ソニーでもトヨタでもない…テレビ・新聞が報じない「ものづくり大国・日本」復活の切り札となる「次の主役」
■努力不足ではなく「構造的な帰結」 第2章:なぜ試作を担うものづくり中小企業は衰退してきたのか 試作を担うものづくり中小企業の衰退は、しばしば「後継者がいないから」「中小企業の経営努力が足りないから」といった言葉で説明されがちである。しかし、こうした説明は問題の核心を捉えていない。現実には、衰退は個々の経営判断の失敗ではなく、むしろ合理的に見える選択が長年積み重なった結果として生じた、構造的な帰結である。 第一に指摘すべきは、試作という仕事の本質そのものが、極めて不確実性の高い営みであるという点だ。試作の現場では、仕様は頻繁に変わり、設計変更ややり直しは前提となる。完成形が事前に明確に定まっている量産工程とは異なり、「作ってみなければわからない」という不確実性を内包している。この不確実性こそが、本来は試作の価値であり、技術的な学習や改善を生む源泉であった。 ところが現実の取引では、この不確実性が十分に評価されてこなかった。試作はしばしば量産品と同じ延長線上で扱われ、同様の契約慣行や価格感覚が適用されてきた。その結果、仕様変更に伴う追加工数や、失敗から得られる学習のためのコストは、暗黙のうちに中小企業側が引き受ける形となり、現場には疲弊だけが蓄積していった。試作が「価値創造の工程」ではなく、「割に合わない作業」として認識されるようになった背景には、この構造がある。 ■大企業の「合理化」が招いた副作用 第二の要因は、大手企業側の合理化と外部化の進展である。高度成長期以降、大手製造業は固定費削減や効率化を進める中で、試作機能を徐々に社外へと委ねていった。これは経営判断としては合理的であり、短期的には収益性の改善にも寄与した。その一方で、試作という基盤機能を支える人材育成や技能継承への関与は、次第に薄れていった。 結果として、大手企業は試作中小企業に強く依存しながらも、その持続性や将来像については十分な責任を引き受けないという関係が固定化した。発注はあっても、人材育成や設備投資、技能継承に対する長期的なコミットメントは弱い。こうした非対称な関係が続いたことで、試作を担う中小企業は「使われてはいるが、育てられてはいない」存在となっていったのである。 第三に、技術そのものの性質が大きく変わった点を見逃すことはできない。製品はもはや単なる機械ではなく、エレクトロニクス、ソフトウェア、データと一体化した複合的なシステムへと進化した。それに伴い、試作現場にも従来以上に広い視野と高度な理解が求められるようになった。加工技術だけでなく、製品全体の構造や機能を俯瞰する力が不可欠になっている。 しかし中小企業にとって、この変化に対応するための教育投資やIT投資は容易ではない。日々の納期対応に追われる中で、新たな知識を学び、組織としてアップデートする余裕を確保することは難しい。結果として、変化に対応できた一部の企業と、そうでない多くの企業との間に差が生まれ、その差が時間とともに拡大していった。