外国人への不安の果てに ジレンマ陥る福祉国家、移民の「強制移転」
多民社会新シリーズ 「不安の正体」①
社会はいま、外国人への見えない「不安」にとらわれているように見える。
お互いの暮らしは様々な形で結びついているにもかかわらず、心の壁は高くなっていく。
日本の在留外国人のうち、特別永住者を除く3割近い90万人以上が永住資格を持つ。毎年、就労目的でやってくる外国人の受け入れは欧州諸国と規模が変わらない。既に事実上の移民国家になっている。
外国人問題が政治化し、受け入れる門戸を狭めようとする動きが加速する。少子高齢化に直面し、受け入れなければ、社会は成り立たないはずであるのに。
日本より先にそのジレンマに直面したのが、欧州だ。
政治家やメディアが、不安を増幅させた。選択肢が狭まった政策は必然的に先鋭化し、不安の果てに人権すら軽んじられてしまった。
欧州で強まるような排外主義をなぞれば、共生に必要な議論はむしばまれる。日本は欧州の轍(てつ)を踏むのか。その岐路にある。
「私たち」と「彼ら」。分断されてしまう前に、社会の一員として迎えるにはどうすればいいか。
「多民社会」新シリーズでは、私たちが抱く「不安」の正体を国内外の取材を通して見極め、あるべき未来を探る。
「多民社会」新シリーズの第1回目は、デンマークからの報告です。多様性や環境に高い意識を持ち、だれもが幸福に暮らせる福祉国家。そんなイメージがある国で、外国人に厳しい目が向けられています。
北欧の福祉国家デンマーク。かつて人権大国を誇った国で、増え続ける移民に関する「社会実験」が進んでいた。
政治家たちが移民への厳しい政策を競った末に、移民のコミュニティーを解体させるための極端な政策が実現してしまった。
中部に位置する港湾都市オーフス郊外ゲレロプパーケン地区を9月上旬に訪ねると、古い団地を解体・再建する再開発事業が進められていた。
団地に住んでいた人の多くは、デンマーク国外にルーツを持つ移民や難民と、その家族たちだ。
この地には1960年代後半から、家賃が安い非営利の集合住宅が建設された。当時デンマークでは、労働力不足から積極的に中東などからの移民労働者を受け入れ、そうした人々が移り住んだ。
ルーツで差別に非難も、止まらぬ政策
「ゲットー」。時は流れ、外国ルーツの人々が集中するそうした地区は、悪名高いユダヤ人強制移住地区と同じ名前で呼ばれるようになった。
そのゲットーを解体するのが、2018年に発表された再開発政策の目的だ。
PC 660
ノルウェー
スウェーデン
デンマークのゲットーとは
デンマーク統計局のデータから
バルト海
デンマーク
ドイツ
◇memo◇
ゲットー地区
非営利の社会住宅のなかで、住民の数が1千人以上、年収、有罪判決を受けた割合などのほか、「非西洋諸国出身者とその子孫が50%以上」を基準に指定される。差別的な呼び方は批判を受け、政府は「パラレル(並行)社会」に改称した
オーフス市
コペンハーゲン
2024年末時点。18年末に29地区あったが、
24年末には8地区にまで減少した
オーフス市
人口
約4400人
トーベショイ地区/
ゲレロプパーケン地区
約73%
パレスチナ、
ソマリアなどから
(非西洋系)
再開発の対象地区は、一定の基準に照らして毎年判断される。基準には住民の年収や学歴、犯罪歴などが並ぶが、「非西洋諸国からの移民とその子孫が50%以上」が決定的な要件になっている。
5年以上連続で基準に当てはまる地区は「ハードゲットー」と指定された。記者が訪れたゲレロプパーケンは国内最大規模のハードゲットーで、2024年末時点で隣接地区と合わせて約4400人の住民がおり、約73%がパレスチナやソマリアなどからの非西洋系だった。
住民をそのルーツで差別するような、人権を置き去りにした手法は広く国際的な非難を浴びるが、政府は止めようとしない。それどころか、国内だけでなく、ドイツやスウェーデンなどからも政治家が視察に来るのだという。
