アジアンドキュメンタリーズの配信作品をテーマごとに代表の伴野智が解説して、ライムスター宇多丸が論評する対談本。テーマごとに有識者の解説もつく。
どの作品も厳選しただけあってレビューを読むだけで興味をそそる。致命的なネタバレを避けつつ、人間模様のドラマティックさも味わえる。意識的にドキュメンタリの娯楽性に注目した宇多丸は軽妙さをねらいつつ、それでも深刻なメッセージを感じさせる。
興味あるテーマから読んでいってもいいが、ひとつの作品で提示された情報が別テーマで伏線のように効いてきたりするので、素直に冒頭から読むことを勧めたい。
もちろん実際に各作品を鑑賞することが一番いいのだろう。
対談でもアジアンドキュメンタリーズを継続する大変さが何度も語られ、代表が金策に駆けまわるため書籍の仕事が後回しにされたことまで明かされている*1。
ドキュメンタリー映画|衝撃・感動・覚醒作品|アジアンドキュメンタリーズ
しかしドキュメンタリ自体を見ることは大切だとして、書籍単独でも読む意味がないとも思わない。
個々のドキュメンタリ作品では描かれていない補足情報や後日談も興味深いし、私個人は『世界まる見え!テレビ特捜部』でダイジェストされたドキュメンタリを鑑賞することが習慣になっているので形式にも違和感がない。
たとえば温暖化により水没する国家と抵抗する大統領を描いた『キリバス 大統領の方舟』は、『世界まる見え!テレビ特捜部』でダイジェストを見た『南の島の大統領 -沈みゆくモルディブ-』とテーマだけでなく制作時期やドキュメンタリの後日談まで似ている。
『世界まる見え!テレビ特捜部』世界はまさかの連続! 大どんでん返し2時間SP - 法華狼の日記
キリバス 大統領の方舟 | ドキュメンタリー映画|衝撃・感動・覚醒作品|アジアンドキュメンタリーズ
ダイジェストなりに複数の情報をてらしあわせることで、さまざまな社会や世界の問題がもつ普遍性と規模を実感することができる。そういう意味のある書籍だと思えた。
また、各作品の制作背景なども語られることでドキュメンタリ映画の現代的なトレンドを知る助けにもなる。
たとえ批判の対象であっても被写体と長期間かけて信頼関係をつくり、できるだけ撮影について理解してもらうこと。それが無理であれば数年かけて撮影した素材を捨てることもあること。そのために、ひとつの社会問題について複数人を数年かけて追いつづけて素材を撮りためることもあること。被写体と再会することが難しくても、できるだけ完成作品も見てもらうこと。
中国共産党のような強権的で言論弾圧を指向する政府に対しては、映画祭などでは集団で正面から抵抗することもあるが、個々の作家は皮肉めいていても毛沢東を賛美する描写を入れて規制をくぐりぬけたりする。そうしてプラスチックゴミをリサイクルする末端の過酷さが知られて、おそらくは中国政府を動かしてプラスチックゴミの輸入停止につながったりもした。
プラスチック・チャイナ | ドキュメンタリー映画|衝撃・感動・覚醒作品|アジアンドキュメンタリーズ
中国政府は、プラスチック・ゴミの世界的な輸入大国でしたが、2017年末それらの輸入を禁止しました。このドキュメンタリー映画が中国社会に与えた影響によると言われています。それによって、日本国内で廃棄されたプラスチック・ゴミの保管量が増加するなど、日本にも影響を与えています。つまり、日本は自国の廃棄物の処理を中国の貧困層に依存していたことになります。
いうなれば、ドキュメンタリスト自身も持続可能なドキュメンタリ制作を目指しつつあるわけだ。
たしかに、ひとつの問題を隠し撮りして公益性の高いドキュメンタリが制作できることもあるが、それを選択すれば、その後は隠し撮りすら不可能なほど問題が隠蔽されていく危険性もある。その将来の危険性を考慮してでも他に選択肢がなければ隠し撮り素材を使うしかないかもしれないが、問題となる短所に長所も混ぜることで被写体に許容させられるかもしれないし、あえて問題を正面からは見せずに間接的な描写から観客に気づいてもらうことに賭けてもいいかもしれない。
念のため、そうしたコンプライアンス*2を踏みはずすことで素晴らしい作品が完成することもある。たとえば難民が通過する村の選挙を追ったドキュメンタリ『難民の通る村で』は風刺劇のような完成度があるようだが、監督はその村を舞台とした劇映画も撮影したと対談の時点で語られたと思ったら、別作品の話題で被写体に立ち位置などを指示してから撮影していたという情報が明かされる。まるで『極北のナヌーク』のような演出が今でもおこなわれ、それでもドキュメンタリとして高い評価を受けている。
難民の通る村で | ドキュメンタリー映画|衝撃・感動・覚醒作品|アジアンドキュメンタリーズ
いずれにしても現代のドキュメンタリストは一方的に撮影する特権などないことを自覚して、被写体とさまざまな関係を構築しながら撮影して、さまざまな選択肢のなかから情報を提示している。そうした動きが良い作品、良い世界につながることを望みたい。