世界を揺るがすトランプ氏の「ドンロー主義」 日本外交への影響は

清宮涼

 トランプ米政権による南米ベネズエラへの攻撃と同国のマドゥロ大統領の拘束は世界に衝撃を与えた。第2次世界大戦後、国際秩序を主導してきた米国自身が国際秩序を揺るがしており、日米同盟を外交安全保障政策の基軸としてきた日本も岐路に立たされている。

 「我が国は自由、民主主義、法の支配といった基本的価値や原則を尊重してきた。ベネズエラにおける民主主義の回復、情勢の安定化に向けた外交努力を進める」

 高市早苗首相は今月5日、三重県伊勢市での年頭記者会見で、米国によるベネズエラ攻撃の評価を問われ、手元に目を落としながら答えた。米国への配慮から攻撃主体である米国には触れず、評価を避けた。

 米国は昨年からベネズエラへの軍事的圧力を強めていたが、マドゥロ大統領の拘束にまで出たことは、日本政府にとっても大きな驚きだった。外務省などは急きょ政府としてのコメントを検討。政府関係者は、攻撃を法的に正当化することはできない一方、米国批判もできないとし、「ベネズエラの今後という現象面に光をあてるしかなかった」と、苦しい判断だったと明かす。

不透明なインド太平洋への関与

 トランプ米政権は昨年12月に公表した新たな国家安全保障戦略(NSS)で、「モンロー主義のトランプ系」を掲げ、西半球での米国の権益確保を重視する姿勢を打ち出した。トランプ大統領は、自身の名前を掛け合わせた「ドンロー主義」だと誇る。

 「ドンロー主義」の一方で、トランプ政権のインド太平洋地域への関与の方針は不透明だ。

 日本政府は、米NSSではインド太平洋地域を「経済的・地政学的な戦場」と位置づけ、コミットメント(関与)の姿勢を示したことに着目する。ベネズエラ攻撃をめぐっても、西半球から中ロの影響力を排除し、中国との経済関係のリバランス(再均衡)を図るものであり、インド太平洋地域への関与は変わらないとの評価が国家安全保障局など日本政府内では主流という。

 しかし、国際社会では米国の振る舞いが、かねて力による現状変更を試みてきた中ロを利するとの危機感は強い。実際に中国は「一方的ないじめ行為が国際秩序に深刻な打撃を与えている」(習近平(シーチンピン)国家主席)と米国を批判し、自らが「国際秩序の守り手」だとの立場を演出しようとしている。

 一部専門家からは、米国がインド太平洋地域から手を引き、米中、そしてロシアが「勢力圏」を分割する時代が来かねないとの懸念も出ている。トランプ氏は昨年10月の米中首脳会談の前後には、米中両国を「G2」と表現した。トランプ氏の真意は明らかではないが、G2は「グループ・オブ2」の略で、米中の二極体制の意味合いがある。

日中対立に距離置くトランプ氏

 昨年11月の首相の台湾有事答弁に端を発した日中対立では、トランプ氏は中国を批判せず、対立から距離を置く。日中対立を米中間の通商交渉の障害とみている可能性があり、米政府関係者は「トランプ氏が日中対立で中国を批判することはないだろう」と語る。昨年11月25日の電話協議では、トランプ氏は首相に対し、日米で連携し事態の沈静化を図る必要があるとの認識を示したことも明らかになっている。

 米中接近のリスクを、当時のニクソン米大統領が、敵対関係にあった中国を電撃的に訪問し、日本に衝撃を与えた1971年の「ニクソン・ショック」にたとえる見方もある。米中が太平洋を東西に分割し互いの勢力圏を認め合い、米国が西半球から中国の影響力を排除する一方、台湾などアジアから手を引く――。そんな米中「G2」が実現すれば、中国の軍事的圧力に直面する日本には最悪のシナリオとなる。

