芥川龍之介の『蜘蛛の糸』が好きな気持ちは、
ヤンキー漫画に夢中になれない気持ちと表裏一体のように思います。




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『蜘蛛の糸』を読んでいるときの正直な心の動きとして、

お釈迦さまが犍陀多を助けることを決める
「え?殺人して放火して色々悪いことしてきたのに、何をこいつだけ助けることあんの?釈迦牟尼、悟りのせいか人間味ないやん」

ほかの悪人も蜘蛛の糸に群がる
「犍陀多ひとりよりは、ほかの奴らも助かったほうがまだマシや、とにかく犍陀多一人勝ちだけは絶対許さへん」

蜘蛛の糸が切れる
「よっっしゃ」


『蜘蛛の糸』は、悪人にチャンスを与えておいて「結局性根は変わらない」と確認する筋になっております。ヤンキー漫画嫌いが書いたようなストーリーです。(映画「恋の渦」と似た味わい)

最後は、「極楽ももう午に近くなったのでございましょう。」でしめくくります。

非常にさばけたラスト・・・。

ずれた眼鏡を押し上げながら「ウオーーーー!」となりますよね。