「ふぅ」
歯磨きが終わって、まとめた髪を解こうと腕を持ち上げたついでにぐーっと伸び。今日も一日無事終わった、やっと週末だ。お休みはのんびり家の掃除でもしたいなあ、ああでもお買い物にも行きたいし、行ってみたいカフェもある。今週は疲れたなあと息を吐き出したら、トンと背中に何かが当たった。
「はやとくん」
顔を上げれば、隼飛くんがいた。
この家で一緒に暮らし始めてから、そろそろ一ヶ月が経つ。ダンボールまみれだった家の中はすっかりオシャレになって、気づけば一人暮らしだった前の家よりも落ち着くお気に入りの場所。家に帰ったら大好きな人がいるって、こんなに幸せなんだな。そう学んだ一か月間だった。背後ににこやかな表情が洗面台の鏡に映って、隼飛くんと鏡越しに微笑み合う。そのまま彼の体に背中を預ければ、返事の代わりにおでこにひとつキスが落ちる。そのまま後ろから抱き締められて胸がきゅんと鳴った。
「終わった?」
「うん、はやく寝よ」
ぐーっと体重をかけて寝室へ行こうと伝えるけれど、体幹の違いかビクともしない。「甘えたいのかな?」なんて言われてしまって悔しくて、結んだままの髪で攻撃するみたいに頭をグリとこすりつけた。
「こーら」
「ひゃ、」
甘くそう囁いたと思ったら、首筋を指がツッと撫で上げて肩が跳ねた。首筋、うなじ、鎖骨の少し上。スウェットから露出した肌にゆっくりと指が滑っていく。ぞわぞわとした擽ったさの間で、目と口をぎゅっと閉じて首を振る。変な声なんか出しちゃったら火に油だ。いたずらするように、うなじに垂れた後れ毛を指に絡めて遊ぶ。鏡をちらりと見たら、楽しそうに微笑みながら私を見る彼が目に入った。
「っ、」
伏せられた睫毛が、長くて、きれいで。細められた目と口角のあがった唇が、今にも「愛してる」って伝えてきそうで、胸がぎゅうと苦しくなる。好きだなぁって強く思って、思わず息を飲んだ。それに気づいた彼が鏡越しに私を見る。視線が交わって、また優しく目を細めた。
「かわいいな」
指先が首を上って頬を撫でた。気を抜いてしまったせいで、鼻にかかった声が小さく漏れる。さっきまで疲れが乗っかっているように重かった体が、今はただ熱いばかり。吐き出す息さえ熱っぽい。目を開けると、とろけた顔をした自分が鏡に映っていて顔ごと俯けて目を逸らす。ああ、もう。こういうときの隼飛くんは、他のどんなときよりも一番ずるくて困る。
「――……っもう、おしまい」
グイと胸板を強く押して、最後の抵抗。すると意外なほどすんなりと体は離れていった。明日はお休み、だけれどやりたいことも行きたいところもいっぱいある。半日以上をベッドに沈んで過ごした先週末を思い出して、体の熱を必死で見ないフリする。けれどそりゃ、私だって。俯いていると、彼の手がまた頬を滑る。その指が顎で止まって、クイと持ち上げられて上を向く。思いの外近くにあった彼の顔に驚いて目を丸くしたその時、まとめた髪を解かれてふわりとシャンプーの香りが広がった。
「寝る?」
意地悪くそう言いながら、キスしそうな距離でちょんと私の唇に指を置く。ずるい、ずるい、ずるくて、苦しい。キスしたい、たくさんキスして、もっと触れたい。彼は、私をそういう気分にさせるのが本当にうまい。この一ヶ月ほどで痛いほど学んだことだった。
小さく首を縦に振って見つめたら、目を細めてそっと唇が重なる。明日のやりたいことより、今やりたいこと。そう心の中で呟きながら、彼の首へ腕を回した。