たとえ、手のひらの上で転がされているだけだとしても! 4.5
表向きはやさしいけど、ちょっと意地悪で、本性ドSな蘇枋くんと、蘇枋くんが大好きな女の子の話です!
4話長くなりすぎると思って切ったのですが、切っても長かった!
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「オレたち、付き合っちゃおうか」
蘇枋くんは、軽い調子でそう言った。
私も伊達に蘇枋くんに弄ばれ続けているわけじゃない。
かつての私ならば、ここで顔を真っ赤にして狼狽えていただろう。だがもう、昔の私はいない。
私は、余裕のある笑みを浮かべ、蘇枋くんに聞き返した。
「どこに行くのかな?」
もうそんな使い古された手口は、私には通用しない。蘇枋くんは、私が思うようなリアクションをしなかったからか、深いため息をついた。
「オレ、付き合っちゃおうかって聞いたよね。なのに、どうしてそうなるのかな?」
「私だって、そう簡単に蘇枋くんの手口に引っかかるようなバカではないんだよ。付き合うとかいう魅力的なワードを出して、私を慌てさせようたって、そうは簡単に騙されないよ! 私が顔を真っ赤にして狼狽えたら、「今度行きたいところあるから、付き合って欲しいんだよね」とか言うつもりだったんでしょ? ……って、痛い、痛いよ蘇枋くん!?」
蘇枋くんは、私が思惑通りに嵌められたのが悔しいのか、私の両頬を掴んでつねった。
「風子ちゃんは本当にバカだなぁ。どうしてこういう時に限って、湾曲した受け取り方をするのかな?」
「湾曲? え、なに、今の本気だったの!? 付き合ってくれるの!?」
「アハハハハ、ダメだよ~。もう締め切り。千載一遇のチャンスを逃したね」
「いや嘘だよね!? 最初から私をからかうつもりだったんだよね!? そうだよね、蘇枋くん!?」
蘇枋くんは、それは意地悪な笑みを浮かべて、「どうだろね」とそっぽを向いた。何が原因かはわからないが、蘇枋くんを怒らせてしまったような気がする。付き合おうかなんて、蘇枋くんの見え透いた罠だとしても、ちゃんと嵌って乗ってあげるべきだったのだろうか。
カウンターでは、ことはちゃんが腹を抱えて笑い、蘇枋くんはそれも面白くないようである。蘇枋くんは二度目の深いため息をつくと、ことはちゃんのほうを向いて訊ねた。
「ことはちゃん、これもオレが悪いのかな?」
「アンタの日頃の行いが悪いからでしょ。アンタ達のやり取りって、ホントバカバカしい。でもまあ、風子ちゃんも、損する性格よね」
何も損はしていない。蘇枋くんの機嫌を損ねてしまったけれども。寧ろ簡単に蘇枋くんにからかわれなくなった私の成長を、褒めて欲しいくらいである。
「それで? 付き合うって言ってたけど、結局蘇枋くんはどこに行きたかったの?」
「はいはい、そうだったね~。それじゃあ、これから公園へ行こうかな。女の子が好いてくれるのはありがたいけど、このままにはしておけないからね。風子ちゃんも付き合ってくれる?」
「それはいいけど……」
蘇枋くんは、寄ってくる女の子たちとはお近づきになるつもりはないようだ。しかし、私が公園へ行くのに同行することで、何か役に立てるのだろうか。
蘇枋くんはソファーから立ち上がると、苦笑して私に手を差し伸べた。いつも意地悪なのに、こういう小さいところでやさしいのが蘇枋くんらしい。私はその手を取るたびに、ドキドキと胸が高鳴る。こんなさりげない気づかいができる男子高校生なんて、全国探してもそうはいないだろう。蘇枋くんは見た目もかっこいいけれど、内面も女の子をときめかせる天才だ。私が蘇枋くんのかっこよさに打ちひしがれているあいだに、蘇枋くんはすでに私の会計まで済ませていた。完璧すぎるよ、蘇枋くん。
店を出ようとすると、丁度扉が開いて、風鈴高校の学ランを着た生徒が店に入って来た。
不良に見えない気弱そうな男の子と、どこからどう見ても不良にしか見えないツートンカラーの髪の男の子。
この二人とは何度かすれ違ったことがある。たぶん二人は蘇枋くんの友だちだ。
「あれ。桜君、にれ君。パトロール終わったの?」
「お前が、女に追いかけ回されてるあいだにな」
ツートンカラーの髪の男の子が毒づき、蘇枋くんは苦笑を浮かべて友だちに平謝りをした。蘇枋くんらしい、誠意の欠片もない謝り方である。
友だちといる蘇枋くんは新鮮だ。蘇枋くんはいつも大人びているけれど、友だちといる時の蘇枋くんは男子高校生らしい。私が後ろからやり取りを見ていると、気弱そうな男の子が私の存在に気づいた。
「あ、その子……」
これまでにも、蘇枋くんの友だちの二人とは何度か喫茶店ですれ違っている。けれど不良が苦手で、挨拶することができなかった。だが、蘇枋くんの友だちなのだから、このままずっと挨拶しなくていいわけじゃない。私は気弱そうな男の子に会釈をした。すると気弱そうな男の子も、照れながら会釈を返してくれた。
残るはもう一人……。ツートンカラーの髪の男を見れば、鋭い目と視線がぶつかり、思わず目を逸らしてしまった。この子は絶対不良だ。蘇枋くんの友だちなのだから、悪い人ではないのだろう。それでも、体が自然と反応して目を逸らしていた。
恐る恐るもう一度ツートンカラーの髪の男の子を見ると、男の子はもう私を見てはいなかった。けれどその横顔は、どこか悲しげにも見えた。
