ベタベタに甘えてくるミサキ概念
前作の反歌。
前回が暗すぎたから緩衝材です。
頭空っぽにして読んでください。
クソボケ先生はやっぱりいいですね。
こう、ね。「曇らせたい」と「幸せにしたい」が私には共存しているんだ。わかって(切実)
ちなみに、ミサキは最高の寝具です(断言)
追記:2024/7/22の[小説]男性に人気ランキング75位に入賞していたらしいです。
感謝しかねぇよ! ありがとう、ミサキ! 皆!
ミサキ人気もっと伸びろ~!
追記:2024/7/23の[小説]男性に人気ランキング32位、並びに2024/7/17~23の[小説]ルーキーランキング50位に入賞していたらしいです。
もう私が言うことはない。ミサキ愛されてるね。
- 320
- 398
- 6,417
目を覚ますと、腕に重みを感じた。……重いというか、なんか柔らかい。
“ん~……あったかいぃ……”
抱き枕感覚でそれを抱き寄せると、仄かに爽やかな香りが漂う。さらに、首元にはサラサラとこそばゆい感触。
しばらくそれを堪能して、寝返りをうつ。
すぐに腕を引かれて、元の向きに戻る。
“こっちの向きがいいんだね……わかったわかった~……”
どこか嬉しそうに、胸に頭を擦りつけられる。それが愛おしくて抱きしめると、ぎゅ~っと抱きしめ返される。
一段と香りが濃くなる。子猫を抱えているときのような、ぽかぽかした気持ちに思わず口角が上がる。
──ずっとこうしていたい欲求はあるけど、そろそろ朝ごはんを食べないといけない。
意を決して起き上がると、するりと温かみが去る。
「……先生、もう行っちゃうの?」
“うぅ……もっと眠っていたいけど、起きないと……!”
「……あと5分だけ。……ほら、こっち来て」
“5分……そうだよね、5分くらいなら──”
寝惚け眼を擦り擦り、再びベッドに沈む。
満足そうなミサキの背に手を回して、また目を閉じる。
“…………うん?”
目を開く。
──ミサキだ。ミサキがいる。
「……なに? そんな間の抜けた顔して……」
“……あの……ミサキさん?”
「さんはいらない。距離感じるから、やめて」
“あ、ハイ。……じゃなくて、ミサキ”
「……はぁ。なに?」
“何でいるの??”
「……ごめん。寝心地悪かった……?」
“いや、すっごい気持ちよかった。もっと寝たい。……けどね?”
だって、起きたら生徒が隣にいて、抱き枕に擬態してるんだもん。そんなの困惑するに決まってるでしょ。
“……というか、どうやって入ったの?”
「……はぁ。先生、忘れたの? 私が当番のときは、前夜から前乗りして、一日一緒に過ごすって約束したよね??」
“……まじ?”
「……先生が、“私は目の届くところにいないと不安”って言ってたから」
──あれ、そういう意味じゃなかったの?
そう、不満げに頬を膨らませるミサキ。……なにこの生物、かわいい。
「……とにかく、今日はずっと一緒だから。……離れたらリスカするからね」
“ずっと見守らせていただきます”
何だその脅し文句。私にしか効かない癖にクリティカルなのやめてほしいんですけど。
「……もういい。眠気覚めたし、お腹空いた」
“……とりあえず、朝ごはんにしよっか”
「……うん」
ベッドから離れるのに体力を使い切ったらしいミサキの手を引いて、二人で顔を洗った。
“……ミサキ、寝癖すごいね”
芸術的に跳ねた髪を指摘すると、ミサキは悪戯っぽく笑った。
「……じゃあ、先生がなおして」
“えっ”
私に背を預けて、上目遣いでそう告げられる。
手を伸ばせばミサキを抱え込める体勢で、女の子特有の柔らかい感触と優しい匂いに変にドギマギしながら丁寧に髪を整えた。
“……ミサキの髪、サラサラしてる”
「……ありがとう」
──こうしてると、先生に撫でてもらってるみたいで落ち着く……
そう呟くミサキの声が妙に艶っぽくて、私の方は終止落ち着かなかった。
“私、簡単なものしかつくれないけど……”
「……それでも、先生がつくった朝ごはんがいい」
“う、うん。そう言ってもらえるのは素直に嬉しいよ”
「……そしてそれを、私に食べさせて」
“ミサキぃ……!”
