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女の子だから、出かけた先で突然なってしまうことだってある/Novel by INUKAI

女の子だから、出かけた先で突然なってしまうことだってある

8,376 character(s)16 mins

楽しみにしてたデートの途中でカノジョのオンナノコの日が始まってしまうお話。
専五×同期カノジョ。

⚠生理ネタなので苦手な方は×

苦手なものにはあまり配慮できてないと思うので、
何でも許せる方、合わなかったらスルーできる方のみどうぞ。

こういう話を恥ずかしく思わずにちゃんと受け入れられるし、
その場面に遭遇しても意外と動じない五も好きなんだよな~と思いまして。

どうしたらいいかわからなくてあたふたする五も可愛くて好きなんですけど、
男女がどうというより、人間の身体の仕組みの違いみたいな捉え方をしてて、
「何か恥ずかしいことある?」みたいな五も個人的には好き。
身体に対する気遣いはできるけど、
恥ずかしいのがよくわからないゆえにうっかりデリカシーのなくなっちゃう五は可愛いと思います。
夢主ちゃんがいない時に皆で遊びに行く話してて、
「あいつたぶん今週はプール行けねーぞ」って夏くんと硝ちゃんの前で言いかけて(言っちゃって?)ふたりに叱られて欲しい。

ガクセ~の五がこれで合ってるのかもこういう話を皆さんが読めるかもわからなすぎて、
出だしだけべったーに上げて読んでもらったりしたんですけど、
反応くださった皆様のおかげで仕上がりました。ありがとうございました!

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 その日の私は浮かれていた。2か月前につき合い始めた五条くんと、久しぶりにゆっくりデートができる。任務帰りの制服姿じゃなくて、ちゃんとオシャレをして出かけられる。
 思い切って可愛いめのスカートをはいてみようとか。いつもよりお化粧をちゃんとしてみようとか。当日の朝は楽しみすぎて早く目が覚めてしまい、同じ寮から出発するのに30分前には支度ができてしまった。
 
 だから、一瞬チクリと下腹部が痛んだのも気のせいか朝ご飯を消化してるんだろうとしか思わなかったし、なんとなく腰が痛いのだって怠いのだって、昨日の体術訓練のせいだろう程度にしか考えなかった。
 そのくらいには浮かれていた。つまり、油断していたのだ。

◇ ◇ ◇

 私たちの通う学校や生活拠点となる寮は山奥にあり、どこに行くにもまあまあ時間がかかる。お昼前に出て、途中の乗換の駅でランチをしてから水族館に行こう、今日はそういう約束だった。
 いつも任務の帰りに寄るようなファストフードや学生の多いファミレスではなく、私たちの年齢でも気兼ねなく入れるくらいの(五条くんはお金持ちだからもっと高いお店でも気にしなそうだけど)、ちょっとだけオシャレなパスタ屋さんでのランチ。人が多いからはぐれないように、なんて小学生の遠足みたいな理由をつけ、初めて手を繋いだ。
 緊張で何を話したかはよく覚えてないけれど、五条くんの手は私よりもすごく大きくて、指も長くて、びっくりしたことを覚えている。


 今朝の油断を私が後悔することになったのは、ランチの会計を終え、そろそろ水族館のある駅に移動しようか、と歩き始めた時だった。

「あ、五条くん待って。靴紐ほどけちゃった」
「すぐ転ぶんだからきつめに結んどけよ?」
「もう。ひとをどんくさいみたいに言わないで」

 五条くんは私の言葉にクツクツと楽しそうに笑う。今日もいつも通り意地悪だ。
 出会ったばかりの頃は、彼のちょっと小馬鹿にしたような態度に腹がたったり、真に受けて落ち込んだりもしていたけれど。親しくなった今は気にならない。
 人の言葉というのは関係性で受け取り方がずいぶんと変わるものらしい。

 繋いだ手を解き、通路の端に寄る。スカートの裾が床につかないよう気をつけながら屈みこむ。
 五条くんはズボンのポケットに手を入れて壁に軽く寄り掛かり、靴紐を結ぶ私の後ろ姿を見つめていた。

「よし、できた。お待たせ!」

 立ち上がって振り返ると、彼はまあるい真っ黒なサングラスをずらして青い目を覗かせ、やや視線を下げる。不思議そうに首を傾げ、眉間に皺を寄せた。
 何かあったのだろうか。様子を窺っていると、はっとしたように空色の目が見開かれる。

「……オマエ、どっか怪我でもしてる?」
「え? してないけど、なんで?」

 そういえば、昨日の体術訓練で相手の爪が私の手を軽く引っ搔いたっけ。でもそんなのはよくあることで、故意ではないのだから謝ってもらっておしまいだ。別に怪我というほどの怪我ではない。
 それに、五条くんの視線は私の手には向けられていなくて。じゃあ、どうしてそんなことを……?