「じゃあ、またね。桜君、にれ君」
「え、今日もその女の子を紹介してくれないんですか!?」
「いつかまた、おいおいね」
蘇枋くんは私の手を引くと、そそくさとポトスをあとにした。
===
蘇枋くんが私を公園に連れて来た理由は、すぐに理解できた。蘇枋くんは、街を歩いているあいだも私の手を握り、声を掛けてくる女の子全員に繋いだ手を見せて謝っていた。
ポトスで私に付き合ってと言ったのも、こういうことだったのかもしれない。
彼女っぽい女の子を連れて歩けば、他の女の子は近づかなくなる。蘇枋くんの作戦には効果があった。女の子からの視線は痛いが、話しかけてくる子みんなに私を理由に断っていくと、徐々に声を掛けられなくなってきていた。蘇枋くんの作戦は、概ね成功していると言っていいだろう。
しかし、連れ歩く女の子が、私でよかったのだろうか。
「だいぶ声を掛けられることも減って来たね。この調子で、女の子たちには察して貰えるといいんだけどな」
「だけど、連れ歩くのが私でよかったの?」
「オレとしても、風子ちゃんが恨まれるのは不安だな……。もしも、恨みを買って、何かされるようなことがあったら、すぐオレに相談してね」
「そうじゃなくて……。連れ歩くなら、もっと可愛い子がよかったんじゃないのかなって……」
「まだその話をするの?」蘇枋くんはむっと眉を顰めた。
蘇枋くんは、私の容姿は可愛いと励ましてくれた。なのに、またこの話を持ち出すのは、蘇枋くんのやさしさに対して失礼なのかもしれない。けど、それでも蘇枋くんの隣にいる女の子として選ばれるのは、役不足である気がしてならなかった。
「だって……」
「風子ちゃんには、他の女の子にはない、いいところがあるよ」
そう言えばポトスでも、私の長所を5つ上げるなら、外見は入らないと言っていた。ならば、蘇枋くんにとって、私のいいところとはどこなのだろうか。
「さっきも、私の長所を5つ上げるならって話をしていたよね。蘇枋くんから見て、私のいいところってどんなところ?」
「内緒」
「意地悪……。じゃあ、私も蘇枋くんの好きなところ5つ言うから、蘇枋くんも教えて?」
「風子ちゃんが考えるオレの好きなところなんて、教えてくれなくたってわかるよ。どうせ1位から5位まで“全部”でしょ」
「うっ……」
やっぱり蘇枋くんは、なんでもお見通しだ。きれいな顔立ちも、やさしいところも、意地悪なところさえ、全部大好き。どこが好きかに順位なんてつけられない。
もしもこんなふうに、蘇枋くんにも私の好きなところがあるなら、一つだけでも聞いてみたい。いつも意地悪されてばかりだが、一つでも私の好きなところが聞ければ私だって少しは自信が持てる。
「一つだけでいいから、教えてよ」
「どうしようかなぁ……。……ああ、そういえば」
蘇枋くんは、にやりと黒い笑みを浮かべた。また何かよからぬことでも思いついた顔だ。私が恐る恐る「なに?」と訊ねれば、蘇枋くんは「ブロックされたままなんだけど」と答えた。
蘇枋くんをブロックしてから数日が経つが、ブロックを解除するタイミングを逃していた。ブロックしてしまったあの日は、蘇枋くんに謝られるどころか、弄ばれて泣かされた。そのことについても、まだ蘇枋くんから謝られていない。なのに、こちらからブロックを解除するのも違うと思い、意地になっていた。それに、最近蘇枋くんは女の子に囲まれていたし、こちらからブロックを解除してメッセージを送る気にもなれなかった。
「蘇枋くんが謝ってくれたら、ブロック解除してもいいよ」
「どうしてオレが、風子ちゃんに謝らなくちゃいけないのかな?」
「はい!? だって、」
「寧ろ、謝るのは風子ちゃんじゃない? オレ、ブロックされて傷ついたなぁ」
何をふざけたことを言っているんだ。ブロックしたのは、そもそも蘇枋くんが心ないことをしたからだ。確かに思い返してみれば、山本くんを紹介しようとしただけでブロックしてしまったのは、やりすぎてしまったかもしれない。でも、その後蘇枋くんのしたことを考えれば、どちらが謝るべきかなんてわかりきっている。なのに、だ。
「ブロックして、ごめんなさいは?」
「どうして私が謝るの!? 蘇枋くんが悪いんだよ!? 謝るべきは、蘇枋くんのほうなだよ!! 今度ばかりは私だって折れないよ。蘇枋くんが悪いんだから、蘇枋くんが謝らなきゃだよ!」
「お利口にごめんなさいできたら、オレが風子ちゃんの好きなところを一つ教えてあげる」
「ごめんなさい!! 私が悪かったです!!」
私が即座に頭を下げると、蘇枋くんは「よくできました」と笑った。
理不尽だ。こんなの絶対間違ってる。だけど蘇枋くんには逆らえない。私は悔しさに唇を噛みしめながら、スマホを操作してブロックを解除した。
しかし不服ではあったが、ブロックを解除できたのはよかった。これでまた、蘇枋くんにたくさんメッセージを送ることができる。
「それで、蘇枋くんは私のどんなところが長所だと思うの?」
「う~ん、“勉強はできるのに、バカなところ”かな」
「それは長所じゃなくて、ただの悪口だよ!?」
「アハハハハ」
またそうやって、笑って誤魔化そうとする。これじゃあ、私の謝り損だ。
私が怒ると、蘇枋くんはいつも楽しそう。嫌なはずなのに、不思議と胸がぽかぽかした。これもきっと、私が蘇枋くんのことが好き過ぎるだからだ。
