50分以上も遮断機が下りたままのことも…買い物で購入した“刺身の色が変わる”ほどの『開かずの踏切』 住民の悲願で実現した歩道橋の歴史【兵動大樹の今昔さんぽ】
一枚の写真から街を再発見する「兵動大樹の今昔さんぽ」。 今回の舞台は、JR新大阪駅前です。 ■【動画で見る】50分以上も遮断機が下りたままのことも…住民語る苦労
■大阪の玄関口から始まる謎解き
新大阪駅は大阪の玄関口として、新幹線や在来線、地下鉄も通る交通の要所。そんな大阪の中心地の一つで、兵動さんが受け取ったのは1969年(昭和44年)に大阪市内で撮影された1枚の写真でした。 写真には特急列車らしき列車と、それを見るために集まった多くの人々が写っています。また「日の出保育園」「大山商店」といった文字も確認できますが、この場所がどこなのかはすぐには判別できません。 【兵動大樹さん】「これ列車ですよね。これをみんな見に来てるということかな?」 場所を特定するため、兵動さんは新大阪駅周辺で聞き込み調査を開始しました。 聞き込みをしていくと、地元の人からJR東淀川駅の方角を示されます。そこで兵動さんは東淀川駅方面へ向かうことにしました。
■味の発見!中国西安の家庭料理「ビャンビャン麺」
東淀川駅へ向かう途中、兵動さんは見慣れない看板を発見します。「ビャンビャン麺」と書かれた看板でした。 好奇心旺盛な兵動さんは早速お店に入り、「ビャンビャン麺」を注文。これは中国の西安(かつての長安)地方の家庭料理で、平たく広い麺が特徴的な料理でした。店員さんが麺を手作業で伸ばし、茹でた後に特製のソースと具材をのせて完成します。 【兵動大樹さん】「うわぁ、初めて食べるビャンビャン麺。おいしい!トマトのすごいおいしい味がする。豚の軟骨も甘いし、ほろほろや」 予想外のグルメ発見に舌鼓を打った兵動さんは、お店の方に写真について尋ねると「東淀川駅ではないか」との情報を得ました。
■JR東淀川駅近くの「開かずの踏切」とは…
JR東淀川駅周辺に着いた兵動さんは、地元で野球用品店「球児先生二軍」という店舗にたどり着きます。 本店は梅田にあり、ここは野球道具の修理などをする店舗のため「二軍」と名付けられているそうです。 【店主・山田正人さん】「当時は開かずの踏切があったんですよ」 「開かずの踏切」とは、かつてJR東淀川駅の北と南にあった踏切のこと。 東海道本線や貨物線など複数の線路が通っており、その幅は40メートル以上もあったそうです。手前の踏切が開いても奥の踏切が閉まっていることが多く「開かずの踏切」と呼ばれ、ラッシュ時には50分以上も遮断機が降りたままになることもありました。 【兵動大樹さん】「俺がまだ若い時、開かずでしたよこの辺。入ってうわ…しまったって思ったら全く開かない踏切やった」 この開かずの踏切は2018年に廃止され、新しくなった駅舎には、自転車も渡れる連絡通路もあるそうです。 当時は、駅の東側(東淀川区)から商店の多い淀川区側へ買い物客が多く訪れていたことや、この写真は東淀川区側から撮影された写真だということも分かりました。