おかしい。
ミサキって、こんなに私との距離感バグってたっけ??
料理の合間に食卓でうずうずしているミサキをちらりと見て、遠い目でそんなことを考えた。
“お、お待たせ……聞いてなかったけど、ミサキって苦手な食べ物とかあった?”
「……好き嫌いしてたら生きていけないし」
微かに寂しげな目をしたミサキにハッとする。嫌なことを、思い出させてしまっただろうか。
“……ごめん、ミサキ”
「? ……何で先生が謝るの」
“いや……嫌なこと、思い出させちゃったかなって”
「……はぁ。そんなこと、気にしなくていい」
“……み、ミサキ……!”
「……先生のつくった料理なら、全部好きだから」
“ミサキ……っ!!”
「……だから、早く食べさせて。冷めたらどうするの」
“あ、ハイ。……そうだね”
謎の寸劇モドキで感動しかけていた私を、急に冷めた目で見つめるミサキ。……いやまぁ、確かに冷めるのはよくないけども。
“とりあえず、ベーコンとスクランブルエッグ、それとサラダを用意したんだけど……”
「……うん」
──いいから早く食わせろ。
ミサキの目が、何より雄弁に物語っていた。
“えっと……ミサキ? はい、あ~ん……”
「んっ……うん、美味しい」
“そっか、よかった”
「……ただ、それはそれとして」
“な、なに?”
「子ども扱いしないで」
“えぇぇ……?”
なにそれ、どうしろと。
「……何してるの。早く食べさせて」
“い、いや……無言の方がいい?”
「……あ~んって言うの、やめたら怒るから」
“えぇぇ……?”
──こんなにベタベタなミサキは、恐らく滅多に見られない。
けど。それはそれとして。
“……ミサキ、結構めんどくさいところあるよね”
「……何か言った?」
“な、何でもないです。……えっと、あ~ん……?”
「ぁ~……ん。美味しいよ」
その後も逆にミサキから食べさせられたりしながら、時間をかけて朝ごはんを終えた。
思いのほか朝ごはんに時間を費やしてしまったが、運良く今日は仕事が少ない。
“──けど、これは流石に集中できないかなぁ!”
「……はぁ。そんなことで騒がないで」
──私の膝の間にすっぽり収まったミサキが、嘆息とともに呟く。
“だ、だって……書類も、よく見えないし”
「ぁ……ごめん。仕事の邪魔は、ダメだよね……」
しゅんとして静かに去るミサキに、言いようもない哀愁が漂う。確かに仕事の邪魔ではあったけど、あんなに悲しそうな顔をされると罪悪感が止まらない。
“あ、あの……ミサキ?”
「……先生が気に病むことないよ」
ミサキが視界から消えると、何故か寂しさを覚えてしまった。
──いや。ここは、ミサキの為にも早く仕事を終わらせて、その後いっぱい構ってあげよう。
そう決意を固めて、再度仕事に向き合った。
──直後、後ろから包み込まれる感覚。
“…………へ?”