なのに、これだけ私が蘇枋くんが好きでも、蘇枋くんには私の気持ちなんてきっとこれっぽっちもわかってない。私はこんなにも蘇枋くんが好きなのに。
私がうつむいて不貞腐れていると、蘇枋くんは私の顔に手を近づけ、唇に触れた。
「蘇枋くん?」
「風子ちゃんの考えていることなんて、なんでもお見通しだよ」
蘇枋くんはそう言うと、私の唇に触れた指を引き戻し、そっと口付けた。
やっぱり蘇枋くんは反則だ……。勝てる気がしない……。
顔がぼっと爆発したみたいに熱くなる。蘇枋くんはそんな私の反応を見て、クスクスと笑っていた。また遊ばれている……。だけど嫌じゃない、寧ろ好き。蘇枋くんになら、ずっとこうして弄ばれていたっていいって思えるほど大好きだ。
「いた! 蘇枋くんだー!」
私が蘇枋くんにのぼせていると、また遠くから女の子たちが蘇枋くんのもとへと走って来ていた。よくよく見れば、その中には藤崎さんの顔もあった。隣に私という女の子がいようが、関係ないようである。可愛い女の子というのは強い。
「風子ちゃん。この先に、日本茶専門のキッチンカーが来てるんだって。お遣い行ってきてくれる?」
蘇枋くんはそう言い、私に財布を渡した。しかし、いいのだろうか。私は一応、蘇枋くんの隣にいる女の子としてここに来たはずなのだけど。蘇枋くんは私の体を反転させると、背中を押した。
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女の子にはあまり関心がなくて、顔を覚えるのが苦手だ。助けられた礼などを言われても、助けた相手の顔は一々覚えていない。
しかし、駆け寄って来た女の子の中でも、ぼんやりと顔と名前を覚えている女の子もいた。
風子ちゃんと同じ制服を着た女の子、名前は確か藤崎さんだ。風子ちゃんと藤崎さんの話によると、学校で藤崎さんは風子ちゃんの頭にジュースをかけ、風子ちゃんは藤崎さんの弁当を頭にかけてやり返したらしい。藤崎さんも、あの人畜無害そうな風子ちゃんがやり返してきのだから、さぞ驚いたことだろう。かくいうオレも、風子ちゃんには驚かされた。
「やあ、」オレが女の子たちに笑いかけると、女の子たちは不満そうに眉間にしわを寄せていた。
「蘇枋くん、またあの子といたでしょ!」
あの子というのは、風子ちゃんのことだろう。女の子たちは、風子ちゃんの存在を疎んでいるようである。それもそのはずだ。オレも彼女たちの気持ちを理解できないわけではない。彼女たちがオレに好意を寄せているからには、風子ちゃんを疎むのもわかる。何故ならオレは、以前からはっきりと話していた。
「一緒にいるのは当然だよ。オレの好きな女の子だからね」
「またそんな嘘つく!」
はっきり言っているのに、全く信じてもらえない。風子ちゃんもそうだが、オレの話は女の子に信じてもらえない。名前を偽ったり、連絡先がないとホラを吹いたりしているうちに、いつしか本当のことを言っているのに、信じて貰えなくなってしまったようだ。
「どうせあの子をそばに置いているのだって、鬱陶しい女を追い払うためでしょう?」
「アハハハ! そんなことはないよ。オレは、心から風子ちゃんのことが好きだよ。自分の部屋に閉じ込めておきたいくらいには」
「絶対嘘!」
自分でも呆れるくらい、自分の言っていることが嘘くさくて可笑しかった。本気で言っているつもりなのに、本音を言おうとすればするほど嘘くさい。だって、オレが女の子に執着するなんて、オレですら信じられない。
「だってあんな女の子、蘇枋くんが好きになるわけないじゃん。全然釣り合ってないし」
オレが風子ちゃんを好きだというと、何故か女の子たちは釣り合っていないという。それが不思議でならなかった。
風子ちゃんは外見を着飾ったりはしないけど、容姿が他の女の子たちよりも劣っているわけではない。というか、どんな女の子よりも可愛い。
女の子たちからすれば、風子ちゃんと同じ学校の藤崎さんのような女の子が、オレには相応しいらしい。そんなことを、風子ちゃんも言っていた。
「相応しいねぇ……。君たちは、自分たちのほうが、風子ちゃんよりもオレに相応しいと思っているんだったね」
「当たり前でしょ! 蘇枋くんも、あんな地味で冴えない女の子なんかで妥協してたら、もったいないよ!」
「妥協と来たか~」
女の子は、面白いことを言うなぁ。
オレは女の子たちに笑いかけると、その辺に落ちている枝を拾って見せた。
「どうしたの?」
「君たちは、オレに相応しいんだよね?」
オレは大きく振りかぶり、枝を遠くへと投げた。女の子たちは呆然としたまま枝を見送り、誰もが困惑した表情を浮かべていた。
「どうしたの? 行きなよ」
「行くって?」
「オレに相応しいなら、犬みたいにあの枝拾っておいでよ」
女の子たちは、顔から血の気を引かせて、オレとオレが投げた枝を見比べた。もちろん、オレが投げた枝を拾いに行くような女の子は一人もいない。女の子たちは、正気を疑うような顔していた。それもそのはずだ。オレは女の子たちから、やさしいと思われている。オレも、極力女の子にはやさしくしているつもりだ。だけど、オレの本性がやさしくて善良な人間かといえば、そういうわけではない。
「アハハハハ! ごめんね。みんなの思い描いているような、やさしい王子様じゃなくて。オレ、こういう人間だから」
