「侵食された大国」の反撃:ベネズエラ作戦とトランプ政権の世界観とC5構想
前稿国際法という名の道具:ベネズエラ攻撃が暴いた「お気持ち表明」の欺瞞と日本の取るべき道では、国際法が『道具』として消費される現状と、日本が守るべき原則について論じた。本稿では視点を転じ、その『法を破る側』であるトランプ政権が、一体どのような世界を見て、どのような論理で動いているのかを内側から解剖したい。
はじめに:「帝国主義」という誤読
2026年1月3日のベネズエラ作戦を、多くの論者は「剥き出しの帝国主義」「アメリカの攻撃的拡張」として批判している。しかし、この理解はトランプ政権の行動の論理構造を捉え損ねている可能性がある。
2025年12月に発表された国家安全保障戦略(NSS)を精読すると、トランプ政権が自らをどのように認識しているかが見えてくる。そこに描かれているのは、「世界を支配しようとする覇権国家」ではなく、「長年にわたって侵害され、搾取され、裏切られてきた国」の姿である。
ベネズエラ作戦は、この文脈で見れば「攻撃」ではなく「反撃」であり、「拡張」ではなく「回復」である。本稿では、この視座からトランプ政権の世界観を分析し、未公開版NSSで言及されたとされる「C5(Core 5)」構想が日本に持つ意味を考察したい。
なお、本稿の目的はトランプ政権の行動を擁護することではない。彼らの行動の論理を理解することで、次の展開を予測し、日本として適切に対応するための認識を得ることである。
「覇権は誤りだった」という自己批判
NSSの冒頭には、驚くべき自己批判が展開されている。
「冷戦終結後、アメリカの外交政策エリートたちは、全世界の永続的なアメリカ支配が我が国の最善の利益になると自らを納得させた。しかし、他国の事柄が我々の関心事となるのは、その活動が我々の利益を直接脅かす場合のみである」
Defense One誌が報じた未公開版NSSでは、これがさらに明確に述べられていたという。「覇権は望むべきものとして間違っており、達成可能でもなかった」と。
これは「帝国主義的拡張」どころか、帝国主義からの撤退宣言として読める。グローバルな覇権の追求は誤りであり、持続不可能であり、アメリカの国力を損なってきた。トランプ政権のNSSは、この認識から出発している。
三層の「侵害」認識
では、トランプ政権は何を問題視しているのか。NSSを読むと、彼らが認識する「侵害」は三層構造になっていることがわかる。
第一層:物理的侵害
最も直接的なのは、国境の物理的侵害である。フェンタニルを中心とする麻薬の流入による年間10万人以上の米国人の死、不法移民の波、人身売買。NSSは「国境の安全保障は国家安全保障の第一要素である」と明記し、「我が国を侵略から守らなければならない」と述べている。
「侵略」という言葉の選択は意図的だろう。これは単なる「移民問題」ではなく、国家の存続に関わる安全保障上の脅威として認識されている。
第二層:経済的侵害
NSSは、アメリカ経済が受けてきた「侵害」を詳細に列挙している。略奪的な国家主導の補助金と産業戦略、不公正な貿易慣行、雇用破壊と脱工業化、大規模な知的財産窃盗と産業スパイ、サプライチェーンへの脅威。
「我々のエリートたちは、グローバリズムといわゆる『自由貿易』に大きく誤った破壊的な賭けをし、アメリカの経済的・軍事的卓越性が依存する中産階級と産業基盤そのものを空洞化させた」
これは自国のエリートへの痛烈な批判であると同時に、外国による経済的「侵略」の告発でもある。
第三層:文化的・精神的侵害
NSSの最も異例な部分は、「アメリカの精神的・文化的健康の回復と再活性化」を国家安全保障の目標として掲げていることだ。
「我々は、長期的な安全保障が不可能となるアメリカの精神的・文化的健康の回復と再活性化を望む。我々は、過去の栄光と英雄を大切にし、新しい黄金時代を楽しみにするアメリカを望む」
そして、外国からの脅威として「プロパガンダ、影響工作、その他の文化的破壊工作」が明記されている。これはアイデンティティレベルでの「侵害」認識である。
