ジャーナリストによる本格的な戦場取材が始まったのはスペイン内戦、ヘミングウェイもジャーナリストとして身を投じ、写真家キャパは「崩れ落ちる兵士」を発表、世界を震撼させた。日中戦争では、新聞各社は特派員を送り込んだが、多くの写真が公開不許可となった。米軍の従軍カメラマンが撮影した原爆投下直後の長崎の写真は、43年後初めて公開され、その一枚「焼き場に立つ少年」は、今も80年前の悲劇の記憶を語り続ける。
ドイツの敗北が濃厚となった1943年2月、ナチ宣伝相ゲッベルスは国民をあおり、死の淵へと駆り立てる総力戦演説を決行した。「諸君に問う。勝利を得るため、総統に従っていく決意はあるか?苦難を共にする覚悟はあるか?」。その言葉に熱狂し、実に100万以上の民間人が総力戦で命を落とした。フェイク、炎上商法、陰謀論を駆使、弱小政党だったナチ党を政権の座に押し上げ、世界に地獄をもたらした男の戦慄の記録である。