「ウルトラマンオメガ」総評〜美談、またはいい話〜
こんばんは、tokuraです。
今回は、先日最終回を迎えた『ウルトラマンオメガ』について、総評という形で感想をまとめたいと思います。
率直に言えば、有終の美だったと思います。
いわゆる「いい話」「美談」として、キレイに着地した最終回でした。
僕自身、途中まで制作に参加していたため結末は事前に知っていましたが、それでも放送を通して「脚本が映像になることで生まれる感動」を、一視聴者として受け取ることができました。
そのうえで、本作の最大の真相と、良かった点、個人的に引っかかった点を正直に書いていきます。
1クール目の感想は以下の記事をご覧ください。↓
※1クール目同様、毎週楽しみに観ていました。
※以下、ネタバレを含みます。
オオキダソラト/ウルトラマンオメガの真実
第22話で、オオキダソラト=ウルトラマンオメガの正体が、宇宙観測隊の一員であることが明かされました。
宇宙観測隊とは、文明が発達した星々の存亡を観測・記録し、それを基に未来永劫続く完全な平和を築こうとする組織。
ただし、各惑星で起こる出来事や生態系には一切干渉しないというスタンスを取っています。
オメガと瓜二つの個体が無数に存在し、それぞれの星に配属されているという設定もここで明かされました。
・・・が、この重要設定、かつて滅んでしまったゲネス星の生き残りであるアーデルが、博物館の音声ガイドよろしく口頭で一気に説明してくれます。
22話かけてもったいぶった末に、ほぼ一括説明。
もっと良いバラし方なかったんですね・・・?ヒントを分解して小出しにするとか。
記憶の回復と「もう一人の自分」
この出来事以降、ソラトは頭痛に悩まされ、自分と同じ姿をした“別人格”の幻覚・幻聴に苛まれるようになります。
その正体は、宇宙観測隊員としての本来の自分=オメガ。
以降のソラトの口調は、淡々としたものに変化。
かつてお茶の間を沸かせたモ〇スターエンジンのネタ(古い)を彷彿とさせるほどの変貌ぶりです。
また、記憶を取り戻し特定の生命体に肩入れしないスタンスの割に、人間の姿のままでいるのもどこかシュールでした。結局人間気に入ってんじゃんっていうね。
地球が辿る運命
ゲネス星が滅びたように、地球でも怪獣が目覚め、人間との生存競争が始まるようになるとアーデルによって示唆されます。
ソラトが地球に降りたのはちょうど一体目の怪獣・グライムが目覚め地上に出てくる時。それ以降続々と怪獣が目覚めていき、強力な怪獣・ゾメラも人類の手によって誕生してしまいます。
しかし宇宙観測隊員としてソラトが記憶を取り戻してしまい、怪獣と対等の戦力は実質人類の手元には無くなります。
そのような事実に直面した人類がどのような選択をするのか、また、自らの使命を思い出したオメガ/ソラトはそれに加担するのか、しないのか、といった部分が後半ではメインとして描かれていました。
友情の変身
ホシミコウセイはその人類代表として描かれていました。
コウセイは2クール目以降怪特隊のメンバーとして任務にあたりつつ、オメガをサポートしてきました。
しかし、記憶を取り戻したオメガ/ソラトと話し合うも結局袂を分かつことに。
やがてソラトは翻意し、地球独自の答えを人類と共に導き出す決意を固めオメガに変身するも、ゾメラの攻撃からコウセイを庇いきれず彼共々死亡。
初代ウルトラマンの第一話「ウルトラ作戦第一号」よろしく融合変身・復活し、ゾメラを撃破。
コウセイは蘇ったもののオメガ/ソラトは実質死亡し、意思はウルトラメテオに集約されます。
この展開は素晴らしかったと思います。
「ウルトラマンオメガ」の気になった点
ここからは1話から最終話まで通して観た率直な感想を述べていきます。
気になった点①セリフとドラマが安くて薄い
本作のセリフは、全体的にストレートです。
「みんなのことずっと見ていたい」
「優しいって言ってくれて嬉しかった」
「俺はコウセイと一緒に戦うんだ!」
「お前と一緒ならなんだってやってやる!」
「俺たちは俺たちのやるべきことをやろう」
良く言えばわかりやすい。
でも正直に言えば安い。
言葉と心情が一貫しすぎていて、キャラクター同士の掛け合いとしての面白みが乏しく感じられました。
決意表明は、たまにだから効く。
しかし本作では、数話にわたって友情や決意の確認が繰り返され、尺を稼いでいるようにも見えました。
人間関係は確認するほど虚しくなります。
確認しなくても成り立つのが真の絆ではないでしょうか。
また、ソラトが「やっぱり地球を守る」(厳密にはすべての命と手を取り合って答えを出したい)と結論を出す場面についても、強い動機や建設的な理由が感じられませんでした。
オメガ人間態とソラトは思考主体が同一のため、客観的に見ると独り言をブツブツ言って戻ってきたように見えてしまいます。
しかもその葛藤の経緯はコウセイにもアユムにもサユキにも共有されません。
結果、街が壊滅している最中に一人で悩み、一人で納得して帰ってきただけ、という印象です。
無数の星の中から地球だけ特別扱いするのもちょっと引っ掛かります。
コウセイと融合しても宇宙観測隊からは特にお咎めなし。
まあハッピーエンドというか、ご都合主義というか。
気になった点②ソラトが見た「人間」や「地球」があまりに限定的すぎる
ソラトが身を置き観察した人間社会は、極めて限定的な範囲でした。
終盤、ソラトは親子が老婆に水を譲るのを見ただけで本来の使命を放棄しました。
