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衆院選、「生活者支援」と「安全保障」は切り離せない

石附 賢実

目次

1. 「生活者支援」が争点の一つとなる選挙で、「安全保障」を軽視すべきではない

2026年1月23日、高市首相は衆議院を解散した。今回の選挙での政策面での主要な関心は、物価高対策を含む生活者支援に向かっている。物価高は私たちの衣食住といった日常と直結するテーマであり、争点となるのは民主主義の健全な姿であろう。一方で、安全保障環境は数年前と比べて、あるいは前回衆議院選挙が実施された2024年10月と比べても劇的に厳しくなっている。選挙の争点としての注目度が低いとすれば、やや気がかりである。

我々は、ロシアによる侵略によって一変したウクライナ社会を目の当たりにしている。そのような中でも、経済・社会基盤が安定している日本にいると、なかなか意識しづらいのが安全保障である(資料)。特に、島国である日本において、安全保障に関する国民の危機意識は、例えばヨーロッパのそれと比べて低いのが現実であろう。

生活者支援と安全保障は二項対立ではないはずだ。生活を守るために、その生活を支える前提が揺らいではならない。安全保障を軽視することは、その前提を見落とすことになりかねない。

なお、本稿における「安全保障」という言葉は、議論の軸足を軍事的安全保障に置きながらも、後述の通り、デュアルユースや科学技術政策を通じて、経済安全保障や成長戦略と不可分に接続されつつある現実を踏まえたものとして用いている。

図表
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2. 世界は大国の「力」がものを言うようになりつつある

現在の国際秩序は、「法の支配」から「力の支配」へと移行しつつある。

前述の通り世界の安全保障環境はここ数年で激変している。2022年2月のロシアによるウクライナ侵略は、国際連合の安保理常任理事国が公然とウクライナの主権を無視し、力による現状変更を試みた事例である。2025年1月にトランプ大統領が就任して以降、環境の厳しさが加速している。トランプ大統領はパナマ運河やグリーンランドの獲得を主張しているほか、2026年1月にはベネズエラに軍を派遣し大統領を拘束するなど、他国の主権を軽視しているかのような言動や行動が目立つ。2025年12月に公表された米国の国家安全保障戦略でも、欧州について、包摂的な価値観や移民の増加を同盟の弱体化につながるものとして捉えるなど、これまでにない踏み込んだ論調がみられる(石附2026)。国連憲章をはじめとした国際法などで構成される「ルールに基づく国際秩序」、即ち「法の支配」に対して、米露といった軍事的プレゼンスの高い国が公然と「力の支配」による挑戦を押し出してきているのが現状である。

ロシアによるウクライナ侵略後の一時期、ロシア発で「ヤルタ2.0」(石附2025a)という言葉が登場した。これは、第二次大戦後のヤルタ会談を念頭に、米中露が世界の秩序を形作ることを示唆する言葉である。実際に今、明確にそのような枠組みが存在するわけではないが、その足音が大きくなってはいないだろうか。米中露は軍事費の額で世界の上位3か国であり、もし、この3か国が「力」を前面に、既存のルールを無視した国際秩序の形成を試みることとなれば、憂慮すべき事態となるであろう。

3. 日本の選択~抑止力を持ちながらミドルパワー国とルールに基づく国際秩序形成を

日本は単独で軍事大国と「力」で対抗することはできず、必然的に同盟に依存することになる。拙稿(石附2025c)の通り、特に同盟依存の日本は、他の米国の同盟国との比較感で抑止力の強化を示す必要がある。米国との関係を維持しながら、抑止力になる、ある程度の「力」は必要ということだ。自国のリソースを割かずに他国の軍事力にただ乗りする、free lunch(ただ乗り)は他国から許容されないだろう。

他方で、これは「法の支配」をないがしろにするということを全く意味しない。抑止力を保ちながら、「法の支配」の重要性を主張し、それを行動で示す。第二次大戦後、平和国家として歩んできた日本に対する東南アジアをはじめとする多くの国からの信頼は、日本外交の資産である。欧州各国、オーストラリア、カナダ、韓国など、日本同様に単独の力で大国と伍することはできない、「法の支配」が死活的に重要なミドルパワー国と連携しながら、抑止力と「法の支配」の双方を追っていく。これが日本の生きる道であろう(石附2025b)。この姿勢は、グローバルサウスとの関係を強化していく上でも有用である。  

4. 生活者支援と安全保障は構造的に切り離せず~防衛への投資をコストではなく成長投資と捉える必要

生活者支援の具体策として消費税減税が議論される一方で、防衛増税が予定されていることは、一見すると矛盾するように映る。しかし、これは個別の政策手段の是非に関わる問題であり、本稿で取り上げている、生活を支える前提条件としての安全保障をいかに確保するかという議論とは、次元を異にする。

安全保障を重視すると、生活者支援が後退するという物語は、話として分かりやすいかもしれない。限られたリソースを分けるのであれば、どちらかを重視すると、どちらかが疎かになる、というロジックである。但し、ここで2点、留意したいことがある。

まず、1点目として、先に述べた通り、安全保障は生活の前提であり、切り離せない、ということが挙げられる。侵略を受ける、あるいは武力で恫喝されたら、生活者支援の土台そのものが崩れる、ということだ。2点目は、防衛への投資をコストとして捉えるか、成長投資として捉えるか、という点である(石附2025c)。

一部の兵器は他国から買わざるを得ないものの、可能な限り自国で生産し、防衛産業の裾野を広げ、同盟国や志を同じくする国々との協力を前提に輸出も視野に入れた成長産業として育てていくことが大事であろう。科学技術・デュアルユースを含めた成長戦略の一環としていく発想が必要だ。政府の第7期科学技術・イノベーション基本計画案(2026~2030年度)においては、安全保障・経済安全保障・デュアルユースの重要性が明確に示されている。安全保障と科学技術予算が、「同じ地図」に載りつつある、ということだ。これらを通じて研究開発、産業競争力、雇用を強化できれば、日本の経済成長に資する、財源基盤そのものを強くする方向に働くだろう。安全保障を成長投資として位置づけ、経済・財政基盤に繋げられれば、生活者支援を一過性ではなく持続的に行う条件を整えることにもなる。

生活者支援と安全保障を二項対立で捉えるのではなく、生活を支える前提条件としての安全保障を踏まえたうえで、衆議院選挙において成熟した議論が行われることを期待したい。

以 上

石附 賢実


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。

石附 賢実

いしづき ますみ

取締役 総合調査部長
専⾨分野: 経済外交、安全保障

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