中国という国はいま、どういうふうに成り立っているのか?
私は、中国という国は「生きているゾンビ」なのではないかと思っています。もちろんこれは矛盾した言い方です。ゾンビとは本来、死んでいる存在のはずなのに、動き回って「生きているように見える」からです。
しかし私は、今の中国はまさにそれに似ていると思います。見た目には国家として成立している。経済もあり、軍事もあり、政府もあり、秩序もある。つまり生きている国家のように見える。
けれど、私はこの国の「国家としての内実」は、すでにかなり死んでいるのではないかと思います。ここで言う内実とは、国家の同一性、正当性、統合の意味、そして国家全体を一つにまとめる力のことです。
ただし重要なのは、国家の内実が死にかけているからといって、すぐに国家が崩壊して混乱が表に出るわけではない、という点です。
むしろ逆で、混乱が起きることを恐れているからこそ、「生きているように見せかける」必要が生まれる。つまり、内側では死にかけているのに、外側では生きているふりをし続ける。これが私の言う「ゾンビ国家」という意味です。
比喩的に言えば、国家全体の魂や意志は死にかけている。しかし身体の各部位は動いている。顔も動く。腕も動く。心臓も動く。足も動く。つまり地方行政や各官僚組織、警察、軍、産業部門など、パーツはそれぞれ自分の論理で生きている。
しかし「国家」という全体は、もはや健全な生き物として統合されていない。それでも各パーツは、全体が死んでいることを認めたくない。全体が死んだと認めれば、秩序が崩れ、恐怖と混乱が一気に噴き出すからです。
だからこそ彼らは、全体が生きているという幻想を共有し続ける。国家は崩れていない、国家は強い、国家は前進している──そうした物語(ナラティブ)を維持することが、現実の崩壊の対処よりも優先されている。
そしてこの「生きているように見せるための象徴」が、習近平という存在なのだと思います。習近平は国家を統合する実体というより、国家がまだ生きているように見せるための看板に近い。
私は彼を、KFCの前に立っているケンタッキーフライドチキンのおじさんのようなものだと思います。そこに立っているだけで、人々に「ここは営業している」「秩序はある」「いつも通りだ」という感覚を与えるための象徴です。
まとめると、私の考えはこうです。
中国は国家としての内実が弱り、死にかけている。だが混乱を恐れるがゆえに、国家が生きているように見せかけ続ける。その結果として、「死んでいるのに動いている」ゾンビのような国家が成り立っている。これが、今の中国の姿なのではないかと思います。