「……なに。これなら仕事に支障ないでしょ」
後ろからミサキに抱え込まれて、もたれかかられている。ちょうど、顔を洗ったときと逆の体勢。
何だったんだろう。私の心配って。
“支障……ない……? ……うん。ない、です……”
「……そう。早く終わらせて、構って」
“うん……わかったよ……”
もうツッコむ気力が尽きてしまい、されるがままに書類を消化していった。……後頭部ではずっと控えめな果実が存在を主張していたが、鋼の心で煩悩を抹殺し続けた。
私が無言でいる間も、じっとミサキは体重を預けてきていた。……誰かに見られたら、どう言い訳すればいいんだ。
正午を少し過ぎたあたりで、無事本日の業務は終了した。
終止ミサキは私に密着していたが、途中で一度コーヒーを頼んだときはすんなり提供してくれた。そして当然のようにまた密着された。……コーヒーは普通に美味しかった。
「……お疲れ様。先生」
“うん。ずっと落ち着かなかったよ”
「……そう。じゃあ構って」
目を細めてそう要求するミサキを見ていると、本当に話を聞いているのか疑わしくなってくる。
“構うって……何すればいいの?”
「……とりあえず、昼ごはん」
“あぁ、確かに。そうだね、昼ごはん食べに行こうか”
一応話は聞いてくれていたらしい。
ちょうど良い時間だし、昼食を摂りながら午後のことを考えよう。
「……出かけるの?」
“あ~……何か絡まれても、私がいるし……最悪の事態にはならない……と思う”
「……じゃあ、先生が私を守って」
“ん、うん。任せて”
それから出かける支度をして、オフィスを後にする。
地上に降りるとなって、私は僅かに逡巡した。
ミサキは閉所恐怖症だ。エレベーターは、避けた方がいいだろう。
そう判断し、階段に足を向ける。
「……先生? エレベーター、使わないの?」
“えっ? でも、ミサキ……閉所が苦手でしょ?”
歩き出したら袖をくいくいと引かれ、さも当然のようにエレベーターを勧められる。
思わず怪訝な顔をする私に、ミサキは少し俯いて続けた。
「……大丈夫、だから。先生と……一緒なら」
“っ!? ……そ、そっか。じゃあ、エレベーターで”
──なに? なんなの? なんでこの子はこんなにかわいいの?
頬を紅潮させてそんなこと言われたらさ、意識せずにはいられないと思うんだ、私。ちょっと言葉に詰まっちゃったじゃん。
“……ミサキ?”
エレベーターに入った途端、ミサキと手を繋がされる。
指を絡めてきて、いわゆる恋人繋ぎというやつだ。結構強く握られていて、離さないぞと言わんばかりの意思を感じた。
「……こうしてると、落ち着くから。……悪い?」
──悪いわけないやん。
あんなに他人を警戒していたミサキが、落ち着くとまで言ってくれるなんて──
娘の成長を喜ぶ父親の気分で、半ば無意識にミサキの頭を撫でていた。
「……嬉しいけど。何か失礼なことを考えてる気がする」
“……子ども扱いが嫌ってこと?”
「……それも嫌だけど、慣れたからまぁいい。……娘、とか思われてたら最悪だから」
“うぇっ?”
「……はぁ」
無言で、撫でていた手を停止させられる。
図星だったのは確かだが、そんなに機嫌を損ねるような内容だっただろうか。
──まぁ、手は繋がれたままだし。気にしすぎるのもどうかというものだ。
“……あ、着いたみたいだね”
「……先生? 何で手を離そうとしてるの」
“え? だって、もう閉所じゃないし……”
「……私に、手の届くところにいてほしいって」
──いや、そこまでは言ってないっす。手じゃなくて目だから。
もはやミサキが手を繋ぎたいだけなのは丸わかりなのだが、この子なりの不器用な甘え方なんだろうと納得する。実際、ここまで感情を示してくれるのは喜ばしいことだ。
“わかった。じゃあ、行こうか”
「……うん」
シャーレのビルを出て、陽気な街に繰り出す。
人が大勢いる中で、恋人繋ぎなんてしているとどうしても視線を意識してしまう。
今は、親しい生徒に遭遇するとマズいかもしれない。
「……行くアテは、決まってる?」
“あぁ、うん。私がよく行く、定食屋なんだけど……”
店主の柔らかな人柄に惹かれて、定期的に通っている行きつけの食堂に向かう。あんまり格式張った店でもないから、ミサキが変に気を遣うこともないだろう。
しばらく雑談やその店の紹介なんかをしながら、二人で歩いた。シャーレから程近い位置に出店していることもあって、道中はあっと言う間だった。
“こんにちは~”
『おっ、先生じゃねぇか! よく来てくれたな!』
“……今日も、忙しそうですね”
『へへっ、まぁな。それより、連れ……は、生徒さんかい?』
“はい。私の大事な生徒ですよ”
『随分と懐かれてるみてぇだな! っとと、すまねぇ、適当な席に座っててくれや!』
慌ただしく厨房に戻っていく犬の姿の店主を見送って、店の隅のテーブルに座る。
ミサキは少し店内の様子に警戒していたようだが、店主の気さくな態度を目にしてか表情は柔らかだ。
「……結構、来てるんだ」
“そうだね……ほぼ毎週、1回は顔を出してるかな。店主、良い人だったでしょ?”
