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小金沢智
小金沢智
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小金沢智
@koganezawas
キュレーター/東北芸術工科大学美術科日本画コース准教授。編著『歌は待っている 風と土と「ひとひのうた」と』(モ・クシュラ)(#歌は待っている)/2026年→「冬のうたげ、群馬」(1/18、太田市美術館・図書館)開催!/写真:吉江淳
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美術館で学芸員をしている同世代の友人(複数)の深刻なレベルの体調不良を見聞きします。共通しているのは組織的なサポートのなさ。非常に大規模な展覧会を、サブ担当は付けられずたった1人で担当「させられている」。しかも、美術館が好きなら、ほとんどの人が知る美術館。管理職はいったいなにを?
学生へSNSからコンタクトし、作品を実見せず、展覧会出展のお誘いをする画廊があるようです。その際出店料を求められるなら、それはあなたのことを「作家」というより「お客さま」と見なしていると考えてよいので、大事な作品を本当にそこに預けてよいのか、くれぐれも注意して判断してください。
ファインアートの学生でもレポートやポートフォリオやステイトメントでテキストを書く機会は多く、美術における一般的な約物の使い方は早い時期にルールとして伝えるべき。
『 』(二重カギカッコ)は書名、「 」(カギカッコ)は記事・論文名、シリーズ名、《 》(二重ヤマガッコ)は作品名、等。
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あきらかに残業時間が「おかしい」レベルであるにも関わらず、サポートをしないというのは、これは組織的なハラスメントであり暴力である。ハラスメントであり暴力である(大事なことなので二度言います)。
しかし、担当者は展覧会(作家、関係者)への責任感から、その場から逃れることができない。
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常々思っていることですが、学芸員の仕事はある専門性に基づくものであり、その点では替えがきかず、共有しにくい知識や経験、作法もある一方、美術館の展覧会は個人ではなく組織として行われるものであり、担当者一人の責任に帰するものであってはなりません。
美術に関わる人からたまに聞く「一般の人」という言葉が苦手で、そんなこと言って「あちら」と「こちら」を設定して分けてしまうから、なかなか美術が社会に浸透しないんじゃないか。自分(たち)が「一般」ではない(特別)と思ってしまったら、そこから分断が始まっている。
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あるひとは、「でも、好きでやっているんでしょう?」と言うかもしれません。何言ってるんですか。学芸員という仕事に注力する気持ちの根本がそこにあったとしても、展覧会は「仕事」です。そして仕事である以上、それは組織のなかで融通されなければならない(それがされない組織は破綻しています)。
私は学生たちに「美術史を勉強するといいよ」と言い続けるのが役割なのですが、別の言葉で言うと、「語彙を増やそう」ということ。自分以外の作品を見、本を読み、1000年を超える歴史の蓄積から、自分が使える「言葉」(抽象的な意味です)を増やす。自分の絵を広げ、深めるための、「研究」をしよう。
いつから美術館は地方創生・再生(!)までも担わなければならないほど大きな存在になってしまったのか。そのわりにはまったく文化が大切にされていないのではないのと言いたくなる現状あり。俺はお前を大切にはしないが俺の事は気にしろよって、最低最悪のDVのようだ…。どうにかしてください…。
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学芸員の仕事は際限がありません。展覧会にかぎらず、いい仕事を行いたいと思えば思うほど、労力と時間がかかります。たとえ学芸員が関係者の前でなんでもない顔をしても、心身の負担も大きいものです。だからこそ、管理職はそこを見極めなければならない。必要に応じて体制を整えなければならない。
美術館の空間は人間のスケールとのギャップが大事だと思っているのですが(小さいほど作品と親密になり、大きいほど作品といい意味で距離が生まれる)、岩手県立美術館は展示室までの空間はスケールの大きさを感じさせ荘厳な印象を持たせながら、展示室は必ずしもそうではないところが素晴らしいです。
美術の勉強が厄介なのは、展覧会の鑑賞体験に左右されがちということ。この本は重要だから読みましょう、とは学生に勧められるけれど(絶版でも持っていれば貸せる)、2010年のあの展覧会は重要だから見てきてください、とは言えない。図録があればいいというものでもない(でもあったほうがいい)。
現職場、開館時点で経験者の学芸員は私だけで(有資格者は他に1人)、増員を何度も相談したものの、残念ながら実現していません。直属の上司の理解を得られても、判断するのは市全体の人事権を持つ方ですから。「地元のあのミュージアム、大丈夫かな?」と思ったらぜひアンケートや手紙を行政へ。
京都市京セラ美術館の村上隆展初日、トレーディングカードの転売ヤー多数で長蛇の列。展覧会は到底見れる状況ではない。
カード購入希望者と、展覧会来場希望者は別々にすべきでは? というのは、美術館に対する異議申し立てですが、内覧会をベースにして記事を公開してるメデイアもどうかと思う。
