2025年の終わりに、1980年代のキーボードを買うまでの自作キーボード沼の深さの話
さかのぼることコロナ渦の2020年、アメリカ在住の私は厳しいロックダウンで全く外出できず、家でハマれる趣味を模索している中で、Keychronのキーボードを買ったことが入り口となって、キーキャップやキースイッチを変えたりしているうちに、自分で全て作ってしまう自作キーボード沼にハマりました。
情報を収集する中で、日本のキーボードデザイナーai03さんが公開してくれているPCB GuideでPCB(キーボードの基盤)の設計方法をステップバイステップで学び、KiCadという神フリーソフトでPCB設計ができるようになりました。
次に、自作キーボードコミュニティを盛り上げていらっしゃるサリチル酸さんのブログには自作初心者向けの有益な情報が多くあり、作ったPCBをJLCPCB(中国の業者)に発注する方法や、届いた基盤にファームウェアを書き込む方法などを参考にしながら、作ったキーボードの基盤を発注して、実際にタイピングするまですぐにできるようになりました。これが2021年ごろのことです。
そして基板が作れるようになったら次はその基盤を格納する外装のケース設計ということで、こちらもサリチル酸さんが発行しているケース設計ガイドや、オープンソースでgithubに公開されているケースデータをフォークしながら試行錯誤の中で自分で何回か作ってみることで、Autodesk Fusion360という再度の神フリーソフトでケース設計ができるようになりました。(サリチル酸さんは現在noteも開設されているようです)
さらに作ったケースをアルミの削り出しでJLCCNCに発注する際は、copさんの詳細な金属の設計方法や見積もりのテクニックを参考にさせて頂き、工業製品のデザインに関しては何の知識もなかった私がいつの間にかキーボードに必要な部品を全て自作できるようになりました。これもひとえに日本のブログ記事やコミュニティの充実度の高さによるものです。この場を借りて感謝したいと思います。
そこから、自分でキーボードを作ったり、GB(グループバイ)に参加して他のデザイナーのキーボードを買ったりして自分好みのレイアウトを追求していく中で、必要なキー数が65%から60%、さらに40%と減っていき、今年に至ります。当初はアローキーは絶対右下に必要と思っていたのですが、今はアローキーが無い方がホームポジションを崩さなくて良いと思えるまでになりました。
日本では自作キーボード界隈のオフラインイベントも盛り上がっているようで、行くことができず寂しいのですが、今住んでいるニューヨークでもキーボードミートアップが年2回くらい開催されるので、顔を出すようになりました。こちらだと完全自作や分割キーボードよりも、高級(カスタム)キーボードが主流と言った感じですが。
そして今年、前半はいかに必要最低限のキー数でタイプできるかを探求し、33キー・3行のキーボード『club 33.3』を設計しました。その後GBに参加していた40%HHKBレイアウトのM9Nが届き、自分の好みのレイアウトとしてはこうした30-40%のコンパクト(かわいい)かつクラシックなロウスタッガードな着地点が見えてきました。
すると今年の後半はキーボードのケースやレイアウトよりも中身のキースイッチの探究に向き、最近流行りのHMXのような全く引っかかりのないスムーズなスイッチよりも、Cherry MX Blackのようなクラシック感、アナログ感、カスレ感のあるスイッチの方が好みだと分かってきました。今年で言えば、NovelkeysのClassic Blueスイッチ(ルブなし)がカスレ感をあえて残しており良かったです(開発はTypeplus)。
とそうこうしていたら幻のキーボードスイッチと言われる、アルプススイッチ入手に動いていました。
アルプススイッチとはその名の通り、日本の大手電機メーカー・アルプスアルパインがかつて製造していたキーボード向けのスイッチで、実は80~90年代のコンピュータにおいての絶対王者であり、Apple, IBM, NECなど、現在のコンピューターへと通じる多くのキーボードに搭載されていました。詳しい歴史は下記を参考にさせて頂きました。
