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たとえ、手のひらの上で転がされているだけだとしても! 4/Novel by geats

たとえ、手のひらの上で転がされているだけだとしても! 4

17,724 character(s)35 mins

表面上はやさしいけど、ちょっと意地悪で、本性ドSな蘇枋くんと、蘇枋くんが大好きな女の子の話です!

さすがに長くなりすぎたので、ちょっと一区切り。
できれば1万字以内かそれ前後で収められたらと思っているのですが…!
また、こちらの話ですが、これという終わりに向かっているわけではなく、なんとなく思い浮かんだお話を上げている感じなります。
なので終わりはなくダラダラぽんぽん日常風景が書けたらなと思います。
唐突に続きが更新されなくなったり、思い出したかのように出てくるかもしれませんが、今後ともお付き合い頂けますと幸いです。

前回も、ブクマとコメントありがとうございました!
連載はだいたい1話がブクマ多めになると思うのですが、2話も3話もとても多くの方にブクマを頂けて、本当に感謝でいっぱいです。
ブクマはとても励みになるので、是非是非今度とも、いいと思いましたら1話に限らずブクマして頂けるとありがたいです。
それとコメントも、本当に嬉しいです。
このお話ちゃんと伝わっているかな?楽しんでもらえるかな?と毎回心配しながら上げているのですが、コメントを頂けると、自分が思い描いた面白と思えるものが伝わっていたり、共感して頂けたりしているのがわかって、とても嬉しいです。
今後とも温かいコメントをお待ちしております!

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 最初から、遠い人だった。
 だけど蘇枋くんはやさしくて、私なんかにも平等に接してくれるから、いつしか勘違いをしてしまっていたのだ。

 商店街では、風鈴高校の学ランを着た生徒をよく見かける。以前はガラの悪い不良が街を徘徊しているようで怖かったけれど、今ではそうではないことがわかる。風鈴高校の生徒はこの街を守るために、自分の時間を割き、街中を歩いてパトロールをしている。街に被害を及ぼす不良がいないか見回るだけではなく、街の困っている人たちの人助けまでしているらしい。見た目は怖い人も多いけれど、みんな街のために自分たちの時間を犠牲にしてまで見回りをしてくれている。
 本屋で買い物を済ませると、商店街にはいたるところに風鈴高校の生徒の姿が見えた。以前はとにかく不良が怖くて、その学ランを目にするだけで怖かった。けれど風鈴高校の生徒が悪い人たちではないことを知ってからは、あの学ランに怯えることも減っていた。
 だが今は、以前とは違う理由でその学ランに身構えていた。風鈴高校の生徒全員に警戒しているわけじゃない。今警戒している風鈴高校の生徒は、たった一人だ。
 書店を出た私は、恐る恐るあたりを見回し、周囲に眼帯の生徒がいないことを確認すると、ほっと胸を撫でおろした。
 以前は遠くでもあの人を目にするたびに、胸を躍らせて追いかけていたのに。今では街で遭遇することがないよう、常に神経を張っている。
 会いたくないわけじゃない。でも会って話をしていると、やさしさに甘えて、また勘違いしてしまいそうになる。だから適度な距離を保った方がいい。近すぎず、話しすぎず、街で会っても挨拶程度に。
「風子ちゃん」
 急に真後ろで声を掛けられ、驚いて振り返ると、すぐ後ろに眼帯の青年がニッコリ笑っていたっていた。
「蘇枋くん……」
 蘇枋くんから話しかけてくれるなんて、少し前の私なら飛んで大喜びしていただろう。しかし今の私は違う。
 蘇枋くんは、今日も最高に美形でカッコイイ。
 まるでキラキラ光り輝いているようにさえ見え、私は蘇枋くんの眩しさに後ずさりしていた。
「ねえ、風子ちゃん。最近なんで、」蘇枋くんが話し出そうとした、その時だった。蘇枋くんの言葉を遮るように、遠くで黄色い歓声が聞こえ、声は徐々に近づいていた。
「蘇枋くん、いたー!」「待ってー! どこ行くのー!」
 蘇枋くんの後ろでは、女の子たちが走ってこちらに向かっていた。どうやら蘇枋くんは追われているらしい。蘇枋くんは声のほうへ振り返り、やさしい笑顔で手を振った。
「巻いて来たはずなんだけどなぁ」
 やさしい蘇枋くんでも、追いかけてくる女の子たちが鬱陶しかったりするのだろうか。女の子たちと蘇枋くんを見比べ、胸がチクリと痛んだ。蘇枋くんを追いかける女の子は、私そっくりだ。私があの女の子たちのように蘇枋くんを追いかけているあいだ、今みたいに蘇枋くんに困らせてしまっていたのだろうか……。
「風子ちゃん、とりあえず一緒に逃げようか」
 蘇枋くんの手が伸び、私の手を掴もうとした。だが私の体は突然横から押され、私を押しのけた女の子は私のかわりに蘇枋くんの手を取っていた。
「蘇枋くん、やっと見つけた!」
 先日公園で会った、私と同じ制服を着た可愛い女の子だ。どうやら彼女は同級生で、学年内では可愛い女の子トップ10に入る藤崎さんというらしい。トップ10と言われるだけあって、髪の毛はさらさらで、肌は陶器のように白く、化粧はナチュラルだが垢抜けていて、お人形のように可愛い。藤崎さんが蘇枋くんに笑いかけると、背景には花が咲くエフェクトさえ見えるような気がした。
「蘇枋くん、今日こそ連絡先教えて欲しいなぁ」
「アハハハ。オレには連絡先がないんだ。ごめんね。それより、風子ちゃんを突き飛ばすのをやめてくれないかな?」
 蘇枋くんが言うと、藤崎さんはちらりと私のほうを見た。「まだいたの?」とでも言いたげな目だ。蘇枋くんと藤崎さんはお似合いで、私では藤崎さんになんて勝ち目もなくて、この場にいても邪魔者でしかない。
「オレ、風子ちゃんに用があるから、その手を放してくれると嬉しいな」
「蘇枋くんが連絡先教えてくれたら、放してあげる。蘇枋くんがこんな地味な子で妥協するなんて、もったいないよ」
「風子ちゃんが、地味な子か……。たしかに君が生クリームがたくさん乗ったフラペチーノなら、風子ちゃんは静岡のお茶だろうけど」
 私はお茶なのか。そんなに透明度が高いほど、蘇枋くんから見ても私は地味なのか。
 蘇枋くんの言葉がグサリと胸に刺さる。だが、藤崎さんに続いて次々と女の子たちがやってきて、傷心中の私を押しのけて蘇枋くんを囲んでいく。しかもやって来た女の子はみんな華やかで可愛い子ばかり。私がお茶なら、蘇枋くんを囲む女の子はタピオカミルクティーだ。フラペチーノやタピオカミルクティーに、ただのお茶が勝てるわけがない。
 近頃蘇枋くんに接近すると、いつもこれだ。可愛い女の子が蘇枋くんのもとに集まって、敗北感に打ちひしがれる。
 蘇枋くんのそばにいたくないわけじゃない。だけど、この可愛い女の子たちを相手に、蘇枋くんに近づけるほど、今の私はメンタルが強くない。
「うぅ…………!! 私、滝行してきます……ッ!!」
「風子ちゃん!?」
 蘇枋くんはかっこいい。やさしいし、ケンカも強い。私には手の届くはずのない人。
 蘇枋くんの周りに大勢の可愛い女の子が集まっていると、そんな現実を突きつけられるようだった。

