若松 英輔

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若松 英輔
@yomutokaku
批評家・随筆家。最新刊は『自分の人生に出会うために必要ないくつかのこと』(亜紀書房)。そのほかの著作には『霧の彼方 須賀敦子』『悲しみの秘義』『美しい花 小林秀雄』『イエス伝』『井筒俊彦 叡知の哲学』などです。voicyも始めました。➱voicy.jp/channel/214814

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【お知らせ】私の名前で、(つまり、なりすましで)知人にLINEに加わるように、というメールが送られたようです。私はLINEを使っておりませんし、そのようなお願いをすることはあり得ません。メールアドレスは全く異なるもので名前が「若松英輔」となっていました。くれぐれも気を付けてください。
「10万円」を辞退することが美徳であるかのような風潮が、改まっていくのを願わずにはいられない。国民である以上、もらって、その人から見て、最も行き届かない人たちのために働く人たちに黙って寄付すればよいではないか。百歩ゆずって辞退するのもよい。それなら黙ってすればよいではないか。
国からお金を「もらう」などという意識でいる必要はまったくない。私たちは時の権力者から「ほどこし」を受けるのではないのだ。私たちがこれまで納税し、国庫に蓄えてあったものを危機になったので、本当の意味でみんな(納税の有無は関係ない。)で分かち合う、それだけだ。
書物は腐らない。だから買ってすぐに読まなくてもよい。手元において、日々眺めながら読む時期を待つ方がよい場合も少なくない。状況が許せば、読みたいと感じた本はすぐに読まなくても買って、目の届く場所に置く。嘘だと思われるだろうが、書物の方から今だ、と無音の声をかけてくれることもある。
書けないと感じた人は必ず書ける。書けないと感じるのは、書ける者だけだからだ。書くときにあまり力を込めてはいけない。それは直すときにとっておく。真剣に書きたいと思うのなら、まず肩の力を抜くことだ。そして、大切な人への手紙のように慈しみながら書くといい。内容の如何にかかわらずである。
『モモ』によると「時間」を節約するようになった人間は「物語」と「遊び」を軽んじるようになる。「灰色の男」はモモにいう。「おまえたちは、遊びや物語をするさいごの人間になるだろう」。ということで、これからは「物語」と「遊び」を重んじて生きていきます。気が付くのが少し遅かった。
12日、20時、この時間まで政府は、今回の台風に関する緊急対策本部を立ち上げていないことを忘れないでいよう。これから被災地が危険な状態になるかもしれないのに。危機管理能力がまったくない人たちに「緊急事態」を任せるようなことのないように、これからもしっかりと目を覚ましていよう。
WHOの会見は昨晩、生でみた。関係者が繰り返し、語気を強めて発言していたのは「積極的な検査」の実施だ。そして早期発見による適切な処置だ。しかし、NHKの以下のコメントには「積極的な検査」の文字が抜けている。どうしてこういう報道をするのか。命に係わることなのに。⇒
福岡市が、とても大胆な決断をした。「県の要請や依頼を受けて休業する市内の中小、小規模事業者の店舗賃料の8割を支援する」というものだ。今、日本では地方行政がその意味を取り戻し、行政と国の関係が変わり始めているのだろう。友人たちも、少しだけ安堵したようだった。⇒
今、全国民が、石牟礼道子さんの『苦海浄土』を読んだらいいと思う。苦しむ人はいるのに「患者数」は増えない理由も、因果関係がないという言い逃れも、少額のお金で「いのち」にケリをつけようとする態度も、そして、批判する人をおとしめる動きをつくることも、今と全く変わらないのに驚くだろう。
最近、未知の人から「ポエムみたいなことを書いている間抜け」というリプライをいただくので、一度だけ書いておきます。まず、私は「ポエム」を生業にしている人間ですので、その旨はご理解頂きたいと思います。しかし私にとって「ポエム」は最も強靭な言説である、ということも書き添えておきます。
どうしてこうした基本的な情報が、日本のメディアから流れてこないのか。そちらの方が心配になる。
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BBC News Japan
@bbcnewsjapan
BBCニュース - 肺や免疫、脳にも……COVID-19が体に与える影響 bbc.com/japanese/video
2:51
いつからか、この国は「能力」を評価し、そこに意味と価値があると考えるようになった。それは仕事上だけでなく、教育の現場にまで巣食っている。私たちは、もう一度「存在」の意味と重みを学び直さねばならない。「存在」はつねに、評価の次元を超えて尊ばれなくてはならない。
「休業に対して補償を行っている国は世界に例がなく、わが国の支援は世界で最も手厚い」と発言した人物がいるらしいが、多分、嘘をついているのではなく本当にそう思い込んでいるのだろう。そう報告されてもいるのだろう。すなわち、自分で考える事がもうできていないのだ。私は何よりそれが恐ろしい。
多く知ると人は傲慢になることが多いが、深く考える人は謙虚な場合が少なくない。若いとき、眼前の人が「知の人」か「考える人」なのか、それを融合した人なのかが判然としなかった。五十を超えるとそれは、じつによく分かる。知の人は、答えを語ろうとするが、考える人は問いを告白するからである。
