無音。
今のこの場の状況を示す言葉は、戦場とはかけ離れたものだった。
ゲヘナの風紀委員会の動きは完全に止まっている。
「「「……!!」」」
前線に出ている風紀委員は、ユキトの肉体が損傷する光景を見て完全に戦意を失った。
「? 指示がこないね」
「銃声もしない。え、もう制圧したの? 早くない?」
後方で待機している風紀委員は、距離が幸いしてかその光景を見ることはなかった。
無線越しにアコの指示もないため、待機するに留まっている。漂うのは前線とは違い、楽観的な空気だった。
「うーん……どうする。ちょっと出て、合流してみる?」
「いやいや。勝手に動いたら、行政官からお叱りがとんでくるって」
脳裏に反省文! と叫ぶアコの姿が浮かび、風紀委員会の一人が苦笑いを浮かべた。
「それもそうだね。……よし、日頃から働いてるし今日ぐらい……いいと思わない?」
ニヤリと笑う彼女に、その仲間達は「賛成〜」と頷く。
他の部隊も多少の違いはあれど、似たような選択をした。
結果、彼女達は前線で起きている光景を見ずに済んだ。
『攻撃をやめなさい! そのまま待機です!!』
「りょ、了解……!」
前線の部隊にアコは指示を飛ばす。
いつものような落ち着いた様子ではない、腹の奥から自然と出た大きな声だった。万が一でも、彼に攻撃を行う者が現れないように。
前線に出ている風紀委員会は、その迫力に呑まれ返事をした。
その声は、少し嬉しそうでもある。それは安心によるものだ。
もう目の前の彼を撃たなくていい。
傷付けなくていい。
あのような光景を見なくて済む。
彼女達が武器を下ろしたのは、自分の意思による力が強かった。
「……ふぅ」
無数の銃器を下ろす音を聞き、アコは無線を切ってから安心したように息を吐く。部下に自分の情けない声を聞かせたくなかった。
「ここから、どうしましょうか……」
そう言って組んだ両手に額を置く。
ひとまず事態の悪化は防げた。何もしなければ、パニックに陥った前線の者が再度発砲していたかもしれない。
それはダメだ。自分も含め、目撃しているゲヘナの風紀委員の精神に更に大きな傷跡を残すことになる
(和解……? ……いえ、あり得ないですね。先に手を出したのは私達です。そんなの、ユキトさんが首を縦に振ってくれるわけがないじゃないですか……)
砲弾による不意打ち。今は身体に跡はないが、恐らく致命傷を与えている。簡単に和解できるとは思えない。
しかしだ。
彼の様子を見ると、先程から大してこちらに敵意を抱いていないことが分かる。
そのことに、アコは希望を見出した。
「……まずは謝罪と、話をしてみましょう」
それをきっかけに、何か解決の糸口が見つかるかもしれない。
会話で彼が抱いている問題などを探る。解決出来るようなものであれば、和解を求めるために差し出すことを考えた。
アコは深呼吸を行う。
そして、再びユキト達の前にホログラムとして現れた。
目を伏せるアコの姿を見て、ユキトは少しだけ目を見開く。先程までの態度からは考えられない姿だった。
「…あーもしかして…ちょっと刺激が強過ぎたか?」
『……ええ。全身の血が抜かれたようでしたよ』
ハッこっちは文字通り、全身の血を抜いたようなもんだったけどな。
そうユキトは軽口を叩こうとしたがアコの声の調子と表情を見て、やめた。
よく見れば、未だに前線の風紀委員会も涙を流したり、謝罪を繰り返したりしている。
無抵抗な少女達のそんな姿を見れば、流石の俺も思うところはあった。
「……悪ぃ。まさかここまで効くなんて思わなかったわ」
『っ……いえ、先に仕掛けたのは私達です。お気になさらないでください』
本当ですよッ! というか逆に、あんなのを見てトラウマにならない方がおかしいでしょう!? 度が過ぎてますッ!! おあいこ、いや貴方の非が大きいですからね、もっと謝ってください!!!
