落第騎士の英雄譚 意識低い系風味   作:一般落第騎士

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第八話

 《天譴》甘木悠と《雷切》東堂刀華の試合から三日。

 集中治療室に緊急搬送された東堂刀華が意識を取り戻したと聞き、黒鉄たちはお見舞いの為に彼女が入院している総合病院を訪れていた。

 

「……トーカ、大丈夫かしら……」

「《世界時計(ワールドクロック)》が時を停めて、そのままiPS再生槽に入れたんです。万が一さえあり得るはずありません……ない、はずです」

 

 受付で申し込みを済ませ、病院の白く長い廊下を歩く。

 窓から差し込む春の()を浴びながら、しかし彼らの表情は一様に重苦しかった。

 

「……大丈夫さ。先生から聞いたんだ。肉体的には何一つ異常無し、完全な健康体だって」

 

 心配そうに呟くステラや珠雫を励ます黒鉄も、己の言葉があまりにも薄っぺらいと自分でよくわかっていた。

 

 何かと自分を目にかけてくれる新宮寺黒乃教諭から、東堂刀華の容体は既に聞いている。

 

 

 ()()()()()、なんら問題が無いらしい。

 

 

 何とも含みのある表現だ、と黒鉄一輝は思った。

 

「……嫌よ。私、まだ会長に勝ってないもの……」

 

 ステラがそう言って、果物が詰まったバスケットをギュッと握り締める。いつもの彼女らしくない弱気は、それだけ彼女が東堂を敬愛していることの証明だった。

 

 彼女との模擬戦において自分は明確に負け越している。正々堂々とリベンジを果たすためにも、東堂刀華には万全の状態で居てもらわなくては困る。心配とかではない、手強いライバルを望む闘争心ゆえだ。そうステラは主張するが、その実は少々異なる。

 

 学園に入学したばかりで右も左も分からない自分に、何くれとなく世話を焼いてくれた。 

 近接格闘において自分を上回る先達であり、共に切磋琢磨した同志でもあった。

 情の深いステラにとって、《雷切》東堂刀華は頼りがいのある先輩であり、仲間であり、日本に来て出来た大切なお友達だった。いつでも元気でいて欲しい、大切な存在なのだ。ステラだけではない。きっと殆どの破軍学園生徒にとって、彼女は掛け替えのない生徒会長だった。

 

「……グスッ」

「大丈夫、ステラ、大丈夫だから……」

 

 恋人であるステラの肩を抱き、黒鉄が励ますように肩を揺する。

 いつもは姑役として噛みつくはずの珠雫も、今回ばかりは何も言わない。

 

 

 廊下を歩み、東堂刀華が搬送された病室へと辿り着く。

 病室の前に、誰か小さな人影が見えた。

 

 

「やあ。刀華へのお見舞いかい?」

 

 

 死人が立っているのかと思った。

 

 破軍学園副会長、御祓泡沫(みそぎうたかた)

 病室前の廊下にもたれかかって立つ彼は、それほどまでに顔色が悪かった。

 

「御祓、先輩……」

「刀華なら、この奥の部屋だよ。凄いよねぇ最新の医療技術は。首チョンパからたったの一日で意識が戻るなんて! 医者の話によると、切断面が異様に綺麗だったのが功を奏したらしいよ! あはは、不幸中の幸いってやつかな!」

「…………」

 

 開いた瞳孔、引き攣った笑顔。東堂刀華の恢復(かいふく)を語る御祓の様子は、明らかに常軌を逸していた。返す言葉を見つけられず、黒鉄たちは沈黙する。

 

「……ごめん」

 

 御祓は彼らの様子を見ると、作り笑顔を一瞬で消して静かに語りかけた。

 

「わざとじゃないんだ。ただ、僕は普段どんな風に話していたか、分からなくなってしまって……。本当にごめんね。気にせず、どうぞ入ってくれ」

「はい……あの、御祓先輩は」

 

 あなたは入らないんですか、という黒鉄の問いに、御祓は首を振って答えた。

 

「僕には、入る資格が無いから」

 

 

 

 

「黒鉄くん! ステラさん、珠雫さんも! 来てくれたんですね、ありがとうございます」

 

