池田大作が「南無妙法蓮華経」を商標登録出願し特許庁から失笑を買ったことを知る人は少ない。 池田大作の信仰心とはその程度なのである。信仰を利用し金儲けをしようという考えで一杯なのである。また、この商標登録出願は宗門を創価学会の支配下の置くための策略でもあった。 「五十二年路線」では池田大作は日蓮正宗から分離・独立するぞ!という脅しをかけ、池田大作が宗門の頂点に立つという魂胆があった。そのために独自の御本尊、教本までも製造し、全国の学会会館を寺院とし僧侶も任命する体制がほぼ出来上がっていた。日蓮正宗を無視し創価学会の信仰にこそ大功徳があるという増上慢ぶりであった。 池田大作は自分を生き仏とし、創価学会を日蓮正宗の上に置く。池田大作は本気で「現代の生き仏」になれると信じていたのである。 ————————これをどう思いますか? http://ccc998.hp.infoseek.co.jp/ 創価学会内部改革派憂創同盟

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【創価学会「南無妙法蓮華経」商標登録の真相(聖教新聞より)】 言うまでもなく、宗教に関連した神聖な用語や名称を商品名として登録することは、決して望ましいことではありませんが、世間では題目に限らず宗教に関連した用語、名称を商標登録しようとする動きが常にあります。 例えば、題目が商標登録されてしまうと、私達の気持ちからすれば不謹慎としか言いようのない使われ方をする場合も当然予想され、実際にそのような事実もありました。なかには、その商標を使って、私達の宗教的心情からは耐えられないような商品を作り、“大量に商品を買え”とか“商標権を大金で買え”等と言ってきた例も数多くありました。その商標は、商標法により原則として先に登録した人にその権利を認める制度になっていますから、先手を打つためには、こちらからそのような事態を未然に防ぐ必要があり、そのためには、こちらで商標登録という法的手続きを取らざるを得ない、ということになる訳です。 なお、一部に学会が題目を商標登録したのは、信仰の次元で題目を法的に独占し、題目をあげたり、本尊を下付したりすることを妨げようとする意図がある、等と言う人がおりますが、現実にそのようなことはありませんし、もともと商標というのは、“商品”についての標識であり、商品性とは関係のない題目そのものや、本尊について、その権利が及ぶというようなものではないことを考えれば、バカげた話であります。 ところで、商標登録を審査する特許庁において、宗教用語の商標登録を認めるか、認めないかについての判断が必ずしも一定していなかったため、それに応じて学会も対応を考えざるを得ませんでした。 すなわち、戦後すぐに、すでに題目の商標が指輪等の商品名として登録されていたことに、昭和37年頃たまたま気づき、また、他の教団でもこの種の動きがあるとの話も入りましたので、事態を憂慮して、総本山にご相談申し上げ、その了承を得て、前記の趣旨から、あくまで防衛のため、一部種類について必要な手続きを取ったところ、これが昭和40年に登録されたのです。これで特許庁が題目も商標として認める方針であることを確認した形になりましたので、急いで他の種類についても、その手続きを取りましたところ、今度は認められませんでした。 そこで、特許庁の方針が「認めない」方向に変わったのかと思い、安心していたところ、昭和45年から46年にわたり再び第三者から題目の商標の出願がなされ、それに特許庁でこれを認める方向も示した事実がありました。折から、正本堂の落慶をひかえ、これに関連した商品が数多く販売されることも予想されましたので、その対策について、総本山にご相談申し上げ、その了承を得て、学会が事前に対処することになりました。その一環として特許庁の方針変更に備え防衛上押えておく必要があるとの判断で、題目の商標を出願しました。 しかし、昭和50年頃から一般的な宗教用語は商標として登録を認めるのは妥当でない、等の議論がマスコミを沸かせたこともあってか、特許庁として「認めない」方針に落ち着いたようなので、学会も52年1月には出願したものを全部取り下げています。 以上の経過のとおり、あくまで題目が他の第三者により商標登録され、独占的に俗事に使用されるのを未然に防ぐため、そのときどきの特許庁の方針を考慮しながら法的防衛措置としてあえて登録申請に踏みきったのが実情であります。 ※http://checkd.at.infoseek.co.jp/syouhyou.htm