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「滝行を経験した人は、滝行を行った直後に“何でもできそうな気がする”と感じられたそうだよ」
「つまり今の自分に足りないのは、精神力だと」
 私が神妙にうなずくと、友人の田中ちゃんは「現実を見な」と言い放った。田中ちゃんは弁当を食べながら、それもスマホをいじり、私には見向きもしない。私のくだらない悩みに耳を貸してくれるだけ有難いと思うべきなのか。いいや、友人が弁当を半分も残しているのだから、もう少し真面目に聞いてくれてもいいだろう。しかし田中ちゃんはスマホをいじったまま、淡々と話した。
「精神論だけでは、蘇枋くんの周りの女子の顔面偏差値は落ちないよ」
「非情な現実を乗り越えるための図太さは得られるという話だよ!」
 事の発端は、蘇枋くんが学校の前で私を待っていたことにある。蘇枋くんは、イケメンな上にやさしくてケンカが強いという超優良物件でありながら、女の子に一切なびかない。そのため周囲の女の子も蘇枋くん攻略を断念していた。だが、蘇枋くんが私のような地味な女に会うために、わざわざ学校まで来てくれた。そのことで、これまで蘇枋くん攻略を断念して来た女の子たちが再起し始めたのだった。あんな地味な女でも蘇枋くんとお近づきになれたのだから、華やかで可愛い女の子なら、蘇枋くんの彼女になれるのではないか、そう思い至ったようである。
 実際のところ、蘇枋くんが私に会うために、わざわざ学校まで足を運んでくれたというと、少し語弊がある。正しくは、蘇枋くんは傷ついた私を面白半分で見物しにやって来て、挙句の果てには私を泣かせて楽しんでいた。女の子たちが想像するような、甘い展開ではなかった。
 しかし勘違いをした女の子たちは蘇枋くんに近づくようになり、私はここ最近可愛い女の子たちに囲まれる蘇枋くんを遠くで眺めることしができず、自分の地味さに自己嫌悪する毎日を送っていた。
「で? 蘇枋くんのことは、もう諦めるの?」
「そうは言ってないよ。ただ、あんな可愛い女の子たちをかき分けて、“私を見て”なんて言えるほどの、自信も気力も図太さも、今の私は持ち合わせていないよ」
 何せ、蘇枋くんとは、山本くんの一件がある。男の子を紹介してくるなんて、遠回しに“女の子として見てない”と言われたようなものだ。そんな中で、蘇枋くんがこうして可愛い女の子から持て囃されている。
「私が可愛い女の子だったら、あんなふうに男友達を紹介されることもなかったのかなって……」
 私が可愛ければ、泣かされて遊ばれることもなければ、からかわれないで真っすぐに恋愛してくれたりしたのだろうか。そんなことを考えると、蘇枋くんと直接向き合うことが怖くなった。
「鈴木、卑屈だなぁ」
「卑屈にもなるよ……! 蘇枋くんの周りの女の子、本当にみんな可愛いんだよ……!」
 とはいえこのまま蘇枋くんを避けていたら、どんどん距離が離れて、今以上に話しかけづらくなっていくだろう。もしも蘇枋くんを諦めたくないなら、向き合うのが怖くても、逃げていたら駄目だ。わかっているが、蘇枋くんを目の前にすると、つい足がすんだ。
「まあ、なんだ。鈴木は、蘇枋くんの周りの女の子が自分より可愛くてつらいって言うけど、アタシから見たらそんな変わんないと思うけど」
「そういうやさしい言葉を待っていたよ! もっと言って!」
「素材は悪くないのに、勉強ばかりで外見磨こうとせず、なのに周りの女の子が自分より可愛いって不貞腐れてるところは、ただの怠慢だけどな」
 返す言葉もない。勉強なんて、どうやったらテストでいい点とれるか、方法が明確だ。だがおしゃれとか、メイクとか、そういったものはどうしたら上手くいくのか皆目見当もつかない。しかしわからないのは、努力が足りていないからだ。可愛い女の子たちは、みんな頑張って可愛くなっている。
 蘇枋くんに好かれたい、可愛いと思われたい、可愛い女の子たちに劣等感を感じたくない。なのに自分は可愛くなる努力をしていない。言い訳をするなら、自分がおしゃれや化粧をしたところで、可愛くなる気がしない。しかしそれでも努力はすべきだ。自分は可愛くないと卑屈になるのなら、まずは相応の努力をすべきであることはよくわかっていた。
「滝に打たれるより、自分磨いて自信つけたらいいんじゃない?」
 田中ちゃんが言うことは正しい。おしゃれとか恥ずかしくて苦手で、いつも勉強にばかり逃げていた。だけど頑張ったら、ひょっとしたら私も可愛くなれるかもしれない。今より自信をつけられたら、蘇枋くんにだってまた普通に話しかけられるようになれるかもしれない。そう考えると、少し前向きになれるような気がした。
 だが。
「ねえ、鈴木さん」
 残った弁当を食べようとすると、聞き覚えのある声に呼びかけられ、背筋が冷えた。おそるおそる顔を上げると、可愛いお顔が、冷たい目で私を見下ろしていた。
「藤崎さん……。どうしたの……?」
 学年トップ10に入る美少女藤崎さんの後ろには、また可愛い女の子が4人立って私を睨んでいた。他クラスの藤崎さんが、わざわざ私の教室まで来る理由も、検討はついていた。
「蘇枋くんに近づかないでって、言ったよね?」
 やはりそのことか……。となると後ろに控えている女の子たちも、蘇枋くんが好きなのか。あるいは蘇枋くんが好きな藤崎さんを応援している友人だろうか。どちらにせよ、私に対していい印象を持っていないのは明白だ。
「最近は近づいてないよ」
 無論、藤崎さんに命令されたからではない。私が蘇枋くんに近づけないだけだ。そして藤崎さんは、私が蘇枋くんに近づきづらい理由の筆頭である。藤崎さんは、蘇枋くんの周りの女の子の中でも特に可愛い。蘇枋くんにもお似合いで、私と藤崎さんが並んで、どっちが蘇枋くんの彼女に相応しいかと聞いたら、100人中100人が藤崎さんを選ぶだろう。
「この前だって、鈴木さんが邪魔だったせいで、私が悪者扱いされちゃったんだから。鈴木さんが蘇枋くんの前にいたせいで、私は鈴木さんを押しのけなきゃならなかったの、わかってる? 鈴木さんが悪いのに、私が蘇枋くんに怒られちゃったんじゃん」
「私は気にしてないけど、もしも退いて欲しかったら、押す前に声を掛けてくれるといいんじゃないかな?」
「鈴木さんが気にしてるとか、どうでもいいから。ていうか、なんで私が蘇枋くんに話しかけるのに、鈴木さんに退いてもらう許可を得なきゃいけないの? そもそも鈴木さんが蘇枋くんに近づかなければよかったんじゃないの?」
 すごい自信だ。やっぱり可愛い女の子は、自分に自信があるのだろう。しかし、客観的に考えて、藤崎さんの考えは身勝手なのではないだろうか。
「私がどうしようと、藤崎さんの指図を受けることではないと思うよ」
「だからそこから間違えてんの」
 藤崎さんは私を一瞥すると、指で顔と体をさし、冷たく言い放った。