「それ、…………あー、」
「それ?」
「いや、えーと、どうすっかな」

 五条くんは、『それ』を示そうとしてこちらに向けたらしい指をすっと引っ込め、気まずそうな顔でぽりぽりと頭を掻いた。私はよくわからないままに彼の指さそうとしたあたり、つまり洋服の後ろ側を身を捩って確認する。
 ひらりと揺れるスカートは身体を捻っても裾しか見えない。布を引っ張ってゴムのウエスト部分を少しだけずらしてみれば、柄の隙間の淡い色の部分に薄く赤茶っぽい染みがついているのが見えた。
 イビツな円を描くそれは直径4~5センチくらいだろうか。3分の1ほどが柄の濃い部分にかかっているとはいえ、色の薄い部分では後ろから見れば気づく程度には主張している。

 なに? この汚れ。どこでついたの? いつからあったんだろう?
 部屋の鏡で見た時も、お昼ご飯の前に寄った化粧室で確認した時もなかったのに。薄めだけれど、色的には血みたいな。まさか──
 五条くんの質問の意味と言いにくそうな表情。今朝の下腹部の痛みや、今もうっすら感じている腰痛。それらを合わせれば、染みの正体には思い当たる節がある。
 背中にじっとりと汗が吹き出す。顔が青ざめていくのが自分でもはっきりとわかった。

「ごじょうくん、あのっ……、ちょっとわたし、トイレ行ってくる、」
「ん。さっき向こうの角のとこにあったから一緒に行く」

 いそいそと歩き出す私のすぐ後ろを五条くんがついてくる。足の長さが違うせいで、私は急いでいるのに彼の歩調にはどこか余裕があって。
 自分だけが焦っていることでさらなる焦りが生まれ、正直後ろにいられると汚れたスカートが気になってしかたない。そりゃあ知らない人に見られるのは恥ずかしいけれど、恋人に見られるのだって恥ずかしいに決まっている。

「ここで待ってっから」
「うん」

 トイレに続く通路の手前には休憩用の椅子がいくつか置いてあり、そこで立ち止まった五条くんにそう声をかけられたけれど。
 私はとにかく気まずくて顔もろくに見ることができず、彼がどんな表情をしていたかもわからないまま、ただただトイレに駆け込むことしかできなかった。


◇ ◇ ◇


 個室のドアを慌ただしく閉め、荷物を置いておそるおそる確認すれば、予定より1週間ほど早く生理が始まっていた。
 今までだって早くきたり遅れたりはあったし、生理痛に耐えかねて鎮痛剤をもらいに行ったついでに保健医に聞いてみたこともある。私たちくらいの年齢は身体も成長途中で、周期が不安定になることも珍しくないらしい。様子を見て異常が続くようなら専門医に相談してみようか、という話を数か月前にしたところだ。
 ここ2か月ほどは周期も安定していたからすっかり油断していた。どうして今日に限って、大事なデートの日に限ってこんなことに。

 応急処置になるかはわからないが、とりあえず汚れた下着にトイレットペーパーをそっと押し当てる。乾いていない部分がほんの少し染み込んだだけだったけれど、1日目、それもおそらく始まってからそんなに時間もたっていないから量も多くない。下着が真っ赤に染まるような悲惨な状況を免れたのは不幸中の幸いか。
 念のため、といつもポーチにひとつ入れていたナプキンを取り出し、包み紙を処理する。これで広がる心配はなくなったが、汚れたスカートや下着はどうにもならない。まだ始まるまで数日あると思っていたから、ナプキンだってひとつしか持って来ていない。

 薬局で生理用品を買う? 新しい服や下着を買って着替える?
 頼めば薬局や洋服を買うのにもつき合ってくれるはずだけれど、忙しい彼の貴重な時間を無駄にする上、余計な荷物も増えてしまう。

「どうしよう……」

 外には五条くんを待たせている。しかも、そういうことにはあまり詳しくないかと思っていたのに、さっきの反応から考えるに状況はしっかり把握されていて。
 彼は五条家の次期当主だし、もしかしたら家できちんとした教育を受けているのかもしれない。私たち以上に無知や知識不足による間違いは許されない立場だ。
 それよりなにより、これから水族館に行くところだったのに本当にタイミングが最悪すぎる。