現在のメカニカルキーボードの主流のMXスイッチとは機構や部品の数が完全に異なり、板ばねを利用したシャコシャコとした、いわゆるザ・昔のキーボードな機械的で気持ちいい打鍵音は当時のデファクトだったのですが、ドイツのCherryや後発のGateron等の中華メーカーの低コスト(MX)スイッチの台頭によりアルプススイッチは2012年に生産終了となりました。
そのため今アルプススイッチを手に入れるには40年前のキーボードをebayなどで入手するしかなく、私もキーボード裏の型番がいくつだったら正規のアルプススイッチが乗っているかを時間をかけて下調べした上で、Apple Standard Keyboard (M0116, 1988年製)を手に入れ、もったいないですが基盤を引っぺがし、はんだを除去してスイッチを引き抜いた後分解・洗浄、ルービックキューブ用の油を差し1個1個しっかりメンテナンスした上で現代のキーボードに復活させました。
ちなみにアルプスにも様々な種類がありますが、私が入手したのはオレンジ(タクタイル)軸です。
アルプスのルブには下記の記事を参考にさせて頂きました。本当に何でも誰かが知見を書き残してくれているので大変ありがたいです。ですが手動でのはんだ吸い取りが鬼のように大変で、もう二度とやりたくないと思いました。
あとオレンジ軸の場合、中のクリックリーフの微妙な角度により、スイッチ押下時にプチッとした不快なクリック音のノイズが出てしまう個体があったのですが、こちらも下記の動画のクリックリーフの後ろに紙を挟むペーパーmodで全て良個体に修正することができました。こちらはまだ日本語で触れている記事が見当たらなかったので、ここに書き残しておきます。
ということで、この一年、終わってみたらキーボードはデカくなっていました。
ですが噂に聞いた通り、確かにアルプススイッチの打鍵感はめちゃくちゃ良いです。前に書いたようにHMXが好きな方には刺さらないかもしれませんが、40年前の機械部品が普通に動作し、サクッ、シャクッとした気持ち良い音はさながら新雪に指を突っ込んだ時のようです。
昨今のキーボードスイッチは音がうるさすぎないもの、摩擦感が無いもの、軽く薄いものなど、キーボードが「主張しすぎない」方向に向かっているように思いますが、現代に甦ったアルプスキーボードはその真逆で、主張しかありません。機械的にスイッチがカシャッと「落ちる」感触、部品同士のかすれ音、今、自分がコンピュータに文字を打っている、という圧倒的なリアリティを主張してくれます。
MXのタクタイルもHoly Pandaなど、有名どころは持っており、それらとの違いを言語化するのは難しいのですが、強いて挙げてみるなら指への抵抗を感じる時間の違いと言えるでしょうか。Holy Pandaもタクタイル感は強いのですが、1点抵抗感が強くなるポイントがあり、その他の行程はスムーズなのに対して、アルプスオレンジ軸はキーストロークのトラベル全体を通して常に心地良い抵抗感があるように思います。それでいて全体的な印象はDeep Seaのようなサイレントタクタイル、もしくは静電容量のスコスコ感にも似ている不思議なスイッチです。
早くもお気に入りのスイッチになったので、しばらくこの60%のアルプスキーボードを使いつつ、来年はやるとしたら自作で40%化したいと思いました。
写真の分野ではカシャッという昔のビンテージカメラのシャッター音、シャッターを切る感覚が良い、なんていう人を見かけることがありますが、そういう感覚に似ているのかもしれません。スマホで写真が撮れる時代にあえてビンテージカメラで世界を切り取るように、フリック入力でもタイピングできる時代にあえて1980年代のスイッチで文字を打つ。もしかしたらそれはAI時代に、自分がコンピュータと対話している人間であることを忘れないために。
いいなと思ったら応援しよう!
この記事が役に立ったな〜と思ったら、NYのMASAに明日の授業中に飲むコーヒー1杯をサポート頂けると大変嬉しいです!
こんな情報知りたい!などのご意見・ご感想もお気軽にどうぞ!

コメント