「鈴木さんと蘇枋くんじゃ、釣り合ってないでしょ」

 藤崎さんの言葉が、胸に突き刺さる。
 今一番気にしていることを、こんなにも直球で言う必要があるだろうか!? この人は鬼なのか、悪魔なのか。そんなの言われなくたってわかってる。人から一番言われたくないことなのに……!!
 私が大ダメージを受けていると、藤崎さんとその友人たちは腹を抱えて嘲笑った。
「自覚はあるでしょ? 鈴木さんみたいなのが蘇枋くんに近づいても、時間の無駄。だったら蘇枋くんに釣り合う私に、貴重な時間を譲れって言ってるの」
 言っていることはもっともで、理にかなっている。言い返せないことが悔しい。
 藤崎さんは笑いながら、手に持っていた紙パックのジュースを、私の頭の上で逆さにし、残っていたジュースを絞り出した。
「わかったら、二度と蘇枋くんには近づかないでよね」
 藤崎さんの飲みかけの苺ミルクが、ポタポタと頭のてっぺんから滴っていく。地味なうえに、飲みかけのジュースまでかけられて、みすぼらしいことこの上ない。惨めで、滑稽で、自分の身分を思い知らされているようだった。
 そう。恋愛市場において、藤崎さんのような美少女は強者である。
 だが、それは恋愛市場においての話である。
「…………藤崎さんの言い分はわかるよ」
 恋愛市場で、容姿の良さは絶対的な武器だ。
「藤崎さんは可愛くて、私は可愛くない。だから私なんか蘇枋くんに相応しくないって言いたいんだよね」
「わかってんじゃん。わかってんなら、これからは、」
「だけどさ、」
 藤崎さんの話には合理性がある。だからそこまでは納得できる。だが、私はヘラヘラと笑う藤崎さんを見つめて訊ねた。
「前回の中間テストの順位は?」
 藤崎さんの顔が強張る。それもそのはずだ。私は前回の中間テストで、自分よりも順位が上だった人の名前は憶えている。だがその中に、藤崎さんの名前はなかった。
「蘇枋くんにとって相応しいのは、顔の可愛い藤崎さんなんだろうね。でもね、」
 教室内では、クラスメイト達が静かに藤崎さんと私のやりとりを窺っていた。その中で、私が頭からジュースをかけられたことで笑っているクライメイトは一人もいない。
「藤崎さん。この学校内において、テストの順位が私よりも低い藤崎さんに、なんで私はジュースを頭からかけられなきゃならないのかな?」
 私は立ち上がると、食べかけていた弁当箱を掴み、藤崎さんの頭の上にぶちまけた。
「悔しかったら、次の期末、私よりいい順位取りなよ」
「鈴木……ッ!!」
「まあ、勉強なら負けないけどね!!!!」
 私が高笑いをすると、向かい合って座っていた田中ちゃんはため息をついていた。
 藤崎さんの後ろの女の子たちも怒っていたようだが、問題ないだろう。私は自分より順位の高い生徒は、名前だけではなく顔も覚えている。藤崎さんの後ろの女の子の中に、私の記憶している顔はない。
「覚えてろよ、鈴木!! このことは蘇枋くんに言いつけてやるからな!!」
「ちょっと待って!!!!! それは駄目!!!! 卑怯だよ!!」
 藤崎さんは頭に乗った、のりたま付きのご飯を払うと、私の制止も聞かず、教室を出て行った。
 田中ちゃんは藤崎さんの背中を見送ると、呆れた顔で私を見ながら訊ねた。
「可愛い女子相手に、学力マウント取った気分は?」
「女の子として凄まじい敗北感だよ」
「バカだねぇ、鈴木は」
 いくらテストでいい点をとって、学校内での順位が高かろうが、一歩学校を出れば学校の成績なんて関係ない。ましてや異性の前ともなれば、小賢い女の子なんて需要はないし、可愛い女の子に敵うはずもない。学力マウントなんて、やってる自分が虚しいだけだ。けれど頭にジュースかけられて、黙っているのは嫌だった。
「で? 藤崎はどうすんの?」
 藤崎さんは本当に蘇枋くんにチクる気だろう。蘇枋くんは意地悪だが、倫理観は高く、悪い人間に対しては冷たい。藤崎さんにしたことをチクられたら、蘇枋くんに嫌われてしまいかねない。
「蘇枋くんにチクられる前に、藤崎さんの口止めをしなくちゃ……」
「ていうか、そもそもやり返す必要なんてなかったじゃね? 藤崎さんにジュース頭からかけられたって、鈴木が蘇枋くんにチクってやればよかったのに」
「弱くて可哀想な私を助けてって?」
 私は田中ちゃんと見合うと、お互い同時に笑って、「ないわ」と声を揃えた。
「まあ、藤崎だって馬鹿じゃないんだし、マジで蘇枋くんにチクったりしないんじゃないの? そんなことしたら、鈴木だって藤崎に頭からジュースかけられたことチクるし」
 それもそうだ。私から蘇枋くんに藤崎さんがしたことを話すつもりはない。藤崎さんから話さないのなら、お互いリスクを負わずに済む。藤崎さんだって、それくらいわかるはずだ。
 感情的にならず、冷静に、合理的に判断できるのなら。


