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政治とは妥協と決断である。

政治の本質:妥協と決断のバランス

 政治とは妥協と決断である。
 更に付け加えるなら、政治とは妥協と決断のバランスである。
 このバランスこそ、政治のアーツと呼ばれるものであり、神髄である。
 このバランスが崩れると政治は混乱するし、前に進まない。
 一方的に相手に妥協を迫り、相手にのみ決断を迫るものは政治家ではなく独裁者である。
 妥協をして決断することは弱腰、裏切り者と誹謗中傷され攻撃される。
 妥協をせず決断することは、勇気があると褒めそやされる。
 しかし、それでは民主主義は崩壊する。

公明党の独裁的手法

 大変残念なことだが、我が国で紹介できてしまう事例が幾つかある。
 まず上げられるのが、自公の連立協議だ(連立離脱までの流れについてはこちら)。公明党は僅か就任6日目の高市自民党新総裁に、15日前(2025年9月25日)には2027年1月の政治資金規正法を目指して協議していくと立憲民主党も含めて三党で合意していたにも関わらず、公明党案の丸呑みを迫った。
 自民党側は3日待ってほしいと伝え、協議継続を伝えたが、拒否し、連立協議を打ち切った。
 高市総裁は、公明党が出した3条件の内、2つについては妥協し、合意を目指した。
 公明党は、何一つ譲らず決断を強いた。
 これは民主主義を根本から否定する、独裁のやり方だ。
 皮肉を言えば、さすが代表戦を一度もやったことがない政党らしいやり口だと言えよう。

国民民主党の決断力欠如

 次は国民民主党である。
 国民民主党の不幸は、本来とっくに連立に入っているべきだったのに、代表の不倫スキャンダルで、その意思決定を出来なかったことだろう。
もし、衆院選後にスキャンダルもなく、与党と正式に政策合意したうえで、連立していれば、無責任野党として吠えるだけの醜態をさらさないで済んだだろう。
 玉木代表も妥協と決断のバランスを欠いた、真のリーダーとしての資質に欠いた人物である。
 小さなグループで信者を率いる者は、妥協せず決断するだけの独裁者で良い。しかし、民主主義国家を率いる者は、妥協も決断もバランスよく出来なければならない。
 立憲民主党が妥協し、玉木雄一郎首班でいいと譲ってきたにも関わらず、玉木代表は一歩も譲らず、立憲民主党側に妥協と決断を強要しようとし、失敗し、棚上げという選択肢すら排除した。
 また、自民党が国民民主党へ先に連立を持ちかけてきたのに、妥協も決断もせず、高みの見物を決め込み、責任の共有から逃げ、相手にのみ先に妥協と決断することを望んだ。
 自ら、責任を取るつもりもなく、決断も出来ないものは、政治家を辞めて、政治系Youtuberにでもなれば良い。

日本維新の会の模範的決断

 今度は良い例を出そう。
 日本維新の会だ。
 よく言われるのが、自民党と連立を組んだ小政党は消え去る運命にあるという話だ。実際、公明党を除けばすべての政党が実質消え去っているか、見る影もない状態になっている。
 だからこそ、国民民主党も躊躇し、玉木代表自身が言っているようにもうちょっと大きくなってからなどと言い訳をし、ハング・パーラメントや多党化時代の新しいお作法などと嘯いて、国民生活や政策実現を優先せずに、党利党略を優先するから連立に入ると言いう決断ができないのだ。
 しかし、維新は決断をした。自ら責任を負うという決断をし、政策実現を優先し、その政策も協議の上で妥協することも受け入れた。
 これこそ政治であり、政治の神髄だ。
 はっきり言って、私は維新の会が嫌いだ。議員定数の削減や、議員報酬の引き下げなんかは、単なるパフォーマンスに過ぎず、民主主義にとってマイナスだとすら思っている。
 しかし、少なくともちゃんと政治(すなわち妥協と決断)をする意思があるという点で、公明党や国民民主党より100倍マシだ。

高市総裁の政治家としての勇気

 では高市総裁はどうか?
 まず、私は高市総裁が嫌いだ。だいぶ前だが、Xでその言動を批判したこともある。しかし、少なくとも少数与党で総理になれない可能性があるにも関わらず、今回の総裁選に立候補した5人全員について、政治家としての意志を評価している。
 高市総裁の支持基盤は(総裁になる前からもだが)、岩盤保守と言われる人たちであると考えられ、左翼からすれば極右扱いの人たちであろう。ふらふらと、参政党や日本保守党、国民民主党に動く人を岩盤保守と言うのはおかしい気もするが、まぁそう言われるので岩盤保守としておこう。
 高市総裁は、公明党との連立協議で、この岩盤保守層と言う自分の中心的な支持層の支持を引き剥がしかねない、靖国参拝と外国人共生問題について、公明党側に妥協した。
 これは極めて勇気のいる決断であったはずだ。
 また、政治と金の問題についても、公明党側に譲歩するために、時間的猶予を求めた。
 これを決断できないと批判することは簡単だが、民主的プロセスを党内で取る必要性を考えれば当然の対応だ。
 公明党の斎藤代表は自ら協議を打ち切ったにも関わらず、幹事長と手分けして、様々な番組に出て、弁明と暗に自民党に問題があったと攻撃したのは、政治家として相応しい態度だろうか?
 また国民民主党との連立に対しても大きく妥協をする姿勢を見せていた。副総理と財務大臣のポストだ。財務大臣は政権にとって極めて重要なポストだ。このポストを譲るというのは、重要な決断である。
 与党に入って政策実現するという実もある話に、重要ポストまでつけて、責任を共有するように持ちかけたのである。にも関わらず、玉木代表は逃げた。決断できなかったのだ。
 理由はたくさんある。支持母体の連合が許さないとか、前回補正予算に賛成したのに食い逃げされたとかだ。しかし、それが言い訳に過ぎないことは見透かされている。
 維新との連立協議もそうだ。自民党にとって厳しい話もあり、ここは双方に妥協と決断が必要な話だ。
 しかし、それこそが政治であり、政治の神髄である。ここから逃げずに、話し合うことこそ政治である。
 高みの見物を決め込み、絶好の機会を逃すものは政治家としての能力は低いと言わざるを得ない。

結び:この2週間が示した政治の本質

 高市総裁就任後の日本政治の流れは、図らずも政治とは何かを見せつけた。
是非、妥協と決断という視点から、この2週間の動きを振り返ってほしい。



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