「蘇枋くん、これもいつもみたいな冗談だよね?」
オレはにっこり笑って、近くの池を指さした。
「次は池に、投げるから」
「え?」
「もしもまだ、風子ちゃんよりも自分こそがオレに相応しいって言うなら、今度は池に投げられた枝を拾ってきてね」
女の子は顔を見合わせると、「行こう……」と言ってオレの前から逃げ出した。どうやらもう、池に枝を投げる機会はなさそうだ。全員逃げたかと思えば、一人だけ残っている女の子がいた。
「えっと、藤沢さんだっけ?」
「わざと間違えてる?」
藤崎さんはむっとオレを睨み、オレは肩をすくめた。
「こんなことしていいの? せっかく女の子からモテてるのに。こんな最低な真似したら、噂は一気に広がって、女の子たちから嫌われるよ」
「オレは風子ちゃん以外の女の子からなら、どう思われても気にならないかな」
「……もしかして、鈴木が女の子たちから疎まれるくらいなら、自分が嫌われたほうがいいとでも思ったの?」
「女の子から恨みを買うと、風子ちゃんも大変そうだからね。例えば頭からジュースをかけられたり、とか」
藤崎さんは、これまで可愛らしい女の子の顔を見せていたが、表情を一変させ、オレに背を向けた。
多くの女の子はオレに幻想を抱いている。でも、実際のオレは、女の子が思い描くような王子様なんかじゃない。きっとオレの本性を知ったら、みんな幻滅するだろう。さっき枝を投げて、拾って来いと命令したときのように。女の子や善良で力のない相手には、できるだけやさしくありたいと思う。でもオレの本性は、そんな外面では隠せないほど冷淡だ。
例え、本当の自分を隠して女の子と付き合ったところで、遅かれ早かれオレの本性は見抜かれる。
……風子ちゃんだって、たぶんそれは例外じゃない。
風子ちゃんだって、オレの全てを知ったら、きっと……。
「蘇枋く~ん!」
両手にカップを持った風子ちゃんが、手を振ってこちらに戻って来た。風子ちゃんの平和ボケした笑顔を目にするだけで、心がほっとする。
今すぐ抱きしめて、好きだよって言って、付き合ってってお願いしたら、きっと風子ちゃんなら何でもオレが望むものをくれる。
触れたい、全部が欲しい。
冗談めかして、軽いノリで付き合ってみないかと聞いてみたけど、冗談なんかじゃやっぱり信じてもらえなかった。冗談で、軽いノリで付き合うことができたら楽だった。だけど本気で求める勇気なんて、オレにはない。
どうせ付き合ったところで、いつかオレの全てを知ったら、風子ちゃんだってオレのもと離れて行く。
だったら最初から、このまま変わらない距離でいい。そのほうが、いつか離れる時も傷は浅い。
「蘇枋くん? どうしたの? 顔色が悪いよ」
「……なんでもないよ」
いつかオレのそばを離れてしまうとしても、今はちゃんとここにいる。風子ちゃんの頬に触れると、風子ちゃんは不思議そうに首を傾げた。その表情が可愛くて、つい唇を重ねたくなるけど、付き合ってもいないのだから、そんなことをしたらまた風子ちゃんを怖がらせてしまう。
このままの距離でいい。このままの関係でも、十分幸せだ。
「女の子たちは?」
「平和的に話し合ったら、あの子たちもわかってくれたみたいだったよ」
「そうなんだ! よかったね、蘇枋くん」
「ところで、風子ちゃん」
オレは足元の枝を拾うと、もう一度遠くへ投げて、ニッコリと笑って見せた。
「あの枝、拾ってきて欲しいな」
「は!? 嫌だよ!?」
「風子ちゃんはお利口なワンちゃんだから、上手に枝拾ってこられるよね」
「私、犬じゃないよ!?」
「残念。上手に枝を拾ってこられたら、ご褒美に頭を撫でて褒めてあげるのになぁ」
風子ちゃんはちょっと間を置くと、両手に持ったカップをオレに手渡し、オレの投げた枝のほうへと走って行った。風子ちゃんは、バカだなぁ。枝を拾った風子ちゃんは、顔をちょっと赤らめてオレのほうに戻ってくると、拾った枝をオレに差し出した。まるで飼い主と遊んでいる犬みたいだ。もしも風子ちゃんに尻尾が生えていたなら、今頃ブンブン尻尾を振っていただろう。
「はい。枝、拾って来たよ」
「ありがとう。枝はその辺に捨てておいてくれるかな」
「いいけど、ご褒美は!? 頭を撫でて、褒めてくれるんじゃなかったの!?」
「アハハハ! 気が変わっちゃった」
「蘇枋くん!」
風子ちゃんは目をつり上げて怒る。風子ちゃんはこんなに可愛いのに、どうしていつも他の女の子と比べて劣等感なんて感じてしまうのだろうか。
オレのことが大好きで、オレが少しからかうだけで、泣いたり、笑ったり、怒ったり、コロコロ表情を変えてしまう女の子。こんなに遊ばれているのに、それでもオレのことが嫌いになれないなんて、本当にバカな子だ。
「そういえば、蘇枋くん。ブロック解除したから、連絡先を教えて欲しいんだけど」
「連絡先?」
「ほら、山本くんの」
そう、風子ちゃんは、とてもとてもバカな子だ。何度オレに遊ばれても懲りなくて、そして平然とオレの地雷を踏んでいく。
「前も言ったけど、ブロックしたのは、山本くんが嫌だったからっていうわけじゃないよ。あれは蘇枋くんに頭が来ただけ。だから、あの時聞きそびれちゃった山本くんの連絡先を教えて? 私も山本くんの、その後の怪我の具合が気になってたし」