ユキトの言葉にそう叫びたかったが、我慢した。
というかできなかった
いつものアコならそのまま口に出していただろう。
しかしアコ自身も自分で思っている以上にさっきのことが効いてるらしい
(まぁアコが望むのはおそらく俺達との和解だろうな)
だからこちらから仕掛ける
「なぁアコ」
『ッ…なん…ですか』
「和解しないか?」
『へ……?』
アコがパチクリと目を瞬かせる。
「お前らの砲撃、射撃。それをあえて避けなかった、俺の作戦による被害。それらを俺が今から出す提案に応じることで帳消しにしようって話」
『え……いや、えっと……本当に、よろしいのですか?』
恐る恐る尋ねるアコに、ユキトは首肯した。
「ああ。さっき良いことを教えてくれたからな。後日提案書は俺が届けるから」
お陰で今後の俺の行動方針が定まった
そう思ってると、強く尻を蹴られた。結構な衝撃に、歯を食いしばりながら後ろを見る。
そこにはムツキが足を高く上げた状態から、下ろす最中だった。蹴ったのだろう。
「っ……。ムツキか、スカートの中見えてるぞ」
「ふんだ。すぐ下げたから見えませーん。べっ」
それだけ言って、ムツキは俺から顔を逸らした。そのまま歩き去っていく。
追いかけてきたのであろう、アルが呼び掛けた。
「あれ、ちょ、ちょっとムツキ!? どこに行くのよ……!?」
「帰る。風紀委員会はもうあのザマだし、私達が出る幕なくなーい?」
「……そうだね。消化不良な感じはするけど」
カヨコもムツキに同意する。
右往左往するアルとハルカに、ユキトは言った。
「二人の言う通りだ、俺達の心配はいらない。寧ろ、自分達の身を心配した方がいいかもしれないぞ」
「へ?」
「この場にヒナが来ないとも言い切れないだろ?」
「ヒッ!? た、確かに……!」
そう言うとアルも身を翻し、先を歩くムツキを追いかける。ハルカもそれに続く。
唯一カヨコだけは、足を止めてユキトに顔を向けていた。その表情は、少し怒っているようにも見える。
「ムツキがあんなに怒ることは滅多にない。それだけは覚えておいて」
「……そうだな」
最後まで顔をこちらに向けることはなかった。
それだけ怒っていることが分かる。ユキトは素直に頷いた。
「…"ユキト"…一つアドバイスしといてあげる…どんなに身体が強くても、人間性まで捨てたら終わりだよ。一人一人離れて行って……最後に待つのは孤独だけ。覚えておくんだね」
カヨコが両手をポケットに突っ込み、立ち去っていく。
ユキトは返事を返さなかった。
そんな様子の彼を見て、先生は不安に思ったのかその腕を強く掴む。
「大丈夫だ……私は、ユキトの傍にいるから」
「いや……それは先生としてダメだろ。…まあでも、ありがとな」
そう言って、ユキトは静かに笑った。
まるで作り物の笑顔だ。
私はそう思った
だがこのような反応を返してくれるだけ、まだ人間性は失ってない。
先生は安心したように、心の中で息を吐いた。
だが彼は知らない。ユキトの心中を。…彼の狂気を
(先生に気を遣わせちまったな…
…『最後に待つのは孤独だけ』……か)
(2年前に…そう言って欲しかったよ)
俺は自分が狂っていることを知っている
人間性など…2年前にとっくに壊れている
(俺は…自分が守りたいと思った物を守れればそれでいい…そのためなら)
俺は自分の命だって惜しくない
…
…
『ああ!!!?』
突然、アコが大きな声を上げた。その声量に、ユキト達全員がそちらに目を向ける。
「何だよいきなり、大声出して…おじさんびっくりしたぜ」
『そ、そうでした。私達も撤退しなくては、委員長が帰ってくる前に……!』
「ああ……そういえば独断専行だもんな、今回のこれ」
自分達の自治区ではない場所で、砲撃による建築物の破壊から始まり、他学区と戦闘を行いました。
そんなこと簡単に報告できることではない。
しかも身体と精神を負傷した者も出ている。何らかの処分が下されるのは明白だった。手が動かなくなる程の反省文を書かされるかもしれない。
相手が許しているからと、勝手な行動を許すヒナではないのだ。
アコは急いで、部下に撤退を指示しようとする。そんな時だった。
ザザッ
ノイズが走る音の後に、気怠けだが透き通るような声が響いた。
『アコ』
『……え? ヒ、ヒ、ヒナ委員長!?』
アコの慌てよう。それに機械越しとはいえ、何度も聞いたことのある声を忘れるわけがない。
ユキトは頷く。
「本物やな」
「それじゃあ、あの通話の主が……」
「委員長ってことは、風紀委員会のトップ……!」
過去何度もゲヘナに行っている彼が言うのなら、通話の相手は間違いなく風紀委員会のトップなのだろう。
先生達は、アコとヒナのやり取りを見守ることにした。
『い、い、委員長がどうしてこんな時間に……?』
『アコ、今どこ?』
『わ、私ですか? 私は……そ、その……えっと……ゲ、ゲヘナ近郊の市内の辺りです! 風紀委員のメンバーとパトロールを……』
(いや流石にそれは無理があるやろ)
アコ以外の全員がそう思った。
カヨコには看破されたが、本当の目的を上手く隠していた者と同一人物とは思えない。
(アコって本当にパニックになると、上手く頭が回らないよな…)
『そ、それより委員長はどうしてこんな時間に……出張中だったのでは?』
『さっき帰ってきた』
『そ、そうでしたか……! その、私、今すぐ迅速に処理しなくてはいけない用事がありまして……後ほどまたご連絡いたします! い、今はちょっと立て込んでいまして……!!』
『立て込んでる……? パトロール中なのに珍しい。何かあったの?』
あ、もうこれは駄目だな。ユキトはそう思った。
アコが嘘を貫き通すことは難しいだろう。ヒナが不審に思っていることが、機械越しでも分かった。
その追及に、アコは言葉を詰まらせる。
『え? そ、その……それは……』
「他の学園の自治区で、委員会のメンバーを独断で運用しないといけないようなことが?」
機械越しではない。
肉声で、ヒナの声が聞こえる。
「…まぁ来てるわな…」
『え? ……えっ?』
俺は小さな人影を見つけ、そう呟く。
その人影がこちらに向かってくる。アコもその姿を確認したのだろう、ホログラムに映るその表情は間抜けなものだった。
「っ!?」
「え、あれ!?」
「!?」
対策委員会の面々も驚いていたが、それをアコの絶叫が掻き消す。
『ええええ!!!?』
それを尻目に、先生はユキトに問い掛けた。
"あの子が、風紀委員長?"