すでにお分かりだと思いますが、今、私たちは「がんばって」はいけません。もっとも注意しなくてはならないのはそこなのです。人は、もとの生活に戻ろうとする習性があります。今、私たちに必要なのは、ゆっくりでよいので、新しい生活を作ることです。そして、かつてのようにがんばらないことです。
14歳の学生たちが、アイルランドからナイジェリアへ強制帰国を命じられたクラスメイトのために反対運動をし、それが認められた、という話。今、世界で、「国民」というものの定義が刷新されようとしている。
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Hasan Patel 🌹
@CorbynistaTeen
Prepare to cry. 14-year-old Nonso Muojeke’s classmates prevent his deportation to Nigeria from Ireland. This is what humanity looks like and a lot of so called adults could learn from this.
0:03 / 2:11
若い頃、私は何かを成し遂げた人たちを羨望のまなざしで眺めていた。しかし今は、そうしたことにほとんど関心がない。今は、何かを真剣に愛し、そして、悲しみを経験した人たちの言葉を、言動を信頼している。人生は思うようにならない、という地平を生きる者たちに深い畏敬の念を抱いている。
夕方からの記者会見を見て、多くの人がメディアへの信頼を失っただろう。新聞社には友人も多い。だがあの会見は受け入れがたい。メディアが媒介となって不誠実を拡散した出来事以外の何ものでもなかった。メディアから正義が消えたなら、存在する意味がないではないか。私はこちらの方に失望した。
うまく話すよりも誠実に話すほうが、うまく書くよりも誠実に言葉を紡ぐことの方がずっと重要だ。人は、自分の語る言葉、書く言葉によって大きな影響を受ける。他の誰にも届かない言葉でも、自分の発した言葉の影響を免れることはできない。だが私たちはこうした言葉の理を学ばないまま大人になるのだ。
ユングは「人生の後半」の「学校」のようなものが必要なのではないかと述べている。スキルや知識を習得する場所ではなく、自分の固有な人生の意味を深く考え直し、個を超えた「人間」さらには生命の根源に開かれていくような道程が求められる、というのである。本当にそう思う。
昨日、この動画を見てから言葉がない。今も語る言葉を見つけられない。ただ、この31歳の男性が語っている言葉は、「敗者」の言葉ではなく、賢者のそれであることは分かる。こうした言葉に遭遇した、この16歳の若者はもう、昨日までの彼ではいられないだろう。 x.com/elierlee_/stat
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今日の会見を見て、本当に残念だったのは、明日の生活に困っている人が世のなかにはたくさんいる、ということを何度も繰り返しながら、その人たちをめぐる抽象的な経済対策の話をするだけで、感染とは別の危機にある人たちへの「いたわり」も勇敢に働く人たちへの「ねぎらい」もなかったことだ。
コロナ危機になってからずっと怒っているような気がする。私憤に流されまいと、自分を鎮めてきたが、怒りを感じなかった日はなかった。真実とか誠意とか真摯という態度を、片っぱしから愚弄してきたこの国のありように、あるいはその手先になっていることに何の疑問も持たない人々にずっと怒っている。
人は、誰かが望む「人材」になるために学ぶのではない。その人自身になるために学ぶのだ。世にただ一人の「人間」になるために学ぶのだ。私は「人間」と「人材」を区別できない者を怖れる。よき「人材」の基準は時代状況によって決まるに過ぎない。若者よ、「人材」になってはならない。「人間」たれ。
なんともいい写真だ。後世が適切にこの出来事を判断するだろう。
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スポーツ報知
@SportsHochi
白山・川本牧子部長が打席でスイング 高野連が注意  dlvr.it/QdLHP8
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ある政治家の会見を見た。いたわりの言葉なく、痛みに寄り添う姿勢もない。ただ命令と指示だけがある。この国のあちこちで同質のことが起こっている。市井の人々が、どれだけの犠牲を払い、苦しみと不安を抱えて毎日を送っているのかを、こういう人たちは知らない。愛とまではいわない。想像力の欠如。
どうして私たちは、こうした言葉を自国の政治家から、その人自身の声として聞けないのか。台湾は面積としては小さな国だが、その影響力はすでに甚大だ。真に自国を愛することと、真の国際性とは、けっして矛盾しない。蔡英文にはすでにアジアのリーダーといった風格がある。もっと学ばねばならない。
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蔡英文 Tsai Ing-wen
@iingwen
百万人のフォローワーに感謝したいとおもいます。 マスクが少しでもCOVID-19と闘う日本の役に立てれば。 共に戦えば、一人一人の力の和より大きな力を生み出せる! Together, we can be more than the sum of our parts.