 個室の扉を開けると、《雷切》東堂刀華は意外にも明るい声で迎えてくれた。

 

 首筋の包帯。腕や顔に僅かに残った雷撃の跡。それらは既に治癒しかかっており、現代の最新鋭医療を受ければすぐにシミ一つ無く元に戻るだろう。如何なる理屈か、《天譴(てんけん)》は首を斬っても髪は斬らなかったらしい。茶色の長髪を三つ編みお下げにした彼女は、ほとんど〝いつもの調子”に戻っていた。

 

 

 ―――彼女の手足をベッドに縛り付ける、()()()を除いて。

 

 

「――――――ッ」

「……あ、ああっ! 違うんですよ? これは、あの……私が無理に鍛錬しようとするから、看護師さんたちが無茶しないようにって……」

 

 ギャッチアップ(背上げ)されて上体を起こした介護用ベッドの上で、東堂刀華はあたふたと手を横に振ろうとし、拘束されている事を思い出して代わりに頭を振った。

 

 鍛錬。

 彼女の手に巻かれた新しげな包帯は、その鍛錬によって出来た新たな傷に対する物だろうか。

 

「えへへ……ごめんなさい、一回これ外してもらってイイですか? 面会時間だけ。そしたらまた付けますから」

「……約束ですよ」

 

 部屋の隅には看護師が待機していた。目配せすると軽く頷かれる。了解を取ったと判断し、黒鉄は彼女を拘束していたバンドを外していく。

 ......瞬間、彼女の全身に走る不規則に枝分かれしたような傷に気づく。電流斑(でんりゅうはん)。試合時の傷ではない、明らかについ最近出来た物だ。

 

「ん~っ……! ふう。全身を伸ばせるのは気持ち良いですね」

「……会長」

「あー……あはは。黒鉄くんなら気付いちゃいますよね」

 

 ……電撃使いである彼女が、電流で傷を負うなど本来は有り得ない事だ。《自然干渉系》の伐刀者は、周囲に存在する自らの属性(エレメント)を取り込み己の魔力に変える事が出来る。超一流の伐刀者である東堂刀華にとって、雷撃傷など最も縁遠い物のはずだった。

 

 

 死んだ目をしていた御祓泡沫。

 医師から拘束されてまで鍛錬を止められた理由。

 新宮寺黒乃が言っていた、『肉体的には無事』という意味。

 

 幾つものピースが嵌り、黒鉄の中で最悪のパズルが完成していく。 

 

 

「東堂さん。まさか、貴女は―――ッ」

 

「……はい。試合の後遺症で、《雷》が使えなくなっちゃいました」

 

 

 《雷切》は廃業ですかね、と彼女は力無く笑う。

 ぱち、と指先から雷撃が走り、制御を外れて、彼女の身体を僅かに焦がした。

 

 

 

 ()()()()()であるらしい。

 

 問い。黒鉄一輝の《一刀修羅》を、なぜ誰も真似しないのか。

 答え。あまりにも危険すぎるから。

 

 超人的な魔力制御技術を持つ黒鉄一輝が使うから、《一刀修羅》の反動は「一日魔力が使えなくなる」程度で済んでいるのだ。己のリミッターを外して全ての魔力を放出するというのは、本来血管や筋肉が断裂して死んでしまいかねない行為。だからこそ、黒鉄一輝の雄姿を観ても誰も真似しないのだ。そもそもとして出来ないし、失敗した時のデメリットは目も当てられないから。

 

 《雷切》東堂刀華の魔力制御は決して並ではない。

 そして無論、ぶっつけ本番であの技を使ったわけでも無い。事前に練習は十分してきた。

 ではなぜ、現在の彼女は雷も使えないほど深刻な後遺症が残ったのか。

 

 

 ―――『断頭』により使()()()()()()()()()()()()()()が、この後遺症の一番の原因であるらしかった。

 

 

 制御を外れた雷が彼女の全身を焼いた。脳の指令を受け取れぬまま身体は魔力を全開で放出し続け、体内の神経回路はグチャグチャになった。身体が、『魔力制御ミスによる激痛』を経験してしまった。

