高市首相が言う「国論を二分する政策」とは 国のあり方問う9の焦点
23日の衆院解散をめぐり、高市早苗首相は19日の解散表明会見で、通常国会冒頭で解散する理由をこう語っている。
「半年近くに及ぶ国会で、国論を二分するような大胆な政策、改革にも、批判を恐れることなく果敢に挑戦していくためには、どうしても国民の皆様の信任も必要だ」
では、新年度当初予算の年度内成立を先送りしてでも選挙を優先し、その実現に向け民意という推進力を得ようとした「国論を二分する政策」とは、一体何なのか。
それを解くカギが、高市政権発足直前に公表された自民党・日本維新の会連立政権合意書だ。首相は会見で、高市政権は「国の根幹にかかわる重要政策の大転換」に取り組み始めていると強調し、その具体的政策は連立合意書にあると位置付けている。
自民党・日本維新の会連立政権合意書にある主な政策
①スパイ防止法
②対外情報庁創設
③「5類型」撤廃
④防衛力の抜本的強化
⑤憲法改正
⑥日本国国章損壊罪
⑦皇室典範改正
⑧旧姓使用法制化
⑨外国人政策の厳格化
連立合意書では冒頭、自維連立政権の役割について「戦後80年にわたり、国のかたちを作り上げる過程で積み残してきた宿題を解決する」とうたう。そのうえで、安全保障改革、インテリジェンス(情報収集・分析)機能の強化、スパイ防止法制定、外国人政策の厳格化など、これまでの自公政権では見られなかったような保守色の強い政策メニューが並ぶ。
首相は会見で、自維連立政権がこれら「国の根幹にかかわる重要政策の大転換」を図っていくことに関し、「決して右傾化などではなく、普通の国になるだけだと私は考える」と語った。
首相の言う「普通の国」とは、どのような姿の国なのか。高市政権の「国論を二分する政策」の中身や進捗(しんちょく)状況を検証し、その全体像を考える。
【スパイ防止法】
「もう今年、検討を開始して速やかに法案を策定することを考えている」(首相、2025年11月の党首討論で)
「スパイを捕まえて交換という手段は他国なら使えるが日本は使えない」。首相は就任前からスパイ防止法の必要性を訴えてきた。同法をめぐっては、自民は1985年、「国家秘密法」案を国会に提出。当時の最高刑は死刑で、国民生活も広く処罰対象になりかねないことに世論が強く反発し、廃案になった。以来、スパイ防止法の制定は保守派の宿願となった。今回も国会に提出されれば、内容次第で個人の思想・信条の自由の観点から大きな論争になるのは必至となる。
【対外情報庁創設】
「2027年度末までに独立した対外情報庁(仮称)を創設する」(連立政権合意書)
外国で情報収集活動を行う想定の「対外情報庁」は、米中央情報局(CIA)や英対外情報部(MI6)が念頭にある。連立政権合意書では、27年度末までに情報要員の省庁横断的な養成機関創設も掲げる。
「対外情報庁」は、新設する「国家情報局」とともにインテリジェンス(情報収集・分析)の中心的役割を果たす見通し。ただ、「日本版スパイ」ともいえる諜報(ちょうほう)活動を担うことになり、国民生活への監視にまで向かわないかという懸念なども指摘される。
【「5類型」撤廃】
「自民と維新で5類型の撤廃が合意されている。早期に実現すべく具体的検討を進めていく」(首相、25年11月の衆院本会議で)
「5類型」は輸出できる武器を「救難・輸送・警戒・監視・掃海」の目的に限る規定で、政府・自民は武器輸出拡大の大きな障害とみてきた。自民総裁選後、撤廃に慎重姿勢の公明党が政権離脱する一方、維新が合流したことで一気に撤廃を進められる情勢となった。
政権発足後、自民、維新は与党協議で「5類型」撤廃で合意。政府は与党提言を受けて今春にも運用指針を改定し撤廃する方針。実現すれば、殺傷能力のある武器の輸出が大幅に拡大することになる。
【防衛力の抜本的強化】
「自らの国を自らの手で守る。その覚悟のない国を誰も助けてはくれない」(首相、1月の解散表明会見で)
「我が国として主体的に防衛力の抜本的強化を進めることが必要だ」。首相は所信表明演説でこう訴え、安全保障関連3文書を26年中に前倒して改定する方針を表明した。改定では、国内総生産(GDP)比「2%超」への防衛費増を視野に入れる。
連立政権合意書では、原子力潜水艦を念頭に「次世代の動力を活用した」潜水艦保有の推進も明記。3文書改定では、首相は「非核三原則の堅持」の文言を残すかどうか明言を避けており、表現ぶりが焦点となる。
【憲法改正】
「少しでも早く憲法改正の賛否を問う国民投票が行われる環境を作っていけるよう、粘り強く全力で取り組んでいく」(首相、2025年11月の衆院本会議で)
連立政権合意書では、憲法9条改正や緊急事態条項をめぐって「条文起草協議会」の設置を掲げた。自民、維新両党は昨年11月に初協議を開き、維新側から党でまとめた提言に基づき、戦力不保持を定めた9条2項を削除し、集団的自衛権行使を全面容認することや「国防軍」保持の明記などが示された。
