ソニーでもトヨタでもない…テレビ・新聞が報じない「ものづくり大国・日本」復活の切り札となる「次の主役」
■勘と経験を「再現可能な知」へ 第4章:フィジカルAIという現実的な突破口 ここまで見てきたように、試作を担うものづくり中小企業の衰退は、日本の製造業から学習能力そのものを奪いかねない深刻な問題である。では、この構造的な危機に対して、現実的な解決策は存在するのだろうか。結論から言えば、ある。その中核に位置づけられるのが、フィジカルAIである。 フィジカルAIとは、チャットボットや事務作業の自動化といった「デジタル空間だけで完結するAI」ではない。切削中の振動や音、プレス加工時の応力、鋳造時の湯流れ、熱処理時の温度分布といった、物理世界で起きている現象をデータとして捉え、その挙動を学習し、人間の判断と行為を高度化するAIである。言い換えれば、これまで熟練者の勘や経験に依存してきた領域を、データと学習によって「再現可能な知」へと変換する技術だ。 ■職人の「否定」ではなく「拡張」 試作や基盤加工の現場は、フィジカルAIにとって理想的な適用領域である。なぜなら、条件が多変量で、材料や形状、加工条件のわずかな違いが結果に大きく影響し、しかも失敗が日常的に発生するからだ。人間の頭では同時に最適化しきれない要素が絡み合う一方で、AIにとっては学習すべきデータが豊富に存在する環境でもある。これまで「経験を積まなければわからない」とされてきた領域こそ、フィジカルAIが力を発揮できる。 ここで重要なのは、フィジカルAIが職人を置き換える技術ではないという点だ。むしろ、その逆である。熟練者が長年の経験の中で身につけてきた判断基準や条件出しの勘所をデータとして可視化し、若手や別の現場でも再現できる形にする。フィジカルAIは、職人の価値を否定するのではなく、時間と世代を超えて拡張する技術なのである。 また、フィジカルAIの導入は、省力化やコスト削減にとどまらない意味を持つ。試作回数の削減や条件出しの高速化は、確かに直接的な生産性向上につながる。しかしそれ以上に重要なのは、試作というプロセスそのものが知的に高度化される点だ。どの条件が結果に影響したのか、なぜその不良が起きたのかが可視化されれば、試作は単なる「手探りの作業」から、再現性のある学習プロセスへと変わる。