前のめりだった創価学会
1月14日、東京信濃町の創価学会本部に「方面長」と呼ばれる全国のブロック責任者が集まった。関係者によると、原田稔会長と谷川佳樹主任副会長ら学会首脳部が出席した会議は、高市早苗首相の通常国会冒頭での解散方針が伝えられた後、立憲民主党との間で進んでいた新党結成の方針について創価学会としての最終方針を決定するためだった。
立憲との話し合いのなかでは、当初、比例代表選挙に両党の統一名簿を作成して臨む緩やかな案から衆議院だけの新党をつくる案などが検討されていた。
そしていずれの場合にも、公明党の斉藤鉄男代表の広島3区など公明現職がいる4選挙区に立憲が候補者を擁立しないで、そのほかの小選挙区から公明党は撤退し、選挙区の立憲の候補を支援するという形で選挙協力を進める方針だった。
しかし、この場で原田会長らは、立憲との新党結成、小選挙区からの全面撤退という方針を示した。これに対して維新と激しい選挙戦を展開して敗れてきた大阪ブロックからは「もう一度、維新と勝負させてほしい」という異論も出たと言うが、結局、全員一致で「新党」への合流と小選挙区からの全面撤退の方針が決まった。
これを受けて、公明党は翌15日、小選挙区から完全に撤退し、立憲と合流して新党を結成することで立憲と合意し、新党「中道改革連合」の結成が決まった。
衆議院で170人規模の新党が結成されるのは、1994年12月に当時の新生党、公明党、民社党、日本新党などが参加して衆院議員178人が参加した「新進党」以来、32年ぶりのことである。これによって、2月に迫る衆院選の情勢は一変することになった。
学会員は板挟み…学会幹部「新党ですっきり」
自民党と決別するこの創価学会の方針は、去年10月、高市政権が発足した頃から強まっていた。
太田昭宏元代表ら自公連立を支えてきた元議員らは、連立離脱に反対して党内の説得にあたったが、この時も創価学会中枢からの強い意向で最終的に連立離脱が決まったと言われる。その背景には、選挙運動を支える学会員たちの間に、自民党への不満が高まっていたことがあるという。
自民党の裏金関係議員を選挙で推薦したことで、公明党じたいが批判を受け、選挙運動の現場では不満がたまっていた。さらには、沖縄のひめゆりの塔の展示を批判した西田昌司参院議員の問題発言やその西田議員が総裁選で支持した高市氏のタカ派的な政治姿勢も問題視されていた。
「うちは平和と福祉が看板です。高市さんのタカ派的な言動は、一般の学会員にはどうしても納得できないものなんです。自民党との連立を解消した後は、みんなこれですっきりしたとむしろ喜んでいた人が多かった。ただ、大半の選挙区では自民党と上手くやってきました。立憲と中途半端な選挙協力をやるだけでは、一般の学会員は板挟みになってしまう。だからこそ、組織を守るためには新党ですっきりした方がいいと判断したんです」
古参の学会幹部は、そう話していた。
それだけではない。筆者は今回の創価学会の決定の背景には、組織の求心力の低下を防ぎたい意図があったと見ている。
「常勝関西」と言われる程選挙で強さを見せていた大阪でも小選挙区では維新に完敗した。学会員の高齢化や若い学会員の無党派層化も進み、比例代表での得票も減り続けている。2023年に池田大作名誉会長が死去した後は、さらに求心力が低下した。学会員に不満が溜まった自民党との協力に区切りをつけて新たな党で仕切り直すことで、組織を立て直したいという狙いだろう。