「リドル先輩ってお兄ちゃんみたいですよね!!」
その瞬間──大食堂はピシリッという音と共に氷河期の如く気温が下がってしまったような感覚がしたと、その場に居た人のちに語った。
その声の主、オンボロ寮監督生でナイトレイブンカレッジ唯一の女であるユウはそんな周囲の変化に気付かないものの、微妙な空気を察知し首を傾げる。リドル先輩──リドル・ローズハートが魔力を暴走させてしまった事件から早数ヶ月、それからというものリドル・ローズハートは魔法を使えないユウに対して先輩として寮長として何かと気にかけていたのは寮生どころか学園の教員までもが周知の上の情報だった。
……そんな彼はいつものように幼馴染のトレイ・クローバーと同寮生であるケイト・ダイヤモンドと一緒に昼休みに大食堂へと訪れると後輩の寮生と一緒に弁当を食べていた彼女を見かけたのだ。突然の3人の登場にクラスメイトのエース・トラッポラとデュース・スペードは固まってしまうも、ユウは右手をひらひらとさせ微笑む。
魔力を暴走させた以前のリドル・ローズハートであればそんな挨拶の仕方などご法度で、幼い頃から言葉遣い、友人との関わり方や勉強のやり方まで細かく決まっていた彼はルールは勿論のことマナーまでもが厳しい。本人にとってはその決められた"教育"が少なくとも普通のことで、多少は緩くなった部分もあるが基本的に制服もピシッと着て寮長としての姿勢は上に立つ者の鑑だ。
「やぁ、今日も元気そうだね。」
「こんちには!リドル先輩にトレイ先輩とケイト先輩。今から食事なら目の前の席が空いてますよ!」
「ばっ…おまっ!」
「ユウ……」
嬉しそうに席を譲るユウとは対象的にバツが悪そうな表情をさせた後輩2人にリドル・ローズハートは眉間に皺を寄せた。
「エース。まさか今ユウに向かって"馬鹿、お前"と言おうとしたのでは無いだろうね。女の子にそんな物言いはボクが許さないよ、それともなんだい?ハーツラビュル寮の女王であるこのボクが居てはゆっくり食事でも出来ないとでも言いたいのかな。」
「い、いや…そんなんじゃないっすって!」
「まぁまぁ、リドルくんそんなに皺寄せちゃってたらユウちゃんにまで嫌われちゃうよ〜?」
「そうだぞ、リドル。それに折角の食事なんだから楽しく過ごそう。」
「…仕方ないね。トランプ兵2人に言われてしまってはボクが引き下がるしか無さそうだ。」
リドル・ローズハートはユウの近くへと座ると、彼女の薄紅色の唇の縁に付いたケチャップに気付く。スッ…とポケットからハンカチを取り出せば彼女に近付きケチャップを拭った。きょとんとしたユウは次の瞬間微笑みながら爆弾発言をする。
「リドル先輩ってお兄ちゃんみたいですよね!!」
そう、冒頭のセリフである。
それを言った本人以外は大混乱だった。エース・トラッポラとデュース・スペードは顔を真っ青にさせトレイ・クローバーとケイト・ダイヤモンドは苦笑いを隠しつつリドル・ローズハートを見た。当然、言われた本人は何とも言えない引き攣った表情でユウを見る。
「ねぇ、ユウ?」
「はい!何でしょうか??」
「その兄というものは…?」
「さっき、ケチャップを拭ってくれたじゃないですか!いつも勉強教えてくれるしこうやって見かけたら話しかけてくれるしまるで面倒みの良いお兄ちゃんだなって!……あの、わたし変なこと言いました?」
「それならトレイの方が適役だろう。」
「うーん、トレイ先輩も優しいですけどリドル先輩とはちよっと違うような…リドル先輩はほら、自分の時間を割いてまでしてくれるけどトレイ先輩はちよっと違うので。」
「……トレイ?」
「いやぁ…俺だって後輩の面倒は見てるぞ?」
疑わしい目でトレイ・クローバーを見るリドル・ローズハートだったが、ユウへと視線を戻すと彼にしては珍しく、落ち込んでいた。
プレゼントや甘い言葉は贈ったことは無い。
けれど、自分の寮生以上に気にかけているというのに彼女は何も気付いてくれないとは鈍感さにも困ってしまうけれど……これは中々に手が折れてしまうね。
……どの試験よりも難しいようだ。