 それでも米国のインド太平洋地域への関与は変わらないとする日本政府内での主流の見方に対し「楽観的すぎる」(省庁幹部)との声もある。政府は年内に、日本の外交安保政策の基本方針となる国家安全保障戦略など安保3文書を前倒しで改定する方針だ。トランプ政権の防衛費増額への圧力を背景に、さらなる防衛費増に踏み出す見込みだが、この幹部は「現状の米国への評価のまま防衛費について議論して良いのか」と指摘する。

 日本にとっては、米国をインド太平洋地域につなぎとめることが急務だが、トランプ氏がどこまで日本側の考えに同調するかは見通せない。日米両政府はトランプ氏の4月の訪中を前に、首相が3月に訪米し日米首脳会談を開く方向で調整。外務省幹部は「首脳会談では、米国が台湾問題などで踏み外さないようなラインを確保するしかない」と語る。

 ベネズエラ攻撃であらわになった、ルールに基づく国際秩序を無視した米国の振る舞いは、同盟国・友好国にとってさらなる対米不信にもつながりうる。米国が核兵器を含む戦力で同盟国を守る「拡大抑止」の信頼性が揺らいでいるとの指摘もある。ある日本政府関係者は、多数の国際機関からの脱退も打ち出す米国について「孤立主義になりかねない。米国が日本にとって信頼できるパートナーなのか、という問題になってくる」と危機感を示す。

 「法の支配」を重視する日本にとっては、自国利益ばかりを追求する米国への働きかけのほか、フィリピン、豪州などの同志国との連携強化といった多角的な外交の模索も今後の課題だ。

明海大・小谷哲男教授(安全保障)の話

 トランプ米政権によるベネズエラへの攻撃とマドゥロ大統領の拘束は、ベネズエラの主権や領土の侵害で、国連憲章違反に当たる。国家元首を特別作戦によって排除しようとしたという点で、ウクライナに対してロシアが行おうとしたことと変わらない。

 米国は第2次世界大戦後、ルールに基づく国際秩序を広げてきたが、米国自身が国際秩序に背を向けることになり、国際社会にとっては大きな挑戦となる。中国やロシアに対して、国際社会が米国を批判しないのはダブルスタンダードだという情報戦を展開をする口実を与えることになる。

 トランプ政権の新たなモンロー主義である「ドンロー主義」には、西半球からの中国やロシア、イランの影響力排除、反米左翼政権の打倒、資源の獲得という三つの柱がある。

 ベネズエラへの攻撃の前、昨年末に中国が台湾周辺で行った大規模な演習に対し、トランプ大統領は「何も心配していない」と発言した。西半球にさえ中国が手を出さなければ、アジアの問題には米国が手を出さないというメッセージととらえられる。

 「ドンロー主義」の行き着く先は、米中「G2」だ。今年は4回の米中首脳会談の可能性があり、何らかの合意文書が出ることが予想される。互いの勢力圏を認め合い、米国が台湾への関与を放棄するといった内容もありうる。ロシアを加えて、世界を3分するというシナリオも見えてくる。

 日本の安全保障や国益が危機にさらされているという認識で日米関係に取り組まなければならない。高市政権の米国に対する理解は楽観的過ぎた。現実的に今の米中関係を見る必要がある。

 日本は米国のベネズエラ攻撃を正面から批判しないとしても、高市首相はトランプ氏に対し、認識を変えるように働きかけるべきだ。米中G2に対する懸念を伝え、西太平洋が米国にとっても極めて重要だという共通認識を作っていくことが、今の日本にとっては最も重要だ。

モンロー主義とは

 米国のジェームズ・モンロー第5代大統領が1823年、南北米大陸と欧州大陸の「相互不干渉」をうたった年次教書を指し、米外交政策の基本原則である孤立主義をあらわす。また、1904年には、セオドア・ルーズベルト第26代大統領が「モンロー主義」を拡大解釈し、中南米への軍事介入をいとわない姿勢を打ち出し、モンロー主義の「ルーズベルト系(ルーズベルト・コロラリー)」という用語も生まれた。

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この記事を書いた人
清宮涼
政治部|外交・防衛担当
専門・関心分野
外交、安全保障、国際政治
トランプ第2次政権

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