 彼は怒るだろうか。予定を狂わせて、こんなふうに迷惑をかけて、嫌われてしまうだろうか。スカートの汚れもここで簡単には落とせそうにないし、気持ち悪いと思ったかもしれない。顔を合わせるのが怖い。
 どうしたらいいかわからず、じわりと涙が滲んでくる。泣いてる場合じゃないのに。早く戻らなきゃいけないのに。

 頭の中はパニックで、どうしよう、しか浮かんでこない。女性としてこのくらい自分でどうにかできなきゃいけないとわかっていても、何も良い案が浮かばない。
 個室で途方に暮れていると、鞄の中で携帯の着信音が鳴った。画面に表示される、五条くん、の文字に通話ボタンを押す指先が震える。

「…………もしもし、」
『おー。出られんじゃん。大丈夫か?』
「だい、じょうぶ」
『全然大丈夫な声じゃねーけどな』

 声の調子から、電話の向こうで苦笑いする五条くんが目に浮かんだ。
 彼の言うとおり大丈夫ではない。でも、声を聞いてどこかほっとしている自分もいる。どうやら機嫌を損ねてはいないようだった。

『中で倒れてんのかと思って心配したわ』
「ごめん。具合は、今のところへーき……」
『まだかかりそ? 薬局でなんか買って来た方がいいとかあれば言えよ?』

 緊張しながら電話に出たけれど、正直なところ、彼がものすごく落ち着いていることにも、生理に対する理解や気遣いがあることにも驚いている。男の子だったら知っていても照れくさいだろうし。
 腕時計を覗き見れば、ランチのお店を出た時間から逆算するに、もう20分近く個室にこもっていたらしい。そりゃあ心配もされるはずだ。血を拭き取ったり、ポーチを取り出した時に散らかしてしまった鞄の中を片付けたり。
 どうしたものかと途方に暮れているうちにそんなにたっていたなんて。個室の数がそれなりにあるトイレだったから、人の出入りも全然気にならなかった。

「うそ!? ごめん、こんな時間になってるとは思わなくて……!」
『別に倒れてんじゃなきゃいいよ。中で何かあっても女子トイレじゃ見に行けないしさ。んで、出て来れそう?』
「……行ける、けど」
『けど?』
「……」

 五条くんはただただ私の状況を確認しようとしているだけなのだと思う。でも、私はなんだか申し訳なくて、遅い、迷惑だ、と責められているような気がしてしまい。

『具合悪くないならとりあえず出てくれば?』
「でも……」
『この後どうするにせよ、ずっとそこにいるわけにもいかないだろ?』
「そう、だけど」

 なにひとつ間違っていない。彼の言うとおり、服を着替える、寮に帰る、どれを選ぶにしたってここから出なくてはならない。
 どうしたらいい? 下着はともかく、スカートの染みはこのままだと目立つよね……?

『だけどなに。……あ、悪い。充電切れそうかも』
「えっ!?」
『オマエがこもってる間にネット見てたからな~。最近充電持たないんだよね』
「……ごめん」
『別に謝ることじゃないっしょ。とりあえず落ち着いたら出て来いって』
「……うん、」
『待ってる』

 大丈夫だから、と最後に優しく付け加えて、五条くんは電話を切った。彼に『大丈夫』と言われるだけで、どうしてこんなにも安心できてしまうのだろう。
 ずっとここにいても汚れが消えるわけではないし、状況も変わらない。すごく伝えにくいことではあるけれど、もう気づかれてしまっているのだ。この後のことはきちんと五条くんと話し合って決めよう。不安だらけでも今は彼を信じるしかない。
 私は意を決して荷物をまとめ、重い足取りで個室を出た。


◇ ◇ ◇


 五条くんは「ここで待ってる」と言っていた場所で、すぐそこの自販機で買ったらしいミルクティーを片手に足を組んで椅子に腰かけていた。買ったばかりなのか、缶の口は開いていない。私が戻ってきたのを見つけると、携帯をポケットに滑りこませて立ち上がる。

「おかえり~」
「た、ただいま……、あの、待たせちゃってごめんね」
「緊急事態だろ。俺の方こそ急かしたみたいで悪かったな」

 どうしよう。気まずい。何をどうやって話せばいいのだろう。
 五条くんは本当に気にしていないのか、気にしていないフリをしてくれているのかはわからないけれど、いつもどおりだ。

