50分以上も遮断機が下りたままのことも…買い物で購入した“刺身の色が変わる”ほどの『開かずの踏切』 住民の悲願で実現した歩道橋の歴史【兵動大樹の今昔さんぽ】
■写真は「日之出跨線歩道橋」の渡り初め式だった
さらに詳しい話を聞くため、兵動さんは東淀川区へ。もともと踏切があったとみられる場所へ向かいます。 東淀川区で昭和18年から営業を続ける酒屋「大門酒店」を訪ねました。この歩道橋について店主の宇田さんが教えてくれました。 【店主の宇田聖司さん】「ここに日之出って書いてるんで、日之出のとこの歩道橋はそこしかないんで、間違いないと思いますね」
■当時を知る人は…「買った刺身の色が変わる」ほどの「開かずの踏切」だったという
そして、地元で長年教員を務めてきた大賀義子さんと「日の出歩道橋」で待ち合わせをしました。現在も残る「日之出跨線歩道橋」です。 大賀さんによると、この写真は1969年に完成した歩道橋の「渡り初め式」の様子だったのです。地域住民たちの要望が国鉄に届いたことで建設された歩道橋は、「開かずの踏切」で分断されていた地域を安全につなぐものでした。 【大賀喜子さん】「8本の線路があるのでね。刺身を買うでしょ?1時間待たされたら夏の日に(刺身の)色変わるじゃないですか。 それと高齢者が渡り、(遮断機が)パッと上がったから喜んで行ったら、3分もせんうちに閉まるから渡りきれない。人身事故が北側と南側両方ともしょっちゅう起こってたんです」 大賀さん自身もこの「渡り初め式」に参加していました。 【兵動大樹さん】「初めて渡った時ってどうでした?」 【大賀喜子さん】「みんなで署名集めたりしてたから、みんな感激してました」
■住民の悲願だった「歩道橋」地域の安全を守り続ける
最後に兵動さんは当時と同じアングルで写真撮影をしました。 【兵動大樹さん】「開かずの踏切、皆さんがお願いをして歩道橋ができた。皆さんの悲願の歩道橋ができることによって事故も少なくなった。いい回でしたね。なんかグッと来ました」 「開かずの踏切」は2018年に廃止され、新しくなった駅舎には自転車も渡れる連絡通路が設置されました。しかし「日之出跨線歩道橋」は今もなお、地域住民の安全な暮らしに貢献し続けています。 (関西テレビ「newsランナー 兵動大樹の今昔さんぽ」2026年1月16日放送)
関西テレビ