Defense One誌が報じた未公開版では、この文化的次元がさらに明確だったという。ヨーロッパが移民政策と「言論の自由の検閲」によって「文明的消滅」に直面しているという認識、「伝統的なヨーロッパの生活様式の保存・回復」を求める政党や運動を支援するという方針。「Make Europe Great Again」という表現すら使われていたと報じられている。
西半球:「回復」の言語
この三層の「侵害」認識を踏まえると、西半球に関するNSSの記述は異なる意味を帯びてくる。
「何年もの放置の後、アメリカはモンロー・ドクトリンを再主張し、執行して、西半球におけるアメリカの卓越性を回復し、我々の本土と地域全体の重要な地理へのアクセスを保護する」
これは「拡張」ではなく「回復」の言語である。かつて持っていたものを取り戻す、侵食されたものを押し戻す、という論理構造。
「非西半球の競争者が我々の半球に大きく進出し、現在我々を経済的に不利にし、将来的に戦略的に害を及ぼす可能性がある。深刻な反撃なしにこれらの侵入を許容することは、近年のもう一つの大きなアメリカの戦略的過ちである」
中国の「一帯一路」による経済的浸透、ロシアの軍事的プレゼンス、キューバの情報機関によるベネズエラへの浸透。トランプ政権の視点からすれば、これらは全て「侵入」であり、それに対する反撃は「防御」である。
ベネズエラ作戦:「反撃」としての解釈
この文脈でベネズエラ作戦を見直すと、トランプ政権の主観的論理が見えてくる。
ベネズエラのマドゥロ政権は、中国、ロシア、キューバ、イランという反米勢力の結節点だった。米国が起訴した麻薬テロリズムの拠点であり、米国に流入する麻薬の供給源の一つだった。世界最大級の石油埋蔵量を持ちながら、敵対勢力の影響下にあった。数百万人の難民を生み出し、米国国境に圧力をかけていた。
トランプ政権にとって、これは「敵対的外国の侵入」の典型例である。ベネズエラへの軍事作戦は、この「侵入」に対する「反撃」であり、「トランプ補足条項」の最初の執行である。
NSSに記された「カルテル打倒のための標的展開を実施する」という文言が、発表からわずか3週間後に実行されたことは、この文書が単なるレトリックではなかったことを示している。
「追い詰められていると感じる大国」の心理
アメリカは物理的に侵害され(麻薬、移民)、経済的に搾取され(貿易赤字、知財窃盗)、文化的に攻撃されている(影響工作、文化的破壊工作)。同盟国はただ乗りし、国際機関は反米主義に駆動され、自国のエリートは裏切り者である。そして、米国が勢力圏であるとしている西半球に、侵入してくる中国・ロシア・イラン…
この認識が客観的に正確かどうかは、本稿の主題ではない。重要なのは、この認識に基づいてトランプ政権が行動しているという事実である。
追い詰められていると感じる大国は、最も危険な大国となりうる。防御反応は往々にして攻撃的な形を取り、「反撃」の名の下にエスカレーションが正当化される。
そして皮肉なことに、この構造は中国にも当てはまる。経済的正統性が崩壊し、国内の不満を外部に向ける必要がある中国共産党もまた、自らを「追い詰められている」と認識している。米国の「封じ込め」に対する「防御」として、南シナ海の軍事化や台湾への圧力を正当化している。
ロシアも同様の構造を持つ。プーチンの帝国主義的・復古主義的思想、旧ソ連圏の回復という野望は、しばしば純粋な拡張主義として描かれる。しかしその根底には、冷戦終結後のNATO東方拡大、旧ソ連諸国の「カラー革命」、ロシアの「正当な勢力圏」への西側の侵入という「侵害」認識がある。クリミア併合もウクライナ侵攻も、プーチンの主観においては、西側に奪われたものを「取り戻す」防御反応であり、ロシアの安全保障上の「レッドライン」を守る行動なのだ。
三つの大国が、それぞれ異なる「侵害」を認識し、それぞれの「防御」として行動している。アメリカは西半球への外部勢力の浸透に、中国は米国主導の「封じ込め」に、ロシアはNATOの東方拡大と旧ソ連圏への干渉に。
勿論、彼らの認知は著しく歪んでいるが、それらを矯正できないという現実もまた認知せざるを得ない。