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「もう全部蘇枋くんに言っちゃったからね」
 藤崎さんは蘇枋くんの腕に自分の腕を絡めると、べっと私に舌を出した。そんな仕草も可愛いせいで、劣等感に苛まれる。
 いや、そんなことよりもだ。
 何故このような暴挙に走ったのだ。蘇枋くんにチクったところで、私が事情を話してしまえば、お互い株が下がるだけなのだから、隠しておく方が身のためだ。
 まさか可愛い藤崎さんの話は信じて、私の話は信じるはずがないとでも思っているのだろうか。
 蘇枋くんの顔を見ると、蘇枋くんはわざとらしく眉を顰めている。
 私は知っている。こういう顔をするときは、何かまた意地悪なことを考えている顔だ。だが、実際蘇枋くんが何考えているのかは皆目見当もつかない。蘇枋くんが何を考えているのかわからないのは、いつものことだ。だが今回に関しては、どこまで蘇枋くんを失望させてしまったのかわからないのは怖かった。
 蘇枋くんは藤崎さんの腕をやんわり解くと、「それは大変な目に遭ったね」と同情して見せた。
「風子ちゃんが、そんな酷いことをする人だとは思わなかったよ」
「そうなの、蘇枋くん。だからこんな子と、もう関わらない方がいいよ。こんな子がいなくても、蘇枋くんには私がいるから」
 藤崎さんが蘇枋くんに抱き着こうとすると、蘇枋くんはそれをするりとかわして微笑んだ。
「可哀想だったね、西崎さん」
「ううん、蘇枋くん。私は藤崎」
「オレはボウフウリンだから、石崎さんをいじめた悪い女の子にお仕置きをしなくちゃならないんだ」
 蘇枋くんはそこまで言うと、やさしい笑みから一変し、嗜虐的な顔を私に向けて、「ね? 風子ちゃん」と私の手を掴んだ。
「やっと捕まえたよ、風子ちゃん。最近どうしてか、ずっとオレのこと避けていたみたいだけど。もちろん覚悟はできてるよね?」
 蘇枋くんの笑みが、とても怖い……。意地悪なだけではなく、何か怒っているようにも見える。身の危険を感じ、咄嗟に蘇枋くんの手を振り払おうとしたが、いくら振っても振りほどくことはできなかった。
 何か踏んではいけない地雷を踏んでしまったような、そんな予感がした。藤崎さんの頭に弁当をかけたことが、蘇枋くんの逆鱗に触れてしまったのだろうか。
「蘇枋くん、今日はこのあと用事が……」
「まさかオレに嘘なんてつかないよね?」
 蘇枋くんに生半可な嘘なんて通用しない。私が何か用事がないか必死で思い出していると、手を掴む蘇枋くんの力がより強まった。
「どうしてオレから逃げようとするの?」
「逃げようとしているわけじゃ……」
「オレ、これまでに何度もやさしく風子ちゃんに声かけたと思うんだけど。やさしく言っているうちに聞いてくれなかったのは、風子ちゃんだよ」
 思い返せば、蘇枋くんを避けているあいだも、蘇枋くんは何度か私に話しかけようとしてくれていた。そのたび逃げていたけれど、ひょっとして蘇枋くんから私に話しかけるくらいだから、何が重要な用事でもあったのだろうか。蘇枋くんのことだから、どうせ暇つぶしにでも私に意地悪をしようとしてたのではないかと思っていたのだが。
「行くよ、風子ちゃん」
「どこに!?」
 蘇枋くんは行き先も言わないまま、強引に手を引いて歩き始めた。やっぱり怒っている。そしてこのまま連れて行かれたら、何か怖いことが起きてしまうような予感がした。
「藤崎さんも一緒に来て貰った方がいいんじゃないかな!? こういうのは当事者を交えて話すべきだよ!! 藤崎さん、一緒に行こう!!」
 蘇枋くんは、私が藤崎さんをいじめたから、お仕置きのために私を連れて行こうとしている。ならば当事者である藤崎さんも同席すべきだ。
 私が藤崎さんに助けを求めると、蘇枋くんは藤崎さんに微笑んで圧をかけた。
「来ないよね?」
 藤崎さんは顔を青ざめさせて、何度も頷いた。藤崎さんも、蘇枋くんがただのやさしくて顔がいい男の子というわけじゃないことを察したようだった。
「藤崎さん!! お弁当頭からぶちまけたことも、学力マウント取ったことも謝ります! だから、助けてください!!」
 私が藤崎さんに助けを求めても、もちろん藤崎さんは一歩だって足を動かしてはくれず、私は蘇枋くんに引っ張られるまま連行された。