お兄ちゃん…か。頼って貰えるのは嬉しくない訳では無いけれど、そうか、お兄ちゃんか。いや、彼女はまだボクの気持ちに気付いていないからそう言えるのだろう。もし、ボクがそれ以上の気持ちを、彼女に懸想していると知ればどう反応するのだろうか。
「あの…リドル先輩?もしかしてお兄ちゃんみたいって言ったの嫌でした?」
恐る恐る見てくる彼女。
あぁ…そんな表情をさせたい訳じゃないんだよ。
「いや、考え事をしていただけだから大丈夫だよ。さぁ、冷めない内に食べてしまおうか。」
ボクはそっと心に蓋をした。
「ボクはユウに兄と呼ばれたんです……このモヤモヤした感情、貴方には理解出来ないでしょうけど。はぁ、どうして…兄なのでしょう。」
「流石に溜息はやめなさいよ、みっともない。何よアンタらしくないじゃない。いつもの女王様の態度で口説き落とせば良い話じゃない。言っておくけど、口説くセリフは自分で考えるのよ。」
「それは理解してしますがっ!!あのユウにどう言えばこの想いが伝わるか。彼女の鈍感さはとてもですが…それなりに大変なんです。」
「知ってるわよ。」
それに、鈍感なのは貴方もでしょうが。
ヴィル・シェーンハイト……ポムフィオーレ寮の寮長は緊急の相談があるとリドル・ローズハートに言われ予定をズラしてまで時間を作ったが、案の定の相談内容に呆れ果てていた。寮長同士とはいえ、後輩に変わりは無い為一応相談には乗るが。
新しい茶葉を入れ替え、紅茶を淹れる。
「簡単よ。あの子みたいなタイプは部屋に呼んで紅茶飲んでそれとなく良い雰囲気になったら押し倒せばいいのよ。」
「押しっ…!?あの、真面目に聞いて頂きたい!」
「あら、小さい子同士の恋愛をする年齢でも無いでしょうに。それに此処は男子校…アタシの言いたいこと、分かるわよね?」
「……勿論ですっ!」
「なら簡単じゃない、そうやって悩んでる間に他の男に取られるか、何がなんでも自分の手にする…簡単でしょう?」
「……努力します。」
**********
努力……か。
このボクが今まで生きてきた中で1番頑張ってきたことだ。ルールを破ったことで母親にペナルティを受けた。それが普通だと思っていた。でも、それが"普通"でないことにあの子たちが気付かせてくれた。努力をすれば、必ず結果が出る…確かに学年主席と寮長というように結果は出ている。それでも、この恋というものに関してはそんな勉強とは違って難しい問題だ。
リドル・ローズハートは頭で考えながらハーツラビュル寮の自室へと戻っていく。その道先で、争う声が聞こえた。この学園ではちょっとした事件は日常茶飯事でそれを監視するのも寮長の仕事の内である。これ以上、ボクを悩ませないでくれと願いながらその声がした場所へと向かう。そして目撃してしまったのだ。
周囲には誰もいない。ユウは珍しく怒った表情をしており、その背後には壁。目の前には腕章が見えない為確信は持てないがきっと、上級生なのだろう。彼女を見下ろし身体を震わせながら笑っていた。
暫く様子を見る為、建物の陰へと隠れる。
「さっきの発言、取り消して頂けませんか?」
「えっとぉ、何だっけな?知らねぇなぁ〜?空耳じゃねぇの?」
「わたしの友だちを侮辱した言葉ですよ。」
「侮辱ぅ〜?あのなぁ、俺は事実を言ったまでだぞ。それに監督生…お前が身体でケーキ代とか払ってんだろ?俺、知ってんだぜ?どうせなら俺にしとけよ。日常生活の補助くらいやってやっっても良いぜ??」
先輩が掴もうとした手を彼女はいつものふんわりとした雰囲気をかき消し、素早い動きで払った。
「無知程、恥ずかしいものはありませんよ。知らないのなら教えてあげます。ハーツラビュル寮の紅茶やケーキ代はまず年間予算内で収めていますし、それにトレイ先輩が使っている材料は実家のケーキ屋から格安で仕入れた物が大抵であとはイベントで稼いだお金を使用しています。」
「はぁ…?何でお前がそんな事知ってんだよ!」
「それと、トレイ先輩は今までわたしにケーキ代を請求したことは1度もありませんよ。わたしの知ってる先輩方、お金持ちが多いんでそんな事態々口にされないんです。これも教養の差なんでしょうね?」
「調子乗んなよブス!!」
あぁ…ユウが絡まれているだけなのか。どうしてこうも絡まれやすいんだろうかと頭痛がボクを襲う。出たくても何となく話を、彼女の本音を聞きたくて足はまだ動かない。