「善哉善哉、汝が諸説、皆真実なり」と言うしかありませんね。 創価学会が「南無妙法蓮華経」を本気で商標登録しようとしたことは事実ですから。 「日蓮聖人」もこの事実をお知りになったら「驚き、桃の木、山椒の木」と仰せられるかも知れませんね。 所謂「五十二年路線」にしても「日蓮正宗センター構想」にしても、宗門と信徒団体の立場の逆転を意図したことは明らかですから、日蓮正宗には「厩を貸して母屋を盗られ」なくて善かったね。と言うしかありません。 貴方が池田教と化した創価学会の現状を憂い、「内部改革」がしたいと思うお気持ちは解からなくはありませんが、もはや、今の創価学会は「宗教」では無く、「宗教屋」に成り下がっている現状を踏まえれば、至難の業と言えるかも知れません。 今、創価学会に残っている方々の多くは完全に池田教徒と化している人達なので、如何なる事実を突きつけられても、「見ざる、聴かざる、言わざる」の三猿状態だといいます。 自分で物事を見極め判断せずに、池田氏の言う事に盲従している人達です。 他人に脳ミソを預けた人をノータリンと言うのです。 脳ミソを舐められた人間を覚醒させる手立てはありません。 貴方の努力が徒労に終わらねばと思うのですが。 【追記】 先発の方へ。 私が院生の時代に保田妙本寺を訪問させてもらった際に、鎌倉日桜御住職様には大変親切にしていただきました。 今でも遠い日の思い出として懐かしく思い出されます。 『万年救護の大御本尊』様を拝見させていただきました。「日蓮大聖人」様の御精神が迸っているかのような印象を深く受けました。 大石寺の「楠板彫刻本門戒壇大御本尊」の真贋が再び大きく取り沙汰されていますが、「万年救護の大御本尊様」は「未有の大本尊」と認められている唯一の御曼荼羅です。 正真正銘の「日蓮大聖人」御真筆の御曼荼羅ですから心安らかに御信心にお励みください。 願わくば、桜の花の咲く季節に、再び保田妙本寺を訪問したいものです。 敬白。 kitarou_chan_davoさん。 貴方達は、他の教団が題目の商標登録をしそうだから、先手を打って商標登録しようとしたことが、さも正当な行為であるかのように言うが、創価学会も題目の商標登録を憂慮していたのだろう。 自分達が憂慮している行為を自分達自身で先手を打て犯そうとした事自体をどう思ってるんだよ。 題目は創価学会が編出した商品じゃないだろうが。 日蓮正宗に内緒で勝手に信徒団体が、題目を商標登録したら、そりゃ宗門は怒るの当たり前だよな。 貴方達の論法は、あそこに有る柿の実が誰かに盗まれそうだから、先に自分達が盗んでしまえ、と言っているようなものよ。 それに、尊い『法華経』の題目を商標登録しようとした事自体が、創価学会が宗教ではなく、宗教ビジネスである何よりの証だね。 「南無妙法蓮華経」は信仰の次元ではないのかね。それを商標にしようとしたこと自体、「日蓮聖人」に対する冒涜とは思わんのかね。 一信徒団体だった分際で、何の権限があって、そんなアホなことをしたんだ。 口は重宝だが『聖教新聞』の糞記事は動かぬ証拠だね。 しっかりと読ませて貰ったよ。 貴方には感謝しとるよ。貴方の回答は知恵コレものよ。

宗教の根本である、題目を商標登録する事自体、本末転倒であり、謗法でしょう 日蓮聖人、日興上人と続く題目を創価学会がまるで、独自に唱えたかのように、 しかも、商標登録など、あり得ない事、どの宗門の方でもびっくりされた事でしょう。 そもそも正宗が言う”大御本尊”自体、正しいものなのか、歴史と弘安二年前後、 御遺文等、遡行してみると、宗門との争いの末、日郷上人が、言葉は悪いですが 持ち去った”万年救護の御本尊”が唯一”大御本尊”じゃないでしょうか、 もちろん、弘安二年、十月十二日のご本尊が偽者と言う訳じゃありません。 熱原の三烈士の霊を弔うために表されたのは間違いのない事です。日蓮聖人は 弟子、信者達に様々な本尊を表しました。その中で○○の本尊、○○の御本尊と 言ってません。唯一、最初に名称したのが”万年救護の御本尊”様なのです。 日興上人、日目上人が入滅された後、継承問題の争いの中、政治的圧力で 負けた形で保田に行く時、持っていったので、考案二年のご本尊を安置したのでは ないでしょうか、そう考えればすべて、つじつまが合うのです。日興上人が大御本尊 と尊称したのは万年救護の御本尊で、弘安二年のご本尊は殉職した弟子達の 御本尊として、表し、日本国の民衆を万年に渡り、救護して表したのが ”万年救護の御本尊”ではないでしょうか、 日桜上人様とは懐かしいですね。私にも親切によくしてくれました。日蓮聖人の教学を 知りたい旨を伝えると、信者でもない私に、快く教えていただきました。 本来は檀家でも、めったに見せる事のないご本尊様を特別に見せてくれました。