全員が「防御」していると信じながら、全員が「攻撃」している。これが現代国際政治の最も危険な構造かもしれない。
C5構想:未公開版NSSの衝撃
Defense One誌は、公開版NSSには含まれなかった「C5(Core 5)」構想について報じた。米国、中国、ロシア、インド、日本による新しい大国協調体制の提案である。G7のように定期的に首脳会議を開催し、最初の議題は中東の安全保障、特にイスラエルとサウジアラビアの関係正常化とされていた。
ホワイトハウスのアンナ・ケリー副報道官は、「代替案や私的なバージョン、機密扱いのNSSなどは一切存在しない」と断言し、リークされた文書は「大統領から遠い人物」によって作成・流布されたものだと完全に否定した。しかし、かつて政権内で政策立案に関わった人物の思想が色濃く反映されているという専門家の分析もあり、たとえ公式な草案ではなかったとしても、政権の周辺部でこのような構想が「あるべき未来図」として議論されていたという事実は、極めて重大な意味を持つ。
G7からC5へ:パラダイムの転換
G7は「富裕で民主的に統治されている」ことを参加条件とする。C5構想は、この条件を外し、「人口1億人以上の大国」という基準を設けている。
これは価値観外交から利益外交への転換を意味する。民主主義という共通の価値ではなく、大国としての能力と影響力が参加資格となる。NSSが掲げる「柔軟な現実主義」の具体的表現である。
英国の排除と日本の包含
C5構想で最も注目すべきは、英国が含まれていないことだ。
英国はアメリカにとって「特別な関係」を持つ最も重要な同盟国であり、二度の世界大戦、冷戦、イラク戦争、アフガニスタン戦争で共に血を流してきた仲間である。ファイブ・アイズの中核メンバーであり、文化的・言語的にも最も近い国である。
にもかかわらず、人口という基準をわざわざ設けることで英国を排除し、日本を含めている。これは意図的な設計と見るべきだろう。
安倍元総理の遺産
なぜ日本なのか。一つの解釈として、安倍晋三元総理の外交的遺産がある。
「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」は、日本が提唱し、アメリカが受け入れた稀有な戦略的構想である。通常、アメリカは他国が提唱した戦略を自国の政策として採用することはない。しかしFOIPは、トランプ第一期政権からバイデン政権を経て、現在に至るまで米国の公式戦略として位置づけられている。
この事実は、アメリカが日本を単なる「ジュニア・パートナー」ではなく、自立して戦略を描けるアクターとして認識している可能性を示唆する。日本人としては過大評価に思えるかもしれないが、少なくともトランプ政権の一部にそのような認識があったことは、C5構想への日本の包含から推測できる。
中国・ロシアにとっての不快
中国もロシアも、日本をアメリカの従属国、自律的な戦略を持たない付随物として見てきた。日米同盟は「アメリカの対中・対露封じ込めの道具」であり、日本は独自の意志を持たないという認識である。
C5構想において日本が米中露印と同格の「大国」として位置づけられることは、この認識への挑戦となる。日本がラウンドテーブルで対等に発言する姿は、中露にとって不快なものだろう。
C5の力学:なぜ日本が含まれたのか
もちろん、C5に日本を加えた動機には、現実的な計算もあっただろう。
1975年にG6が形成された際、フランスの提案にアメリカが乗り、翌年カナダを加えてG7としたのは、アメリカにとって信頼できるパートナーを増やし、多数派を形成する意図があった。C5も同様の力学が働いている。
C5の構図は、おそらく「日米」対「中露」、その間で揺れる「印」となるだろう。インドを取り込めば3対2、取り込めなければ2対2対1。いずれにせよ、日本が確実に米国側にいることで、アメリカは交渉上の優位を得る。
しかし、この構図こそが、C5実現の最大の障壁となる。
中国とロシアにとって、日本の参加は「アメリカにもう一票を与える」ことに等しい。両国が日本を「アメリカの従属国」と見なしている以上、彼らの要求は明確だろう。「日本を外せ。さもなければ参加しない」と。