 蘇枋くんに手を引かれてたどり着いたのは、喫茶店ポトスだった。手を引かれて歩いているあいだにも、女の子たちが蘇枋くんに話しかけようとしたり、ついて来ようとしたりする子もいた。だが、ポトスはいわば風鈴高校の生徒のたまり場。いくらボウフウリンが街を守る存在であったとしても、女の子としては近づきがたい場所であった。私も初めてポトスに足を踏み入れた時は、とても緊張したのをよく覚えている。今でこそ、ことはちゃんという存在のおかげでポトスにも馴染むことができた。
 だから、蘇枋くんに連れて来られたのもよく知った場所でよかった。だが手を引かれているあいだは生きた心地がしなかった。何せ人を泣かせて楽しむような蘇枋くんである。本当に怒っているなら、先日のように泣かされるだけでは済まされないだろう。そもそも何故怒っているのかもわからない。藤崎さんの頭に弁当をぶちまけたから、蘇枋くんの中では悪女と認定されてしまったのか。それならここからトラウマ級のお説教タイムでも始まるのか、最悪絶縁されてしまうのだろうか。
 蘇枋くんはポトスの扉を押し開けると、店の中へ私を引きずり込んだ。
「いらっしゃい……って、どうかした?」
「気にしないで。迷惑はかけないから。奥のテーブル席、座らせてもらうね」
 ことはちゃんもいつもと違う蘇枋くんの様子に気づいたが、蘇枋くんはことはちゃんを見ることもなく早口で言うと、私を奥のテーブルのソファーに放り投げた。蘇枋くんが乱暴に私を扱うのは初めてだった。迂闊にも、乱暴な蘇枋くんもちょっといいとか一瞬思ってしまったが、そんなことを考えている場合ではなかった。
 蘇枋くんがソファーに乗りあがり、距離を詰める。咄嗟に逃げようとしたものの、左にはテーブル、右には背もたれ、後退すれば背中には壁がぶつかった。完全に退路を塞がれた。前方では蘇枋くんが詰め寄ってくるが、逃げ道がないため、どんどん距離が近づいていく。
「ねえ、」蘇枋くんは低い声で言うと、手を壁に当て、私を壁の隅まで追い詰めた。
「どうして、オレから逃げたの?」
 どうしてかなんて、そんな理由は聞くまでもないだろう。蘇枋くんは可愛い女の子に囲まれていて、だけど私は地味で、可愛くない。だから蘇枋くんに近づくことができなかった。
「蘇枋くんの周りの女の子は皆可愛いのに、私は可愛くないから……」
 蘇枋くんに釣り合わないくせに、蘇枋くんに近づこうとする自分が惨めで嫌だった。だけど蘇枋くんにはこんな気持ちはわからないのだろう。可愛い女の子に囲まれる蘇枋くんを見て、私が胸を痛めても、蘇枋くんにはこの痛みが理解できない。
「他人と比べて自分の容姿が劣っていると思ったから、だからオレを好きでいることをやめようとしたの?」
「そんな簡単なことじゃないんだよ」
 好きになるのをやめるということは、そんな簡単なことじゃない。外見のコンプレックスだけで蘇枋くんを好きになるのをやめられたら、もっと楽だった。蘇枋くんを好きなのはやめられない。だけど他の子みたいに可愛くなんてなれない。だから苦しいのだ。
「蘇枋くんには、人を好きになるのがやめられない気持ちなんて、わかんないんだよ」
「人の気持ちがわからないのは、風子ちゃんのほうでしょ」
 蘇枋くんは指で私の顎を上げ、顔を近づけた。唇が触れてしまいそうなほど、距離が近い。蘇枋くんは怖くて、胸は苦しいのに、こんな時でさえ鼓動が早くなっていく。
「風子ちゃんに避けられ続けて、オレがどんな気持ちだったか、少しは考えた?」
 考えるも何も、蘇枋くんは私なんてそばにいようが離れようが、どうせ何も感じない。蘇枋くんにとっての私という存在なんて、それくらい取るに足らないものなのだから。けれどそれを認めてしまうのは、あまりにもつらい。私はせめても抵抗し、視線だけ逸らして「蘇枋くんの気持ちなんて知らない」と答えた。
「風子ちゃんは本当にバカだなぁ……。風子ちゃんも人を見る目がないけど、オレも大概だな」
「蘇枋くん、私のことバカってよく言うけど、今度模試の結果見せようか!?」
「黙って」蘇枋くんはそう言い、私の口を指で塞いだ。
 蘇枋くんは私のことをバカだと思っているけれど、私はこう見えて成績はいい。他人に学力マウントを取るくらいには勉強はできるほうだ。なのに蘇枋くんにはバカだと勘違いしているようである。
「おバカな風子ちゃんに、オレの気持ちを考えろなんて命令するほうが間違えてたよ」
 なんて失礼なことを言うんだ。
 私が反論しようとすると、蘇枋くんの腕が私の腰にまわっていた。
「ひゃっ」
 これではまるで、抱きしめられているような体勢だ。突然のできごとに頭がついて行かない。軽いパニック状態に陥る私を置き去りに、蘇枋くんは私の肩に顔を埋めた。
「蘇枋くん!?」
「もう考えなくていいから、感じて」
 感じろとは。
 私は勉強は得意だ。だから頭で考えることには自信がある。しかし感受性にはそんなに自信がない。そんな私に、いったい何を感じろというのだ。
 私が慌てふためいて困惑していると、蘇枋くんは「癒して」と言った。
「女の子たちに追い回されて、さすがにオレも少し疲れた。これも全部風子ちゃんのせいだよ」
 蘇枋くんが女の子たちから追い回されるようになった発端は、蘇枋くんが学校まで私に会いに来てくれたこと。原因は私にあるのは確かだが、勝手に学校に来たのは蘇枋くんである。けれど理不尽な蘇枋くんに正論を申し立てても聞き入れてはくれないだろう。
「だから責任取って、オレを癒して」
 責任は8割がた蘇枋くんにある気がするが。
 蘇枋くんが疲れている。弱っている蘇枋くんを見るのは珍しい。
 癒してなんて言われても、何をしたらいいかわからない。だが私は戸惑いながら、蘇枋くんの頭に触れた。癒すための目的ではなく、ただそこに形のいい頭と、さらさらの髪の毛があったから触れただけだった。しかし蘇枋くんの頭を撫でていると、蘇枋くんは私の肩にすり寄って来た。