いやいやいや、おかしいでしょ。オレは持っていたカップを風子ちゃんに持たせると、風子ちゃんの両頬を挟むように顔を掴んだ。
「山本くんの怪我の具合が気になってたって……、風子ちゃん、オレ以外の男のこと考えたの?」
「え!? で、でも、山本くんを紹介したの蘇枋くんだよね!?」
「オレが紹介したからって、風子ちゃんはオレ以外の男のこと考えて、しかもオレ以外の男と連絡取りあおうとしちゃうの?」
「理不尽……ッ!!」
山本くんに風子ちゃんの連絡先を聞かれたときは、ぼんやり不快感はあった。けれど、そんな不確かな不快感で拒否するのも幼稚だと思って承諾した。だが今は違う。不快感どころではなく、全身から明確な拒否反応が出ている。
「山本くんには、オレから丁重に断っておいたから大丈夫だよ。怪我も順調によくなっているから、安心して頭の中から山本くんの存在を消してね」
「でも……」
「でもじゃないよ」
オレは風子ちゃんの手を取って指に口づけると、耳元に唇を寄せて囁いた。
「風子ちゃんは、オレのことだけを考えていれば幸せだよね?」
「なんか、そんな気がしてきた……」
「うん! そうだよ、そうだよ」
風子ちゃんが血迷わなくてよかった。風子ちゃんはオレのものなんだから、他の男のことなんて考える時間は必要ない。オレ以外の男のことを考えるなんて、それだけで浮気同然だ。
オレに近づく女の子は、風子ちゃんが隣にいることで離れてくれた。でも風子ちゃんの場合は鈍感だから、男が好意を向けて近づいて来たって気づかないだろう。
「いっそ、この首にリード付けて歩けたらいいのにな……」
「リード?」
「ううん。なんでもないよ。あっちにベンチがあるから、お茶飲もう?」
オレが「おいで」と言うと、風子ちゃんは子犬のようにオレの後ろをついて歩いた。
===
「すげぇ可愛いじゃん」
品のない低い声が耳を舐め、私はうんざりと声のほうを睨んだ。蘇枋隼飛と鈴木のせいで、ただでさえ苛ついてるというのに。蝿は蝿らしく、汚物にでもたかっていればいものを、何を身のほどを弁えずにこの私に話しかけているのだろうか。
藤崎さんは可愛くて羨ましい。
小さい頃から、腐るほど言われた。容姿がいいというのは、人生において大きなアドバンテージだ。だが、こういった輩に絡まれやすいというデメリットも抱えている。
「藤崎、また絡まれてんじゃん。モテて羨ましいわ~」
取り巻きの女たちが鼻で笑う。そこに嫉妬や羨望といった感情はない。こんなルックスもスペックも底辺の男どもに好かれたところで、何の足しにもならないのだから当然だ。
「仕方ねーな。ボウフウリンの奴呼んできてやるから、ちょっと待ってな」
「は? あんな奴ら呼んだところで、寄ってくるのがゴミがカスになるだけでしょ」
「ウケる、辛辣すぎんだろ。いいから待ってな」
取り巻き達が散り散りになり、ボウフウリンを探しに走る。
どうせボウフウリンの連中を探してきたところで、状況はさほど変わらない。これまでも同じようにくだらない男に絡まれて、ボウフウリンが男たちを追い払ってきた。だが次には、ボウフウリンの男たちから連絡先を聞かれる。結局は、暴力で脅すか、助けた恩を押し付けて来るかの違いに過ぎない。
生まれ持った美しい容姿は便利だ。それは否定しない。この容姿のおかげで、男なんて思い通りになるし、女だって友だちにするならブスよりも可愛い方がいい。女として生きるからには、容姿の良さはそれだけで地位になる。進学校に入学する前は、この容姿だけで常にカースト上位に君臨できた。
だけど、街を歩けばこうしてゴミクズに絡まれる。あんな蝿のような底辺の男と、この私が釣り合うはずもないのに。
だから蝿たちを追い払うための虫よけが欲しかった。蘇枋隼飛は、最適な人間だった。ケンカが強くて、顔が良くて、その上やさしくて、女から人気もある。彼氏として連れ歩いても私に見劣りしないし、取り巻きたちからも羨ましがられるような、丁度いい相手だった。
なのにあいつは、鈴木とかいうくだらない女を選んだ。どうせ私は、蘇枋隼飛に何かをもたらすつもりもなかった。それが見抜かれていたのだろう。男にとっては、鈴木のように言いなりになる女のほうが都合がいい。だから私ではなく鈴木が選ばれた。
好きだの、恋だの、愛だのなんていうのは、全て幻想だ。男女の付き合いなんて、所詮互いに求める条件の合致でしかない。私は男に何も捧げる気はないけれど、私を連れ歩いているだけで他の男よりも優位に立てる。蘇枋隼飛が鈴木を隣に置いているのは、私と同じ虫よけのためだと思っていた。だったら、同じ虫よけにしても、私のほうがずっと優れている。しかし蘇枋隼飛が女に求める条件はそれではなかった。鈴木が好きだと言っていたが、どうせそれも建前にしか過ぎないのだろう。
男なんて、どいつもこいつもクソだ。
「可哀想になぁ、友だちにまで見捨てられちゃって」
「うっせぇな。つーか、お前口臭ぇんだよ。喋んなクソ」
「きっつ~! いいね、いいね。オレたち、君みたいな気の強い女の子と遊ぶの大好き」
不良たちはニタニタと笑って、私を取り囲む。あたりを見れば、近くを何人かサラリーマンや学生が通っていった。この容姿だとよく絡まれるが、その辺の男が勝手に助けてくれることも多い。先ほどから通行人と何度か目が合っているが、今日は運が悪いらしい。
「ここだと邪魔が入る。場所を変えて遊ぼうぜ?」