この圧力に対して、アメリカがどこまで日本の参加を守るかは不透明だ。トランプ政権の「ディール」志向を考えれば、中露との大きな合意のために日本を切り捨てる可能性は否定できない。C5がC4になる、あるいは日本がオブザーバー的な地位に格下げされるシナリオは十分にありうる。
インドの立場も不確定要素だ。伝統的に「非同盟」を掲げるインドが、大国間協調の枠組みにどのような形で関与するか。中国との関係、ロシアとの伝統的な友好関係、アメリカとの戦略的パートナーシップ。これらのバランスを取りながら、インド自身が慎重に判断するだろう。
そもそも、米中露という三つの「追い詰められていると感じる大国」が、同じテーブルに着いて建設的な対話ができるのかという根本的な疑問もある。G7やG20ですら機能不全が指摘される中、価値観を共有しない大国間の協調がどこまで実効性を持ちうるか。それとも価値観を共有しないからこそ、実益のみで対話が成立するのか。
C5が意味するもの:実現しても、しなくても
それでも、C5構想が検討されていたという事実自体は重要である。
仮にC5が実現すれば、日本にとっては歴史的な転換となる。米中首脳会談や米露首脳会談が行われるとき、日本は蚊帳の外で結果を待つしかなかった。自国の安全保障に直結する問題が、頭越しに決められる不安。これは戦後日本外交の宿命的な制約だった。
C5の枠組みでは、少なくとも形式上、日本は同じテーブルで議論に参加できる。米中や米露の二国間交渉ではなく、五カ国の多国間協議として。発言権と情報アクセスにおいて、質的な転換となりうる。定期的に首脳が顔を合わせることで、日中間の誤解や誤算による偶発的衝突のリスクを低減する効果も期待できる。
さらに、C5に参画できないEU諸国や英国は、メンバーである日本に働きかけてくるだろう。自分たちの声をC5に届けてほしい、と。これは日本にとって新たな外交的レバレッジとなりうる。同時に、欧州諸国の利益を代弁しすぎれば米国との関係に影響し、無視すれば欧州との関係が悪化する。繊細なバランスが求められる。
一方、日本が排除されてC4が形成された場合はどうか。それは戦後日本外交の制約がさらに強化されることを意味する。頭越しの大国間取引が制度化され、日本は結果を受け入れるだけの立場に置かれる。
日本としては、C5が実現した場合の役割と、C4になった場合の対応の両方を想定しておく必要がある。頭越しの大国間取引から自国を守るために、何ができるか。その答えを持っておくことが、不確実な時代を生き抜く備えとなる。
たとえC5が現在の形では実現しなくとも、「大国間協調」という発想がトランプ政権内で検討され、その中に日本が含まれていたという事実は残る。それは、日本がアメリカから「戦略を描ける大国」として認識されうることの証左であり、同時に、その認識を維持するために何をすべきかという問いを我々に突きつけている。
日中間の誤解リスクの低減
C5が定期的に開催されるならば、日中間のコミュニケーション・チャンネルとしても機能しうる。
現在の日中関係は、構造的敵対の中で公式の対話チャンネルが細っている。首脳会談は散発的で、実質的な意思疎通は限られている。この状況は、誤解や誤算による偶発的衝突のリスクを高める。
C5の枠組みで定期的に首脳が顔を合わせることができれば、直接対話の機会が制度化される。これは抑止の安定性を高める効果がある。
新たな外交的レバレッジ
C5に参画できないEU諸国や英国は、当然ながら不満を持つだろう。そして彼らは、C5のメンバーである日本に働きかけてくるはずだ。自分たちの声をC5に届けてほしい、と。
これは日本にとって新たな外交的レバレッジ(梃子)となりうる。欧州との関係を深め、情報を得、影響力を行使する機会。同時に、「アジア代表」として過度な期待を背負わされるリスクもある。欧州諸国の利益を代弁しすぎれば米国との関係に影響し、無視すれば欧州との関係が悪化する。繊細なバランスが求められる。
日本への示唆:構造を理解し、備える
「防御としての攻撃」への理解