コウセイらとの日々ももちろんファクターではあると思いますが、あの親子の描写は明確に心理トリガーとして描かれていたはずです。そうでなければ敢えて描写する必要はないためです。
こうして戦争や飢餓、極端な抑圧社会など、人間が持つ負の側面をほぼ見ないまま、「人類には可能性がある」と結論づけています。
普段暮らしているのも、たるんだ先進国日本の平均以下の世帯・太陽倉庫。
もはや宇宙観測隊員というより、日本観測隊員、いや大仁市観測隊員レベルではなかったでしょうか。
もしソラトの着弾地点が日本ではなく、別の国だったら・・・と考えると、かなりおめでたい判断にも見えてしまいます。
70億分の1で良心の権化たるホシミコウセイを引き当てたのは、人類にとってもオメガにとっても、「ウルトラマンオメガ」という作品にとってもラッキーかつ好都合でした。
気になった点③設定は良いが、ストーリー構成が雑
オムニバス形式自体は否定しません。
ただ、本作は縦軸の扱いがあまりに雑でした。
ゾヴァラスの登場、オメガ人間態との対峙など、材料は揃っていたにも関わらず、最終的にはアーデルがすべてを説明する構成。
伏線を小出しにし、視覚的に語ることこそ脚本の役割だと思っていますが、
今作はそれがうまく機能していませんでした。
ゾヴァラスが独自の言語体系でソラトに話していましたが、それをいちいちソラトが訳してくれるのも面白く感じてしまいました。視聴者にとても親切だなと。
とにかく「ウルトラマンオメガ」は、呑気にダラダラ暮らしているソラトとコウセイの代わりに、ゾヴァラスやアーデルといったゲストキャラが仕方なく前進させてくれるようなストーリー展開でした。
オオキダソラトは本筋の問題解決を一切引き受けない新たなヒーロー像を開拓しました。
22話もかけた末の設定一挙説明は非常に認知負荷が高く、正直暴挙に思えました。
派手な伏線が難しくても、例えば、オムニバス回の戦闘シーンでオメガが一瞬観測隊員の人格に戻り、怪獣を見過ごそうとするみたいな描写を挟んでも良かったのではないでしょうか。
これがあるだけで視聴者に「あれは何だ?」と印象付けることができ、アーデルの言説をだいぶ飲み込ませやすくなったはずです。
気になった点④空気のような登場人物の数々
ゲストキャラの多くは、その回限りでフェードアウト。
カミヤ、オオカミくん、ゴーストライダーズ、雷音寺、エーイチ、
「オメガ・・・」と呟いた坊主——この面々は結局何だったのか。
1クール目のゲストで唯一後半に登場したのはミユとミユの母のみ。
この親子は老婆に水を譲っただけでオメガの人間観を大きく揺るがし、ソラトの人格に強制的に引き戻すという大役を担っていますが。ある意味で世界を救った、本作の真の英雄と言えるのではないでしょうか。まあ同時にソラトとコウセイが死ぬ原因も作ってしまいましたが。
このように空気のようなゲストが連発しましたが、レギュラーキャストも大概でした。
レギュラーのアユムやタイラも雰囲気は抜群でしたが、
物語の中枢にほとんど関与しません。
アユム=調べて説明する人
タイラ=指揮して撃つ人
という印象で終わってしまったのは、正直もったいなかったです。
雰囲気はバッチリなんですよ、雰囲気はね。
気になった点⑤あっさりした怪獣描写
人間ドラマ重視の代償か、怪獣や戦闘の演出が全体的に淡白でした。
ラスボス・ゾメラの成り立ちがイメージ映像だけで処理された点は特に残念。
地球が終わる感覚、絶望感が足りません。
あと、所業がエルドギメラとほぼ変わりません。見た目も似てるし。多少頑丈なエルドギメラという印象です。
そのため、融合の感動はあっても、「どうせなんとかなるだろ」と思ってしまい、ゾメラ撃破にカタルシスがありませんでした。
戦闘も各アーマーの連続攻撃でありきたりだし。
要するにゾメラはこれまでの怪獣と同じように攻撃すれば仕留められる程度の相手だったということで。
また、ゾメラの誕生に関して、サユキが罪悪感を感じてないのも引っかかっちゃいました。
自分の責任下でやらかしたことなのになんであんな冷静なん・・・。下手したら地球滅びんのに。
ポジティブシンキングは大変結構ですが、一回関係各所に謝罪して周るべきです。
これらを吹き飛ばす演技表現の力
とはいえ、こうした違和感を押し切って成立させたのは、近藤頌利さん、吉田晴登さんの表現力でした。
現場にいた身としても、「脚本を映像にするとはこういうことか」と教えていただきました。
これまでの積み重ねがあったからこそ、ソラトとコウセイの融合変身には一定の納得感が生まれていたと思います。
本がアレでも演技が良ければいい作品になりうるんだということを、身をもって体感できました。
総評
「ウルトラマンオメガ」は、
誠実で、丁寧で、及第点として非常によくできた作品だと思います。
ただし、主人公が自ら謎を追わず、物語を動かさない構造が最後まで変わらなかった。
だからこそ、
優しい物語ではあったが、誰かの人生を変える物語にはなりきれなかった。
そんな印象を受けました。
もしこの先、
「名作」や「傑作」と呼ばれる作品を目指すなら、
きっと必要なのはもう一段階上の“賭け”なのだと思います。
次作に期待します。ニュージェネレーションスターズは観ないつもりですけど。


脚本家志望の者です! あなたのレビュー見てて「この人、めっちゃ見る目あるな〜」って思って、ついコメントしちゃいました😅 烏滸がましいかもなんですが、私の書いた小説に感想とか意見もらえたら超嬉しいです…! もしよかったら読んでみてもらえませんか?🙏 https://kakuyomu.jp/works/1681…