「財政従属」が色濃い日銀 債券市場の警鐘に応え、真の独立を

編集委員・原真人

 23日にあった日本銀行植田和男総裁の記者会見は、もっぱら最近の長期金利の急騰に質問が集中した。「日本国債は大丈夫か?」という問題に、世界が目を向け始めているからだ。

 債券市場の警鐘は、最初は控えめで小さなものだった。それが次第に大きな音を立て始め、ついに今週は世界に大きく鳴り響くまでになった。

 日本政府は世界最悪の借金依存であるにもかかわらず、これまで低い長期金利(高い国債価格)を維持できた。日銀のイールドカーブ・コントロール(YCC、長短金利操作)という世界でもまれな政策があったからだ。

 だが日銀もすでにYCCを終了し、今は巨額の保有国債の減額を進めている。そのなかで国債の市場利回りが急騰(国債価格の急落)しつつあり、日本財政の先行きに暗雲が漂う。

きっかけは高市政権の「積極財政

 きっかけは昨年10月、「積極財政」を掲げた高市早苗政権が発足したことだった。ここから急速な円安とともに長期金利の上昇に拍車がかかった。

 高市政権の発足が確実になった昨年10月初旬の自民党総裁選から、円は対ドルで10円以上、安くなった。対ドルだけではない。欧州ユーロや英ポンドスイスフラン、豪州ドル、中国人民元などあらゆる通貨に対して円は安くなった。

 世界インフレの起点となったロシアによるウクライナ侵攻前の2022年1月と比べると、円は対ドルで28%減価した。他の主要通貨に対しても2~4割も安くなった。この4年間で円は「1人負け」状態なのだ。

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 超円安は日本人の海外旅行費用を高騰させた。一方で外国人の訪日旅行は激安価格になった。昨年の訪日観光客数の4千万人突破は、まさにそれが背景にある。見方を変えれば、「日本売り」状態だ。

 さらに長期金利の上昇(国債価格の下落)である。長期金利の指標となる10年国債金利は昨年12月22日、27年ぶりの高水準となる2.1%をつけた。

 これに慌てた高市首相は日本経済新聞のインタビューで、政権が掲げる「責任ある積極財政」について「無責任な国債発行や減税を行うということではない」と述べた。いったん金利上昇は止まったものの、年が明け、衆院解散の観測が高まると、再び財政拡張が懸念されて長期金利や20年以上の超長期金利が上昇した。

 市場の不安はさらに高まる。今月19日、高市首相が衆院解散を表明した記者会見で、食料品の2年間の「消費税ゼロ」について「検討を加速する」と述べたからだ。

 翌20日、10年金利は2.38%台に上昇した。政権発足時は1.65%だったので、わずか3カ月で0.7%幅も上昇したことになる。

 超長期金利も20日、30年金利が3.875%、40年金利は4.215%と、いずれも過去最高水準となった。

ベッセント長官が示した「日本問題」

 この日本の長期金利上昇について、日本政府・日銀には思わぬところから牽制(けんせい)球が飛んできた。ベッセント米財務長官だ。訪問先のスイス・ダボスで米メディアの取材に答え、「日本のカウンターパートと連絡を取っている。日本側から市場を落ち着かせる発言が出てくると確信している」と語った。

 ベッセント氏は、日本の債券市場が過去2日間で「6標準偏差(市場用語でほぼありえないほどの価格変動の意)」が起きたと説明。米国で長期金利が上昇していることと関連づけ、「米市場の反応を、日本で国内要因によって起きている動きと切り分けるのは極めて難しい」と指摘した。事実上、日本政府に市場の財政不安に対する対応を求めたのだ。

 実は、トランプ大統領によるグリーンランド支配構想と対欧州の追加関税騒ぎも米国債の下落材料になっていたが、日本国債問題に責任転嫁された格好だ。

 やはりダボスを訪れていた片山さつき財務相は、米メディアから日本の財政が不安視されていると質問され、政権が掲げる「責任ある積極財政」は、「プロアクティブ(先を見越したもの)であってエクスパンショナリー(拡張的)ではない。市場の皆様には落ち着いていただきたい」との弁明に追われた。