トランプ政権の行動を「剥き出しの帝国主義」として批判することは容易だ。しかし、それでは彼らの行動の論理を理解できない。
NSSが示すのは、自らを「侵害された大国」として認識し、「反撃」として行動する政権の姿である。この認識が正確かどうかは別として、この認識に基づいて政策が決定されている。
日本としては、この論理構造を理解した上で対応する必要がある。トランプ政権が「防御」と認識していることを、単に「攻撃」と批判しても、対話は成立しない。
次の行動の予測
「侵害への反撃」という論理を理解すれば、次の行動も予測可能になる。
NSSは、西半球における「非西半球の競争者」の排除を明記している。ベネズエラの次は、キューバ、コロンビアあるいはメキシコかもしれない。ルビオ国務長官の「カラカスからハバナに至る政権転覆キャンペーン」という表現は、これが連続した作戦の一部であることを示唆している。
また、NSSは欧州のNATO同盟国に対してGDP5%の防衛支出を求め、2027年までに欧州主導のNATO防衛への移行を示唆している。「負担分担」の名の下に、実質的な欧州からの撤退が進む可能性がある。
C5構想への備え
C5構想が実現するかどうかは不明だが、このような構想が検討されていたこと自体、日本の外交に示唆を与える。
日本は、アメリカから「大国」として認識される可能性を持っている。FOIPという戦略的構想を提唱し、採用させた実績がある。この認識を維持・強化するためには、自律的な戦略思考と、それを実行する意志と能力を示し続ける必要がある。
同時に、C5のような多国間枠組みにおいて、日本が果たすべき役割を考えておく必要がある。単なる「アメリカの票」ではなく、独自の価値を提供できるアクターとして。そして、枠組みから排除される欧州諸国との関係をいかに維持するか。
もし日本がC5の一角を占めることになれば、前稿で論じた『自己決定権』の原則と、大国間の利益取引との間で、さらに激しい葛藤にさらされるだろう。しかし、テーブルに着かなければ、原則を主張することすらできないのもまた事実である。
「冷徹な平和」の時代に
ベネズエラ作戦とNSSが示すのは、国際法や多国間主義への信頼が揺らぎ、大国が自らの「防御」のために行動する時代の到来である。
この時代において、日本が取るべき道は、幻想に基づく友好でも、原則に固執した孤立でもない。構造的敵対を前提としつつ、抑止と対話のバランスを取り、自らの価値を示し続けること。
C5構想が示唆するのは、日本にはその可能性があるということだ。アメリカの従属国ではなく、戦略を描ける大国として。その期待に応えられるかどうかは、我々日本人自身の選択にかかっている。
結論:論理を理解し、備えよ
ベネズエラ作戦を「帝国主義」として批判することは、事態の半面しか見ていない。トランプ政権は自らを「侵害された大国」として認識し、その「反撃」として行動している。
この認識を共有する必要はないし、その行動を是認する必要もない。しかし、理解することは必要だ。なぜなら、理解なしには予測も対応もできないからである。
NSSとC5構想が示すのは、価値観外交から利益外交へ、多国間主義から大国間協調へというパラダイムの転換である。日本はこの転換において、単なる「アメリカの同盟国」以上の役割を期待されている可能性がある。
追い詰められていると感じる大国は、最も危険な大国となりうる。そして今、アメリカも中国もロシアも、三者がともに「追い詰められている」と感じている。アメリカは自国の裏庭への侵入に、中国は封じ込めに、ロシアは勢力圏の喪失に。この三重の「被害者意識」が相互に作用し、偶発的なエスカレーションのリスクを高めている。
日本に求められるのは、この危険な構造を理解し、その中で自国の安全と繁栄を確保する道を見出すことだ。それは容易な課題ではないが、C5構想への包含が示すように、日本にはその能力があると見なされている。
その期待に応えられるかどうか。問われているのは、我々自身の意志と覚悟である。
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