ごめんなさい、レイヌ様

 スルグ様に案内されて、あたしたちは光の領域の中心、最も栄えている首都とも言える場所を見て回ることになった。警備されているはずの宮殿の内側からあたしとレイヌ様が出てきた時は驚かれてしまったけど、あたしたちがスルグ様と対になる女神とその巫女であると分かると、今度はめちゃくちゃ畏まられてしまった。まぁ、さっきのやり取りでレイヌ様の圧がかつてないほど凄かったし、緊張させちゃうのも無理はないよね……。


「ここは私のお気に入りの場所でね」


 人々がスルグ様のためにと作ってくれたらしい宮殿の庭園は、中心に噴水が据えられ、色とりどりの花が咲き誇り、小鳥の囀りまで聞こえてくる楽園のような場所だった。


「お~、綺麗ですね!」

「そうだろう? ハルノも気に入ってくれて嬉しいよ」


 笑い合うスルグ様とあたし。それが気に入らなかったのか、しかめっ面のレイヌ様が口を挟む。


「……ふん。こんなもの、作ろうと思えば一瞬で創れるだろう」

「それは違うよ、レイヌ。皆が私の為を思い造ってくれた。そこに込められた想いが重要なんだ」

「くだらぬ」

「そうかな? レイヌだって、ハルノが作ってくれたものには特別価値を見出しているんじゃないかい?」

「…………」


 あ、言い負かされちゃった。……というのは置いておいて、つまりスルグ様はレイヌ様があたしを想うのと同じように人々みんなのことを想っているってことだよね。だからこそ、人々の為なら簡単に自己を犠牲にできる……と。なんというか、『幸福な王子』みたいな神様だ。


 それからあたしたちは宮殿を出て、スルグ様に街を案内してもらった。昨日あたしたちが訪れた場所よりも、さらに大きくて活気のある街。行き交う人々はみんな笑顔で、見るからに幸せそうに暮らしている。


「スルグ様!」

「いつもありがとうございます!」


 道行く人々が、次々とスルグ様に声をかける。スルグ様も、一人一人の名前を呼んで応えている。本当に、大人気だ。こう言ってはなんだけど、レイヌ様と違って完璧な神様のように見えるのに、どうしてあんな計画が……あ、いや、あたしは完璧じゃないレイヌ様が大好きですけどね!


「どうかしたか? 春乃」

「ひぇっ!? あ、いや……」


 いつの間にか人々に囲まれ、近づくこともままならなくなったスルグ様にうんざりしていそうなレイヌ様が、あたしの顔を覗き込む。ちょうど失礼なことを考えていたのもあって、ついつい挙動不審になってしまった。


「春乃?」

「その……こんなに慕われてるのに、なんで命を狙われるんだろう、って……」

「……」


 あたしが抱いていた疑問を吐き出すと、レイヌ様は不機嫌そうな顔から打って変わって理知的な顔を浮かべる。あ……かっこいい、じゃなくて。


「その答えは決まっている。甘えているのだ、奴らは」

「甘えてる……スルグ様に、ですか?」

「どれだけ増長しても、スルグならばそれを咎めないだろうという甘え。一部の人間はそのように考えているのだろう。要は舐めているのだ。こういう時こそ、人間共には見せしめが必要だと言うのに……すべて、奴が甘やかしすぎた結果だな」

「……一部の……そっか、そうですよね」


 スルグ様は、レイヌ様とは比較にならないほど親しみがある。それは怖さがないってことでもあって、大多数の人はそんなスルグ様が好きだけど、一部の人の目にはそれが付け入る隙に見えているんだ。そう、あくまで一部の人。これだけ多く人がいれば、そういう人も混じってしまうのは当たり前だ。