「どーする? 帰るか?」
「え、あ、……でも」
「まだ途中までしか来てねーし、戻るならここから戻った方がいい。具合悪くなる可能性もあるじゃん」
「うん……」

 気づいてしまえばじわりじわりとお腹も痛くなってきた気がする。今はデートできないほどではないが、もしかしたら彼の言うとおり生理痛だってこれからひどくなるかもしれない。それに、この汚れたスカートで出かけたくないのも本当で。
 せっかく五条くんとゆっくりデートができると思って楽しみにしてたのに。悔しくてたまらない。
 もしかして私が浮かれていただけで、彼はそこまで楽しみにしてたわけじゃないのかな。今だって意外とさっぱりしてるし。
 落ち込まれたら申し訳なくなるくせに、そんなにあっさり帰宅を促されるとそれはそれで寂しいなんて、私はわがままだ。

「いや、何で泣きそうなの」
「だって、……せっかく、おしゃれして、」
「あーもう! わかった、わかったから泣くなよ~」

 五条くんは慌てたように手にしていたミルクティーを椅子に置くと、涙ぐむ私をぎゅっと抱きしめる。密着した大きな身体。布越しの体温を感じながら、私は五条くんが焦っていることに少しだけ驚いていた。
 任務に出かける彼はいつだって余裕だし、頭の回転もよくて、慌てたり焦ったりもしない。夏油くんとはよく喧嘩をしているけれど、あれは仲が良いからこそのことで、普段は感情に任せて一方的に怒るようなこともない。
 表情豊かで子どもっぽいように見えて、余裕があるところはやけに大人びている、不思議なひとだなぁと思う。そんな五条くんが、私の目に涙が浮かんだくらいで動揺するなんて。

「……泣いて、ない」
「嘘つけ。気にしなくていいから、今日は帰ろ」
「…………迷惑かけて、ごめんなさい」
「迷惑とか言うなって。身体の構造が違うんだから、そういうのを申し訳なく思う必要ないだろ。また来ればいい」
「でも、」
「今日だろうが違う日だろうが、せっかく行くなら俺はオマエと水族館をちゃんと楽しみたいんだよ。オマエは違うの? 無理して行きたい?」

 違わない。私だって五条くんと楽しいデートがしたい。ふるふると首を振れば、彼の大きな手が、ぽんぽん、と私の頭を撫でる。
 ああ、どうしよう。五条くんの言葉のひとつひとつが温かくて安心する。今度はこの優しさに泣いてしまいそうだった。

 五条くんは少し屈んで私の顔を覗き込み、指先で涙の零れかける目尻を拭って困ったように笑う。自分の着ていたパーカーをするりと脱ぎ、私の背中に腕を回して腰に巻きつけると、前で袖を結んだ。

「五条くん!?」
「そのまま帰る?」
「それはそうだけど……、汚れちゃうよ」
「汚れたら汚れたでいいって」

 どうでもいい、とでも言いたげなぶっきらぼうな口調だけれど。照れくさそうにそっぽを向く彼の気遣いは充分すぎるくらいに伝わってくる。
 上着脱いでも寒くないのかな? 風邪ひいたりしないかな?

「ちょっと暑いくらいだったから気にすんな。俺の上着よりオマエの方が大事だっつってんの」
「……うん」
「帰って部屋で一緒に映画でも見るか」

 五条くんが椅子に置いたミルクティーを拾い上げ、私の手に握らせる。もしかして、電話を切った後に私のために買ってくれたのだろうか。まだ温かい。
 ゆっくりと歩き出せば遠慮がちに手を差し出され、慌てて缶を持ち替えて手をとれば、そっと指が絡められる。繋いだ手はやっぱり大きくて、ゴツゴツしていて。男のひとなんだなぁ、なんて私は当たり前のことを思いながら彼の隣を歩いた。駅のホームで電車を待ちながら飲んだミルクティーは、なんだかいつもより甘い気がした。


◇ ◇ ◇
 

「じゃあ、あとで俺の部屋な。急がなくていいから」
「うん」

 電車に乗る前に、みんなでゲームをしながら食べる用と映画を見ながらふたりで食べる用にお菓子を足早にふたつほど買って、私たちは寮へと戻った。
 ここでは呪力コントロールの訓練で様々なジャンルの映画を使う。図書館の本みたいに自由に借りることができるから、こういう時は見るものにも困らない。
 五条くんは帰り道も体調を気遣ってくれたり、何か買っておくものはあるかと確認してくれたり、とにかくずっと優しかった。私が部屋で着替える間に映画も選んでおいてくれるらしい。