この数年のNHKの報道に、最も心を痛めているのは、NHKで働いていて、どうにか今の状況を変えようとしている人たちだろう。想像で語っているのではない。そういう人を何人も知っている。むしろ、そういう人たちとしか仕事をしてこなかった。どこに良心を持つ人はいる。それを信じるのも私たちの仕事だ。
役に立つ人になりなさい。そんな促しが企業や教育機関で当たり前のように語られている。役に立つ方が役に立たないよりよいに決まっている、というのだ。役に立つ、役に立たない、この無慈悲な二者択一の常識を根本から疑うような言葉が、もっと語られてよい。有用性と尊厳はまったく関係がないからだ。
どうして私たちは、必要な生活支援を切り下げてまで、不要なトウモロコシを買わねばならないのか。どうしてG7で、他国が不要だといい、自国も必要ない農産物を買わねばならないのか。
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Norio Nakatsuji
@norionakatsuji
日本語訳:トランプ大統領「中国が(トウモロコシを大量に買う)約束を守らないから、米国にはトウモロコシが余剰に在庫ある。そこで 安倍首相がその余剰トウモロコシを全部買ってくれる。」 x.com/JenniferJJacob…
「AIは人間を超えるか」という論議を聞くと辟易するのは、それを語る人が、じつにAIの機能に詳しい一方で、人間とは何かの認識が、驚くほど浅薄なことが多いからだ。人間とは何か、これは哲学の歴史と同じくらい古く、そして今も謎である問題だ。私たちはこの現実をもう一度噛みしめてよい。
仕事もせねばならないが、香港のことが心配でならない。ジミー・ライ氏も、アグネス・チョウ氏も。彼、彼女らは、自分たちの闘いが自国内に留まらない歴史的なものであることを熟知している。香港の闘士たちの姿には、ガンディーとその同士たちの姿が重なってくる。無事を祈らずにはいられない。
この数年、思いを深めていることがある。それは、今の政治は、困っている人、弱い立場にいる人、言葉を奪われた人には、けっして寄り添うことはない、ということだ。守るのはつねに自分たちだ。大切な人たちが危機にあるときすら、守ってくれないだろう体制を、どうして支持する必要があるだろう。
「書く」ことを、あまり深く発表とつなげてはならない。祈るとき人は、その言葉を誰かに聞かせたりはしないではないか。「書く」ことは、昔の医者が薬草を調合するのに似ている。人は「書く」ことによって自分だけの霊薬を世に生むのである。それが他の人に効果がなくても全くかまわないではないか。
言葉は、「正しい」ことを言ったり、批判するためだけにあるのではない。自分や誰かを、いたわり、ねぎらうためにもある。言葉は、なるべく丁寧に用いるのがよい。言葉こそ、もっとも「壊れやすい」ものでもあるからだ。言葉は、投げるように用いない方がよい。
「物流」が止まると……という言葉をさまざまなところで聞く。「物」が勝手に「流れて」いるのではない。そこにはつねに「ひと」がいるのだ。感染と経済の二重の労苦を背負った人間がいる。手紙、荷物、食べ物など、「ものを運ぶ」という仕事が、どれほど貴いものであるかを、私たちは再認識してよい。
「書き換え」か「改ざん」かという質問に「書き換え」だと、堂々と答える政府に、どうして憲法の改正を任せることができるだろう。言葉を扱うことに誠意のかけらもない人々に、究極的には言葉に結実せざるを得ない憲法を、どうしてさわらせることができだろう。愚行を忘れずにいよう。それが出発点だ。
若い頃は、ものを多く知る人に憧れた。博識になれるようにと神仏に願ったこともある。だが、知命の年齢を超えてくると、多く知る人よりも深く考える人を信頼し、深く考えるだけでなく、深く感じ、何かを祈るように黙している人に畏(おそ)れの念を抱くようになった。賢者とは祈る人でもあるからだ。
真面目であるよりも、真摯であることが大事なのかもしれない。「真面目」は、世の、あるいは誰かの基準に合わせて生活することのように思われるが、「真摯」は、自らの人生からの問いに、ちゃんと向き合うことだからだ。真摯は一生懸命とも違う。もっと静かで、かつ持続的な語感を、私は感じる。
