※こちらの投稿への批判的な内容に対して一個ずつ返すのがめんどくさいので、主な反論をまとめましたのでご一読を。140文字以上書いているので、ご理解いただけるか分かりませんが、最後まで読んでいただけると幸いです。
「思想・信条の自由を侵害している。憲法19条違反だ」に対して
憲法19条は思想・信条の自由を保障しますが、これは「絶対的」ではなく、他者の権利や公の秩序を侵害しない範囲で認められるものです(憲法12条・13条参照)。出初式は、消防士の功労を祝う「公的行事」であり、参加者はその主旨を十分に尊重すべきです。国旗に背を向ける行為は、単なる「不参加」ではなく、積極的な政治的な抗議パフォーマンスであり、式典の雰囲気を乱す可能性があるだけではなく、参加者や主催者へ敬意を各行為です。これを「自由」と称するのは、式典の目的(消防士への感謝)を無視した自己中心的な解釈に過ぎません。
自分たちの主催であればお好きにどうぞですが、来賓として招かれた場で政治的な主張を行う自由は有していないと考えるのは一般的です。また、「だったらその場で注意しろ」という方もいましたが、祝いの場であのような行為をする人となるべく関わりたくないと判断するのは正常で「恥ずかしい」と思われるだけかと思います。
「同調圧力を強要している。全体主義的だ。強制するな。」に対して
国旗掲揚や国歌斉唱を強制するものではなく、当然同調圧力でもありません。「場にふさわしい振る舞い」を促すものです。社会はルールで成り立っており、式典のような集団行事では、個人の主張が全体の調和を乱さないよう配慮するのが常識であり、招待された側の立場であればなおさらです。
批判者は「自分たちだけの自由」を過度に拡大解釈し、結果として他者の自由(式典を楽しむ権利、厳かに過ごす権利等)を侵害しています。自己の主張自体は否定しませんが、適切な場で行うべきです。
国際的に見ても、式典でのマナーは重視されます。また、日本社会の「和を尊ぶ」文化を「全体主義」と呼ぶのは、文化的無理解です。むしろ、批判者のように場をわきまえずに「拒否を推奨する行為」は、子どもたちに「ルールを無視せよ」と教えるようなものであり、不適切です。
「戦争に突き進んでいる」に対して
論外なので何もありません。寝言は寝て言いましょう。
「『恥ずかしい』とは何事だ〜!子どもを脅すな!」に対して
「信念を曲げるなと教えるべき」「こんな大人にだまされるな」「同調圧力で脅すな」など無責任な投稿が散見されます。これは脅しではなく、社会常識の範囲の認識であると考えます。
子どもたちは大人から「社会のルール」を学ぶべきであり、投稿は「式典は主張の場ではない」と教えるものです。「恥ずかしい」とするのは、将来の人間関係やキャリアで不利になるリスクを伝えるアドバイスでもあります。「脅し」と曲解する人もいますが、式典での「マナー教育」に過ぎません。
また、どう考えても「信念を曲げろ」と書いているのではなく「場をわきまえろ」と言っているのです。
学校で授業中に立ち上がって自己の主張をしたら先生に叱られますが、社会では(学校のように)特段誰かに叱られることはありません。ルールを無視した結果、社会的な孤立を生み出す原因になってしまう可能性があり、そのことは子どもにとって明らかにマイナスですし、無責任な批判者たちはその結果の責任を取りません。また、自分の主張を通すために駄々をこねて構ってもらえるのはせいぜい小学校までであり、中学校以降は周囲から厳しい目で見られるようになります。
反面、大人であれば主義主張を通すのも自由ですが、そうした場をわきまえない行為の結果、「恥ずかしい」と思われることも許容すべきです。
教育現場では、式典でのマナーを教えるのは標準的です(文部科学省ガイドライン)。批判者の「TPOを無視した個人の自由だけの主張」や「拒否を推奨」は、子どもたちに不利益を生じさせる可能性があり、極めて無責任です。
最後に、書いてもいないことに想像を膨らませて勝手に話を広げるのはやめましょう。
以上。
Quote
うさみ やすひと 秋田県議会議員
@yasuhi10
小中高校生へ。
これから式典シーズンに突入するので、校歌や国歌を歌う機会が増えます。
中には認めてないから歌わない!という人もいるかもしれません。
でもね、あなたの主張も大切だけど祝いの席はあなたの主張を通す場ではないことくらいは覚えておこう。
社会に出たら恥ずかしいからね。 x.com/GrwaNnKqMn5nG6…