巨額広告で「ガザに食料ある」イスラエルが主張拡散 国連は飢饉認定

平川仁

 「ガザに食料はある」。国連機関などがパレスチナ自治区ガザで飢饉(ききん)が発生していると認定した昨年8月末、YouTubeにそんな広告が流れた。広告主は、イスラエル政府。YouTubeや親会社・グーグルとの広告契約として、巨額の費用を計上していた。国家がプラットフォーム企業と結びついて自国の主張を拡散するなか、情報の受け取り手はどう向き合えばいいのか。

 かごに山積みにされた野菜や果物、箱入りの菓子が映し出され、「2025年7~8月のガザの市場」と英語のナレーションが響く。約40秒の動画は、「ガザに食料はある。他の主張は全部ウソだ」というテロップを画面いっぱいに映して終わった。

広告費約75億円を計上 イスラエルの公開資料

 昨年8月22~25日、YouTubeに、イスラエル外務省が投稿した動画のひとつだ。同様の動画は米欧の各言語で7本あり、多いもので1本700万回再生された。広告は通常、利用者が見ている別の動画の冒頭や途中に差し込まれ、自動的に再生される。

 広告情報を開示するグーグルのサイトによると、これらの動画は米国や英国、ポーランドなどで、「イスラエル政府広告機関」によって8月29日まで広告としても配信された。

 イスラエル政府の公開資料によると、同政府は昨年6月、グーグル、YouTubeとの広告契約の費用として、半年で計1億5千万シェケル(約75億円)を計上。他にも、X(旧ツイッター)への広告費、1千万シェケル(約5億円)を計上していた。

動画、「飢饉」認定と同じ日から

 最初の動画が投稿された8月22日は、国連機関などでつくる「総合的食料安全保障レベル分類(IPC)」の検討委員会が、ガザ市で飢饉が発生していると認定した日だ。認定は現地での健康調査などを根拠とし、要因に、空爆などで田畑の大半が被害を受けたことや、約5カ月に及ぶ物資の搬入制限などを挙げた。国連のトゥルク人権高等弁務官は「飢饉は、イスラエルの行動の直接的な結果」と同国を批判。イスラエルのネタニヤフ首相は同日、「報告書は全くのうそ」と主張していた。

 これに対し、国連のデュジャリック報道官は、朝日新聞の取材に「飢饉は科学的に否定しようのない証拠で裏付けられている」と昨年9月にメールで回答した。動画について、「現実を否定するために、背景抜きに動画を投稿するのは簡単だ」と述べた。

撮影した写真家「高すぎてほとんどの人は買えない」

 映像の背景や真偽を確認しようと、朝日新聞は、撮影者として別サイトで署名が出ていたガザの写真家Majdi Fathi(マジディ・ファティ)氏に電話とメッセージアプリで取材した。

 ファティ氏によると、映像は昨年7月下旬にガザで撮影。物資の搬入制限が緩和され始めた直後だったが、当時は、「搬入制限による飢餓で、特に子どもたちがひどく苦しんでいた」。

 ファティ氏によると、撮影を依頼してきたのはイスラエルの通信社TPSで、同社と、イタリアの写真通信社を経由して米写真配信大手ゲッティイメージズにも卸した。

 ゲッティが配信した映像についた「搬入された限定的な食料。高すぎてほとんどの人は買えない」との説明文は自ら書いたという。一方、TPS配信の映像には「ガザの豊富な物資と多くの買い物客」という説明がついた。ファティ氏は「自分は書いていない」として、「飢饉を否定するイスラエル側に映像が悪用された」と訴えた。

 TPSに映像を送った理由を問うと、「中立なフォトジャーナリストとして、求められれば真実を送る。こうなるとは思わなかった」と答えた。

 TPSのアモッツ・エヤル最高経営責任者は朝日新聞の電話取材に、ファティ氏に撮影依頼をしたかは、協力者の安全を守るために明かせないとした上で、イスラエル政府と映像使用の契約を結んでいると認め、TPS上のキャプションは、「編集者が、写真や協力者の報告を元に書いた」と答えた。

 イスラエル政府の「広告」は昨年、この動画とは別に日本でも確認された。9月にグーグルでガザの飢饉を英語で調べると、検索結果の一番上に、飢饉を否定する同政府のサイトが、「sponsored」(広告)として表示された。

 グーグルは広告に関する方針のなかで、「ユーザーの誤解を招く」広告を禁止している。朝日新聞は昨年9月以降、グーグルに方針と動画の整合性などを問う質問状をメールで計4回送ったが、回答はない。

 米紙ワシントン・ポストの昨年10月の報道によると、ポーランドの研究機関など複数の政府機関が、この動画がグーグルの方針に違反するなどと抗議したが、同社は「違反はない」とするメールをグーグル社員向けに送信していたという。