 

 イップス、というのが一番近いだろう。東堂刀華は伐刀者として才能溢れる少女だ。彼女の肉体もまた優れた物であり、当然の事として『一度遭遇した危険』を避けようとする。同じ轍を二度と踏むまいと、体内で魔力を練る事を拒否し続ける。

 

「《雷》を出そうとする()と、それを拒否する()。その二つがグチャグチャになっているせいで、魔力を出すとどうしても暴走しちゃうんです。お医者様の診断で、そう聞きました」

 

 ぱち、ぱちと今も微弱な電流を指先から出しながら、東堂刀華は儚げにそう微笑んだ。

 

 静電気にも満たない微細な電流。以前の彼女から見れば、信じられないほど弱々しい物。しかしこれ以上を出そうとすると、急に魔力が乱れて雷が制御を外れるのだと言う。

 

「……そんな……ッ!」

「会長……」

 

 ステラが涙目で口元を抑え、珠雫が痛々しげに目を伏せる。

 学園の生徒会メンバーを覆う重苦しい空気から、何となく東堂刀華の病状は芳しくないのだと察してはいた。だが、実際に目の当たりにするまでは信じたくなかったのだ。 

 

「……えへへ。心配してくれて、ありがとうございます。大丈夫ですよ、リハビリすればもとに戻ると思いますから」

 

 まるで我が事のように悲しんでくれる二人へそう笑いかけ、東堂刀華は空虚な慰めを口にした。

 実際のところは分からない。イップスは、この医療が発達した現代でも未だ明確な治療法を出せていない不治の病。治療できるのか。そして、治療したところで以前のような力を振るえるのか。どちらも今の刀華には分からなかった。

 

「黒鉄くん。貴方に、聞きたい事があります。

 《天譴》がどうやって私の首を斬ったか、貴方なら分かるのではないですか?」

「……はい。あれは、極小の魔力を貴女の首元に発生させて―――」

 

 顔を微笑みから真剣な物に戻し、東堂刀華は黒鉄へ向き直る。

 

 彼の照魔鏡じみた観察眼、剣術への深い造詣は既に学園の知るところとなっている。そんな彼に、東堂は己がなぜ負けたのかを聞いておきたかった。何度試合映像を見直しても、カメラには何も映っていなかったのだから。

 

「―――という仕組みです。ビデオに映っていなかったのは……多分、あまりにも魔力が微細すぎたからだと思います。あのレベルの薄い魔力を捉えられるほど高解像度のカメラは、おそらく世界に存在しません」

「……そう、ですか……。ごく薄い魔力の刃を放出し、それで私の首を斬った……。《魔力斬》とでも言いましょうか。《天譴》は、戦闘スタイルを大きく変えたのですね。斬られる時まで気づけなかったとなると、《迷彩》技術も相当の物だったのでしょう」

「………っ」

 

 ひとり言のようにそう呟く東堂刀華。

 それに対し、黒鉄は今にも血が流れそうなほど唇を強く噛みしめ、沈痛な表情をする。

 

「では、もう一つ聞かせてください」

 

 彼にはもう分かっているのだ。この後、彼女が自分に何を聞くのか。

 

 

 「―――彼がその新技を使ったのは、()()()()()()()()ですか?」

 

 

「~~~~~~~~ッ!!!」

 

 

 東堂刀華は、あくまで穏やかな顔をしていた。

 それに対し黒鉄一輝は、今すぐ自分の舌を引き千切りたいと強く願った。舌を無くして、己など今すぐ喋れなくなってしまえば良いと。

 

 

「《命脈焼き尽くす紫電の刹那(ケラウノス・ディザスター)》。貴方の《一刀修羅》を参考に閃いた、私のオリジナル……。あれを手強(てごわ)しと見て、彼も新たな手札を一枚切った、ということでしょうか?