不良の一人が手を掴んだ。面倒なことになってきた。人目のつかない場所に連れていかれれば、助けを求めることもできなくなる。いっそここで叫ぶか。私が叫べば、その辺の男も放っておかないだろう。
私が可愛らしく悲鳴を上げようとすると、ようやく見慣れた学ラン姿の男たちが近づいて来た。
仕方がない。またあいつらにでも助けさせるか。どうせ助けたらまた連絡先を聞かれるのだろうが、適当にあしらうのにも、もう慣れている。
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「蘇枋くんと釣り合う女の子になりたいんだよ」
田中ちゃんは、私には見向きもせず、食べ終わったお弁当箱を閉じながら、「なれば?」とぞんざいに返した。友人に対してあるまじき態度であるが、話を聞いてくれるだけ、まだ感謝すべきなのだろう。ここで態度を改めるべきだと言えば、おそらく話すら聞いてくれなくなる。
先日、蘇枋くんは、蘇枋くんに近づいて来る女の子たちときちんと話し合いができたらしく、蘇枋くんに女の子が近づいてくることは減った。以前のように蘇枋くんに話しかけやすくなったのはいい。だが、依然として私の中には課題が残されたままだった。
「蘇枋くんは、気にすることないって言ってくれたんでしょ?」
「蘇枋くんが気にならなくても、私は気になるよ」
蘇枋くんは、すれ違う女の子を振り返らせるほどのイケメンだ。此度の一件もあって、思い知らされた。蘇枋王子は非常に、あるいは非情によくモテる。こんな地味で冴えないままでは、その隣を歩くのはいたたまれない。
そもそも勉強ばかりで、自分を磨くことに尽力してこなかった自分の責任なのだ。恋愛がしたいのなら、いつまでも勉強に逃げていないで、現実と向き合うべきだ。
「蘇枋くんは気にしないって言うけど、実際に化粧して可愛くなれたら、女の子扱いしてくれるかもしれない」
先日なんて、木の枝を投げて取って来いと言われた。もしも私がおしゃれで可愛い女の子だったら、きっとあんな扱いも受けなかったのだろう。
「つまり、蘇枋くんに可愛いと言われたいと」
「言われたい……ッ! 切実に……!」
蘇枋くんが可愛い女の子に囲まれているとき、私は卑屈になっていた。だけどそもそも努力を怠っているのだから、卑屈になる資格もない。生まれ持った容姿を嘆く前に、まずは自分なりにベストを尽くすべきだった。
「というわけで、田中ちゃん。私に化粧の仕方を教えてください」
「知らんし」
「そんなぁ……」
まずは座学からと思い、基礎的な知識を頭に叩き込もうとした。だけどそもそも化粧に興味がわかなくて、何も頭に入ってこなかった。全部頭に入れようとしても、何も身に付かない。だがネットの動画などを見るかぎり、最低限必要な道具や工程さえ理解できれば、再現はできそうだった。
「なんか奢るから、教えてよー」
「自分のはなんとなくできるけど、他人に化粧なんてしたことないし」
「そんなこと言わずに。一応化粧品は買い揃えてみたんだよ」
私は、自分なりにネットで調べて買い漁った化粧品を机に並べた。評判がいいものだから、間違ったものは買ってないはずだ。
「何これ……」
私が買い漁った化粧品を並び終えると、その中からアイシャドウがつまみ上げられる。聞き覚えのある声に恐る恐る顔を上げれば、あの藤崎さんが冷たい目で、私と、私が並べた化粧品を見下ろしていた。
「アンタ、こんなの使ってんの?」
「これは、その……。自分なりに、なんとかやってみようとして……」
藤崎さんは私の顔を掴むと、じっと見つめて舌打ちをした。藤崎さんは相変わらず顔が可愛い。だけど、美人の不機嫌な顔は恐ろしい。
「こんなんで、少しはマシになれるとでも思ったの?」
きっつ……! 以前よりも増して、言葉が鋭利で切れがある。化粧をしたところで藤崎さんのようには可愛くなれない。藤崎さんの言葉は私が気にしているところをピンポイントで攻撃し、心をえぐった。
藤崎さんが言うとおり、私がいくら努力したところで無駄なのかもしれない。でも少しくらいなら、可愛くなれるかもしれない。蘇枋くんに可愛いと言ってもらえるためなら、そのほんの少しの可能性に縋ってみたかった。だが藤崎さんは、そんなわずかな希望すらも打ち砕こうというのだろうか。
「アンタ、パーソナルカラーって知ってる? ていうかこのビューラーも、アンタの目の形にあってないし。これも、これも全然ダメ。全部ゴミ」
藤崎さんはそういうと、私がせっかく揃えた化粧品をすべて薙ぎ払った。私が慌てて落ちた化粧品を拾おうとすると、藤崎さんは私の首根っこを掴んで座り直させ、机にドデカい化粧ポーチを叩きつけた。
「鈴木、ちょっとツラ貸せ」
「はい……?」
私の顔を掴んだ藤崎さんは、化粧ポーチから何かを取り出し、ペタペタと私の顔に塗り始めた。藤崎さんの化粧ポーチは、似たような化粧品がたくさん入っていた。同じようなリップだけでも10本くらい入ってそうで、私にはその違いがわからない。でも藤崎さんにとっては、きっとどれも違うものなのだろう。ネットの動画でも、こんなふうにたくさん化粧品を揃えている人がいた。藤崎さんのポーチにはたくさん化粧品が入っているけれど、きっとそれも選び抜かれたほんの一部でしかない。これまで新作の化粧品を試しては選び、失敗したこともあったはずだ。藤崎さんの化粧は、その集大成だ。