信じられない様子だ。
小さい身体と、妖精のように可憐な雰囲気を持ち合わせていることから、そのように思ってしまうのだろう。
「そう。見た目に惑わされるなよ先生? 打撃も強いし、耐久力も凄まじい。武器も見て、暴力って感じがするだろ?」
"う、うん……"
身長に不釣り合いなヒナの機関銃を見て、先生はそう答えた。
「ちなみにゲヘナ最強でキヴォトスの中でも俺を含めなければ5本指に入るくらいの実力者だ」
"そ…そんなのかい!?"
「……」
『そ、その委員長……これは、素行の悪い生徒達を捕まえようと……』
一方、アコはヒナ本人が発する圧にしどろもどろになっていた。
そんな状態で発せられる言い訳が、ヒナに通じるわけがなく。
「便利屋68のこと? どこにいるの? 今はシャーレとアビドス…あとユキトと、対峙してるように見えるけど」
「……」
便利屋68は既にこの場から去ったのは、アコも確認していた。
その際、引き留めるか一緒に戻っていればと後悔する
『え、えっと……委員長、全て説明いたします』
ヒナはゆっくりと辺りを見渡した。
「……」
(…ん?)
そしてユキトに一度目を留める。
その時間は数秒だが、一瞬ヒナが怒っているように思えた。
(気のせいか…?)
「いや、もういい。だいたい把握した…察するに、ゲヘナにとっての不安要素の確認及び排除。そういう政治的な活動の一環ってところね」
『……』
アコは黙って俯く。否定のしようがないからだ。
「でもアコ、私達は風紀委員会であって生徒会じゃない。シャーレ、ティーパーティー、それに連邦生徒会長。そういうのは、『万魔殿』のタヌキ達にでも任せておけばいい」
ヒナはそう言うともう一度、ユキトに目を向けた。
上半身裸の彼を見て、溜息を吐く。
「……とりあえず詳しい話は帰ってから。通信を切って校舎で謹慎していなさい、アコ」
『……はい』
アコのホログラムが消えた。
それを見届けて、ヒナの視線は対策委員会に向けられる。
「……久しぶりね天秀ユキト」
「おいおい…今日はフルネームかヒナ…悲しいじゃねぇか…いつもみたいにユーくんって呼んでくれねぇの?」
「…あなたをそう呼んだことはない…あなたには色々言いたいことはあるけれど…それは彼女達に任せる」
「へ?…ヒッ!!」
次の瞬間後ろから絶対零度すら生温いほどの冷たい視線が4つ…俺の背中に刺さる
俺の全細胞が…魂が、その場から今すぐ逃げろと警鐘を鳴らしていた
ゆっくりと…俺は後ろを振り返る
そこには
「「「「…」」」」ハイライトオフ
目のハイライトが消滅したノノミちゃん、シロコちゃん、セリカちゃん…そしていつの間にかホシノがいた
「…ユキトクン…チョートオジサンタチトオハナシシヨカ」
真っ黒のオーラを身に纏い目のライトを何処かに捨ててきたらしいホシノはそう言う
(ヤバい…これ逃げなきゃ殺される!)
「ニゲタラ…テアシフットバシテカンキンスルカラ」
「…」
(あ…これ死んだわ…俺) (°o°)
俺はホシノに半分引きずられながら戻るのだった
これはユキトくん反省ですわ、というかホシノテラー化せん?