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たとえば現代美術の展覧会の場合、学芸員は作家はじめ多くの人との協働で展覧会を作り上げます。数十人、規模によっては三桁になる場合もあるでしょう。僕はその規模の経験はありませんが、そういうなかで、やりきらなければならないというプレッシャーを想像してみてください。
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まじめで誠実な学芸員であればあるほど、作家や関係者に弱みを見せません。心配をかけてしまうことや、それにより展覧会に対して不安を募らせてしまうことを恐れるからです。ですから、もし、弱みを見せられることや、顔色などちょっと心配だなということがあったら、どうか気にかけてください。
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僕がこのツイートをしてひとまず望むのは、大変なときはお互い助け合おう、困ったときは言い合って、負担を減らしていこうよ、というとてもシンプルなことです。学芸員だけじゃなく、作家やさまざまな関係者もそうです。そういう、とても単純なところから意識を変えないといけないのではないか。
たびたび私もその愛らしい姿を投稿してきた、芸工大に住む猫のジャンゴが、7/3、息を引き取りました。学生が倒れているところを見つけ、その後、若月先生がその体を綺麗にしてくださいました。今はまるで眠るような安らかな顔をしています。さようなら、ジャンゴ。どうか安らかに。
#本日のジャンゴ
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橋爪さんありがとうございます。これが難しいのは、実は、人間性の問題に行き着くのではと最近感じているからです。処遇改善は重要ですが、組織のなかの連帯として、同僚や部下を気遣う・助け合うということが、学芸員の「専門性」という正義のもとに無下にされているのではないか。
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橋爪勇介|美術手帖
@hashizume_y
小金沢さんの一連の指摘はずっと言われてきたことだが、改善の兆しは一向にない。ようやく国会でも議論されているが、学芸員の処遇改善は本当に喫緊の課題だと思う。美術(館)を支えるのは結局「人」なのだから。
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「学芸員の仕事は際限がありません」と書きましたが、美術は際限がない、ということです。この前あるアーティストと、美術はどこに進んでも修羅の道、と話していました。でも、だからこそ、仕事では同僚や関わるひとへの思いやり、尊敬、優しさが大切でしょう。
こうして研究員や学芸員が実直に展覧会の企画意図について、自省を含めて語ることはそう多くないと思います。僕は新藤さんとは同い年で、いつかお会いしてみたい。
美術館は何のためにあるか。国立西洋美術館初の現代美術展企画者、新藤淳主任研究員にインタビュー | CINRA
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これは、学芸員が見たことのない作家を展覧会にお声がけする、評論家が見たことのない作家を批評する、ということで、つまりありえません。作品がSNSで気になったなら、その段階でのあなたへのコンタクトは、どこへ行けば実作品を見れるか、アトリエを案内いただくことは可能か等でなければおかしい。
学生が、美術業界は狭いからこわいと言っていましたが、「業界」は狭いかもしれないが(でも実際そんなこともないと思いますが)、「美術」は広く、深いので、業界ではなく、自分の美術を追求することに力を注いで欲しい。たとえ理想論でも、それが健康です。
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素晴らしい仕事をしている、でもその仕事抜きにも大事な友人たちが、むちゃくちゃな組織と管理職のもとで心身を削られている。死にたい、死ぬかもしれないという言葉も、何度も聞いている。僕はもう耐えられない。許さないという気持ちが強く、このツイートをしました。
ここ10年、金沢21世紀美術館や越後妻有アートトリエンナーレが地方自治体にとって「アートで観光の成功例」になり過ぎていている。「現代美術」「芸術祭」が独り歩きしている。「アートで観光」になったのは、卓越したハードとソフトの結果であることがわかってないから、ペラペラなものが乱立する。
東京国立近代美術館で始まった「コレクションを中心とした特集 記録をひらく 記憶をつむぐ」は戦時と戦後の日本の美術/表象をテーマとする非常に重要な展覧会。
「記録」をタイトルに掲げながらチラシも図録もない=後世に記録が残りにくいのは展覧会の性質と矛盾するようで残念でなりませんが、
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あるいは、せめて、ポートフォリオを画廊まで送って欲しい、でしょうか。いきなり、展覧会へ誘い、そのための出店料はこれです、というのは、あんまりでしょう。
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ちなみに僕は、あるひとりの人からは、ひとりで話をするのが難しいからということで、その人と館長との面談に事前に許可を得た上で付き添っています。そしてその場では理解を得られたと思ったのですが、現状なにもよくなっていません。ふざけるなよ。
「美術は続けていたもの勝ち」という言い方をたまに聞きますが、僕はその言い方が苦手で、そもそも勝ち負けであるのかどうか、そして、継続性があろうがあるまいが、あるいっとき、何かを表そうとしたこと、それを当人の意思の枠外から他人が判断することのおこがましさをその言葉から感じるから。
