《50歳で東大合格》憧れ再燃で東大受験した主婦が息子を亡くした悲しみ越えて描く夢
浪人という選択を取る人が20年前と比べて1/2になっている現在。「浪人してでもこういう大学に行きたい」という人が減っている中で、浪人はどう人を変えるのでしょうか? また、浪人したことによってどんなことが起こるのでしょうか? 自身も9年の浪人生活を経て早稲田大学に合格した経験のある濱井正吾氏が、いろんな浪人経験者にインタビューをし、その道を選んでよかったことや頑張れた理由などを追求していきます。 【クリックして写真を見る】50歳で東京大学文科3類に合格した安政真弓さん。息子の受験をきっかけに東大を見学。キャンパスライフが「羨ましかった」といいます。
著者フォローをすると、連載の新しい記事が公開されたときにお知らせメールが届きます。 ■専業主婦→50歳で東大に合格 今回は、2浪して早稲田大学第1文学部に進学し、卒業した後、50歳で東京大学文科3類に合格した安政真弓さんにお話を伺いました。 1浪目、2浪目で東京大学を受験した安政さんは、入試本番で毎回頭が真っ白になってしまったために合格がかないませんでした。 しかし、30年を経て再受験を決意し、東大に合格した彼女の変化とは。50歳で東大に受かって、何が変わったのか。お話を伺っていきます。
安政さんは兵庫県姫路市に、高校数学の教師をしていた父親と、洋裁の先生をしていた母親のもとに、3人姉弟の長女として生まれ育ちました。 小さい頃は周囲の子がみんなやっていたピアノや習字を習っていたものの、当時通っている人が少なかった学習塾には行っていなかったそうです。 公立小学校のときにすでにそれなりに得意だった勉強面は、公立中学校に入ってから開花し、成績はとても良くなりました。 「勉強が好きだったんです。ピアノも習字もあまり得意じゃなかったのですが、同じように頑張ったら勉強のほうがより効果が上がったので、『勉強を頑張るからピアノも習字もやめたい』と親に言ったら辞めさせてもらえたので良かったです」
高校では地元で屈指の進学校である姫路西高等学校に進学します。 ■本番で失敗…致命的な弱点が見つかる 高校ではブラスバンド部とバドミントン部に入った安政さん。しかし、活動が忙しくて成績が落ち、高1の1学期には同級生450人中410番くらいになってしまいます。 ただ、バドミントン部をやめて、夏休みに勉強を頑張ったことで9月には100番台になりました。 「姫路西高校に行ったからには、東大か京大か早稲田か慶応じゃないと嫌だと思っていました。その気持ちは揺るぎませんでしたね」