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Vol.034|目標は立てるべきではない

『MONOLOGUE』は、備忘録を兼ねたフリースタイル文筆を毎回3本まとめてお届けするマガジンです。それぞれの内容は独立している場合もあれば、連続性をもたせている場合もあります。毎週月曜午前8時に定期更新。何かと思想強めですので、用法容量を守ってお読みください。

目標は立てるべきではない

世間ではよく「目標を立てなさい」と言われる。具体的な目標を設定し、そこから逆算して日々のやるべきことを計画しなさいと。

たしかにこれはこれで有効なメソッドではある。たとえばわかりやすいのは受験がそう。志望校合格という目標を設定し、そのためにはどんな科目をどれぐらいの時間勉強すべきかを逆算し、日々の計画を立てて勉強することで、目標としている志望校に合格する確率は飛躍的に高まることだろう。

あるいは資格取得なんかもわかりやすい。狙っている資格の取得難易度やおおよそ必要とされる勉強から逆算し、日々の計画を立てて勉強することで、目標としている資格を取得できる確率は飛躍的に高まることだろう。

具体的な目標を設定し、そこから逆算して日々こなすべきタスクにまで落とし込み、忠実にそれをこなしていくというやり方は、目標達成という意味では最適解といえる。これはこれで必要とされる場面はたしかにあるし、その有効性に疑う余地はない。

しかしながら、問題はそういうゴリゴリの逆算思考の合理的人間が、必ずしも幸福そうに生きていない、ということだ。いや、むしろそのほとんどは不幸そうに生きている。目標達成後に燃え尽きて廃人のようになってしまう人、次の目標次の目標と延々と目標を追うのではなくもはや目標に追われ続けている人、目標が達成できずにいつまでたっても執着している人、少なくとも自分が見るにいずれもとても幸福そうには思えない。まるで賽の河原で石積みをしている罪人かのよう。

なぜこんなことが起こるのだろうか。これは毎度お馴染みの \frac{p>l}{e} 理論に照らせば一発で答えはでる。

受験にしろ、資格取得にしろ、それが本当に自分のやりたいことであるケースは少ない。偏差値の高い学校をでれば人気の企業に入れるだとか、会社から命じられて資格取得しなければならないだとか、この資格であれば食いっぱぐれないだろうだとか、自分がそれを心の底からやりたいからやっているのではなく、あくまで社会的な要請にもとづいてそれをやっているケースが大半である。

これらはすべて社会構造という一種の形式であり、またその根底には動物的本能が見出せる(異性にモテたい、安定して食料を確保したいなど)ことから、 l が司る領域だといえる。さらには目標を設定し、そこから逆算して細かいタスクに落とし込むという、一連のプロセスもまた l が司るもの。

つまり最初から最後まで l しか稼働していないのである。自分に言わせればそんなのは病んで当然、人生が停滞して当然である。何度も言うように、人間らしくあるためには、自分らしくあるためには p>l になっていなければならない。その〝らしさ〟の発揮が阻害されて、幸福に生きられようはずもないのである。

逆算思考の合理的人間ほど p>l を見誤る。その結果、 l ばかりが最適化され、一定の社会的な実績は解除しているか知らんが、人間的には超つまらんやつとなる。そういう人間ほど自分は賢いと錯覚しがちだが、そんなものは知性でもなんでもない。以前『知性は〝非属〟に宿る』で述べたように、知性とは「自己と共にあること」だ。そして、自己と共にあるためには p>l となっていなければならない。 

仮に親や教師のすすめで志望校合格の目標を立てたとして、その道中で有無を言わさぬレベルで惹かれるものに出会ったとする。なんでもいいが、たとえばギターにしようか。

この時、多くの人は「でもギターなんて弾いてる場合じゃないしな……それよりも勉強しなきゃ」と、 p を押し殺して l を優先する。これが終わりの合図である。すなわち赤い朝焼けである。ほどなく大きめの鬱が来るので気をつけて。それがやんだら、少しだけ間をおいて終わりがくる。そうなりたくなければ、誰がなんと言おうが p の衝動に身を任せ、ギターを弾くべきなのだ。その結果、たとえ志望校に落ちることになったとしても、である。

もし、目標を立てることによって p の衝動が阻害されるならば、最初から目標なんて立てるべきではない。

この社会においては、あまりにも目標設定とその達成が美化されすぎているように思う。考えてみればそれも当たり前の話で、社会は l で動いている。特に現代日本においては、 p の発揮をこぞって叩くような有様であり、ましてや e が存在するなんて想像だにしないだろう。まあだからこそ、行き詰っているわけだけど。

あえて強めの逆張りタイトルをつけたのは、そうした l 偏重型の社会に警鐘を鳴らすためでもある。

創発的合理性について

志望校合格を掲げながらギターを弾くというのは、一見すると不合理に思えるかもしれない。遠回りに思えるかもしれない。

が、しかしそれが本当に不合理といえるのか、遠回りといえるのかは、どの射程でそれを捉えるかによる。たしかに l だけで見れば、志望校合格とギターを弾くことに何の関連性もないわけだから、どう考えても不合理である。ところが \frac{p>l}{e} 理論の全体に照らすならば、それは合理的な行いとなる。 p>l が成り立ち、自分らしさすなわち e が磨かれているわけだから。

人生とは往々にしてそういうもので、ミクロな合理がマクロとして不合理になったり、逆にミクロな不合理がマクロとして合理になったりする。前者は合成の誤謬と呼ばれるが、自分が知るかぎり後者には合成の誤謬ほど定着した名称はない。何かしらの名称がないと不便なので、ここでは創発的合理性とでも呼ぼうか。