ふと思ったのは、現代美術を取り扱っている美術館で美大生やアーティストはじめ現代における展覧会づくり全般(企画立案、広報、搬出入、運営など)を学びたい人向けの連続講座やワークショップなどあれば楽しいでしょうね。必ずしも美術大学でそのような授業があるわけでもないため。
転売ヤーが長蛇の列をなすその隣(?)で、山本雄教くんが美術とお金をめぐるテーマの個展をしているのは皮肉というか、彼にとってはこれほどハマってしまった状況もないのかもしれない。
京都市京セラ美術館 ザトライアングルの「山本雄教:仮想の換金 (priceless museum) 」を見て欲しい。
「展覧会への批判は、あるならば、展覧会が開幕してから(鑑賞してから)」というのが、僕は倫理であると思いますが、昨年の北海道立近代美術館「揺さぶる絵」展といい、来月開催の東京藝術大学大学美術館「大吉原展」といい、開催前から中止に追い込むかのような発言をする方が大勢いて、大いに疑問。
学芸員勤めをしていた頃、来館者の方が書いてくださるアンケートの感想が励みだったことを思い出しました。足を運び、見てくださる方がいてのミュージアムです。「あのアンケートって学芸員の人も見てるんですか」と言われたこともありますが、超、見ています。
「展覧会を行う上での核はなんですか?」というような質問を、講義のあと1年生からあり、少し考えて僕が答えたのは、「自分を過度に大きく見せようとしないこと」「カッコつけないこと」「ウソをつかないこと」「誤魔化さないこと」「芸術の立場から何を言ってもいいと思わないこと」など。
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小金沢智
@koganezawas
残念ながら、僕が具体的にこの件について話を聞いている、ある美術館の学芸員の方は、「どれだけ声を上げても、
環境が何も変わらない」「管理職は何もしてくれない」という状況が続いており、心身を疲弊させています。想像力が決定的に欠如しています。 x.com/ykkykym/status…
京都造形大公開講座の件、既に傷ついている人間を「わかっていない」と突き放し、さらにボコボコにする修羅のような人が多く、美術に関わる人の倫理が逆に問われているような事態ですね。ジャーナリズムが冷静で裏付けのある記事を書くことを期待したい。
私が「美術、面白いぜ」と思うのは、「わからないもの」が沢山あり、それを許容する懐の大きさ。美術と呼ぶものが広さと深さがあり、一方狭さと浅さもあり、しかし自分がどこにいようとするか意識すれば迷わない。だからジャーナリスト橋爪氏の(美術手帖全体の、ではなく)この発言を私は支持します。
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橋爪勇介|美術手帖
@hashizume_y
美術手帖が香取慎吾さんを取り上げるのはニュース性の高さはもちろんのこと、香取さんをきっかけに他の美術分野に興味を持ってもらえる可能性が大きいから。多様な美術を取り上げるのが、メディアとしての役割だと(私は)思っている。
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僕はこのツイートで、具体的な美術館や学芸員の名前を出していません。出すつもりもありません。
しかし、にもかかわらずこの件で「脅威」を覚える組織がおり、そしてそれゆえにさらなる害をその人たちに加えようとするなら、僕は本当に許さない。
当たり前ですがこんなツイートでバズりたくない。
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ウェブ版美術手帖の橋爪勇介さんが、本件に関わるアンケートを展開してくださいました。ありがとうございます。早速の働きかけに、感謝しかありません。
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橋爪勇介|美術手帖
@hashizume_y
Replying to @hashizume_y
キュレーターを対象とした労務に関するアンケートを開始しました。ぜひ拡散と回答のご協力をお願いいたします。
学芸員は、仕事で関わる人たちや来館してくださるお客さまをご案内するため、働いている土地のおいしいものもリサーチせねばならない!と、わりと本気で思っています(現職は学芸員採用でないですが)。
だってご案内したいですよね、せっかく来てくださったのだから。
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この投稿はまさに学生からの相談があり、それでも発表するチャンスが欲しいから悩むとのこと。でも、もしあなたが料理人だったとして、その料理を食べたこともない人が画像だけ見て料理人として声をかけてきたら、明らかにおかしいとわかるでしょう。そんな人と付き合ったらキャリアにむしろ傷がつく。
東京国立近代美術館の「コレクションを中心とした特集 記録をひらく 記憶をつむぐ」展、MOMATの公式Xアカウント( )からの発信がまったくないことや、会場の「ごあいさつ」の具体性とWebサイトの概要の抽象性のギャップなど、内容以外の面に驚かされます。
momat.go.jp/exhibitions/563
ずいぶん前に知り合った同世代の学芸員がその経緯について、「市職員採用試験を受けたら配属が美術館学芸員でした」と聞いて驚いた覚えがありますが(要は学芸員としての採用募集はない)、そのくらい学芸員を「資格を持っていれば誰でもできるもの」だと思っている行政もある。冗談はたいがいに以下略
芸術に感動したり・救われたことがないと、人は芸術を大切にすることが難しいと思っているのだけれど、とはいえ、無理やり出会わせる、感動させようとするのは全然違う。「それは芸術であると言われている」ということを超えて、自然に、日常的に、有象無象にただただ触れる機会が、必要なのでは。