 レイヌ様は、そうはならないように見せしめ……あたしと出会う切っ掛けになった生け贄という方法で恐怖を与えていたんだろう。


「……春乃。そろそろ帰るぞ」

「え、でも……」

「時間の無駄だ。奴は──」


 ……その時だった。突然、少し離れた広場の方から、まばゆい光が立ち上った。


「ば、爆発……?」

「なんだ!?」

「広場の方だぞ……」


 ざわざわと、民衆に不安が伝播していく。あたしも、何か嫌な予感が胸の中で渦巻いていた。


「みんな、落ち着いてくれ。私が見てこよう」

「スルグ様……!」


 人々を落ち着かせ、スルグ様が毅然とした表情で現場へ向かっていく。あたしは湧いてきた不安を否定してほしくて、レイヌ様に尋ねる。


「レイヌ様、今のって……」

「罠の可能性が高いだろうな」


 あたしの思いとは裏腹に、これはスルグ様を呼び寄せるための罠だとレイヌ様は冷たく言い放つ。


「で、でも、昨日の今日で……」

「我と春乃が計画を耳にしたのは別の街。たしかに昨日の今日で事が起きるのは早すぎるが……簡単な話だ。同じことを考える者が他にもいたのだろう」


 今まさに、スルグ様が危ない。それなのに、レイヌ様はもう介入する気がなさそうで、完全に他人事のような語り口だ。


「れ、レイヌ様! あたしたちも……」

「いや、帰るぞ春乃」

「でも……」

「案ずるな。暴走の対策には考えがある。もしスルグを殺し図に乗った人間共が我にまで牙を剥けば、その時こそ殺し尽くし立場を刻み込めば良いだろう」

「そういう問題じゃないですよ!」


 本当にそれでいいのかと、あたしはレイヌ様の瞳を見上げた。これじゃあ、喧嘩みたいなのがレイヌ様とスルグ様の最後になってしまう。


 それに、思うのだ。スルグ様は人々の望みなら簡単に命を投げ出せるみたいだけど、きっと……いや、間違いなくスルグ様に生きていてほしいと思っている人の方が多いはずだ。なのに、そんな多くの人たちの願いを無視して、一部の人間の為に命を捧げるのは間違っていると、そう思うのだ。


「……ふん。たしかに、奴の無様を見届けるのも悪くはない」

「レイヌ様……!」


 分かってくれた……のかは分からないけど、意見を変えたレイヌ様に手を引かれて、あたしたちもスルグ様の後についていく。


 広場に近づくと、そこには十数人ほどの人々が集まっていた。中心にいるスルグ様を、取り囲むように。


「……これは、キミたちが?」


 スルグ様が、あくまで穏やかに問いかける。けれど、男たちの目は欲望に濡れていた。


「スルグ様。あなたは器ではない」

「あなたは、どんな者にも平等に力を分け与えようとする。どんなクズでも愚物でも、分け隔てなく」

「それではダメなのです! 力は、持つべき者が持ってこそ意味がある1」

「だから──」


 男の一人が、一歩前に出る。


「あなたの残りの力、すべてを私たちだけに渡していただきます」

「……そういうことなら、大人しくやられるわけにはいかないかな」


 襲撃犯の考えは、スルグ様の考えには沿っていない。そのせいか、スルグ様も大人しく死ぬつもりではなくなったらしい。


「レイヌ様……!」

「案ずるな、春乃。我の側にいれば安心だ」

「そうではなく……! あたしたちもスルグ様に……」

「それも問題はない。奴にその気があるのなら、あの程度反撃せずとも逃げられるだろう」

「ほ、本当ですか……?」


 魔法が、次々とスルグ様に襲いかかる。舞台で見たそれが、誰かを攻撃するために使われるのは、正直言ってとても怖い。けれどレイヌ様の言葉の通り、スルグ様はそのすべてを軽々と防ぐ。