「わたしの顔面がブスなら先輩は性格ブスってやつですね。それと、ケーキを作るのって大変なんですよ。レシピを考案して材料を調達して測って作ってまた考案して今までより美味しいレシピを考案する…ハーツラビュル寮のケーキやお菓子ってその辺のケーキ屋より美味しいんですよ。まぁ、1度も口にしたことない貴方には理解できないでしょうね。」
「は?は?は?何なんだよ!お前女の癖に生意気なんだよ!女は男の下で善がってればいいんだ!」
「それなら動物の方がマシですね。残念です、貴方が動物じゃなくて。」
「ぷはっ……!」
彼女の冗談とも本気とも捉えきれない言葉に思わず吹き出すと、バッと2人が振り返った。寮生はイグニハイド寮…顔は覚えた。ボクを見た途端、走り去ったその人は後から対処するとしてまさか聞かれていたとは思っていないユウは少し狼狽えている。
「えっと…どこから聞いてましたか?」
「うん?」
「わたしの言葉…です。」
先程の威勢とは違って、もじもじ…と小動物が震えている様な彼女が可愛らしい。「どこからだろうね。」と揶揄うと眉毛を下げた。
「言わないで下さい…。」
「何をだい?」
「わたしが、性格ブスとか動物以下とか言ったの。」
「動物以下とは言ってなかっただろう。それに、キミは事実をあの生徒に述べただけだろう。ボクとしては魔法が使えないキミがあんなに煽っていたことに驚いたけれどね。」
「わたしでも、喧嘩くらいします。」
「そうだとしてもだねぇ……。」
違う。
こんな事を言いたいんじゃない。
「キミは女の子だから色々危ないんだよ。」
「ほら、またお兄ちゃんみたいなこと言う…。」
「お兄ちゃん……だって?」
ボクの中の何かが弾ける音がする。
「過保護が過ぎますよ。先輩、わたしはいつまでも先輩たちに守られてぬくぬく育つ女の子にはなれません。いつかは、先輩たちは卒業してわたしは元の世界に戻るかもしれないんです。ずっと一緒では無いんですよ。」
「あぁ、勿論──ボクもいつまでも優しい先輩でいることは出来ないね。」
トンッ…と彼女の顔の横の位置の壁に腕を伸ばせば、ユウは驚いた表情をボクにみせた。今日は様々な表情が見れた、とてつもなくラッキーだね。
「それはどういう…?」
彼女が逃げられるように隙を作っても良いけれど、もう優しい先輩を演じるのはやめた。微かに揺れる髪に唇を寄せ、囁くようにするとピクッと動く。
「ボクだって17の健全な男だってことさ。」
「えっと、リドル先輩…熱でも?」
「熱なんて無いよ。このボクの話をはぐらかすなんていい度胸がおありのようだね。」
「女の子を口説きたいなら…ひっ!?」
態とらしく、彼女にわかるように足の間に膝を割入ればもう逃げられなくなった彼女の心は限界なのだろう。唇を震わせ狩られる寸前の獲物のようにボクを見ていた。
「うん?たった今、口説いてるけど。」
「そうじゃなくて…」
「それとも、ユウはこんな口説き方はお嫌いかな?でも、悪いけれどボクもお兄ちゃん呼ばわりされて黙ってる程優しく出来ないんだ。本来であれば朝摘みした薔薇と一緒にプレゼントでも渡せば良かったのだろうけれど、今は出来ないから。」
「あ、告白の準備ですか…あの。こういうのは良くないと思いますよ?わたしじゃなかったら勘違いしそうですから。」
まだこの子は分かってくれない。そう思った瞬間、ヴィル先輩の言葉が響く。
『何がなんでも自分の手にする』
そうか、簡単じゃないか…どうして今まで気付かなかったのだろうか。悩むなんてボクらしくない、ボクはボクの方法で好きな子を落とす。
「ボクはね、トレイやケイトのように真面目で優しい兄にはなれないんだよ。」
「えっと…リドル先輩?」
彼女の耳から首筋に掛けて指を滑らすと、彼女が更に小さくなった気がした。だめだよ、もう──絶対に逃がしてあげない。
指を再び頬へと近付け、優しく撫でながら耳へキスをするとその耳が一瞬で赤く染る。あぁ、このボクを異性だと認識している。可愛いねぇ…本当に可愛い子だよキミは。
「部屋においで、キミを可愛がってあげる。」
あ、続きがあればいいなって?|д゚)チラッ