私の参加の1年前の北総台地。
他党派から「単ゲバ」として
避けられていたあるセクトが
ある。「単ゲバ」とは単純に
常に暴力行使が先に立つとい
う新左翼業界の揶揄言葉だ。
中核派OBと話していて「あの
子はどこのセクトだったの?」
と問われ「やつは○○派だよ」
と言うと「あ~ん・・・」と
いうあきれ顔というのも最近
あった。
中核派や解放派にもゲバルト
をかけていたセクトだからだ。
無論革マルではない。BUND
系。
全員手斧所持での集会参加の
時代の話だ。
狂犬のように暴れまくるので
他党派は「巻き込まれたくな
い」として集会などでもジワ
リジワリと集団着座の位置を
離して行く。
1968安田砦前での各セクトの
配置写真を見ると光り輝くヘ
ルメット集団の周囲のみ隙間
がゴワッと空いているのが看
取できる。
そのセクトは、ゲバルトの時
は対機動隊戦でも内ゲバでも
指揮官は短い脇差程度の長さ
の鉄パイプを持っていた。
これは対敵ゲバルトの為では
なく、戦闘から逃げ帰ろうと
する味方部隊員をぶん殴る為
だった。
そして、ゲバルトにおいては、
元兄弟セクトに対しても容赦
なかった。
この8~9年後においては、そう
した戦闘指揮官の短パイプは無
くなっていた。戦闘指揮はとて
も厳しかったが、節度はあった。
だが、超党派混成部隊の出撃前
に別党派の歴戦の長がボソッと
言う。
「きょうは○○派が主軸だから
きつくなりそうだなぁ」と。
それでも短パイプ時代とは統制
内容は異なる。
ある現地戦闘において、夜襲で
叩きのめして路上に転がる紺色
甲冑兵の顔面に火炎瓶を叩きつ
けようとしたら、指揮官が腕を
掴んで「殺すな!」と制止する。
征圧目的で敵部隊の殺害目的で
はない作戦だからだ。
また、激突前線で部隊行動から
突出して業火を乗り越えて敵紺
色戦闘服部隊に突撃しようとし
たら、襟首を掴まれて部隊に引
き戻される。
紺色兵は直に至近距離から頭部
狙いでランチャー水平撃ちだ。
瞬間的に首を傾けてよけると髪
がチリチリと焼ける。落下後に
火を噴くネズミ花火と呼ばれた
スコーン状態ではない。実際に
は。炎が飛んでくる。
後ろの検問中車両に命中してド
ン!と火を噴く。火炎瓶による
ものではない。検問車両の中の
ゼッツーが炎に包まれる。
白兵乱戦はまだ続くが、圧倒的
多数の攻撃部隊の勝利的展開と
なっている。
また、丘上の紺色兵宿舎夜襲の
際には、直撃したら死ぬという
程の石を崖上から投げ落として
来る。まるで赤坂城、千早城の
戦いのように。
ある時には・・・
というのが私の時代の国内の
局所的現場だった。管制塔占
拠から1年後の時代もそれだ
った。