コクリと首肯するミサキ。くつろげているようで安心した。
それから、私は豚カツ定食、ミサキはチキン南蛮定食を平らげた。かなり量が多かったのだが、食事中ミサキが笑顔を見せてくれていたのが嬉しかった。
補足しておくと、オカズをシェアする一幕なんかもあったりした。
満腹の幸福感のまま食後の余韻に浸り、ピークを過ぎて手が空いた店主とも雑談したり料理の感想を伝えたりした。ミサキの率直な物言いが気に入られたのか、店主も上機嫌で話し込んでいた。
名残惜しみながらも店を後にすると、時刻は14時を回っていた。何をするにしても、まだ余裕のある時間だ。
“……ミサキ、何かしたいこととかない?”
「……特に、思いつかない」
“そっか……それじゃ、とりあえず散歩でもしよう”
腹ごなしも兼ねて、また手を繋いで歩く。
今度は特に行くアテもないので、ゆっくりと話しながら。
──ふとした会話の流れで、話題はアリウススクワッドの近況に移った。
“──皆は元気? 最近、あんまり会えてなくて”
「……変わりないよ。姫もヒヨリも」
“そっか。ひと安心だけど、何か困ったら私を頼ってくれていいからね”
「……ありがとう。二人にも伝えておく。……あぁ、そういえば」
“どうかした?”
「……ちょっと前、アズサと話した」
“……その感じだと、蟠りは解消したのかな?”
「……完全に、とはいかないけど。また今度……リーダーも含めて、話したいって」
“うん……きっと、分かりあえると思うよ”
そこまで言ったところで、急にミサキが立ち止まる。
怪訝に思って振り返ると、神妙な面持ちのミサキと目が合った。
「……分かりあえる、とは思う。だけど……和解は、難しい」
“えっ、なんで”
話を聞いている限り、とても良好な流れだったと思うのだが。何か、絶対に相容れない事情があるのだろうか。
「……アズサは、先生のことが好きだろうから」
──んんん?
「……だから、本当の意味で和解するのは難しい」
“……あの、ミサキ? その、話が読めないんだけど”
なぜ、アズサが私を好いていると和解の妨げになるのか。その因果関係が見えてこない。
「……いい。先生はわからなくていい話」
“えぇぇ……?”
これ見よがしな溜息を吐かれ、軽く凹む。そんな私にお構いなしで、ミサキは私の手を引いていった。
それから少しの間、口数の減ったミサキとポツリポツリと話しながら歩き、公園で休憩しようということになった。
“ん~……結構歩いたね。日頃の運動不足が響いてるなぁ……”
「……ベンチがあるから。座って休もう」
並んで木製のベンチに腰かけて、何をするでもなく時間を過ごす。
沈黙が苦にならない、このミサキとの距離感が私は好きだった。
“……眠くなってきたな”
天頂を経て傾きだした太陽は、まだまだ光を振り撒いている。よく食べて適度に運動した私には、この陽気は眠気を触発するのに十分だった。
「……はぁ。眠そうだね、先生」
“ん……ミサキ……?”