 蘇枋くんが、可愛い。

 ひょっとして、蘇枋くんなりに甘えているのだろうか。
 そう考えると、胸がきゅんと締まった。なんて可愛い生き物なのだろう。好きとか、恋とかいう感情を通り越して、ちょっとした母性すら感じる。
「蘇枋くん……」
 無理、かわいい……、好きすぎる……!
 私が頭を撫でていると、不意に蘇枋くんは顔を上げ、頭を撫でる私の手を取って頬に沿えた。
「風子ちゃんも、オレの気持ちを感じてくれた?」
 蘇枋くんは私の手に頬ずりをすると、少し顔を赤らめて微笑んだ。
「オレ、今すごく幸せだよ」
 その微笑みに、全身に衝撃が走った。今までだって蘇枋くんのことが好きだった、大好きだった。
 でも今、また少し好きの形が変わった。
「……私もだよ。私も今、すごく幸せ」
 蘇枋くんの感じる幸せと、同じ幸せを感じる。
 私は蘇枋くんが好き。
「風子ちゃん」
 私の肩に顔を埋めていた蘇枋くんが顔を上げ、じっと私を見つめた。視線が熱っぽい。蘇枋くんの手が私の頬を撫で、顎を指で押さえると、ゆっくりと顔を近づけた。
 待って。この雰囲気、この流れ。このまま唇が触れてしまいそうで、胸が痛いほど高鳴る。
 そんなわけない。だって蘇枋くんと私だ。またいつもの、悪い悪戯だ。
 そう思っても、蘇枋くんとの距離はどんどん近づいていく。
 嫌じゃない。でも、どこまでは悪ふざけ? もしも本当に触れてしまっても、それさえ蘇枋くんが私をからかうためのイタズラ?
 もう唇が触れる直前で、蘇枋くんの後ろに銀色のお盆が見えた。そして銀色のお盆は蘇枋くんの頭に振り落とされ、鈍い音が鳴った。
「ちょっと。ここ、店の中なんだけど」
「ことはちゃん……。今のはさすがに、よくないんじゃないかな?」
 蘇枋くんがお茶らけて答えると、再び鈍い音が鳴った。ことはちゃんは私に目配せし、蘇枋くんは改めて私の顔を見る。私は、どんな顔をしていたのだろう……。蘇枋くんは私の顔を見ると、ことはちゃんにひと言お礼を言って、紅茶を2つ注文した。
「……怖かった?」
「ううん。でも、ちょっとビックリした……」
「そうだよね……」
 蘇枋くんが目をうつむかせている。もしかして、やりすぎてしまったと反省しているのだろうか。
 嫌なわけじゃなかった。たぶん私をからかうためのイタズラだったとしても。冷静に考えてみれば、イタズラであったとしても、さすがに本当にキスしたりなんてしなかっただろう。でもあの状況では、頭がパンクして、本当にキスされるかと思ってしまった。
「ああいうのは、やりすぎだと思うからやめてって、言うべきなんだよね……」
「うん。風子ちゃんの嫌がることはしないよ」
「そうじゃなくてね。やりすぎだから、やめてって言うべきなんだけど……、蘇枋くんにされると、ああいうのも嬉しいなって」
 胸を触ると、まだドキドキしている。もちろんあの時は、ことはちゃんが止めてくれてよかったと思う。けど、蘇枋くんのしたことが全部嫌だったわけじゃない。
「たぶん普通の人だったら、ああいうやりすぎた悪ふざけは本当に嫌だったよ。でも蘇枋くんだったら、何されても嫌じゃないよ。というか、蘇枋くんはもともとそういう人だからね」
 蘇枋くんは、人を弄んで楽しむような性格が悪い男の子だけど、そういうところも含めて全部好き。
「でも、お手柔らかにね? ……蘇枋くん?」
 蘇枋くんを見ると、蘇枋くんはそっぽを向いて顔を見せてくれなかった。顔を覗き込もうとすれば、手で押し戻された。紅茶を置きに来たことはちゃんは、蘇枋くんの顔を見て笑っていた。蘇枋くんはそれも面白くなかったようで、咳ばらいをすると、顔を前へと戻した。その時にはもう、いつもの大人びた蘇枋くんがいた。
 蘇枋くんとこうして並んでお茶を飲むのも、ちょっと久しぶりだ。いつもはカウンターの席に座るから、テーブル席に座るのも珍しい。それにテーブル席に座る時は、普通向かい合って座るものだ。けれど蘇枋くんは向かいのソファーに移動せず、私の隣に腰を下ろしたまま。変な感じがするけれど、蘇枋くんが近くにいるのは単純に嬉しいし、この逃げ道を断たれて閉じ込められているのも、なんだかドキドキする。
「ところで蘇枋くん、お説教はおしまいでいいの……?」
 蘇枋くんは紅茶が来ても、のんびりとティーカップに口をつけ、それ以上私を問い詰めることはしなかった。
「もっとお説教されたかった?」
 蘇枋くんにお説教されるのは結構嫌いじゃないかもしれない……。だけどそんな恥ずかしいことは言えず、私は「そうじゃないけど」と口を濁した。
「藤崎さんから、私の話聞いたんだよね? そのことについてのお咎めはいいの……?」
 そもそももとはと言えば、藤崎さんが蘇枋くんに昼間の出来事を報告したことで、私はここに連れて来られているはずだ。なのにその話がまだ出てきていない。
 蘇枋くんは紅茶をすすりながら、「なんだ、そのことか」と笑った。
「風子ちゃんが、あの子の頭に残飯落としたって言う話のことだよね。オレがそんな嘘を、信じるとでも思った?」
 ……うん?
 私は蘇枋くんの顔を凝視した。冗談を言っている顔でもなければ、からかっている様子でもない。