「もしかして、私に化粧しようとしてくれてる……?」
「うっさい」
「蘇枋くんのことは、もういいの……? ほら、こういうの敵に塩を送るっていうか」
「はあ? あんな性悪ドS男のことなんて、もうどうでもいいし」
「性悪って……、蘇枋くん、藤崎さんに何かしたの?」
確かにちょっと藤崎さんを睨んでいたような気はするけれど、あれだけでは蘇枋くんの性格が悪いことはわからないはずだ。蘇枋くんの性格の悪さは、普段は表面上のやさしさに包み隠され、ちょっとやそっとバレないはずだ。
「まあね」
「蘇枋くん、何したの?」
「別に大したことじゃない。もうどうでもいいから、あんな奴」
「そうじゃなくて……」
胸のあたりが、ちょっとモヤモヤする。蘇枋くんに藤崎さんが被害を受けたのではないかと心配もした。だけど、それとは別に胸がモヤモヤする。
蘇枋くんは、女の子に対していつもやさしい。だからなのか、女の子たちは蘇枋くんが意地悪で性格が悪いことを知らない。蘇枋くんが意地悪をしたり、弄んだりするのは私だけ。それが嫌でもあったし、普通の女の子みたいにやさしくしてほしいとも思っていた。
でも、いざ蘇枋くんが私にしたみたいな意地悪を他の女の子にしたり、性格が悪い本性を見せたりしたのかと思うと、それはそれでモヤモヤする……。
たぶんちょっとした嫉妬だ。私がむっと眉間にしわを寄せると、藤崎さんは「化粧しづらい」と言って、眉間にデコピンをした。
「鈴木ってMなの? 普通、あんな性悪男堪えられないでしょ」
「Mではないよ。だけど、ああいう性格が悪いところも含めて、蘇枋くんのことが好きだから」
弄ばれてると腹が立つことも多いけど、でも意地悪で性格が悪い蘇枋くんも、まるごと全部好き。悪いところがなくなったら、一緒にいるのは楽になるかもしれない。でも蘇枋くんから悪いところがなくなったら、それはそれで少しさみしい気もする。
「私はあんな性悪男、絶対無理。……だけど、」
藤崎さんはアイシャドウの蓋を閉じると、少し顔を赤らめて口ごもった。
「鈴木。アンタに化粧を教えてあげる。だからかわりに、一つアタシの言うこと聞きなさい」
「藤崎さんの言うこと……?」
藤崎さんは蘇枋くんのことを性悪男だというが、藤崎さんも大概だ。方向性は違うが、蘇枋くんとは違う意味で、藤崎さんも性格が悪い。その藤崎さんが言うことを聞けと言うのだから、二言返事はできない。
「嫌なら、この化粧の仕方教えてあげないけど」
藤崎さんはそう言うと、鏡を開いて私の顔を見せた。
「すごっ! 私じゃないみたい……」
近くで見ていた田中ちゃんも、「藤崎、すげぇな」と感心していた。
顔のパーツは変わっていないはずなのに、印象が全然違う。華やかでいて、品がある。自分の顔でも、可愛いと思えた。
「顔立ち自体は悪くないから、大したことはしてない。これくらいなら、鈴木でもできる。つーかまだ終わってないから、顔貸せ」
藤崎さんは強引に私の顔を掴むと、化粧を続けた。
藤崎さんは、これまで努力して化粧の腕を磨いて来たのだろう。それを私に教えてくれるという。
「どういう風の吹き回しですか?」
「無償で教えてやるとは言ってない。教えてやるから、私の言うこと聞けつってんの。……あと、」
「あと?」
「……人を好きになる気持ち、私もちょっとはわかったから。だから協力してあげる」
藤崎さんは蘇枋くんが好きだったのだから、人を好きになる気持ちも最初から知っていたわけではないのだろうか。しかし言われてみれば、蘇枋くんを好きだった藤崎さんと、今目の前にいる藤崎さんは何か違うような気もする。蘇枋くんを好きだったころより、今のほうが柔らかいような……。
「鈴木、動くな。ブスに戻すぞ」
そんなことはないかもしれない。
でも、こうして私に化粧を教えようとしてくれるのだから、藤崎さんなりにも心境の変化があったようである。
「はい、完成。地味な鈴木がここまで化けるとはね。我ながら自分の腕が恐ろしいわ」
「おお~」
改めて鏡で自分を見て感動した。まるで一軍の女の子みたいだ。人は化粧でここまで変わるのか。
藤崎さんは使った化粧道具を並べて、写真を撮った。どうやら使った化粧品の写真を送ってくれるようである。藤崎さんは私のスマホを奪い取ると、手早く自分の連絡先を登録し、撮った写真と化粧の参考になる動画を送った。
「それで、私は藤崎さんに何をすればいい?」
これだけのことをして貰ったのだ。私も藤崎さんには恩返しがしたい。もちろん、藤崎さんが怖いから逆らえないという理由ではない、決して。
「蘇枋隼飛から、聞きだして欲しい人がいんの。ボウフウリンの人で有名っぽいから、たぶん蘇枋も知ってると思う。さすがに連絡先までは知らないとは思うけど、どういう人なのかとか、……どういう女の子が好きなのかとか、とにかくその人の情報が欲しいっつーか」
「その人の名前は?」
「……柊さんって、呼ばれてた」
柊さん。聞いたことのない名前だ。
だが、田中ちゃんは違ったようで、柊さんの名前を聞くと、飲みかけのジュースを吹きかけた。
「柊って、マジかよ藤崎……」
「田中ちゃん、柊さんって人のこと知ってるの?」