「……ほら、早く寝て」
“えっ──? ってわわっ、ミサキ!?”
言い終わらないうちに、上体を横倒しにされる。
視界が傾いたかと思うと、弾力のある感触に頭が触れた。……ミサキの顔を、下から見上げている形だ。
──いわゆる、膝枕というやつだ。
“き、急にどうしたの!?”
「……暴れない。大人しく寝て」
とにかく体を起こそうと藻掻いたところ、ミサキに押さえつけられる。私の貧弱な力では勝てるはずもなく、抵抗はすぐに諦めた。
「……先生。どうせ疲れてるだろうから、眠れるときに眠って。大丈夫……寝込みは守るから」
“いや、そこの心配はしてないんだけど──”
「……なに? 寝心地が悪いの?」
──寝心地は結構いいです、なんてことは言えず押し黙る。
“何というか、社会的にね? ほら、ここ、人の目もあるし”
大の大人が公園で膝枕なんて、ちょっと笑えない。他人事なら面白そうな字面だが、残念ながら私は当事者だ。
「……別に、眠らなくてもいいけど。あと2時間は解放しないから」
“……まじ?”
「……時間は豊富にあるから」
本気の目だった。
え、私、この状況で2時間耐えないといけないの?
“ぅ~……けど、今のところ生徒はいないしなぁ”
この公園が中心部から外れていたおかげで、知り合いと遭遇するリスクはそこまで高くない。
こうなれば、地獄の二者択一である。
──眠らず、現実から逃げずにいられるか。
──眠って、起こった物事を知らず幸せでいるか。
迷うまでもない。
実際かなり疲れている私には、前者を選ぶ理由はなかった。
“……ミサキ、変なことしないでね”
「……変なことって?」
“信じてるからね。……おやすみ”
「……うん。おやすみ、先生」
最後に公園内をもう一度だけ見てから、意を決して目を閉じる。……やっぱり結構マズいことをしている気もするが、そのときはそのときだ。
心を落ち着かせていると、陽気の中にも子どもの歓声や風と葉擦れの音が聞こえてきて、うとうとと微睡みに抱かれる。微かにミサキの鼓動まで聞こえてくるようで、それに加えて優しく頭も撫でられれば、すっかり意識は夢の中に、
“……ミサキぃ……”
開眼。ゆったりと手を動かしていたミサキと目が合う。
──ねぇ、変なことしないでって言ったよね??
「……はぁ。目を閉じてないと眠れないでしょ」
“こんな街中で頭撫でられてたら眠れないよっ!”
「……じゃあ、撫でるな。……って言いたいわけ?」
“そう! ……なんだけどその目やめて、心が苦しい”
──だから、それクリティカルなんだって。
泣きそうな子犬みたいな目、しないでほしい。
「……そう。私は……ただ、少しでも先生に恩返しがしたくて……」
“うぐっ”
「……迷惑だった? ……もうやめるから」
“ぐはぁっ”
──何でそんなに的確に心を抉れるんだ。
先生、そんなこと言われたら言い返せないじゃん。
“ごめん! ミサキごめんって! いい、いいから! 好きなだけ撫でていいから!”
「……本当?」
──何か後光が見える気がする。
ぱあぁっと効果音が聞こえてきそうなほど、ミサキは笑顔になってくれた。
「……そんなに撫でてほしいんだ。起きるまでずっと撫でておくから」
“……もうそれでいいです。おやすみなさい”
「……おやすみ、先生」
この後眠った先生は、耳に吐息をかけられたり、その様子がネットに拡散されたことで集まった生徒たちから鬼の形相で鼻息を荒くされたりした。
起床後は、少し湿度が気になりはしたが概ね快眠で、今朝とあわせてミサキの寝具適性に感嘆の息を漏らした。当然心の中で。
“そろそろ帰ろっか、シャーレに”
2時間と言わず3時間近く爆睡した後、またしてもミサキと手を繋いで歩いた。どこかミサキが疲れているように見えたが、その原因は先生の与り知らぬところである。……何か勝ち誇ったような顔もしてるし。
「……流石に、歩き疲れた」
“あはは、そうだね……私は楽しかったけど”
──心臓も痛かったけど。
「……私も、楽しかった」
“次の当番の日が今から楽しみだよ”
「……? それはそう……だけど、まだ今日は終わってない」
“えっ? もう当番の仕事も終わってるし、定時なんだけど……”
「……はぁ。当番なんだから、今日中は私に先生と過ごす権利があるよね」
──いや、そんなことはないと思います!