 

 .....それとも、()()()()()()()()?」

 

「ぐ、ゥウ……ッ! そ、れは……ッ!!」

 

「正直に。答えてください」

 

 

 東堂刀華の顔から表情が消えていた。

 黒鉄には分かっている。彼女が"分かっている"という事を分かっている。彼女にはうっすらとした確信があり、それを100%に変えるために自分に聞いているのだと。

 

 誤魔化すのも、嘘を吐くのも簡単だ。だがそれをする事こそ、彼女の誇りに泥を投げつける行為になると痛いほど分かっている。

 

「イッキ……ッ!」

「―――ッ、かれ、は……っ!」

 

 

 何が正解なのか分からない。

 それでも、黒鉄はせめて全てに対して正直であろうとした。

 

 

「彼が、《魔力斬》を使ったのは……ッ! 単に、以前『手加減されたことを責められた』からで……ッ! それを学習して、『次はちゃんとやろう』と思ったから......!

 

 ()()()()です……ッ!!」

 

「そうですか。私の、新技については?」

 

「『何も違いが分からない』、『結局会長は一歩も動かなかったなぁ』、と……ッ。そう、考えていました……!」

 

 

 身を斬るように、血を吐くように、黒鉄一輝はそう言葉を絞り出した。

 

 照魔鏡じみた観察眼。それを以て相手の思考や価値観を読み取り、行動を先読みする。それが、黒鉄一輝の《完全掌握(パーフェクトビジョン)》だ。『特に何も考えずに動くため戦闘の役に一切立たない』という最も重要な点を抜きにすれば、それはかの《七星剣王》甘木悠にも通用していた。

 

 だから、分かってしまうのだ。

 彼は東堂刀華の事を、最初から最後まで脅威として見ていなかったと。

 

 手加減や忖度は相手の気分を害するのだと学習しただけ。魔力による切断は、去年の時点でやろうと思えば幾らでも出来た。()()()()()便()()()()(詳細不明)と迷って、"まあ魔力使ってる分こっちの方が本気に見えるよな……"という理由だけで選んだ程度の物。彼にとっては宴会芸レベルの物なのだと。分かってしまうのだ。

 

 

「……そう、ですか。そうですよね。そうだと思ってました」

「グ、ぅ、うッうゥうぅうううううう……ッ!!」

 

 あくまで静かに、東堂刀華は一輝の慟哭をそう聞き入れた。無表情で。

 黒鉄一輝は悲しんでいるが、刀華は彼を恨めしく思ったりなどしない。ただ、よく誤魔化さずに伝えてくれたという感謝だけがある。

 

 

「……何かを、掴めたと思ったんですけど」

 

 

 すい、と手を上げ、刀華は己の指先を見る。細くて白い、今は電流斑によって痕が残る指先。

 

 この手に何かが掴めていたはずだった。

 

 あの試合の時、己は神懸った何かを引き出せていた。

 

 思えば、去年の七星剣武祭の時も、自分は再現性の無い強さをこの身に降ろせていた気がする。

 周囲の期待に応える強さ。想いを束ねる優しさ。それらによって出力される、理屈を超えた強さ。あるいは、それが東堂刀華という伐刀者の、世界の誰より優れた才能だったのかもしれない。

 

 

 今は、もうどこにも無い。この手には何も残っていない。

 

 

「しょうがない、ですね……っ!」

 

 

 保っていた無表情が崩れる。

 東堂刀華の声が濡れる。

 

「ぐずっ……わたしが、彼に勝ちたいと思って……ッ!!

 全部を……全部を奉げるつもりで……力を、つかって……! うぅ……それで、届かなかったって……だけ、ですから……!!」

 

 黒鉄は血が出るほどに拳を握り締め、ステラと珠雫が目の端に涙を溜める。部屋の外、一人の少年が強く己を殴り付けた。

 

「わたしの全部と……っ、将来と、夢だけじゃあ……っ、ひぐっ……彼には……届かなかったって、だけでぇ……!!」

 

 誰も、何も言えなかった。

 

 だって、何を言えただろうか。励ましの言葉でも、激励でも、薄っぺらな物になる気がした。彼女を励ますには、黒鉄たちには彼女と過ごした時間が少なすぎた。

 

 今更ながらに病室の風景が目に入ってくる。自分たちが持参した高級果物のバスケットの他に、品の良い包装をされた焼き菓子やゼリー、ぬいぐるみ、プリザーブドフラワー等が置かれている。生徒会長として慕われている彼女へ、たくさんの生徒がお見舞いに訪れたのだろう。