 しかし離脱するほどの余裕はないようで、スルグ様は防戦一方だ。


「くっ……考え直すんだ!」

「黙れ!」


 あくまで反撃には転じず、説得で場を収めようとするスルグ様。このままじゃいけないと、そうにかレイヌ様に動いてもらおうとしたその時だった。


「スルグ様、ご無事ですか……!」

「貴様ら、覚悟しろ……!」

「加勢します!」


 複数の声と足音。見れば、何やら制服に身を包んだ集団。どこかで……そうだ。あれはスルグ様の宮殿で見かけた制服。つまりは、スルグ様の味方だ。


「レイヌ様! あの人たち、スルグ様の味方ですよね? やっぱり、スルグ様を消したい人ばかりじゃ……」

「……たしかにアレらはスルグめに従い治安を維持している者たちだ。だが……」

「警察、ってことですか? でも、『だが』って……」


 レイヌ様の不穏な言葉に不安を覚えたあたしは、見た。見てしまった。


「ちっ! 嗅ぎつくのが早いな……!」

「お下がりください、スルグ様!」

「あぁ、しかし、なるべく穏便に済ませるんだ」


 毒づく襲撃犯。スルグ様の前に出る警察。後ろに下がり、油断するスルグ様。──それに、敵味方問わず唇をゆがめる人々と、スルグ様の背に魔法を放たんとしている警察の人間。


「スルグ様……っ!」

「なっ、春乃!?」


 ここに現れた全員が、裏切り者だ。あたしは、スルグ様を助けなきゃと思って──そのことしか頭になくなって、レイヌ様と交わしたはずの約束も忘れて、身体が勝手に動いてしまった。


 考えるより先に、足が動いていた。スルグ様の前に飛び出して──


「春乃!」


 レイヌ様の叫び声が聞こえて、そして──光が、あたしを貫いた。


「ぁっ……!」


 激痛。身体が、熱い。視界が、白く染まる。


 ……やっちゃった。こんなことして……怒るだろうな、レイヌ様。


 ごめんなさい……レイヌ様。


 意識が、遠のいていく。



「ハルノ!!」


 ──春乃が倒れる。


 真っ先に動いた、スルグの行動は早かった。倒れようとする春乃を抱きかかえ、瞬時に力をフルに使って応急措置を試みる。


(何とかなる……! これならまだ助けられる……!)


 春乃の容態を把握し、適切に処置していくスルグ。彼は春乃を助けられることを確信したが……その背は、またしても完全に無防備となっていた。


 突然の乱入者に呆気に取られていた裏切り者たちも、目の前に再び現れたチャンスには黙ってはいない。


 計算違いはあったが、今ここに目的を達成せんと彼らは一斉にスルグへと襲いかかる。


「覚悟ッ──ぁ?」


 否、彼らにできたのは、襲いかかろうと構える、そこまでだった。


 一番槍の、春乃に攻撃を当てた男は、突きだそうとした腕がすでにないことに気づく。激痛。そして視界が闇に染まったかと思えば、全身の肌が削がれるような感覚に絶叫する。しかしそれも長くは続かず男は息絶え、そこには細切れになった肉片が残った。


 その惨状に、他の者は呆気に取られた。その感情が恐怖、戦慄へと移り変わる前に、闇がその場を包んだ。


 押し潰される、切り刻まれる、灼かれる、捩じ切られる、剥がれる、破裂する──下された神罰は、いずれも一瞬だった。苦痛は二の次に、効率的に築かれる屍の山に、スルグは息を呑んだ。


「レイヌ……」


 力を振るった女神は……怒りを通り越してすべての感情が無になったような貌をしていた。

「……すまない、レイヌ──」


 曲がりなりにも愛する民を殺したレイヌを、スルグは責めなかった。もしレイヌがスルグ自身のために殺戮をしたのなら、スルグはレイヌを責めていたのかもしれない。スルグは、人の望みは神より優先されると考えているから。しかし、春乃が怪我をしたことでレイヌの行いはともかく、その怒りはスルグにとっても正当なものになったのだ。


 だが、そんなスルグの胸中など興味もないとばかりに。


「どけ」


 レイヌは春乃の身体を強引に奪うと、ただ邪魔なものを排除するくらいの無感情さでスルグを突き飛ばし、そして消えた。


 残されたスルグは、無気力さで膝から崩れ落ちるのだった。

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2026年1月20日 12:02 毎日 12:02

冷徹な闇の女神様の孤独を癒したら、甘々束縛生活が始まったんですけど!? 鐘楼 @syourou

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