私としては、もう今日は致死量近くミサキニウムを摂取しちゃってるしね! これ以上は中毒になるから危険なんだよ!
「……なにボーッとしてるの。早く行こう」
“あ、ハイ”
有無を言わさず連行されていく。どうやら私に拒否権はないらしい。
途中、手と言わず腕を組もうと誘われたがそれだけは死守した。ちょうど帰宅ラッシュの時間で、生徒からの視線が本当に痛かった。
“ただいま、戻りました……”
何だか精神が疲れ切った気分で、ソファに崩れ落ちた。
しばらく虚空を見つめて虚無の時間を過ごしていると、ミサキがお茶を差し出してくれる。
“ありがとう。喉渇いてたから、助かるよ”
「……そう。よかった」
当然の如く私の膝の間に収まろうとしてくるミサキをそそくさと避け、何とか隣に座らせる。
「……先生? 通知、鳴ってるけど」
“……うん。後でまとめて見るよ”
先ほどからモモトークへの通知が止まらない。未読数は3桁を優に超えているが、とりあえず無視することにした。……うん、目の前のミサキの相手をしないと失礼だからね。
“……というか、本当に帰らないの?”
「……はぁ。先生は、私に帰ってほしいの?」
“そんなことないよ! ……けど、私には先生として生徒を安全に家に帰す責任があるから”
「……? なら、もう責任は果たされてる」
“へっ?”
素っ頓狂な声を上げてミサキを見ると、何を言っているんだと言わんばかりに真顔が返ってくる。いや、それ私のセリフなんですけど。
「……はぁ。考えてもみなよ、先生」
“う、うん”
どうやら説明してくれるらしい。わかりやすくお願いします。
「……家っていうのは、安らぎを得られる場所」
“うん”
「……私は、先生といるときが一番気が楽」
“うん”
「……つまり、先生といるところが私にとっての家なの」
“……うん?”
「……何なら、今日は一歩も家から出てない」
“……う~~~ん……?”
──近年稀にしか見ない暴論である。
流石の私もちょっと何言ってるのかわからなかった。
「……だから、私を家に帰したいならここに置いておくしかないってこと」
“ミサキぃ……! それはおかしいよぉ……!”
そんなのどうしたらいいって言うんだ。私がミサキから距離を取ればいいのかもしれないが、試みたところでどうせ捕まるので恐らく徒労に終わるだけだろう。
「……ちなみに、離れようとしたらリスk」
“ミサキ、こっちおいで!!”
もっと自分のことを大事にしなさい。
子どもっぽい脅し文句ではなく、ミサキの場合本当にやりかねないのでシャレにならない。
呼んだら素直に寄ってきたので、とりあえず頭を撫でておく。気の抜けた声で子ども扱いを咎められたが、むしろ楽しそうだったので放置しておいた。
頭を悩ませる。この調子だとシャーレに住み着こうとする勢いなので、帰すのは諦めた方がよさそうだ。
──ならばせめて、可及的速やかに寝かしつけよう。それしかない。
“よしよし、ミサキ。疲れてるだろうから、お風呂入っておいで”
「……わかった。じゃ、行こう」
“私は行かないよ??”
「えっ?」
“えっ?”