ジャイロ・ツェペリの「遠回りこそが俺の最短の道だった」しかり、ジン・フリークスの「大切なものはほしいものより先にきた」しかり、これらのセリフは創発的合理性の大切さを教えてくれる。人生において大切なことは、だいたい漫画に描かれていると思っていい。特に名作と名高い作品はそう。名作が名作たりえるのは、それだけ普遍的なテーマを取り扱っているからに他ならない。

創発的合理性を発揮するには勇気がいる。特に初期の社会から植えつけられた価値観にまみれている、すなわち p< l になっている人ほどそう。自らの感性 p に身を委ねるのは、それだけ勇気を必要とする。いわばそれは精神的バンジージャンプのようなものだから。恐怖を覚えて当然なのだ。足がすくんで当然である。

さらに悪いことに、周囲も猛反対することだろう。人は往々にして短期的にしか物事を見れないし、世界の構造になんてとてもじゃないが関心は及ばない。それゆえ本来は自己へと社会を隷属させるべきところを、社会へと自己を隷属させ、何もわからないまま死んでいく。そういう人が世の大半を占める。どれだけ丁寧に言葉を尽くして説明したところで、彼らに創発的合理性を理解させるのは至難の業である。もっともらしい理由をつけて、あなたの感性 p を阻害してくるのがオチであろう。

そんな四面楚歌の状況に置かれてもなお、自らの感性 p に従うのは並大抵のことじゃない。それだけ困難な道であるからこそ、誰も彼もが p< l の状態から一向に抜け出せずにいるわけで。それでもなお、それでもなおこの道を歩まねばならない。この道こそが幸福へといたる唯一の道だから。それにしんどいのは最初のほうだけで、歩めば歩むほどに葛藤することはなくなっていく。何よりもこの道を歩むのは楽しい。

楽しい、か。ここ最近ふとした時に、人生が楽しいなと感じることが多くなった。日に日にどんどんわかることが増えていく。それにともなってこの世界がよりすっきりと自分の中で整理されていく。こうした感覚の中で日々を過ごすことは、他の何をするよりも楽しい。

アリストテレスは真理を探究する観想的生活こそが、もっとも幸福な生き方であると述べたわけだけど、おそらくこういう感覚なんだろうなと思う。もちろんアリストテレスのような大哲学者に比べれば、まだまだその純度は低いのだろうけれど、方向性そのものは合致している自信がある。

昨今、ある一定の狭い範囲で正答を導くような合理性、つまり局所的合理性の価値は激減している。それもそのはずで、もはやチェスや将棋は勝負にならないレベルで人間よりもAIが強く、大学入学共通テストにおいてもAIは九科目で満点をとる。このような時代に、どれだけ局所的合理性を磨いたところで「いや、AIでよくね」となるのは必然である。

だからこそ、いかに創発的合理性を発揮できるかが重要となる。そして創発的合理性を発揮するためには、自らの感性 p に忠実に従うことだ。 p>l であることと創発的合理性の発揮はほぼ同義と考えてよい。テクノロジーの進化に追いつけず、旧態依然とした社会に従って、机にかじりついてテスト勉強している場合ではないのである。

「経営者意識をもて」は正しい

労働者に嫌われるであろう言説トップ3に入るのが「経営者意識をもて」だけど、これは一周まわって実は正しいと自分は考えている。

経営者でもない、株も持たない、いち労働者がそんなの持てるはずねえだろアホかと一蹴するのは簡単だし、そのほうが世間的にウケがいいのが理解しているが、残念ながらそうした態度は前項でいうところの局所的合理性にすぎない。創発的合理性を念頭に置いて、他でもない自分自身のために経営者意識をもつべきなのだ。

仮にそういう態度で、ぶつくさ文句を言いながら、できるだけ手を抜いてのんべんだらりと仕事をしたとしよう。その場合、たしかに注ぎ込んだ労力あたりの対価は大きくなるわけだから、その意味では合理的といえる。下手に経営者意識なんかもって、対価がそのままなんて日には、やりがい搾取まっしぐらである。

けれども、はたして人生全体で見た時に、その戦略は合理的といえるだろうか。与えられた時間が無限にあるならば、それも一つの戦略として成り立つのかもしれないが、時間は限られている。その有限の時間をぶつくさ文句を言いながらのんべんだらりと過ごすことが、はたして合理的といえるのか。しかも自らが選んだ会社の中で。

言うまでもなく、これは合理的ではない。より正確にいえば創発的合理性はない。創発的合理性の観点に立つならば、たとえ一時のあいだ表面的に搾取されたとしても、経営者意識をもって全力で仕事に取り組むべきなのだ。その会社に所属することを選んだのは、他でもない自分自身なのだから。

その価値がないと判断するならば、さっさと見切りをつけてやめればいいだけの話であって、ぐだぐだと文句を言いながら、のんべんだらりと仕事をしているのが、もっともよくない。

経営者意識をもって全力で仕事に取り組むならば、必ず自己はより洗練される。そうして自己を洗練させていくのが人生の目的であり、自己が洗練された人を決して世界は放っておかない。社会がいくら搾取しようとしても、世界の構造がそれを許容しない。逆に言えば、ぐだぐだと文句を言いながらのんべんだらりと生きて、ろくに自己を洗練させてこなかった人間に対しては、世界の構造は相応の厳しさをもって応えることになる。

「経営者意識をもて」と言うほうも言われるほうも、みなこぞって誤解している。誰もが「(所属している会社の)経営者意識をもて」の文脈でこれを言うが、正しくは「(自分の人生の)経営者意識をもて」である。誰もが自分の人生の経営者である以上、経営者意識をもたねばならない。

そして、自分の人生の経営者であることが腑に落ちているならば、どこに所属しようとも経営者意識はもっているもの。その意味において「経営者意識をもて」は正しいのである。

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