<私の東京物語>丸山圭子(3) そうそうたる方々との出会い

2025年11月4日 07時04分 有料会員限定記事
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1972年、18歳のデビューアルバム「そっと私は」のジャケット=ワーナーミュージック・ジャパン提供

 幼少の頃から音楽好きだった私は、埼玉県立浦和第一女子高校在学中に、女子3人のフォークグループ「サンデースプリング」を組みました。
 浦和一女の文化祭は当時大変な人気でした。その文化祭で、階段教室を満席にして歌ったのが、初めてのステージでした。
 当時、ニッポン放送主催「VIVA唄の市」というコンテストがあり、自分の将来に悩んでいた私は、思い切ってソロで出場しました。
 最初の予選でカバー曲を歌ったところ、審査員から「今はシンガー・ソングライターが注目されている時代だから、オリジナル曲を歌った方がいい」というアドバイスを受けました。
 次の予選までの10日間で、夢中で作った曲が「しまふくろうの森」。北海道のアイヌ...

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