「…………」
“…………”
「“えっ?”」
──なんで一緒に入ると思ったのか、逆に聞きたい。
悲しそうとかじゃなく、ミサキは心底意外だという顔でいる。……なんだろう、定期的にそういう反応されると私がおかしいのかと思っちゃうからやめてほしい。
「……はぁ。いいよ、先生」
“……ミサキ?”
嘆息して、ミサキはシャワールームに向かっていく。振り返り際にぼそりと、
「……シャーレの浴室を、血で汚したくはなかったんだけど」
“ちょちょちょ!? 待て、待ってミサキ!”
──その後何だかんだで言いくるめられ、結局私はミサキと混浴をするハメになっていた。……勿論タオルを身につけて、ミサキにもそれを徹底させた上で。
そして今、私はミサキの背中を洗っている。背中だからセーフ、とか言い張ってはみるものの、色々と心臓に悪い。
「……はぁ。先生、優しくしてくれるのは嬉しいけど、それは弱すぎ」
“そうは言ってもさぁ~……”
──ミサキの肌、柔らかいし。変な想像を掻き消すのに必死で。
──それに、やっぱり痩せすぎで痛々しくもある。
──何より私の心を乱すのは、少し赤みを帯びたミサキの首だ。
風呂に入る前、必死に説得しようとした私が最も懸念していたのがミサキの体の傷跡だった。見られて気分のいいものでもないだろうし、それでミサキが苦しむのは絶対に避けなければならない。
だから、念入りに確認したのだが。
──先生になら、見られても平気。……先生には、隠しごとをしたくないから。
そう真剣な目で訴えられ、それだけの想いなら尊重しなければ、と承諾してしまった。
──しかし、いざ目にすると私の方が必要以上に意識してしまっている。
──このままではダメだ。やはり先生として、生徒の想いには真摯に応えなくては。
“……ごめん、ミサキ。私は間違っていたみたいだね”
「……先生?」
“……私は、もっとミサキに触れたい”
「っ!?」
“ミサキのことを、もっと知りたいんだ! だから、ミサキの全部を教えてくれ!”
「せっ、せんせっ──!?」
“──それが、どんなに深く苦しくても、私はミサキを受け止めてみせるよ!”
「~~~~~っ!?」
──せっかく私が熱く語っていたのに、ミサキは身悶え、というかもはや痙攣して嬌声を上げている。
ミサキ! ここ、笑うところじゃないでしょ!
“──あっ”
──しまった、熱くなりすぎて力を込めてしまっていた。
もしかしたら、痛い思いをさせてしまったかもしれない。
“ごめんミサキ! 大丈夫、痛かったよね!?”
「……いっ……痛くは、なかったけど……!」
“本当……? でも、ミサキ涙目だし──!”
──瞳に涙が浮かんでいるし、何なら頬も赤い。
相当痛かったのかもしれない。私は、なんてことを──
恨めしそうに私を振り返って赤くなっているミサキと対照的に、血の気が引いた私の顔は真っ青だ。
数秒パクパクと口を開閉させてから、一際大きな溜息を吐いてミサキは口を開いた。
「……もう、いい。先生がそこまで、望むなら……全部、受け止めて……」
“──ミサキ……! もちろん、任せてよ!”
──ミサキが、心を開いてくれた。
その事実だけで、私は本当に嬉しかった。
私が達成感を噛み締めている間、ミサキは俯いて何か呟いていたが、私には聞き取れなかった。
「……はぁ。先生、手が止まってるけど」
“あっ、あぁごめん! 強くするから、痛かったら言ってね”
「……うん。それくらいで、お願い……」
──今後は、今まで以上にミサキに向き合おう。
そう決意した私は、どこか軽やかな気分で手を動かしていった。
ミサキの背中を丁寧に洗い流した後、遠慮する私を押し切ってミサキは私を洗ってきた。背中のみならず、頭や腕までだ。
ミサキの手が下半身にも及びだしたところで流石にマズいと説得し、一足先に湯船に向かってもらった。……ちなみに、ミサキの頭の洗い方は本当に上手かった。
「……先生、遅い。早くこっち来て」
“ごめんごめん……私がそっちに行ったら狭いよ?”