「あれ? ずいぶん早かったね」
「夏油くん」

 一旦互いの部屋に戻るため、分かれ道で五条くんと話していると、任務帰りであろう制服姿の夏油くんが戻って来たところだった。そういえば、今日は体調不良の人の代わりに任務を引き受けたって言ってたんだっけ。

「傑も早いじゃん。お疲れ~」
「ああ。聞いていたほどのものではなくてね、思ったより早く片付いたんだ。キミたちは途中で喧嘩でもしたのかい?」
「ハァ? してねーよ」
「悟は今日のデート楽しみにしてたじゃないか。夜まで戻らないかと思ったのに」

 途中で帰ることも全然躊躇わなかったし、残念そうな空気もなかったから、てっきり私だけが浮かれているのかと思ったのに。五条くんも一緒に出かけるのを楽しみにしていてくれた、と自惚れてもいいのだろうか。

「あっ、夏油くん違うの、私が」
「うん?」

 私が、まで言いかけたところで夏油くんに首を傾げられ、言葉に詰まる。体調不良って言ったらこのあと五条くんの部屋に遊びに行くのもおかしいし、どう言えばいいのだろう。
 彼は女の子の扱いにも慣れていそうで、揶揄ったり馬鹿にしたりはしない人だと思うけれど。さすがに私だって誰彼構わずそんな話をしたいわけじゃない。迷っていると、隣で聞いていた五条くんが一歩踏み出す。

「いや、俺が行く途中でうっかりコーヒーこぼしてさ。こいつのスカート汚しちゃったんだよね。そのまま1日歩かせるのもわりーから、今日は中止して部屋で映画見ることにした」
「えっ!? これは私が……」

 慌てて否定しようとしたけれど、五条くんは私の腕を少し乱暴につかんで引っ張り、いいから、と耳打ちして制止した。だって、彼のせいじゃないのに、そんな。

「悟が?」
「そ、俺が。まあ、火傷とかしなくてよかったけどな」
「珍しいね。緊張でもしてたの?」
「うるせぇよ。紙のカップが熱すぎただけだっつの」

 夏油くんは口元に手を持っていき、揶揄うようにクスクスと笑った。五条くんは一瞬眉間に皺を寄せたけれど特に反論もせず、ふう、と大きなため息をつく。

「ハイハイ、俺が悪うござんした」
「なるほどね、それで悟のパーカーがそこにあるわけだ」
「そーゆーこと。新しい服買ったってよかったけどさ、着替え持ち歩くのも面倒だし。ま、水族館は次の休みにでも行くって」
「悟も意外と優しいところがあるじゃないか」
「あ? 俺はいつだって優しいだろ」

 ちょっとしたバトルが始まりそうな気配に慌てて割って入る。ふたりはいつもこんな感じだ。
 仲が良い証拠なのかもしれないが、元気すぎて校舎を壊したりするのだけはいただけない。一緒に怒られるのは私や硝子ちゃんなのだから。

「悪かったな。洗剤で落ちるといいんだけど」
「う、ううん、こっちこそ予定狂わせちゃってごめん。借りた上着、洗って返すから。汚れちゃってたら新しいの買って弁償するね」
「別にいいって。んじゃ、映画選んだら部屋戻ってるからあとでな。何かあったら連絡して」

 五条くんはこちらに背を向け、ひらひらと軽く手を振る。夏油くんも、じゃあまた明日ね、と柔らかく微笑んで後をついて行く。
 さっきまで喧嘩を始めそうな勢いだったのに、「映画選ぶの手伝えよ」「え~? 今帰って来たところなんだけど」なんてもういつも通りに話しているのだから、やっぱりふたりはなんだかんだで気が合うのだろう。

「あ、待って、五条くん!」
「ん?」

 離れていく広い背中を大きな声で呼び止めれば、五条くんは立ち止まってくるりとこちらを振り向いた。
 私はさっきから自分のことばっかりだ。こんなにも助けてもらったのに、ろくにお礼も言っていないなんて。

「あの、ありがとう!」
「……おう」

 短く返してはにかんだように笑う五条くんは、夏油くんに肘で小突かれていたけれど。今度はバトルが始まる気配もなく、五条くんは黙ったまま再び背を向けてしまったし、隣を歩く夏油くんの横顔はいたずらっ子みたいでとても楽しそうだった。
 何かちゃんとお礼がしたいな。来週は任務で遠出する予定もあるし、いいお土産売ってるかな。そんな事を考えながら、私は腰に巻かれたパーカーの緩んだ結び目を直し、自分の部屋へと歩き出した。

Comments

  • ゆあ
    December 29, 2023
  • つづら
    August 17, 2023
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