 

 その中の誰か一人でも、彼女の心に正しく触れた者がいただろうか。どうか居て欲しい、と黒鉄たちは心から祈った。

 

「……お時間ですので」

 

 彼女の周囲に雷が迸り始めたのを機に、待機していた看護師が面会時間の終了を告げる。

 今の彼女は魔力の制御を失い、感情の高ぶりによって雷が漏れてしまう体質となったらしい。そしてもちろん、その雷は彼女の身体を焼く。

 

 まだ面会時間は残っていたはずだが、もう誰もそんな事を言い出さなかった。

 

 

 

 

 

「僕が言ったんだ」

 

 病室から少し離れた廊下に、御祓泡沫は変わらず立っていた。

 頬は落ちくぼみ、瞳は一切の光を反射していないかのように黒々としている。

 

「『手加減するな』『忖度するな』『騎士としての誇りを以て正々堂々勝負しろ』。全部僕が彼に言った言葉だ」

 

 幽鬼か死人かと思うほどの姿を晒しながら、御祓は低い声でそう言った。

 

「彼はその通りにした。もし誰も彼に何も言わなければ、彼はいつも通りカウンターで刀華を迎え撃とうとしただろう。僕が『本気を出せ』と言ったから、彼は刀華の首を斬ったんだ。僕が、間接的に刀華の首を斬らせたんだ」

 

 地獄の底から響くような声だった。

 

「怪物の枷を、一枚一枚剥ぎ取ってしまった。

 蟻のくせして、恐竜に『全力で戦え』と言ってしまった。

 彼はこちらを気遣ってくれていたのに、僕はそれを全部台無しにしてしまった」

「……御祓先輩」

 

 東堂刀華の病状は、「『断頭』により使用を無理矢理中断されたこと」による物。

 一度走り始めたプログラムを強制終了した為のエラー。

 

 最後まできちんと技を完成させられていれば。

 たとえその後に負けたとしても、彼女に後遺症が残る事は無かった。

 今までの『カウンター(タイプ)の戦闘スタイル』であれば、そうなっていたはずだった。

 

 医者から話を聞いた御祓泡沫は、そう考えてしまった。そうなると、もうお(しま)いだった。

 刀華と合わせる顔が無く、さりとて離れがたく、彼は病室の前で彷徨う幽鬼と化した。

 

「刀華の試合を観て気づいた。全部ただの嫉妬だったんだって。

 それにもっと早く気付けなかったからこんなことになった。

 僕が、刀華から夢を奪ったも同然だ、こんなの……」

 

「……御祓副会長……そんな事ないです。あれは……」

 

 ふらふらと左右に揺れ、涙ぐむ御祓に、珠雫たちは否定の言葉を投げかける事しか出来ない。

 

 改めて思い知る、《天譴》甘木悠の暴力的才能。

 《雷切》東堂刀華。《観測不能(フィフティフィフティ)》御祓泡沫。破軍学園を代表するトップクラスの伐刀者二人を、彼は完膚なきまでにへし折った。

 

 今になって、御祓は彼の言動を思い返していた。

 『タワマン貰ったら八百長で負けるし東堂会長の足舐めますよ』とふざけた発言をしていた記憶。初めて聞いた時は、刀華を馬鹿にするのも大概にしろと憤った。

 

 だが、今の刀華を見て。

 

 『そうしておけばよかった』と少しでも思ってしまって、だからこそ御祓は己が恥ずかしくて恥ずかしくて仕方なかった。己は世界一醜い生命で、世界が間違い(バグ)で産んでしまった汚濁の奇形児だとさえ思った。

 

 だから。

 

 

 

「―――それは、東堂会長に言うべきですね」

 

 

 

 そんな御祓の自己嫌悪を切り裂くような声がした時、御祓は何かの間違いかと思った。

 あの時刀華の中に見た『気高さ』と同質のもの。あれが、再び己の前に現れる訳が無いと。

 

「ちょっと、イッキ……!?」

「御祓さん。さっき、僕たちは皆、東堂会長に何ら言葉をかけれず、逃げるように病室を後にしてきました」

 