再開発計画では、家賃が安い家族向け社会住宅を40%にまで減らすことになっている。解体や改築の対象となった建物の多くの住民は、部屋を立ち退かなければならず、事実上の「強制移転」を伴う。取り壊された社会住宅の跡地には、民間のアパートが建てられ、多くの白人が移り住んだ。
ダニエル・アヤシュと名乗ったパレスチナ系の32歳の男性も住まいを追われた一人だ。
生まれてからずっとこの地に住んできた。だが数カ月前、「1月上旬までに退去するように」と通知された。再開発が始まると多くの友人が退去させられ、遠く離れた別の地区に住む。
「仕事もあり、収入も悪くない。犯罪だってしていない。それでも自分たちのコミュニティーが破壊され、追い出されるのに何も言えない。あまりに不公平だ」
大学院を出ても就職先が見つからなかった。職業紹介所の助言で名前を「アブドラ」から変えた。デンマークではアラブ系に対する反感が根強く、政策の背景に差別があると感じている。
「ゲットー政策」に不満を持つ住民の中には、行動を起こした人たちもいる。
住民10人以上が、政策は差別に基づいており、政府の計画承認が違法だとして20年に訴訟を起こした。欧州連合(EU)の最高裁、欧州司法裁判所(ECJ)は昨年12月末、「直接的差別」にあたる可能性を示した。
原告の一人、パキスタン系のムハンマド・アスラムさん(58)は「非西洋諸国の出身、その子孫という理由で私や子どもたちが、ネガティブな統計にカウントされる。犯罪者扱いするような法律は、許せない不公平だ。だから訴訟を起こした」と語った。
政治家が移民をめぐる問題を誇張してきたとし、「(移民政策で)いかに過激な提案をできるか。政治家や政党間の競争になっている。最初は些細(ささい)なことからから始まる。そして、一度始まれば止まらない」
アスラムさんは23年、コペンハーゲン中心街にほど近いミュルナパーケン地区の30年以上暮らしたアパートから退去させられた。「ゲットー」に指定され、再開発のため4棟あった社会住宅のうち2棟が民間企業に売却された。2棟は改築され、家賃は以前の2倍以上になり、新たな住民は白人ばかりだった。
ここで生まれ育った4人の子どもは弁護士や臨床心理士などになった。「家には思い出が詰まっているんだ」
ただ、デンマーク社会全体で見たときに、こうした人たちの権利を擁護すべきだ、という声は小さい。ゲットー周辺で住民に話を聞いても、厳格な政策に疑問を呈す人はほとんどいなかった。
「移民は何の利益も生まない。文化が相いれない。低収入で、福祉を食い物にしている」
「(移民と暮らせば)問題、犯罪が起きる。犯罪者は強制送還すべきだ」
犯罪、福祉、文化の危機……。そんな言葉が、定型文のように口からあふれ出てきた。そして「移民との交流は一切ない」とも。
これまで、移民や難民らに配慮した政策を打ち出すのは、左派の政党だった。しかし、デンマークで現在この政策を担うのは、社会民主党が主導する中道左派政権だ。
もともとは以前の中道右派政権が打ち出した政策を引き継いだ。政権交代で変わったといえば、スラム街などを意味するゲットーが差別的だとの批判を受け、パラレル(並行)社会政策と改称された程度だ。
オーフス市のエバ・マイノーツ副市長も社会民主党の所属だ。それでも、「多くの人々はこれが状況を改善する唯一の方法だと認識している」として現状の政策が正しいとする。
「差別ではないのか」。そう記者が問いかけても、「こうした地域で育つ子どもたちはとても不利な立場にある。我々は平等を信じるからこそ、この取り組みを行っている。生活環境改善に多額の資金を投入している。だから、差別ではなく支援なのだ」と力説した。
市が目指すのは、違いを認め合う多文化社会ではなく、移民系の人々もデンマーク語を話し、古くからいたデンマーク人と同じように暮らす「統合」だ。未就学児も、特別な言語支援が必要な場合に保育所に通うことを義務化し、そこでデンマーク語や価値観を身につけさせる。従わない保護者は手当が削減されるなどの不利益を被る。