「ボウフウリンの柊って言ったら、四天王の一人だろ。ボウフウリンで一番偉いのが総代の梅宮。で、次に偉いのが四天王の4人。柊なんて、その中でも武神って呼ばれてるやばい奴だぞ」
藤崎さん、とんでもない相手を好きになったな。藤崎さんは、柊さんという人をやさしいと言っていた。だが四天王なんて、どう考えても危ないし、武神と呼ばれるほどとなれば、血の気の多い人なのではないだろうか。ボウフウリンのイメージが蘇枋くんに偏りつつあるが、街をパトロールしているボウフウリンの人は強面の不良ばかりだ。柊さんという人は、本当にお近づきになっても大丈夫な人なのだろうか……。
「何? 柊さんに、なんか文句あんの?」
「文句があるも何も、知らないからなぁ……。まあ、どういう人なのかも含めて、蘇枋くんに聞いてみるよ」
「言っとくけど、蘇枋には、私が柊さんのこと気になってるって言うなよ! 四天王なんてすごい人を好きなんて、私じゃおこがましいとか思われたくねーし……」
ちょっと驚いた。藤崎さんくらい可愛い人でも、こんな風に自信がなくなることもあるのか。藤崎さんみたいな可愛い人に好かれたら、どんな男の人でも嬉しいと思う。でも藤崎さんにとっては、柊さんという人が憧れで、自分には手の届かない存在のように感じるのかもしれない。
「藤崎さんなら、おこがましいとか絶対ないよ。そんなに可愛いんだから、自信を持って!」
「でも、私は外見だけで、中身空っぽだし……」
「中身が空っぽな人は、こんなすごい化粧できないよ。可愛くしてくれて、ありがとね」
藤崎さんは、性格はきついけど、化粧の腕をここまで磨いた努力家だ。それに私に化粧を教えてくれたやさしさだって持っている。そんな人が、中身が空っぽなわけがない。
「……私が化粧したんだから、可愛くなって当然でしょ。もう誰にも不釣り合いなんて言わせないっつーの。その顔なら、蘇枋にも可愛いって言って貰えるんじゃないの?」
「うん! 今日、蘇枋くんに会いに行ってくる! 柊さんって人のことも、聞いてみるよ」
藤崎さんが言うとおり、この化粧をしている顔なら、ちゃんと蘇枋くんに釣り合うような女の子になれただろうか。
藤崎さんが化粧をしてくれてからは、蘇枋くんに会いに行くのが楽しみで、ガラスに顔が反射するたびに期待で胸がいっぱいになった。藤崎さんはお世辞を言ってくれるような人じゃないから、藤崎さんが言ってくれると自信が持てるような気がした。
授業が終わり、私は田中ちゃんに別れを告げて学校を飛び出した。向かうは蘇枋くんがよくいるポトス。会いたいとメッセージを送れば、ちゃんと既読がついた。パトロールで忙しいかもしれないけれど、きっと合間にでもポトスに寄ってくれるはずだ。
私が意気揚々とポトスへ向かっていると、「ねえ」と知らない声に呼び止められた。
「君、可愛いじゃん」
見るからに不良といった男が7人。足を止めた私の前にまわり、あっという間に囲まれていた。
漫画とかドラマとかでよく見る、可愛い女の子が不良に絡まれるやつだ。地味な私にとっては無縁だったが、どうやらこれも藤崎さんの化粧効果らしい。とはいえ、これはあまり嬉しくはない効果なのだが。
「名前は? 俺たち今暇してんだけど、一緒に遊ばない?」
丁重に断ったところで、話を聞いてくれる相手でもないだろう。
なんとか逃げられないか辺りを見回したが、男たちの隙間からかいくぐって逃げることは難しそうだ。
「ねえ、いいよね。ちょっと付き合ってよ」
男たちがじりじりと距離を詰める。街でも何度か不良に絡まれている女の子をみかけたが、可愛い女の子はいつもこんな怖い思いをさせられていたのか。大声を上げて助けを呼ぼうにも、喉が詰まって声が出ない。
助けを呼ばなくちゃ。
慌ててスマホを取り出すと、不良たちは「彼氏でも呼ぶの?」と嘲笑った。普通の彼氏を呼んだところで、不良7人も相手にしたら返り討ちに遭うだけだ。
だけど蘇枋くんなら……。
蘇枋くんに電話をかけようとしたが、指が止まった。
もしもこの人たちが蘇枋くんよりも強かったら……? もしも助けを求めて、蘇枋くんに怪我をさせたら? 私が助けを求めたら、迷惑をかけてしまうんじゃないだろうか……。
蘇枋くんには、迷惑をかけたくない。
私は蘇枋くんの連絡先の画面を閉じた。しかし警察に電話したところで、警察の到着は遅い。おそらく助けを求めたところで無駄だ。
「彼氏呼ばないの? まあ、呼んだところで、この人数相手じゃなぁ?」
「だけど助けを呼ばないってことは、俺たちの相手をしてくれるってことで、いいんだよな?」
いいわけじゃない。だけど、蘇枋くんには、迷惑をかけたくない。しかし、助けも呼べないのなら、なんとか自力でこの場を切り抜けなくては。
「どいて」男を押しのけて通ろうとしたが、男の1人を押してみたもののびくともしない。こんな不良なんかに負けたくないのに。涙が出そうになったが、奥歯を噛んでこらえた。
蘇枋くん以外の男なんて、泣かされない。
「どいて……!」
もう一度言って睨み上げようとすると、目の前にいた男が視界から消えた。
かわりに視界に入って来たのは、白と黒のツートンカラーの髪と、金色の瞳。
私はこの男の子を、知っている。何度かポトスですれ違ったことがある。蘇枋くんが呼んでいたから、名前だって知っている。
「桜くん……?」
私が名前を呼ぶと、桜くんは驚いて顔を上げ、気恥ずかしそうに頬を赤らめた。