識者、背景に「真実、人権軽視の潮流か」

 国家間の情報戦に詳しい一橋大学の市原麻衣子教授(国際政治学)は、今回の動画が、一部の事実を全体の文脈から切り離して印象操作を試みる「マルインフォメーション(悪意のある情報)」だと指摘する。全くのウソである偽情報と違い、単純に正誤の判断がしにくいという。

 国家側は、多数の人々が視聴するプラットフォーム上でこうした動画を広告として拡散することで、「普段自国の主張を目にしない層にも届け、その認知に影響を与える意図があるのだろう」と分析する。

 断片的な情報で飢饉を否定することは、人命を左右するおそれをはらむ。市原教授は、プラットフォーム企業側が広告を拡散した背景に、「真実や人権を軽視する世界的な潮流があるのでは」と懸念する。例として、FacebookのMetaによるファクトチェック機能の弱体化を挙げた。

 情報の受け取り手は、「広告の作成者は誰か、意図は何かを常に意識し、影響工作の手法を知っておくなどの対応が必要だ」と話した。

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    川上泰徳
    (中東ジャーナリスト)
    2026年1月21日14時53分 投稿
    【解説】

    この記事は、世界中がイスラエルの封鎖でガザが飢餓に瀕している時に、イスラエル政府が情報をねじ曲げて、飢餓を否定するキャンペーンをしていたことを明らかにしている。インターネット時代のメディアの見方を考える上でも重要である。 ただし、記事は、動画が「昨年8月22~25日、YouTubeに、イスラエル外務省が投稿し」、「イスラエル政府の広告」として使われたことを問題にしているが、動画の背景などを調べると、メディアキャンペーンや世論の操作との関係も見えてくる。 動画は、記事にあるように政府寄り通信社TPSの依頼で、7月28日にガザで撮影されたが、私が確認しただけでもアルツ・シェバ(イスラエル・ナショナル・ニュース)、ジェルサレム・ポスト、イスラエル公共放送(KAN)に広告ではなく、その日のニュースとして出ている。 アルツ・シェバでは「(ガザの)写真家は、飢餓と飢饉の訴えが広がる中、イスラエルの農産物、缶詰を、(イスラエル貨幣の)シェケルで支払う顧客でいっぱいのアル・サハバ市場を記録している」とある。 イスラエルは撮影前日の7月27日に国際的な批判を受けて、攻撃を一時停止し、ガザへの物資の空中投下と援助物資の搬入を増やした。27日以降一時的に、ガザに入るトラックはそれまでの1日200台以下から、1日あたり50台から100台増えている。 TPSはこの時、市場に食料が出回るタイミングで、ガザの写真家に市場の撮影を依頼し、その動画は同じ日の夕方にイスラエルメディアでTPSが書き換えた写真説明によって、「ガザの食料不足」を否定するニュースとして流れている。 さらに、8月5日にイスラエル民主主義研究所による世論調査が発表された。調査実施日は7月27日-31日と、この動画がイスラエルメディアに出た前後である。調査結果では「ガザで、飢餓が起きているという報告について、あなたはどの程度、心を痛めていますか」という質問に、イスラエルのユダヤ人の79%が「心を痛めていない」と答えている。 つまり、この動画は、イスラエル軍が一時的にガザへの食料搬入を一時的に増やしたタイミングで、イスラエルの政府寄り通信社がガザで撮影させ、イスラエル国内外に配信して、国内で「飢饉はない」というメディア・キャンペーンが行われ、世論にも影響した可能性が推察される。

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    高橋真樹
    (ノンフィクションライター)
    2026年1月21日15時30分 投稿
    【視点】

    現在、メディアがガザに入って取材ができない中、私たちは手に入る情報から現地の状況を理解するしかありません。このイスラエルのプロパガンダは、それを悪用したものです。 日頃から、様々な角度からの情報に触れている人にとっては、この写真や動画を見ても、「ガザでは飢饉は起きていないのか」とは考えません。しかし、SNSの合間の広告で出てくるスタイルのため、ガザに興味のない人が見ると「本当はそうなのかー」と思ってしまう人はいるはずです。 今回の記事は、そうしたプロパガンダ広告の背後にあるものを紐解くために撮影者にも取材した、丁寧な作りになっています。 ぱっと目に入る情報を、私たちがどのように精査して受け止めるかは、ガザに限らず大事なことです。そして日々巧妙化する情報戦の中で、難しい課題となっています。 ただ、これに対する特効薬はありません。イスラエルのような紛争中の政府発の情報はもちろん疑わしいものが多くなるのですが、民間のメディアでも、これだけ見ておけば大丈夫と言えるような「間違えないメディア」はないからです。日頃から多様な情報源に触れ、何が確からしいかを精査する習慣をつけること。わからないときはすぐに判断せず、保留する勇気を持つことが必要です。そしてそれを見つけるためには、幼少期からの情報リテラシー教育も欠かせなくなってきていると感じます。

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AIの時代

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