音楽家の坂本龍一さんが71歳で他界し、3月28日で1年が経過する。
坂本さんは1980年代、細野晴臣さん(76)、高橋幸宏さん(昨年1月死去)による3人組バンド「YMO(イエロー・マジック・オーケストラ)」で世界的ヒット曲を生み、映画音楽では88年に「ラストエンペラー」の楽曲で米アカデミー賞を受賞。92年には、バルセロナ五輪の開会式で音楽を担当するなど、活躍の場は多岐に渡る。晩年はがん闘病のなか新作を発表。新しい音を求め続け、年齢を感じさせない新境地をのぞかせた。
2010年以降、即興演奏のパートナーとして、国内外で坂本さんとステージを共にしてきたのが音楽家の大友良英さん(64)。この1年を振り返り、いまの思いを聞いた。
唯一無二の存在
「坂本さんの訃報は、世界的に替えがきかない存在を失い、私にとっても大きな『欠落』でした。この1年、何かあるといつも思うんです。坂本さんだったらどうするかなって。兄のような存在でした」
朝の連続テレビ小説「あまちゃん」(2013年)や、大河ドラマ「いだてん」(2019年)の音楽で知られる大友良英さん。坂本龍一さんとの出会いは2010年暮れに遡る。坂本さんの即興演奏の収録でNHKスタジオに呼ばれたのが初対面だ。
「いきなり、オーネット・コールマンの『ロンリーウーマン』をモチーフに即興をやりましょうか、と坂本さんから提示があって、驚いた。私が普段、最も好んで演奏している曲を事前に調べていたんです」
とはいえ、面識がなかった坂本さんを前に、即興を成立させるには、独自の高い音楽性と演奏力で応えられる人しか、とても対峙できない。「それが、音を出した瞬間、その数秒で、うわ! と音のすごさや面白さを感じたんです。それはめったにないこと。お互いの音がよくわかって、相性がよかった」
その後、坂本さんの即興演奏のステージには、頻繁に大友さんが呼ばれるようになる。15年、坂本さんが1度目のがん治療を終えて最初に立ったニューヨークのステージも、大友さんと演奏している。
以前、記者も坂本さんから、大友さんと共演する理由をよく聞いていた。「大友くんとの演奏は、刺激を受けるし、可能性を感じる」と。その声はいつも弾んでいた。
ふたりの即興演奏。初対面のときだけルールを決めたが、以降のステージは事前の打ち合わせはなかったという。「何も決めずに自由にただ即興をやるだけ。でも演奏しながら方向が決まっていくんです。音楽は言語と似ているところがあって、坂本さんとの即興演奏は、なんの言葉で話すかを事前に決めずに探り合いながら、新しい言語をその場で発見し紡いで行くような感じなんです。それは本当に楽しい時間でした」
つまり、それまで蓄積された「言語体験」や知識、そして人生経験がミックスされて音として出てくると説明する。「そのセンスは坂本さん、すばらしくて。ステージでは音で、今日はこんなお手並みでいかがですかって提案されて、なるほど私はこんな感じかな、って始まるんです。ゆったり演奏しながら、ずっとお互いの手を楽しんでいる、将棋を指すような時間でした」
損失の大きさ
ある日、大友さんが弓のような音を出す機械楽器「イーボウ」をギターで使っていると、坂本さんから連絡があり、「大友くん、あの音、どう出しているの? イーボウはピアノでも使える?」と聞かれたそうだ。「次の演奏ではもうイーボウを取り入れていた。坂本さんは、新しいものに対して最後まで貪欲でした」
坂本さんはこれまで、巨大な舞台で演奏する一方で、100人も入らない小さな会場で実験的な音楽をするという、両方のシーンをアクティブに行き来していた。「それができるのは世界中で坂本さんぐらいだと思う。そして、アンダーグラウンドのこともお詳しくて、まだ誰も知らない若手のアーティストにも目が届く。さらに、その高いポジションで、自分の声がどう影響を及ぼすかわかった上で、社会的発言ができる人。その2つの損失は大きい」
受け取ったバトン
坂本さんとともに過ごした時代。そのバトンをどう受け取ったか。「桁違いの著名人だから、背負えないけれど、自分がやっている音楽と矛盾がない社会性みたいなものを、どう社会のなかで説明し、社会とどうつきあっていくか。こうなった方がいいなということに対し、どう動くかということは、やはり坂本さんの立ち居振る舞いから学んだかな」
喪失感を抱えた大友さんだが、その姿は着実に、次のステージに向かっている。(堀口葉子)
◇
大友良英(おおとも・よしひで)1959年神奈川県生まれ。音楽家。国内外で活躍し、2011年、東日本大震災後に「プロジェクトFUKUSHIMA!」を立ち上げ、2013年、朝の連続テレビ小説「あまちゃん」の音楽でレコード大賞作曲賞など受賞。2017年、札幌国際芸術祭の芸術監督。2019年、大河ドラマ「いだてん」の音楽を担当。新作CDは「Hummingbird and Four Flowers–Turntable and Harmonium Solo Live–」