マイノーツ副市長は、移民や難民を集中的に居住させた過去の失敗をいま、修正しているのだという。「お互いを知ること、同じ集団の一員であり、分断されないこと。それが最も容易な時期は子ども時代だ」と、政策の意義を強調した。
表面上は国民を一つにする「善意」にも見える。だが、欧州には「地獄への道は、善意で舗装されている」という諺(ことわざ)がある。欧州司法裁判所の法務官は、政策を「直接的差別」と指摘した意見書のなかでこの諺を引用していた。
「ゲレロプ 仕事とくらしに良い場所」。ゲレロプパーケン地区には、そんな真新しい立て看板があった。様々な人種が交流しているようなイメージ図とともに書かれていた。
だが、この地区を歩いても、実際に交流している住民たちの姿を見ることはなかった。
地区には新しい学校の校舎も建てられ、真新しいアパート群ができている。住民のほとんどが若い学生風の白人だった。
オーフス大学に入学したばかりのアナス・ダルゴーさん(23)もそんな一人だ。友人と3人で3LDKの部屋をシェアしているという。
この地区の再開発に住民の強制移転が伴うことは知らなかった。「よくないことだと思う。ただ、(異なる人種が)交ざり合うのはよいことだと思う」
では交流しているのか。そう尋ねると、淡々と返事が返ってきた。
「交流していないし、その理由もない。今は自分のやることがある」
【次回は17日6時配信予定】「我慢どこまで?」外国人への不安あおった新聞 「極右」党とも連携
外国人コミュニティーの解体を進めるデンマーク。そのきっかけは、あるメディアが外国人を扱ったキャンペーン報道でした。
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- 【視点】
【進化的な人の特性への挑戦】相手を自分たちの「仲間」か敵対する「よそ者」かに分けて、前者とは親密な社会関係を築き、後者は排除し、ときに敵対するのは、人類の進化史上で獲得されてきた心理特性だ。資源も土地も有限で生息条件が厳しい時には、この心理特性は自分たちが生き残るためには適応的だった。だから、今でも私たちはこの特性を根強く持っている。 しかし、生物学的に獲得されてきたからといって、修正できないわけではない。このような排他的な生物学的な縛りを振りほどいて、多様性と平等を重んじる社会と規範を作ろうと、現代の人々は挑戦し続け、努力を積み重ねてきた。デンマークなど西欧諸国はその最先端を走り続けてきたのだとおもうが、それゆえに、今、大きな壁に突き当たっている。 人類は、進化の宿痾から自らをどこまで解き放つことができるのか。日本も含めた世界諸国の情勢を見るに、自由と多様性を最優先する方向に対して、大きな反動のうねりが高まっていることは間違いないようだ。おそらくこの反動的潮流はしばらく続くのだろう。 しかし、20年後か30年後か、あるいは50年後には、きっとまた逆の、自由と多様性を重んじる考え方が強まる揺り戻しがくるだろう。自由を求めるのもまた、人類の心に深く刻まれた生物学的な特性だからだ。今は、そのような自由と多様性への揺り戻しが一刻も早く到来するよう、小さくてもできることを積み重ねていくしかない時期なのかもしれない。
…続きを読む - 【視点】
「未就学児も、特別な言語支援が必要な場合に保育所に通うことを義務化し、そこでデンマーク語や価値観を身につけさせる。従わない保護者は手当が削減されるなどの不利益を被る」 昔、アメリカとカナダでは先住民の子どもたちを強制的に親から引き離し、寄宿学校に入れて西洋化を押し付けた。その結果、ルーツとなる文化を得られなかった子どもたちは成人後もアイデンティティの喪失に苦しんだと言う。 「多文化」と「統合」は二者択一ではない。双方のバランスを模索するのが、現代社会の義務なのだ。
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