”しゃべつ”と平等 3

じつはここ2週間ばかりひどく体調を壊しておりまして、11月28日には、『もう、いよいよこれで終わりか』というぐらいの目にあった。人生最大の危機。半世紀ほどヨーガをやっていたおかげで、呼吸が戻りました。完全にもどるまで2時間ほどかかりました、ちょっと恐怖心から寝られなかった。

そんな話は他人しても仕方がないので、話しませんでしたが、私のGod sonのところには説明のメールを送った。そんな時でも、話題は、いまの世界を取り巻くデモグラフィック・チェンジと宗教の話。今日もまたオーストラリアのシドニーのボンディ海岸でユダヤの祝祭の集まりをやっているところへ伊須ラーム教徒が攻撃を加え、多数の死傷者が出た。

昨年ドイツのマルデブルグで、クリスマス・マーケットに車を突入させ多くの死傷者を出したことと言い、彼らの根底にあるのは憎悪と、『恐怖によって相手を黙らせる』というメンタリティのように思われる。

人類の歴史をみて、領土を広げるということに成功した国と、文化的に成功した国とは必ずしも一致しない。司馬遼太郎がどこかで、バーミヤンにあのような巨大な石仏を作ることが出来たのは、かなり社会が豊かだったことの反映だろう、と書いていた。やんわりとだが、言いたいことはあきらかだろう。それも長らく銃の試し打ちの目標にされ、ついに最近完全に爆破されてしまった。仏教徒が根絶やしにされたエリアに現在のパキスタンもあたるが(タフテ・バヒーやサハリ・バハロールは密教発祥の地といわれている)、仏教の最大の図書館があったインドのビハール州ナーランダも火をかけられ、3カ月間燃え続けたと言われている。

私は現在は仏教徒だが、中東3大宗教の聖典は原語とのパラレル・トランスレーションですべて読んでいる。新約聖書には”恐怖で人心をとらえようとする怖さが無い”、それは彼らが『愛』ということを重要視するからにほかならない。仏教もそうで、有名な仏像の印も片手を相手の方へ向け『案ずるな』、『求めるものはここで得られる』ともう片方の手を上へ向けて差し出す。これは『慈悲』のある場所での『安心』ということ。仏教は恐怖でしばる宗教ではない。

さて、世の終わりという思想は中東3大宗教に共通ですが、その3つ目の宗教では、終末に彼(終末に出現する闘士)は現れ、伊須ラームのために人々と戦い、十字架を壊し、豚を殺し、ジズヤ税を廃止する、荒―の神は彼の時代にすべての宗教を、伊須ラームをのぞいて廃絶する、と刃ディースに書いてある。つまり、他のすべての宗教の存在を認めていないのです。これはアブー・腑雷ラが預言者から聞いた話として記録されている。これは共存というのは不可能ではないのか?

私はこの点を、例を挙げてヨーロッパのキリスト教高位聖職者に問いただし、前ローマ教皇、ポープ・フランシスが『すべての宗教は同じことを言っている』などと発言したのは、彼らの聖典も仏教聖典も読まずに、耳当たりの良いように勝手に言ったことなのではないか?と質問した。答えは返ってこなかった。

さて、彼らのこどもに関する教学も興味深い。彼らの刃―ディスによれば、母体の中で40日間液体で過ごし、さらに40日間凝血で過ごし、さらに同じ期間小さい肉塊として過ごし、そこで天使が霊を吹き込み、4つの言葉を書き込むと言われている。受けるべき糧、天命、生ける間の行い、幸福な人生か不幸な人生か。そして楽園に行くか地獄へ行くか、そこで決まっているという。一種の運命論がみえる。

私は先日、キリスト教の聖職者の友人に、『キリスト教は仏教の影響を受けているのではないか?』という問いかけをした。なぜ、洗礼者ヨハネは川で川の水を頭からかけて洗礼をしていたのか?旧約聖書に一行もそのような行為は記録されていない。頭から水をかけるというのはヒンドゥ―教と佛教の風習だろう。しかもヨハネは荒野で『悔い改めよ』と言って現れた。仏教では悔い改めるところから、すべての歯車が変わってくると説く。

しかし、生まれた時の母体の中で、天国へ行くかどうか決まっているのなら、改悛も懺悔も意味が無かろう。それでもすべての宗教は同じことを言っているのか?

