今東大一年生の諸君、科類にもよるが、駒場をほぼ知らぬまま本郷に行くことが決まったらしいね。全科類の寄せ集めである駒場は、様々な世界観のぶつかり合う坩堝でありカオスだ。それをあまり経験せず専門に進んでいく君達のことが少し心配だ。他の大学もそう。一般教養を舐めてはいけない。
富田一彦
富田一彦
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富田一彦
@TOMITA_yozemi
ローカルルール:英語の質問は禁止。個別連絡はtomitaあっと・・ドメインは、まあ分かるじゃろ。
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いや実に素晴らしい。数学を受験科目に入れない大学からは大学という名前を剥奪するくらいでちょうどいい(^◇^;)
授業内容が「覚えられない」のは記憶力が悪いからではなく、集中力が足りないからだ。今の時代、何でも記録に残せて後から確認できるが、今この瞬間を集中しない限り、どんなありがたい情報も身にはつかない。一期一会とは、そういう態度をこそ指す。
浪人生よ、のんびりしてる場合ではないよ。経験上、浪人生は自己認識の甘いのが多いので忠告するけど、浪人したということは翌年の受験競争でスタートラインがより後ろにある、つまり現役より不利なのよ。これは差別の話ではなく能力ね。能力がないから浪人したの。だから一刻も早く走らないと。
思うのが10,000人いると、動くのは1,000人、果たすのは100人、遂げるのは10人、極めるのは1人。これが世の中の偽らざる現実だ。才能とは続けることだ。言い訳はそこらじゅうに転がっている。拾うがいい。誰も君を責めはしない。ただ憐みに満ちた目で見つめるだけだ。さあ、どうする?
あけましておめでとう
。結構な雨の中わざわざ神社まで出かけて、大枚5円を支払って全員の合格を祈願した。これで全員合格間違いなし。新春講演会に来るとなお良し(^◇^;)
記述問題を受ける受験生に一言。守りに入るな。特に国公立は受験生の能力は一時で平準化しているので、多分全員同じ答えを書く。そこで少しでも将来に見所のある答案をピックアップする採点になるはず。つまり良い意味で目立つ答案が求められている。多数の闇に隠れると気づいてさえもらえない。
基本問題は恐ろしい。基本問題は誰でもできる。正しく論理に基づいても、単なる勘に頼っても、同じく正解に達するからだ。結果の正解を以て「分かった」と思い込むのが一番怖い。平易な問題でストレスなくその論理的過程を習得するのが基本問題の目的なのに、正解が出ると安心するという罠(^◇^;)。
英語を我が物にしたい全ての人に告ぐ。基本動詞を必ず掌中に収めるべし。2026年度の大学受験生然り。英語を射んと欲すればまず基本動詞を射よ(^◇^;)。
地震の被害に遭われた方にお見舞い申し上げる。共通テストのことをすでに心配している人もいると思うが、こういう時は必ず善処されるから心配するな。まずは自分と家族の身の安全。暖と食の確保。落ち着いたら隙間時間に基本動詞の復習。テキストある人はチェックリスト。浮足立たず、堅実に。
普段言わないんだけど一言。同僚の仲本先生が最近ITCに挑戦している。手抜きとか失礼なことを言わないように。あれは準備にものすごく時間と手間がかかる。その分授業内では板書時間が節約になるから進度は上がる。凄く生徒思いだ。手抜きは私。授業時間以外は1分たりとも働かない。予習?やなこった。
初対面の時、教え子であると照れくさそうに教えてくれたのを覚えている。器用な生き方のできない真っ直ぐな漢だった。まさか先に逝くとは。少年老い易く学成り難し。お互い肝に銘じよう。合掌。
Quote
諸岡浩太郎
@memento_moreau
ご関係者の皆様
お世話になっております。諸岡の妻です。夫 諸岡浩太郎は、以前より病気療養中でございましたが、去る2月18日 51歳にて永眠いたしました。誠に勝手ながら、故人の遺志に従い、葬儀は、すでに家族のみで執り行いました。生前に賜りましたご交誼に対し、厚く御礼申し上げます。諸岡妻
Amazonのおかげで、著者もレビューを見られるようになった。面映いほどの褒め言葉も有り難いが、批判的な言葉も同じく有り難い。内容が参考になることだけではない。批判されるということは、少なくとも無視されてはいないということだからだ。失礼ながら、ちょっとだけしてやったりという気分になる。
ふおっふおっふおっ。
待たせたのぅ(^◇^;)
出版社ってすごい、という話。「思考する英文法」で私がもらったのは見本だが、販売されるものは強度の高い製本(専門用語あるらしいけど忘れた^^;)を採用したと。曰く「辞書的に何回も開閉を繰り返すことを想定して壊れにくい装丁にした」んだと。人生勉強だなぁ(^◇^;)
本番近くなると「1週間で逆転する秘策」とかが出回るが、本当にそんなものがあるならなぜ長い期間鍛錬する必要があるのか、考えてみよ。迂闊(読める?)に慣れないことに手を出しても上手く行く確率は低い。今までの自分の努力を信じてこのまま進む方が結果に納得がいくのではないかな(^◇^;)?