素晴らしい。本当に素晴らしい。
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港区便所
@minatoku_benjo
一枚の紙を使っていじめがダメだと教えるママの説得力がすごくて震えた x.com/trend_daizen/s
「37.5℃」が誤解だったという話、まさか、このまま終わりはしないですよね。たぶん、メディアの皆さんは、これまでの言質(証拠)を固めているのだろうと思います。強くそうであることを信じたいと思います。もし、そうでないならこの国ではもう、言葉は信頼に値するものではなくなってしまいます。
「1住所あたり2枚の布マスク」ということは、たとえば、5人家族だとすると、家のなかで争奪戦になるわけですね。本当によく考えて行動してほしいです。机の上でだけ考えた、じつに未熟な計画です。私が経営者だったら、こういう人には、ぜったいに仕事を任せません。みんなを困らせるからです。
いまの政権を眺めていると、いざというとき、国はあなたがた市民を守ることはありません、と語り続けているようにしか感じられないのは、私だけだろうか。今回のセクハラ問題だけでなく、年金、「学園」問題、さらには憲法改正に至るまで、これほど堂々と「国民」を忘れた政府はなかったように思う。
世の中で起こる全ての事にすぐ反応する必要はないのです。身を沈め、心を鎮め、力を蓄える日々があってよいのです。世の中を、様々な言葉が行き交うときでも、だまって、じっとしている日があってよいのです。世間がざわついているときでも静かな時を過ごしてよいのです。よい夜を。おやすみなさい。
今からでも遅くない。欧米各国のように韓国にコロナウィルスへの対処法を教授してもらった方がよい。中国のような政治体制を持たない日本が学び、実践できるのは韓国のモデルだろう。もし今ここで、韓国に助力を願いでることができなければそのために多くの人命が危機に瀕するように思われてならない。
今日は ある友が 生涯の友になった日だ 忘れてはならない そうした友に 出会えたのは わたしに 秀でたところが あったからではない わたしが 弱いから 出会うことができた 人生の宝だ もし 自らの 弱さを 認めることがなければ お前は 人生の富を 自らの手で 打ち捨てたのだ 忘れてはならない
人生も明らかに後半だが、ここまで生きてきて明らかなのは、大切なことを教えてくれたのは「うまく」生きてきた人ではなく、必至に生きている人たちだった。意識しないところで、何か切なる思いを胸に生きている人たちだった。成功とは別な、深い意味の充足を求めている人たちだった。
自分にとって価値がないものに、価値が存在しないのではなく、世界には自分には分からない価値が存在することを、真に知ること。これが「学ぶ」という営みだろう。自分の価値を他者と共有するのは簡単ではなく、他者の価値もまた理解するに努力を要する、という経験をする。これが学びの現場だろう。
このままであれば、今日の日を支えている、すべて亡き者たちと、これから生まれてくるすべての「いのち」を、はからずも愚弄することになる。私たちは、この世界を少しでもよい姿にして、後世に伝えていく義務がある。 #検察庁法改正案に抗議します
生きるのが苦しい、そう感じているなら、どこかに慰めの言葉を探すのではなく、未来の自分に手紙を書くように小さな文章を書いてみるがいい。この苦しみを分かってほしい、そう感じるときこそ真の理解者を内面に探すのだ。すると君は苦しみを乗り越え、いつしか誰かの理解者にさえもなっているだろう。
感染者は236人。しかし検査数は1012件。この比率に関してどうしてコメントがないのか。そして、この検査数の少なさにどうして何も言及がないのか。NY州は昨日だけで67000件の検査をして感染者は488人。東京の現状がどうなっているか、この数字だけでもあきらかだろう。⇒
年齢を重ねて、改めて分かったのだが、誰かがやってくれるだろう、と感じるほとんどのことは誰もやらない。ほとんどの人たちが「感じ」「思う」だけで行動しない。だから、本当に必要だと思うなら、それを自分で作りださなくてはならない。本も同じ。自分が読みたい本は自分で書くほかないのである。