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植田日銀が気遣う政府の意向

 23日の植田総裁会見で「長期金利の上昇」の質問が相次いだのは、こうして日本国債問題が金融市場の焦点となってしまったことが背景にある。

 ふだんから慎重な発言を心がける植田総裁だが、この日はいっそう慎重になった。発言が長期金利の上昇や円安を招くことを警戒したのだろう。

 気になったのは植田総裁がこれまであまり使うことのなかった「政府と緊密に連絡」「政府と十分な意思疎通」という言い回しを、会見中に6回も使ったことだ。「中央銀行の独立性」についての質問にもそのフレーズを使った。まるで政府の了解を得ないと利上げもできないと言っているようにも聞こえた。

 今月13日には、米中央銀行FRB(連邦準備制度理事会)のパウエル議長が米司法当局から刑事捜査を受けることになったことに対し、欧州ユーロ圏のECB(欧州中央銀行)のラガルド総裁ら主要中央銀行16行の首脳が、中央銀行の独立性を脅かすものだとして連帯を示す緊急声明を出した。英国、スイス、カナダ、韓国などの中銀総裁も名を連ねたが、植田総裁は加わらなかった。

 この日の会見で植田総裁は「本件は米国の内政に絡む事項でもあり(中略)、今回のステートメントに参加しないことが適当と判断した」と述べた。

 この一件も、トランプ政権との関係を重視する高市政権を気遣っての判断とも受け取れる。

株高」と「円安・債券安」の分離

 高市首相は19日の会見で、「私の首相就任以来、株価が上昇している」と胸を張った。だが、その裏で激しい円安と債券安(長期金利上昇)が起きている。

 これはまさしく「日本売り」であり、日本版「トラス・ショック」が始まったと見ることもできる。

 22年、就任早々の英国のリズ・トラス首相が、財政規律を無視し、所得税の最高税率の引き下げや法人税増税の中止などの減税路線を矢継ぎ早に打ち出した。これがきっかけで英国債が急落(長期金利が急上昇)し、英ポンドも歴史的な安値となった。トラス首相は就任わずか45日で辞任を表明した。

 日本では株価が好調で、トラス・ショックとは異なるという見方もある。ただ、今の株高は株式市場が日本経済のパフォーマンスといよいよ遊離してきたことを示しているのではないか。

 もともと株価は企業収益を反映するものだ。だが、かつては日本企業の業績が好調なら、社員の所得が増え、日本の消費市場が盛り上がった。国際協力銀行の調査によると、今や売上高の海外生産比率は、自動車産業で47%、電機は42%だ。投資も含めて海外重視の企業収益と、日本経済の活況は必ずしも利害が一致しなくなってきた。

 日経平均株価の好調さと、日本の財政や金融政策の問題がとがめられつつある超円安、長期金利急騰は、もはや別の文脈でとらえた方がいいのかもしれない。

実質政策金利の異常な低さ

 日銀は23日、政策金利を現行の0.75%という「極めて低い水準」(植田総裁)に据え置いた。この日発表された昨年12月の消費者物価上昇率(総合)は2.1%なので、政策金利から物価上昇率を差し引いた「実質政策金利」はマイナス1.35%だ。いまだに先進国でも際だった超金融緩和状態を続けている。

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 米欧や韓国など、連続利上げで金融を引き締めて物価高に対応してきた中央銀行の実質政策金利は、ゼロ近辺かプラス圏にある。日銀だけが異次元緩和の後遺症を引きずり、異常な金融政策を今も続けているのだ。

 この状態を早々に解消しない限り、日銀が政府の巨額債務に配慮して利上げできない「財政従属」に陥っているのではないかとの疑念は消えないだろう。債券市場の警鐘に向き合い、正常化を急ぐ時だ。

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この記事を書いた人
原真人
編集委員|経済担当
専門・関心分野
金融、財政、エネルギー、経済地政学