 制止するステラを抑え、黒鉄は御祓に向けて一歩踏み出す。

 

 黒鉄一輝では、東堂刀華を立ち直らせることは出来なかった。彼女の事を何も知らない。理想を共有していない。そんな身で何を言っても薄っぺらいと、他の誰でもない黒鉄自身が良く分かっていたから。

 

「―――貴方です、御祓副会長。

 誰かが東堂刀華を立ち直らせるなら、貴方がその任を負うべきだ」

 

 だが、黒鉄は道を見出した。

 彼女にかける言葉は見つからなかった。だが、彼女にかけるべき言葉を持つ人間なら、見つける事が出来たのだ。

 

 見舞い品で満ちた病室を思い出す。あれを持ってきた誰もが東堂刀華の心に触れられなかったなら、それを成すべきは目の前の男(御祓泡沫)を除いていないと確信していた。

 

「黒鉄、くん……! だが、僕が今更何を……!」

「……貴方の気持ちが痛いほどわかります。僕も、《天譴》の才能に嫉妬していました」

 

 あの日。

 留年を賭けた決闘試合で、《天譴》甘木悠に斬り伏せられた時。

 《落第騎士(ワーストワン)》黒鉄一輝は、彼の目映(まばゆ)いばかりの才能に目を眩ませた。

 

 抜き足、という武術が存在する。《闘神》南郷寅次郎が開発した体術だ。特殊な呼吸法と歩法によって自らを相手の無意識に滑り込ませ、目の前に居るのにその存在を認識させなくさせる。

 

 彼がやったのはその延長線上。

 目の前に居て、刀を振りかぶっていて、ゆっくりと振り下ろしてきていて。それら全てを黒鉄一輝は視界に捉えていたにも関わらず、最後まで脳で処理することが出来なかった。目の前に刀があるのに、斬られているのに、全てが風景画を眺めているかの如く、遠い世界の出来事のように見えた。

 

「圧倒的な才能に嫉妬することは……褒められた事じゃないですが、誰にでもあると思います」

 

 あの才能。

 『抜き足』どころか《闘神》の存在も知らないだろうに、センスのみでそれをやってのけたズバ抜けた才覚。あれを見て、一輝の心に黒いものが宿らなかったと言えば嘘になる。

 

 

「―――でも。

 

 東堂会長は、違ったでしょう。あの人は、《天譴》にちゃんと立ち向かったでしょう」

 

 

 そんな黒鉄一輝の心をも、東堂刀華は斬った。

 嫉妬を乗り越え、清濁を併せ呑み、心技体が極限の一致を見せたあの日の彼女を、黒鉄一輝は今でもありありと覚えている。彼女が発する清廉なる刀気に、全身が総毛だったあの日の事を。

 

 東堂刀華は強い。伐刀者としての才覚に優れている。

 だが。彼女が最も優れている点はそこではない。そう黒鉄一輝は信じている。

 

 

「―――彼女は、必ず立ち直ります。

 

 貴方と。生徒会メンバーと。僕たちと。彼女を慕う者たちが、絶対に彼女を支えるからです」

 

 

 人に愛される力。人に支えられる力。

 

 広い病室が見舞い品で溢れ、彼女が静養中の三日間で破軍学園の空気がお通夜の如く重くなるほどに、東堂刀華は愛されている。

 

 

 "手を繋ぐ強さ”を、あの日《落第騎士(ワーストワン)》は《雷切》に見出したのだ。

 

 

「……《絶対的不確定(ブラックボックス)》が、貴方にはあるでしょう。

 因果律を操り、『自分の力で出来る可能性が有る物』を100%実現させる因果干渉系能力。まずは、あれで彼女を支えてあげてください」

 

 東堂刀華は伐刀者として全てを失ったわけではない。彼女が磨き上げた全ての力は、今もなお変わらず彼女の中にある。制御を誤り、()()()使()()()()()()だけで。

 

 『可能性』を操る御祓泡沫の伐刀絶技なら、そこに干渉出来る。微細な、0.00000...%程度の、"東堂刀華が雷の制御に成功する可能性"を引き摺り出し、彼女に雷を操る感覚を思い出させる事が出来るのだ。