さて、最近ではそうしたことは弱まったと思うが、昔の日本人は自然がすべてを与えてくれると、自然を敬った、年末・年始には山や川の神に感謝をささげた。水源などのとくに重要な場所は、神聖な場所として保護した。それをうまく利用するために、長年の努力を重ねて耕作地などを自然と共存する形に造り上げて来た。

農業国というのはだいたいそういう発展をしてきた。基本的に大規模な工業的な農業と、日本の伝統的な農業というのは、真逆な部分がある。百姓というのは100種類ほどの違う作物を育て、どれかひとつがダメになっても、ほかのもので何とかなるようにする。友人が、今年は米の出来が悪かったと言っていた。しかし、薩摩芋はじつに出来がよかったという話。昨日、干し柿が友人から届いた。ことしは柿が大豊作。昨年は外側が緑色のうちに中が完熟して落ちてしまうものがたくさんあって、干し柿が作れなかったと聞いた。

現代はなんでも科学で解決できると錯覚していないか?世界超金持ち会議は水は石油並みの資産だから、世界的な規模で管理するべきという。誰がやる?それが全世界で砂糖タップリの甘味ドリンクを売っている不健康飲料の会社だったりする。営利目的でやっている彼らに、我々が持っているような水源に対する神聖な感覚があるのか?

私はアフガニスタンで殺害された中村哲さんのことを思い出す。彼は水路を変え、運河を作り、砂漠を豊かな畑に変えた。これはまさに日本的な発想だと思う。一方で中東で、兄弟の金持ちが張り合って高層ビルを建てた。ガラス張り。石油が枯渇して空調が使えなくなれば、とても住むことのできないガラクタになる。中東では半地下のようなところの大きいマーケットを見た。あれの現代版を作り、天井に遮熱効果のある材料を使い、その上に海水を真水化した池でも置いて、中の温度をクーラーで下げやすくするような工夫が進むべき方向だと私などは考える。

遊牧民の発想では、家畜が草を食べつくしたら別の場所に移動しますから、その土地への執着は無い。だから彼らの聖典には、地の果てまでも神のものだから、故郷を捨てて好きなところに住むがよい、と神が命令する。そして、そこを乗っ取ってしまえとすら書いてある。

つい数日前、英国の観光地バースからほど近いレミントン・スパでアフガニスタンからの不法移民の男2人がティーン・エイジャーの女性をR◎PEして懲役10年と9年ほどになった。その様子が携帯電話に動画で録画されていたのだが、弁護士は『全部を公開すると暴動がおこるほどひどい内容だ』とコメントした。

それでも労働党政権のもとアドヴァイザーの平等屋が『彼らは文化も習慣も違う国で生まれ育ったのだから仕方がない』と発言していたので驚いた。その女性は一生、その記憶にさいなまれる。そのアフガニスタン人は、もう一人の男を携帯で呼び寄せた。そういう人の人生を破壊する行為が”違う文化から来たのだからしかたがない”ことなのか。そこにある平等意識はいびつではないのか。その被害者の女性は平等屋の自己満足の施策のために人生を破壊されても仕方が無いというのか?

さて、そういう人たちが過半数を占め、在来の人たちを追い出し、ギリシア時代から2000年かかって築かれたイタリア料理、フランス料理、ワイン、チーズの発酵文化も消えるだろう。酒はいけない豚肉はいけない、ですから。ヨーロッパ・ファッション産業も終焉を迎えるのではないか?私がイランにいた時、ヨーロッパのファッション雑誌は禁止されていた。流入したIMINが過半数を超えるのは2050年と言われている。虎さんはそこを見据えて、ネイト―は国の名前だけで、もはや文化も価値観も違う集団になるので、アメリカは抜ける、と言っているわけだ。

いま、インドの放送局などではフランスでの大規模な反マクロンのデモが起きていることを報じているが、スターマ、マクロン、そしてドイツのメルツはロシアと戦争がしたくして仕方がない。フランスでのデモは『我々はYou暗いなのためにこどもたちを戦場へは送らない』と主張するもの。彼らとしては何とかしてネイト―とロシアとを戦わせたい。メルツは元黒(ブラック)岩(rock)のヨーロッパ総支配人。黒岩はYou暗いなの国境地域に大量に投資している。それがロシアにもって行かれると困る。スターマの重宝機関のトップの女性の片親はYou暗いな人。虎さんはネイト―から距離を置き、そうした争いにはかかわらないということを明言したわけだ。

さて、今後、ヨーロッパの何が残るのだろう?日本も他人ごとではないと思いますね。

プロフィール

roughton

自然と調和して、自転車の上のEthicalな生活をして、健康長寿。

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