立憲議員の疑心暗鬼
そうは言っても26年間も選挙区では自民党候補の名前を書き続けてきた公明党の支持者たちが、そんなに急にいままで戦ってきた相手候補の名前を書くことができるのか、疑問を持つ立憲の議員は少なくない。
あるベテラン議員は、「自民党に行っていた票が確実に減ることだけは確かだが、それがこちらにそっくり来るとは限らない。小選挙区から撤退したことで、比例だけに力を集中してもらっては困る。
それに、比例候補の上位に公明出身者がずらりと並ぶとイメージがどうなのか。言われているほど新党の票が増えるかどうか心配だ」と胸の内を明かしている。
新党結成が決まってからマスコミでは、各社が競い合うように前回の衆院選の得票状況をもとにシミュレーションを行っている。
日本テレビは「仮に比例の公明票が自民候補から立憲候補に異動した場合などは前回自民党が勝利した132の選挙区のうち、72選挙区で自民が敗北していた」と試算している。また朝日新聞は、同じく「比例の公明党票の5割が立憲に移ったとすると自民が89議席、中道改革は149議席」などとする計算結果を出した。
政界再編のはじまり
個別の選挙区によって事情が異なるうえに、高市内閣の高い支持率、新党がどの程度評価されるかなど不確定要素も多いが、公明党の票がどの程度動くかは、選挙結果を大きく左右する可能性があることは間違いない。
選挙結果の予想は難しいが、立憲と公明の合流による新党結成のインパクトは大きい。展開によっては新たな政界再編の始まりになる可能性も感じさせる。
筆者は『壁を壊した男 1993年の小沢一郎』(小学館)で、ベルリンの壁崩壊という世界史的な激動の中で、小沢一郎氏や市川雄一氏ら公明党幹部らが、激しい熱量に突き動かされて新党などで既成の枠組みを乗り越え、初めて政権交代を実現した熱い一年を描いた。「一寸先は闇」とも「ジェットコースター政局」とも呼ばれた激しい権力闘争の渦の中には、まだ若手議員だった野田氏や斉藤氏も、高市氏も石破茂氏もいた。
そしてその権力闘争は、改革や理念の実現というきれいごとだけではない、政治家個人も政党も生き残るための生存本能がエネルギー源だった。特に、当時の中間政党だった公明党や民社党は、大政党と合流するか、集まって大きな勢力になるしか生き残る道はなかった。
当時とは世論の空気も社会情勢も全く異なるいまの日本だが、混乱と狂騒の中で、公明党と立憲民主党が新党結成で生き残りを目指している。解散をしかけた自民、維新もそのほかの野党も、次第に熱量をもちはじめた。このダイナミックな動きが、政治に大きな変革をもたらす、その入り口に立っていることだけは確かなようだ。