 

「……御祓副会長のせいだなんて、僕も、ステラも、珠雫も……きっと、東堂さんだって思っていません」

「―――――」

「だから、まずはちゃんと話して、向き合って、彼女に寄り添って……そして、彼女のリハビリを支えてあげてください。皆が貴女を支えたがっていると、教えてあげてください」

 

 僕も、模擬戦ならいつでも付き合いますから。

 

 そう言って、黒鉄一輝は少し恥ずかしそうに笑った。いずれ御祓泡沫なら自力で辿り着いていたであろう答え。それを勝手に先取りしてしまったような気がして、何とも恥ずかしかったからである。

 

「―――――、~~~~~ッ、ぁ……ッ......うん。ああ、そうだね。

 刀華は僕の友達だ。世界で一番尊敬している、僕の愛すべき人だ。なのに、何時からか僕は刀華に随分と寄り掛かってしまっていた。

 

 ―――刀華を支える人間に、僕もなりたい。

 

 彼女の一番の助けになるのは、僕じゃないと嫌だ」

 

 泣いているようにも、笑ったようにも、痛みを押し殺したようにも見えた。

 様々な感情を乗り越え、御祓泡沫は強く前を見据えた。

 

 黒鉄一輝は勘違いをしている。御祓の《絶対的不確定(ブラックボックス)》は、()()()()()に干渉する物。他者には使えない。因果干渉系は複雑な上、タネが割れれば攻略されやすいため、他人においそれと教える物でもない。それ故の勘違いだろう。

 

 だが、御祓にとってもうそんな事は関係なかった。

 

 ()()、他人に使えないだけだ。すぐに対象を選ばず使用できるようになる。命に代えてでもそうしなければならない。あの輝かしい幼馴染に、ただくっついているだけでは嫌だ。そんな誇りの無い、シミだらけの人生を生きるのは嫌だ。彼女の理想を、ちゃんと支えられる自分でありたい。

 

「……ありがとう。黒鉄くん」

「いえ、僕なんか。御祓先輩なら、すぐに気付いたはずですから」

「刀華が立ち直ったら……皆を連れて、生徒会室に遊びに来てよ。最高のお菓子を用意して待ってるから」

 

 そう言って、御祓泡沫は東堂刀華の病室へ歩いて行った。

 

 

「―――あ、ウタくん!! もう、やっと来てくれたの? ずっと病室の前に立ちっぱで……病院の人にも迷惑なんやけん、ちゃんとしとかないかんよ―――」

「あはは……バレてたんだ。うん。ごめんね。本当にごめん。でも、刀華――――」

 

 

 扉越しに声が聞こえる。御祓の涙声も。

 

「……行こうか」

「そうね」

 

 これ以上は無粋と判断して、黒鉄たちは踵を返して廊下を歩んでいった。

 

「……イッキ」

「ん?」

「か……か、かっこよかったわよ」

 

 頬を染めながら黒鉄の制服の裾を引くステラに、彼は思わず苦笑する。

 

「違うよ。本当に恰好良かったのは、あの二人さ」

 

 

 

 

 東堂刀華に劇的は訪れない。

 彼女は、当たり前の事を当たり前にこなせる、何が大切かをよく知っている人間だから。

 

 彼女は当たり前に折れて、当たり前に落ち込んで、その後、いつも通りに立ち直った。

 

 近い将来。

 入院とリハビリを経て、彼女は見事に破軍学園へ復帰する。

 

 

 闇を切り裂くその一瞬を、何回でも繰り返す嵐の(いかずち)

 

 

 

 彼女が、()()()()()()()()()()()、強く悩み苦しむのは―――また別のお話。

 

 

 

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前世とか今の人生には関係ないですよね(無理)(向こうから来る)(尻拭いは来世の役目)▼「なんか知ってる顔多すぎなんだけど!?」今は英雄ではない少年が過去のせいで英雄をやる羽目になるお話。


総合評価:7138/評価:8.57/完結:12話/更新日時:2025年12月26日(金) 20:35 小説情報


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