シャーレには備えつけの小浴場があり、浴槽もかなり広い。ざっくり10人くらいは余裕をもって浸かれるのだが、わざわざミサキは自分の傍に手招きしてくる。
なんでこんなに広い浴場があるのかは知らない。連邦生徒会長の趣味とか。
ともかく、言われるがままに私は移動した。
“……ここでいい?”
「……ダメ。遠すぎ」
“……このあたりで……”
「……まだ」
“……あの、もう目の前なんだけど”
「……ここでいい」
“良くないよ!?”
どうやらミサキは仕事のときのように私の膝の間に収まろうとしていたらしいが、それはどう考えてもアウトだ。緊張で硬くなったら言い逃れできない。
譲歩と主張との厳正なる協議の末、私はミサキの隣に腰かけた。これだって腕も足も触れているし、相当刺激が強い。
私が何も言えずに石になっていると、右肩に重みが加わる。反射的にそちらを見ると、ミサキが頭を預けてきていた。
“……あの、これは?”
「……なに。……こうしてると、落ち着くから」
“そ、そうですか”
ミサキの濡れそぼった髪が首や腕に触れてこそばゆい。
物理的にも動けなくなってしまった私は、満足したミサキが離れてくれるまで心を無にしたままだった。
その後。
風呂を出て、しばらく二人で涼み。
また手料理をせがまれたので、少し気合を入れて夕食を用意して。
何気ない会話や食事の中で、ミサキの笑顔が心なしか増えている気がして、嬉しくなった。
──そして、就寝の準備をして。
先にベッドに潜り込んだミサキを見て、またしても考えてしまう。
果たして、本当に同衾なんてしてもいいものなのか。私は先生で、ミサキは生徒だ。今朝一緒に寝ていたと言えばそれまでだが、あれは私の意思あってのものではない。やっぱり、私はソファとかで寝た方が良いのでは。
「……先生?」
ウダウダと考えていると、ミサキに怪訝な顔をされる。
“いや、その……やっぱり、一緒に寝るのはマズいかなぁ……って”
「っ! ……先生。いいから」
“え? いいから、って……わわっ! ミサキ!?”
戸惑う私の手を掴み、ミサキにベッドに引きずり込まれる。
突然の事態に反応できない私を余所に、ミサキの腕が背に回される。
“ちょっ、みっ、ミサキ!?”
「……暴れないで」
──ぎゅううぅぅっ。
そんな効果音が聞こえてきそうなほど、深くミサキに抱きとめられる。
ミサキの濃い匂いが一瞬で鼻腔を満たし、思わず赤面してしまった。
“み、ミサキ……?”
私を抱えて無言のまま、ミサキは身動き一つしない。
密着しているせいで、私の激しい鼓動がミサキにも聞こえているんじゃないかと、また恥ずかしくなる。
そうして私が不安になっていると──静かに。
──消え入りそうな、本当に小さく。
──それでいて、少しだけ湿った声で。
「……はぁ。先生……私、言ったよ」
「……私の全部、受け止めて。……って」
──吐息のようで、艶やかな声が鼓膜を震わせる。
耳元で囁かれたそれに、脳が犯される錯覚がした。
「……もう、離さない……」
“っ! ……ミサキ……っ”
「……かわいいね……せんせい」
──もう、動悸は収まるところを知らない。
それなのに、またミサキは私の耳に口を寄せて。
「……おやすみ。先生」
それを最後に、囁きは止まる。
ミサキは、眠ったのだろうか。
──おやすみ。
──あんな声で言われて、眠れるわけがないのに。
声にならない、どこか気の抜けた笑いがこぼれる。
“……おやすみ。ミサキ”
──あぁ。今夜は、長い夜になりそうだ。
あぁ・・・なんて心がキュンキュンするんだ・・・!ミサキ可愛い!!