を、起こし続け、周りから疎まれるようになっても母だけはデュースのことを見捨てようとしなかった。自分のせいで泣いている母を見て真面目になろうとデュースは決めた。今まで育ててくれた母のためにもと。そして馬車の迎えが来た時母は泣いて喜んでくれた。入学する前日にはご馳走を振る舞ってくれた。おかずのどれもがデュースの好物で、最後に出してくれた手作りのケーキはとても美味しかった。そして家を出る前にデュースの体を抱きしめて「貴方らしく頑張りなさい。無茶はしちゃ駄目よ」といって優しく送り出してくれた。そんな母が大好きだったからこそリドルの幼少の頃の話はデュースにとって雲の上のような話であった。
母親が全て決める。子供は、母親のアクセサリーでもなんでもないはずだというのに。信じられなくて、ムカついた。エースは止めなかったトレイに腹が立っていたようだったがデュースはそれよりも会ったこともないリドルの母への怒りが湧いてきていた。
子供を縛り付けていいと思うなよ。子供は親の所有物なんかじゃない。いつも優しかった母を、側にいてくれた母を、抱きしめてくれた時の温もりを、それらを知っているデュースだからこそムカついて仕方がなかった。
リドルの母にも愛はあったのかもしれない。けれどその愛はきっと純粋ではなかった。自分の理想に育て上げたいというドロドロとした愛だったのだろう。
(…おい、ローズハート寮長の母親よ。残念だったな)
聞こえるはずがないと分かっていてもデュースは心の中でリドルの母に語りかけそしてほくそ笑んだ。
リドルはこれからきっと変わる。母の呪縛は色濃く痕を付け残ってしまっているだろうが、ここにはトレイやケイトのほかにも頼もしい先輩たちがいる。他の皆もいる。少しずつでいい。時間はまだあるのだから。少しずつ、彼にかけられた呪いを解いていきたい。そしたら、
彼はきっと母の呪縛から解き放たれるから。
***
「ちわーっす」
相手が寝ていると分かっているので適当に挨拶をしつつエースはリドルの部屋を訪れた。なんでも皆訪れているらしい。男の寝顔なんか見てなにが楽しいんだか。そう思いつつもなんだかんだで訪れるエースも、眠っている彼のことが気になっているのだ。ベッドの側による。近くに椅子があったので引っ張って使わせて貰った。それからじっと眠っているリドルを見る。頬はまだ赤いが少しずつ顔色は良くなっているのだろう。怒って泣いて疲れて眠ってしまうなんて、本当に赤ちゃんみたいだ。
エースはリドルが気に食わなかった。だってそうだろう。たったタルトを一切れ食べたぐらいで首を飛ばしてくるような奴だ。恐ろしいし腹が立つ。器小せぇなっとエースは常々思っていた。
トレイから幼少の頃の話を聞いた時たしかに驚いたし、かわいそうだなとも思った。エースがもしその立場だったらきっと耐えられなかっただろう。だがしかし、それはそれ、これはこれである。リドルが送ってきた生活は確かに悲惨だ。けれどその母と同じことをしていいかとなるとNOである。ママ、ママって赤ちゃんかこの野郎。少しは自分で考えろ。ムカついてつい殴ってしまったがエースはこれっぽっちも反省していない。そもそも悪いとすら思っていない。ムカついたから殴った。ただそれだけだ。
けれどこう眠っている彼をみるとなんだか少しモヤモヤする。泣きじゃくった彼はなんだか酷く弱々しく幼く見えた。流石にエースも幼い子供を殴ってスッキリするような性格はしていない。まぁ彼は幼い子供どころか自分より一つ上の先輩なのだが。そう、先輩なのだ。エースより小柄で細くても、彼は先輩で自分は後輩。わかっているものの、なんだかリドルが子供に見えてしまうのは何故だろう。もしかして、トレイがリドルを甘やかしてしまう原因ってこれか?と思いエースは頭を抱えた。
「…やだ、」
ふいに聞こえてきた声にエースは頭を抱えるのをやめリドルを見る。
「やだ、ごめんなさい、もうしません…だから、取らないで…」
やけにはっきりと聞こえた寝言にエースはぽかんとした。一体なんの夢を見ているのだろうか。もしかして、母の夢とか?流石にいきなり母の呪縛が解けることはないだろう。なんせ生まれてからずっとだ。そんなもの軽い洗脳である。
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
そういって体を丸める彼とオーバーブロット後泣きじゃくった彼が重なった。
「…大丈夫っすよ。寮長」
エースが口を開く。
「もしまたなにか間違えても、また俺が殴って止めてやりますから」
甘やかしなんてするものか。生憎、リドルのことが気に食わないのは変わらないのだ。トレイのように甘やかしてなんて絶対にやらない。ムカついたら我慢せずどんどん噛みつくのがエースである。女王のいうことに逆らわずずっと従ってきたトランプ兵なんかには絶対ならない。そんなのエースらしくない。だから、
止めてやるから、早くまた元気になってほしい。
***
ぱちり、と目が覚めた時リドルはまた天井を見上げた。頭の痛さも怠さすっかりなくなっている。試しに起き上がろうとすると難なく起き上がることができた。
…なんだか、良い夢を見ていたような、気がする
どんな夢かは思い出せないが気分はすっきりとしていた。
どれくらい眠ってしまっていただろう。なんだか晴れやかな気持ちだ。心なしか体が軽い。伸びを一つするとリドルは窓に目を向けた。
幼い頃、あそこからリドルの世界に彩りを持ってきてくれた男の子二人。もうリドルの家の自室の窓は使えなくなってしまったけれど。リドルは窓を見るたびにあの日のことを思い出す。
「目が覚めたんだにゃあ。調子はどうだ〜ね?」
「わっ、」
急に聞こえてきた声にリドルは思わず目を丸める。
「びっくりした…なんだチェーニャか…」
リドルが名前を呼ぶとさっきまでなにもなかった筈の空間にチェーニャが出てくる。毎回思うが相変わらず神出鬼没だな。
「顔色は良くなっただね」
「うん。もうすっかり元気だよ」
「それはなによりだにゃあ」
ニシシ、とチェーニャは笑う。因みにチェーニャはこの学校の生徒ではない。この学校のライバル校、ロイヤルソードアカデミーの生徒だ。ロイヤルソードアカデミーの生徒はよく目の敵にされているので忍び込んだことがバレたら追いかけ回されると思うのだが彼はそんなこと気にせずよく遊びに来ている。昔もそうだった。母に怒られ自習時間がなくなり遊べなくなってもチェーニャはどこからか忍び込んではリドルに会いにきてくれていた。
「おめでとう、リドル。よく頑張ったにゃあ」
チェーニャが笑みを浮かべつつリドルに言う。それにリドルも笑顔で返した。
「…うん。ありがとう、チェーニャ。」
元気になったから、エースと約束したタルトを作らなくちゃ。そういえばトレイが昔、美味しいタルトのコツは隠し味にオイスターソースを入れることだと言っていた。そんなことを思い出し、必要な材料を頭の中で思い浮かべる。なんだか今日はとってもいい日になるような気がした。