『応仁の乱』比較はギャグか — syamu界隈記事の無責任さ
私へのインタビューもないまま、以下のようなnoteが公開されました。
syamu界隈の抗争が応仁の乱より酷すぎた
引用元において「自由に罵って構わない」という明確な意思表示がなされていたため、それを前提として、今回この記事を執筆するに至りました。
訴訟について
まず前提として理解しておくべきなのは、すでに訴状が受理されている段階で、Xのアカウントやnoteの記事を非公開にしても、裁判が自動的に消滅することはないという点です。
裁判が終了するのは、原告が訴状を取り下げた場合に限られます。
後から表現を引っ込めたところで、手続きそのものが無かったことになるわけではありません。
日常のポストに関する的外れな批判
そもそも、私が趣味として撮影したスロットの写真をネットに投稿する行為が、どのようにしてsyamu界隈と結びつくのでしょうか。
両者の間に合理的な関連性は一切見当たりません。あるのはただ、私を批判したいという結論ありきで、無理やり話題を拾い集めている姿勢だけです。
また、syamuに対する暴言のポストが裁判の結果に影響するかのような主張も、完全に的外れです。
そのような発言は、少額訴訟における法的判断とは何の関係もありません。
結局のところ、素人が聞きかじった「心証が悪くなる」という言葉を、法曹実務を理解しないまま振り回しているに過ぎないのです。
根拠も理解もないまま、もっともらしい言葉で批判した気になっている。その浅薄さこそが、この文章の限界を如実に示しています。
人格否定の文章から見える著者の教養の無さ
そもそも、OFUSEを募った理由は明確です。
それは開示請求を行うにあたり、弁護士の着手金について「寄付」を募るためであり、いわゆるクラウドファンディングとは性質がまったく異なります。
目標金額の達成・未達成が、行為の正当性や意味を左右するものではありません。
現に、目標金額の30万円には届いておらず、着手金の差額、相談料、成功報酬などは全て私個人の負担です。
にもかかわらず、これを理解しないまま話をすり替え、感情的な比喩に逃げ込む姿勢はあまりにも稚拙です。
「〇〇ちゃんを救う会」に募金し、仮に手術前に亡くなったら「ゾッとする」と評するのは、状況も構造も異なる事例を強引に並べただけの、浅はか極まりない文章に過ぎません。
寄付とは結果を保証する契約ではなく、目的に賛同した意思の表明です。
その前提すら理解せず、情緒的なショックワードで読者を煽ろうとする態度は、批評でも問題提起でもなく、単なる印象操作に過ぎないと言わざるを得ません。
心の病気ならわざわざXや好き嫌.comいなんか見なければいいし書かなきゃいいだけです。
心が病んだからって露悪的で利敵的なポストをする正当化なんかになりまりませんし、私には「知らねーしあんたらのライフストーリーには興味ねーよ」です。
こっちはXログインできずブラウザから見てるからミュートできずsyamuで検索すると嫌でも目に入るんだわ!
そもそも私は、元syamuファンです。
2024年秋、投げ銭に対する彼自身の否定的な発言に失望し、そこから反転アンチになりました。
アンチ化した後に好き嫌い.comを知り、意見交換や情報収集を行ってきた場所でもあります。言わば、そこは私にとっての「古巣」です。
syamuに対するここまでの憎悪は、自然発生的に生まれたものではありません。
一連の言動や出来事、好き嫌い.comでの討論や情報共有の積み重ねがあり、その帰結として今回の訴訟に至っています。
それを理解しようともせず、「嫌なら見なければいい」という雑な一言で片付ける姿勢からは、当事者への取材すら行わず、名前だけを出して批判する著者の学の無さが透けて見えます。
さらに言えば、「精神疾患で正当化」という表現自体が、すでに理解不足です。
精神疾患とは、感情を司る脳内ホルモンの機能不全によって引き起こされる状態であり、単なる気分や気の持ちようの問題ではありません。
ここでもまた、著者の教養の浅さが露呈しています。
一方で、Xにログインできず、ブラウザ検索に頼らざるを得ない状況については、完全な自己責任です。
本気でsyamuを追い続けたいのであれば、電話番号の変更や端末の機種変更など、Xを再開する手段はいくらでもあるでしょう。
しかし、その努力を放棄したまま、勝手に検索し、勝手に目に入ったものに憤り、被害者面をする——
その姿は、残念ながら**「バカ」という言葉以外で表現しようがありません。**
訴訟が起こらなかった事態への勘違い
先に述べたとおり、訴訟は原告による訴状の取り下げが行われない限り、消えることはありません。
この大前提を理解しないまま、的外れな批判を重ねている点に、まず呆れざるを得ません。
第一に、寄付とクラウドファンディングの違いすら理解できていない残念な知的水準が露呈しています。
両者は制度的にも性質的にも別物であり、それを混同したまま語る時点で、議論の土俵にすら立てていません。
第二に、
「ホンマsyamu粘着アンチはゲェジばかりやんけ!」と界隈の旗色が悪くなる
という記述からは、自分はアンチでもなく「ゲェジ」でもない、という立場に無自覚に逃げ込んでいる当事者意識の欠落が見て取れます。
界隈の空気を利用して他者を切り捨てる一方で、自分だけは安全圏にいるつもりでいる。その姿勢はあまりに卑怯です。
さらに極めつけは、次の一節です。
そしてspeakbotさんや暁岡さん自分らのような被害者や本当に未成年の少女への性加害が出る可能、そして間接的にその活動に手助けしたことにつながる。
一見すると達観した意見のように装っていますが、OFUSEすらしていない、単なる外野のライターに過ぎない人物が、syamuの犯罪行為の責任を一方的に私や暁岡さんになすりつけているに過ぎません。
それは責任追及でも批評でもなく、加害者の行為を他人に転嫁するという点で、syamu本人と何ら変わらない発想です。
自らは何ひとつリスクも責任も負わず、後講釈だけで他人を断罪する。
そこに垣間見えるのは、知性ではなく、syamuと遜色ないほどの卑しい人間性です。
最後に
内容を精査すると、到底、成熟した大人の文章とは言い難いものです。
Xのアカウントが凍結されているにもかかわらず、「syamu」と検索を行いながら、自身は界隈民ではないと主張する矛盾。
さらに、当事者である私に対して何らインタビューや確認を行わず、インターネット上の断片的な情報だけを基に個人批判の記事を公開するという傲慢さ。
そのいずれもが、取材や批評と呼べる水準には達していません。
そもそも私は、実生活において具体的な被害を受けた被害者であり、本件訴訟の原告です。
にもかかわらず、原告を一方的に叩くことが、結果として被告側に同調する意見を増やすという因果関係すら理解していない点は、あまりに無責任です。
Xのアカウントが凍結され、自由に反論や意見表明ができない状況にあるのであれば、部外者は安易に口を挟むべきではありません。
少なくとも、当事者の声を聞く努力すらせずに論評を行う資格はないはずです。
なお、少額訴訟の口頭弁論の日程は確定次第、改めて別の形で、多くの方が傍聴に参加できるよう告知する予定です。
その際は、またお知らせいたします。
よろしくお願い申し上げます。


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