現役生に言っておく。今年は君達は極端に不利かも。通常現役は前半は浪人より成績が悪く、最後の模試が終わってから伸びる。でも迂闊に行くと今年は準備期間が短くなるので、最後の差し足が使えない。だから一刻も早く走らないと。
予備校がどこも開講日を遅らせると発表した。学習塾にまで、縛りができるらしい。それならばこそ、強く要求したい。新学年を9月開始にせよ。危機を機会に変えることが、政治家の仕事ではないのか。保身を考えるより、あるべき未来を志向せよ。それでこその政治家だ。日本にメルケルはいないのか?
本番を前に自信が持てない人に告ぐ。自信とはやせ我慢の同義語だ。確証のある人間などこの世にはいない。自信を持てるか、持てないかという問題設定は、それ自体が誤りだ。持てなくても、持つのだ。そして目を上げて、胸を張り、自信がある、と宣言せよ。するとそこにはほら、自信に溢れた君がいる。
教育者達、為政者達よ、子供達、特に受験生に落ち着いて勉強させる機会を与えることを考えてくれ。9月新学期にすればずっと余裕が出る。早く経済を戻したい気持ちも分かるが、教育は百年の計だよ。子どもは国の宝、最高の資源でしょ。ま、まさか前期の学費が惜しいなんてことはないよね(^◇^;)?
センター受験生に告ぐ。昨日のことやムーミンがどうあれ、今日も君の今が試される。試験は常に「今」を問う。過去の実績も未来の約束も今の前では紙屑同然。それを嫌う者達が試験を否定する。でも君は今「今」と向かい合うのだ。生きるとはそういうことだ。未来を憂えず、過去に拘泥せず、今を生きよ。
教育現場の混乱が酷い。4月にWeb授業で教えたことの試験を来年2月にやると言い出す大学やら、定期試験がなくても推薦用の内申点を出すと告知する高校とか、魂の入っていないこと夥しい。これまで後手に回り続けている某政権の方々に衷心からお願いする。新年度9月開始を全国でやると今すぐ決めてくれ。
文法をやらないで英語ができるようになるわけはない。だが、文法偏重を批判する頓珍漢(批判する人は英語ができないのだから批判する資格は本来ない)に押されて文法をカリキュラムから排除した結果、ろくでもないことになっている。情けないの一言に尽きる(−_−;)
お陰様で再版となった。感謝。初版を手に入れたい人はお急ぎを。といっても、参考書の初版に特に価値はないか(^◇^;)。でもいつのまにか手元にないのよ、百の原則の初版(^◇^;)
遠い、時間がない、余裕がない。哀しいことに、人は言い訳を思いつくのが得意だ。始める決意は簡単にできるが、続ける意思は決して容易に保てるものではない。だからこそ、言い訳を乗り越えて続ける者だけが「才能がある」のだ。続けることが大切だよ、お互いに^^;、ねえ諸君。
勘違いなのかわざとなのか、関係者全員が知らん顔していることがある。大学はほとんどの学生にとって学問の場でなく社交場だという事実だ。授業は形式ではなく質だ、というのは全くの正論だが、この記事の中には「生活の場」としての大学の役割は黙殺されている。
突然だが、復習とは次の予習のことである。ある素材で扱った知識、思考回路、目の付け所と同じものを、全く別の素材で実現できた時、復習ができたと言う。前と同じ素材なら、できて当たり前。未知の素材を手持ちの道具を工夫して使うことで制圧できてはじめて「復習ができた」と言っていい。
出版社繋がりでもう一つ。校閲さんの仕事が凄い。長年書き溜めたものだから、お陰様で矛盾はなかったもののダブりや表記揺れがかなりあった。校閲さんがそれをほぼ解消してくれた。本を出すのは様々な鋭敏さを持った多くの人の関わる作業。DTPなんて安易に言うものじゃない。本屋を潰すな^^;。
明日から予備校の新学期が始まる。私の授業に来る予定の人に言っておく。色々驚くかも知れないが、特に脅かすつもりはない。ただ本当のことを話すだけだ。とは言え、人にはそれぞれ個性もあり、相性もあるから、無理せず他を当たることも検討してほしい。主役は貴方であり、全ては貴方の選択だ。