 まさか、蘇枋くんは藤崎さんの話がすべて嘘だと思っているのだろうか……?
「知らない女の子の言葉よりも、オレは風子ちゃんを信じるよ。風子ちゃんはそんなことする子じゃない」
 まずい……。私は視線を泳がせ、額からは汗が滲んでいた。
 蘇枋くんは、藤崎さんの話を信じていない。私が女の子の頭に弁当をぶちまけるような人間じゃないと信じている。だからお咎めがないのだ。
 しかし、実際はやってしまった。私は残飯を、あんなにも可愛い女の子の頭に落としたのだ。
 もしもこれがバレたら、お説教タイムの再開か。あるいは、そんな性悪女だとは思わなかったと言って、縁を切られてしまうかもしれない。そんなの絶対嫌だ。
 だが、もしもこのまま私が黙っていたら、蘇枋くんのなかで藤崎さんが、嘘つきになってしまう……。
 藤崎さんは、おそらく自分にとって都合の悪い部分は話していないだろう。だが、嘘をついているわけではない。このまま私が訂正せずにやり過ごしたら、保身はできるかもしれないが、藤崎さんだけが嘘つきだと思われてしまう。
「風子ちゃん?」
 様子がおかしい私の顔を、蘇枋くんが覗き込む。
「……………………やりました」
「え?」
「ごめんなさい。藤崎さんの言ってたこと、嘘じゃないです。私、藤崎さんの頭にお弁当ぶちまけました……」
 蘇枋くんの顔が見られなかった。声は震えて、怖くて涙で視界が滲んでいる。
 ガタガタ震えながら罪を告白した私に、蘇枋くんはちょっと間を置くと、やがて机に顔を伏せて肩を揺らし始めた。
「うそ……、風子ちゃん、ほんとにやったの……?」
「やりました……」
「アハハハ! ホントだったんだ!」
 蘇枋くんは怒るどころか、腹を抱えて笑い出した。まったく笑うところではないのだが。
「へぇ、風子ちゃんでも、そんなことするんだね」
「私は、蘇枋くんが思っているような、善良な人間ではないよ」
 嫌われただろうか、幻滅されてしまっただろうか。恐る恐る横目で蘇枋くんを盗み見ると、蘇枋くんは眼帯をしていない目から笑い涙を拭っていた。
「風子ちゃんは、オレを飽きさせないなぁ」
「失望した? 蘇枋くん、悪い人が大嫌いだよね」
 蘇枋くんは、ボウフウリンとして街を守っている。街の平和を乱す不良と戦う姿を見かけるが、蘇枋くんは悪人と認識した相手には冷たい顔をしている時がある。弱い人をいじめたり、卑劣なことをする人間が、心底許せないのだろう。私が藤崎さんにしたことは、蘇枋くんの性格上、許しがたい行為だったのではないだろうか。
「たしかに、女の子の頭にお弁当かけるのは、よくないね。だけど風子ちゃんのことだから、何か理由があったんじゃない?」
「理由はあったよ」
「例えば、蘇枋くんと風子ちゃんは釣り合ってないとか、もう蘇枋くんに近づかないでって言われて、頭に来たとか?」
 蘇枋くんはニコニコ笑って楽しそうだ。さすが蘇枋くんと言うべきか、トラブルの流れ自体はだいたい蘇枋くんの想像通りだ。
「発端はそれなんだけど。でも、そのことに関しては藤崎さんが正しいから、そんなに怒ってないよ」
「え?」
「私と蘇枋くんじゃ釣り合ってないのは事実だし。藤崎さんとか、他の可愛い子たちのほうがお似合いだし」
「……ふ~ん」
 さっきまで楽しそうに笑っていた蘇枋くんは顔をしかめ、つまらなそうに頬杖をつく。
 現実を突きつけられたのには、傷ついた。だからと言って、腹を立てたわけではなかった。
「じゃあ、なんでお弁当かけたの?」
「……ジュース、頭からかけられて……」
「は? 何それ」蘇枋くんの声が低くなり、顔に陰かかる。蘇枋くんの性格的にも、やっぱり他人の頭にジュースをかけるのは地雷だったようである。私は慌てて「でもね!」と弁明した。
「やり返したから! ジュース頭からかけられて、それで私は藤崎さんの頭にお弁当ぶちまけた。だから、お相子だよ」
 お相子どころか、寧ろ私のほうが酷いことをしたわけだが。だが蘇枋くんは複雑な顔をしていた。私がジュースをかけられたことを、怒ってくれているのだろうか。それは嬉しいけど、ジュースを頭からかけるよりも、よっぽど酷いことを蘇枋くんは私にしていることも、少しは自覚してくれるといいのだが。
「それにお弁当かけたあと、マウンティングとかしちゃったし……」
「マウンティング? もしかして、蘇枋くんに愛されてるのは私の方なんだからとか?」
「まさか。前回の中間テストの順位、私よりも低いでしょって」
「風子ちゃん。それ、虚しくならなかった?」
 よくわかっていらっしゃる……!! そうとも、マウンティングした直後は虚しくて惨めだった。マウンティングなんて、軽率にやるものじゃない。わかっていても、同じ状況になったらきっとまたやるだろうけれども。
「そんなくだらないマウントよりも、蘇枋くんに可愛がられているのは私のほうだって言えばよかったのに」
 もしも本当に蘇枋くんに可愛がられていたなら、そんなマウントも取れていたのかもしれない。だが私は蘇枋くんに可愛がられた覚えがないわけで。実際は意地悪されたり、弄ばれたり、泣かされたりしてばかりである。
「学力以外では、私は藤崎さんにマウントなんて取れないよ。藤崎さん、あんなに可愛いんだもん」
