2025年12月下旬、スズキのコンパクトSUV「フロンクス」が、オーストラリアおよびニュージーランド市場で新規販売を中断する事態となった。
現地の衝突安全評価機関ANCAP(Australasian New Car Assessment Program)が同車の試験結果を公表し、総合評価で1つ星という最低評価を与えたためだ。
これほどまでに評価が厳しかった理由は、単なる点数の低さではない。ANCAPが実施した前面衝突試験において、後部座席のシートベルト巻き取り装置が衝突時に正常に作動せず、後席ダミーの拘束が不十分になるという事象が確認された。これを受けANCAPは、「原因が特定され、対策が講じられるまで後席に乗員を乗せるべきではない」とする異例の消費者向け警告を発表している。
スズキはこの結果を受け、フロンクスの新規販売を自主的に中断し、既販車両についてはリコール対応と注意喚起を進める判断を下した。ここまでくると、単に「評価が低かった」という話では済まない。製品としての信頼性そのものが問われる事態だと言えそうだ。
看板車種「スイフト」も最低評価
この件を、単発の不具合や品質トラブルとして処理してしまうのは正確ではない。なぜなら、この出来事は突然起きたものではなかったからだ。時間をおよそ一年、遡る。
2024年7月、スズキの看板車種「スイフト」が、欧州の衝突安全評価機関Euro NCAPによって評価され、総合3つ星という結果が公表されている。これは現行のEuro NCAP基準においては事実上の最低水準にあたる。先代スイフト(セーフティパック)が2017年に4つ星を獲得していたことを踏まえると、審査基準の変更があるにせよ、3つ星という結果は明確な評価の後退だった。
内訳を見ると、その理由は明確だ。成人乗員保護スコアは67%、子供乗員保護スコアは65%。いずれも、5つ星を獲得するために必要とされる80%の基準に届かなかっただけでなく、成人乗員保護については、4つ星に必要な70%のラインすら下回っていた。結果として、スイフトは3つ星という評価に落ち着いた。
この評価を受けた後、オーストラリア・ニュージーランドのANCAPの結果はさらに厳しいものだった。成人乗員保護スコアは47%、子供乗員保護スコアは59%。ANCAPでは、総合2つ星に必要とされる成人乗員保護の基準が50%に設定されているが、スイフトはこのラインすらクリアできなかった。そのため、評価は最低ランクの1つ星となった。スイフトやフロンクスは、スズキにとって単なるマイナー車種ではない。軽自動車を除けば、世界で最も売れ、最も長くスズキブランドを支えてきたグローバル戦略車である。それらが世界の安全基準の最前線で評価を落としてしまった。
ここで断りを入れておくと、本稿はスズキを断罪するためのものではない。かくいう筆者も、このスイフト(欧州版)をあえて購入し、日常的に乗っているオーナーの一人だ。その思想と価値を実感する立場から、近年の衝突安全評価を巡る動きを整理していきたい。
衝突安全テストは「落第試験」ではない
スイフトが欧州で3つ星にとどまり、オーストラリアでは1つ星になった。フロンクスは1つ星評価の末に、新規販売が中断された。こうした事実を前に、多くの人がまず抱く疑問はこうだろう。「衝突安全テストに落ちた、ということなのか?」
結論から言えば、答えはNOだ。NCAPは、合格か不合格かを判定する試験ではない。NCAP(New Car Assessment Program)は、「この車は安全か、危険か」を断定する制度ではない。同じ時代、同じクラスの車を横並びにし、どこまで安全をやり切ったかを相対的に評価する仕組みである。だから、法規を満たしている車でも、星の数が伸びないということは十分に起こり得る。問題は、その「やり切ったかどうか」の基準が、地域ごとに異なる点だ。
なぜ日本と欧州・豪州で評価がズレるのか。日本のJNCAP、欧州のEuro NCAP、オーストラリアのANCAPはいずれもNCAPの名を冠しているが、何を重視してきたかには明確な違いがある。
まず、日本のJNCAPだ。JNCAPは長らく、前席乗員の保護性能を中心に評価を組み立ててきた。正面衝突・側面衝突における前席ダミーの傷害値を軸に、「法規+α」の安全性を可視化する役割を担ってきたと言える。後席大人乗員の本格的な評価が制度として組み込まれたのは、実はここ数年の話だ。NASVA(自動車事故対策機構)の資料を辿ると、後席大人ダミーの評価は2020年代に入ってから段階的に導入され、配点の比重も比較的控えめに設定されてきたことがわかる。
一方、Euro NCAPとANCAPは違う。欧州では2000年代後半から安全意識が高まりに伴い「前席と後席の命の重さは同じ」という思想が明確に打ち出され、後席大人ダミーの評価が星判定に直結する形で組み込まれてきた。ANCAPもこの思想を色濃く引き継ぎ、後席乗員の胸部・首・腹部の傷害リスクを厳しく見る傾向がある。