自民は野党時代の2012年に発表した改正草案で9条2項削除や国防軍保持を明記。首相は首相就任前の昨年6月、この草案を「ベストだ」と評価している。
【日本国国章損壊罪】
「2026年通常国会で『日本国国章損壊罪』を制定し、『外国国章損壊罪』のみ存在する矛盾を是正する」(連立政権合意書)
国章とは国家を象徴する紋章や徽章(きしょう)。法律の対象に国旗も含む。首相は以前より日本国旗損壊罪創設に取り組み、11年にコラムで「自国についての帰属意識・一体感という『社会法益』を守る」などと訴え、翌年に同罪創設の刑法改正案提出を主導(のちに廃案)。ただ、表現の自由に抵触する恐れや、外交問題化の回避が主な理由とされた「外国国章損壊罪」とは性格が異なるとの指摘もある。官邸内でも「どんな行為を罰するのか線引きは簡単ではない」(幹部)との声もある。
【皇室典範改正】
「男系の皇統をお守りするために、皇室典範を改正する」(首相、2025年9月の自民総裁選の立候補会見で)
「126代も続いてきた皇室は、世界のどこにも例のない大切な大切な宝物」。首相は就任前からこう述べ、男系天皇の維持を強く訴えてきた。連立合意書では、旧宮家の男系男子を養子として迎える案を「第一優先」として皇室典範改正を目指す方針を明記。首相は19日の解散表明記者会見で、憲法改正とともに皇室典範改正を挙げ、「長年にわたり手がつけられてこなかった課題に正面から取り組む」と強調。首相の皇室典範改正への意欲は極めて強いとみられている。
【旧姓使用法制化】
「同一戸籍・同一氏の原則を維持しながら、社会生活のあらゆる場面で旧姓使用に法的効力を与える制度を創設する」(連立政権合意書)
首相は選択的夫婦別姓の制度導入に慎重な立場を取る。就任前には「安倍晋三元首相の遺言とも呼べるテーマ」とし、安倍氏から「あれはダメだよ」と言われたと主張した。保守派は別姓導入による家族崩壊などを反対の理由とする。首相が代わりに進めるのが「夫婦同姓」を前提に、行政手続きなどでの旧姓の通称使用の法制化だ。昨年12月の国会では「与党と緊密に連携し必要な検討を進める」と答弁。実現すれば、別姓の制度導入に向けた機運は失われる公算も大きい。
【外国人政策の厳格化】
「私たちと文化や何もかもが違う人たちをまとめて入れていく政策は、いったん考え直す」(首相、2025年9月の自民総裁選の所見発表演説会)
首相は、自民総裁選で外国人観光客の中に奈良公園のシカを「足で蹴り上げるとんでもない人がいる」と訴えた。連立合意書はルールや法律を守れない外国人に厳しく対応する必要性を指摘。政権発足後、政府は外国人の不動産保有状況を透明化する方針を決め、23日公表の外国人政策に関する基本方針には日本国籍取得要件の厳格化などが盛り込まれた。「首相の思い入れが強い」(政権幹部)という外国人による土地取得への規制は国際協定との整合性の課題もあり検討を継続する。
【識者】中北浩爾・中央大教授(現代日本政治論)
丁寧な議論、高市氏は「遠回り」と
高市政権が保守色の濃い政策を打ち出しているのは、ブレーキ役だった公明党が抜け、保守色を強めた日本維新の会がアクセル役として入ったからだけでない。自民党と綿密な調整をしない首相の姿勢も重なっている。解散の理由に「自分が首相にふさわしいかどうか」と掲げ、自民側が置き去りなのは特異なことだ。
自民はリベラル派も抱え、幅広い包括政党として振り子が振れすぎないようにしてきた歴史がある。安倍晋三元首相も「戦後レジームからの脱却」を掲げて保守的な政治思想を持っていたが、政策実現のために自民内や公明に配慮し、妥協するリアリズムがあった。党運営や選挙を担う党幹事長を経験したことが影響しているだろう。郵政解散をした小泉純一郎元首相も官邸主導だったが、党幹事長に腹心を就け、最前線に味方がいた。
丁寧な議論こそが、政策実現へ着実に進む手段だが、高市氏は「遠回り」と感じているのだろう。国際情勢が変化している現実があるが、戦後の保守政治は憲法の理念と折り合いをつけてきた。そうした戦後民主主義に対し距離を置こうとしているように見える。
背景には高い内閣支持率がある。物価高対策の「おこめ券」や、裏金問題に関与した議員の復権などが批判を受けても、高支持率の勢いがすべてをのみ込んでいる。
積極財政の政策が行き過ぎた場合には、市場からの警鐘がブレーキにもなるが、保守色を強める政策へのブレーキは民主主義のプロセスとして国会で納得が得られるまで議論するしかない。高市氏はその前に解散・総選挙を選んだが、先に選挙で勝利することで政策を押し通そうとする手法は正攻法とは言えない。
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