 藤崎さんだけじゃない。蘇枋くんのまわりには可愛い女の子がたくさんいる。私みたいな普通の女の子じゃ、蘇枋くんに近づくことさえためらわれるけど、蘇枋くんはそんな気持ちわからないのだろう。
「……オレ、ずっと思ってたんだけどさ」
 蘇枋くんは私の頬をつまみ、まじまじと私の顔を見つめた。
「風子ちゃん、鏡見たことある?」
 見たことないわけがない。毎朝見ているし、蘇枋くんを好きになってからは、以前よりも身なりを気にして鏡をチェックする回数が増えた。その回数だけ落ち込んでしまうわけだが。
「オレが風子ちゃんの長所を5つ上げるなら、確かにその5つの中に外見は入らないだろうけど」
「そんなに直球に言わなくても……!!」
「でも、世間一般の感覚で見たら、風子ちゃんの長所には必ず入ると思うよ。オレも、他の女の子の容姿が風子ちゃんよりも優れていると思ったことはないし」
「うん???? つまり、わかりやすく言うと」
「風子ちゃんは優等生ちゃんなんだから、オレの言葉の意味くらい、自分で考えられるよね」
 優等生なのは確かだが、蘇枋くんの言わんとしていることは全くわからない。私が呆然としていると、カウンターにいたことはちゃんが、「素直に可愛いって言ってあげなよ」と言った。
 珍しく蘇枋くんの顔が、少し赤い。蘇枋くんの言い方は遠回しでわかりづらいけれど、蘇枋くんなりに私を励まそうとしてくれていたのだろう。
「ありがとう、蘇枋くん」
「……なんだろう。オレの言葉が、また正しく伝わっていない気がする……」
「アンタが悪いのよ」ことはちゃんはお皿を拭きながら、蘇枋くんに言った。「嘘で誤魔化すのは得意なくせに、本音を伝えるのが下手すぎるのよ」
「本音?」
「風子ちゃん、ことはちゃんの言葉には耳を貸さないで」
 カウンターでは、ことはちゃんがクスクス笑っている。ことはちゃんは、きっとこうして日々そこのカウンターから、ポトスにやってくる人たちのやりとりを眺めているのだろう。ポトスには、ボウフウリンの生徒もよく来ているらしい。私は今でもボウフウリンの人たちがちょっと怖くて、お店に来ると逃げてしまうけれど。ことはちゃんはいつもそばで、この街の人たちを見守っている。さっきみたいに、たまにちょっと口出ししながら。
 蘇枋くんは、たまにこのお店に友だちと来ているようである。私も今までに何度か見かけたことがある。不良には見えない大人しそうな男の子と、いかにも不良といった風貌の左右で髪の色が違う男の子。私は蘇枋くんが友だちとどんなやりとりをしているのか知らないけれど、ことはちゃんはそんな私が知らない蘇枋くんの一面も知っているのだろう。それはちょっとだけ羨ましい。
「オレとしても、今の状況は少し困っているんだよね」
 可愛い女の子にモテモテの状況を、困っていると言っているのだろうか。蘇枋くんの軽はずみなこのひと言で、世の中の多くの男性陣を敵に回しそうである。しかし蘇枋くんにとっては、本当に悩みの種なのかもしれない。きっと蘇枋くんが女の子を助けるたびに、女の子は蘇枋くんを好きになってしまう。かくいう私も例外ではないのだから、その気持ちはよくわかる。しかし、蘇枋くんは意地悪なようで、普通の女の子にはやさしい。好いてくれる女の子を無下にもできないのだろう。
「傷つけることなく、やんわり離れて貰えたらいいんだけどね」
 蘇枋くんはいつも適当なことを言って女の子をかわしているが、最近では女の子もそれで食い下がってくれないようである。
「諦めが悪かった私からすると、女の子たちの気持ちもわかるな……」
「あの子たちと風子ちゃんは、全然違うけどね」
「違う?」
 言われてみれば、どうして私は今こうして蘇枋くんの隣にいるのだろうか。私はただ、自分が諦めが悪かったから蘇枋くんが隣にいさせてくれているだけだと思っていた。けれど、今蘇枋くんのところに来ている女の子たちも、諦めずに頑張っている。なのに蘇枋くんは、今寄ってきている女の子たちは構うつもりもないようだ。たまたま私が、諦めの悪い先駆者だったからなのか。
 それとも、蘇枋くんなりに、私のことを少しでもいいなと思ってくれたから、こうして隣にいさせてくれているのだろうか……。
 もしもそうだったら、それはすごく嬉しい。
「……ねえ、風子ちゃん。オレに良い案があるんだ。風子ちゃんさえ協力してくれれば、ひとり一人丁重にお断りしなくても、オレに近づく女の子とはいなくなると思うんだ」
「私? 私で蘇枋くんの力になれることがあるなら、なんでも協力するよ!」
 蘇枋くんに近づく女の子が減るのなら、私だって悩みが一つ減る。他の女の子たちは悪いことをしてしまうかもしれないが、私だって負けてはいられない。
 蘇枋くんはにっこり笑うと、軽い調子で言い放った。
「オレたち、付き合っちゃおうか」

Comments

  • Peringo
    June 4, 2024
  • あきこ(阿秋子)
    May 29, 2024
  • 琴宮有希
    May 29, 2024
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