教室ではみんなプログラミングを楽しんでいるのに、学校外のプログラミングイベントには女子の姿が見えない――、そのギャップが社会課題だと気付いた田中沙弥果さんは、女子中高生にプログラミングを教えようと動きだした。そうした活動を通して見えてきたのは、ジェンダーギャップの改善を阻む障壁の数々だったという。インタビューの2回目では、女子を理系進学から遠ざけるものについて聞いた。(全3回)
構造改革の必要性を政府に提言
――田中さんは女子中高生向けのプログラムイベントをきっかけに、2019年にはNPO法人Waffle(ワッフル)を設立されました。
みんなのコードを卒業した後、女子学生100人を集めたSDGs関連のプログラミングワークショップを企画しました。協賛企業を募ったり、集客方法を考えたりと準備に追われていることをツイッターでつぶやいたら、共にWaffleの活動を進める斎藤明日美からダイレクトメッセージが来て「ちょっと話そう」と誘われたんです。状況を伝えたら、「手伝う」と言ってくれて。当時、彼女はIT企業でデータサイエンティストとして働いていて、業界に女性エンジニアが少ないことを課題に感じていたんです。そこで女子学生100人向けのワークショップを手伝ってもらったところからご縁ができました。
――団体名「Waffle」の由来を教えてください。
「Women AFFection Logic Empowerment」の頭文字から取りました。女性を愛情深く支援しつつ、ロジカルな部分もちゃんと入れながらエンパワメントしたいという想いが込められています。現在、フルタイムのスタッフ、業務委託、ボランティアを含め25人ほどで運営しています。
――この11月に3年目を迎えたそうですが、この間、どんな手応えを感じていますか。
Waffleのプログラムに参加して進路を変更した学生が少しずつ出てきましたし、中高生もIT系の進路への興味や関心が高まってきています。
21年には内閣府の「若者円卓会議」の有識者委員を務めました。そこでは、ITおよびSTEM分野で活躍する女子学生を増やすためには、政府からの構造的な改革が必要だと述べました。その後、政府の「骨太の方針2021」では、Waffleほかが提言した内容が、是正措置として明記されるなど、初年度からしっかりと発信できていると思います。
「理系は無理」と思わせるバイアス
――女子がIT分野を志向しない理由はどこにあるのでしょうか。
工学部や理学部に女子学生が少ないのは、女子が理系を苦手とするからではありません。それは国際的な学力調査の結果を見ても明らかです。理由はもっと他にあり、いくつもの要因が複雑に絡み合っています。
一つはジェンダーバイアスです。進路指導の際、先生や親が「女子は理系に行っても、就職が難しい」と言うなど、理系進学が応援されない環境があります。こうした話はいまだ多くの学生から聞くので、まだまだ障壁があるのだなと思います。
もう一つは、理系進学やプログラミングに対するステレオタイプがあるように思います。「私は数学が苦手だから理系に行けない」と制限をかけてしまっている生徒や、「理系の中でもずば抜けてできる人しか、IT系の仕事には就けない」と思っている生徒は少なくありません。
一度文系を選択したら「自分はもうIT系には行けない」、理系を選択しても「優秀な人だけがIT系に行く」との思い込みが根強く、その結果、IT系の進路が女子の視界から外れてしまうのです。そうなると工学部や理学部の女子学生比率が低くなり、その事実がさらにステレオタイプを強化してしまいます。
――プログラミング教室「Waffle Camp」は自治体とコラボして開催しています。「なぜ女子限定なの?」「男子も参加できないか」という声はないのでしょうか。
正直あります。でも、男子よりもプログラミングを学ぶチャンスが少ない女子に、機会を与えたいという話を自治体や団体の担当者に根気強く説明しています。教育委員会にせよ男女共同参画の部局にせよ、IT分野のジェンダーギャップ解消に理解のある担当者をもっと増やしていきたいと思っています。
地域の持続可能性に危機感を持つ自治体の中には、「若い女性にITスキルを身に付けてもらうと、あなた方の地域に長く女性が住んでくれますよ」といった伝え方も有効ですし、経済再生や地方再生を担う部局とのコラボレーションも有効かもしれません。現在、「地域女性活躍推進交付金」という制度はあるのですが、対象が成人女性のITスキルアップなどに限定されているので、女子中高生の支援には回ってきません。こういった制度の対象範囲を拡充できれば、取り組みも進めやすくなります。
ただ、全体的な底上げは進んでいる気がします。政府の教育未来創造会議では、理系分野を専攻する大学生の割合を5割に増やすという目標が掲げられました。全体的な理系重視の政策が進む中で、理系を目指す女子が増えてくることも期待しています。
教育委員会への期待
――どうしたら女子中高生に「刺さる」ようになるでしょうか。
どうすればいいのか、われわれも手探りではあります。多くの女子が参加してくれた8月のWaffle Camp ホームタウンを振り返ってみると、学校の先生は「キャリア」と結び付けるのがいいのではと言ってくださいますが、正直その切り口だけでは難しいことも実感しました。
昨年、「大手IT企業で働く女性の技術者があなたたちの街に来ますよ」と呼び掛けるキャリアイベントを実施したのですが、反応はいまひとつでした。1人1台のPC環境があり、生徒はイベントの情報を見ているにもかかわらず、実際に申し込みにつながったケースはとても少なかったのです。
ポスターを学校に配布したり、チラシを生徒一人一人に配付したりもしました。3000人に配ったのに、申し込みは2~3人ということもありました。やはり、参加する意義や理由付けが社会的にまだ薄いので、「私には関係ないな」と思われているのでしょう。この点は、結構難しい問題です。
――教育委員会には何を期待しますか。
地域の中学や高校などに、Waffle Campなどのキャリアイベントへの参加を呼び掛けてもらうことです。私たちは、中高生が使っているツイッターやインスタグラムなどのSNSをコミュニケーションツールとしているので、SNSでは届かない生徒たちへの発信には課題があります。アプリコンテスト「Technovation Girls」は3分の1が都市部以外からの応募なのですが、こうした無料のプログラムでさえ、課外活動に熱心で情報感度の高い生徒にしか届いていません。
こうした課題を解決するために、私たちは地方自治体との協働を進めてきました。今後は、学校の先生経由でITに興味のありそうな女子につながるような流れができたらいいと思っています。
【プロフィール】
田中沙弥果(たなか・さやか) 1991年生まれ。2017年、NPO法人みんなのコード入職。文科省後援事業に従事したほか、全国20都市以上の教育委員会と連携し、学校の教員がプログラミング教育を授業で実施するために事業を推進。17年から女子およびジェンダーマイノリティーの中高生向けに、IT教育の機会提供を開始。19年にIT分野のジェンダーギャップを埋めるため、一般社団法人Waffleを設立。20年、Forbes JAPAN誌「世界を変える30歳未満30人」を受賞。内閣府若者円卓会議委員。経産省「デジタル関連部活支援の在り方に関する検討会」有識者。