息子のトンボに匹敵する父の「鳥」
今年、秋篠宮が詠んだのは、「夜明け前一番鶏の鳴く声にアンルーナイの一日始まる」であった。アンルーナイは、タイにある野生動物保護区のことである。秋篠宮は赤色野鶏の調査のためにそこを訪れた。その際、夜明けを告げる野鶏の鳴く声を聞き、それを歌にしたのだ。
秋篠宮は、「ナマズの殿下」とも呼ばれるようにナマズの研究者として知られる。だが、鳥類についても研究しており、博士論文のテーマは鶏の起源を遺伝子に基づいて解析した研究だった。秋篠宮にとって鳥は、悠仁親王のトンボに匹敵する興味の対象なのだ。
秋篠宮が初めて歌会始の儀に歌を寄せたのは昭和61(1986)年からのことである。その時はお題が「水」であり、「護られて幾多の鳥はにぎやかにスリムブリッジの水面に遊ぶ」であった。やはりそこでは鳥が詠まれている。
翌年のお題は「木」で、「高原の木々に朝日のさす刻を群れて小さき河原ひは来る」であった。カワラヒワは、スズメ目アトリ科に分類されるやはり鳥である。すべてをあげるわけにもいかないが、平成3(1991)年の「森」というお題には、「昼たけて野鳥の森に鳴き交はす小鳥らの声我も歌はむ」だった。
このように、秋篠宮の歌には鳥が多く登場し、その分、人間が詠まれることは少ない。
自らを雷鳥に重ねた歌ではないか
もちろん、まったく登場しないわけではなく、平成9(1997)年の「姿」では、「旅先に出迎へくるる園児達吾子の姿と重なり映る」と詠っている。平成3年と6年には眞子内親王と佳子内親王が相次いで誕生した。
あるいは、平成28(2016)年は、お題が「人」だけに、「日系の人らと語り感じたり外つ国に見る郷里の心」と、ブラジルを訪れた際に接した日系人について詠われている。だが、翌年の「野」になると、「山腹の野に放たれし野鶏らは新たな暮らしを求め飛び行く」とやはり鶏が詠われている。
どういう歌が詠まれるかは、当然、お題によって左右される。「人」というお題なら、何らかの形で人間が出てくるし、「野」であれば、自然の光景が詠まれる。だからこそ、秋篠宮の歌がそうした内容のものになったわけだ。
ただ、平成25(2013)年の「立」だと、人が立つことが詠まれる可能性が高く、実際、当時の美智子皇后や皇太子夫妻は、そうした歌を詠んでいる。ところが、秋篠宮が詠んだのは、「立山にて姿を見たる雷鳥の穏やかな様に心和めり」である。私には、秋篠宮が自らを雷鳥に重ねているように思える。自然の中を飛びまわる鳥は、研究対象であるにとどまらず、秋篠宮自身なのである。