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Conversation

インターネットという仕組みそのものが、大きな「個人(≠私)らしさ」であり、つまり実質的には何らかの欲望に結びついて比喩的には脳の拡張として存在していて、そう考えた時、個人としての他者性とはいったい何なのだろう。問いと答えという形ではそれ自体哲学的私という観点から出ていき得ないのか?