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女性は何故暴力を娯楽とするのか?

と書くと「いや暴力を娯楽とするのに性差はないだろ」と反論したくなる方もいるだろう。それ自体には私も異論はない。女性も男性も暴力的なフィクションを好み、また暴力的ポルノでマスターベーションしている。男性も女性も共に暴力を娯楽として消費する側面があるのは事実だ。しかし問題はその規模差と自覚の有無だ。

客観的データは女性の方が男性より暴力的ポルノを愛好する傾向を裏付けている。例えばPornHubの検索と視聴データへの完全なアクセス権を与えられた元Googleデータサイエンティストのセス・スティーブンス=ダビドウィッツ博士の研究では、女性は虐待されたり、性行為を強要されたり、レイプされている様子が描かれた動画を検索する傾向が、男性の2倍以上であることを発見した。女性は「苦痛に満ちたアナルでの泣き声」「公然わいせつ」「残酷極まりない輪姦」「強制」「レイプ」といったタグの付いた動画を好んでいた。

https://www.amazon.co.jp/-/en/Seth-Stephens-Davidowitz/dp/0062390856

また暴力性の自覚の有無にも性差がある。

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この画像の元ネタは情報セキュリティメーカーのデジタルアーツ株式会社の調査によるものだ。その調査で女子中学生の約60%が「他人を自殺に追い込むと捕まる」ことを認知していないことが発覚した。1方で男子中学生の非認知率は35%だった。また「他人の悪口や侮辱をすると捕まる」に関しても女子高校生の非認知率45%に対し、男子高校生の非認知率24%と性差が発覚した。

https://web.archive.org/web/20190111071144/https://www.daj.jp/company/release/common/data/2015/070601_reference.pdf

確かに男女共に1定数、暴力の自覚やリスクや違法性について自覚のない人間はいる。しかしながら、その数の差や傾向を無視するのはフェアでない。例えばXでは「男性に酷い事言われた/イライラしてたので殴ってやったw」みたいなポストが武勇伝としてバズる。勿論男性にも「女性に酷い事言われた/イライラしたので殴ってやったw」イキリをする方自体はいるだろう。しかし、そうした男性のイキリが批難ではなく肯定的・好意的、或いはジョークとしてバズッた例が1度でもあるだろうか?

こうした傾向の差については、そもそも男女で暴力を楽しむ際の性質が違う事が明かされている。結論から言えば、男性の暴力は「自己充足」の文脈なのに対し、女性の暴力は「優越」の文脈である。つまり女性は暴力的である・ない以前に、その暴力の発露形態や快楽が男性のそれとは異なるのだ。

攻撃スタイルの性差

まず女性の攻撃スタイルは男性とは異なる。女性の攻撃性に発露は主に「絶対に殴り返してこない相手への攻撃」と「代理者に暴力を行使させる」の2種類に別けられる。この女性の攻撃性を紐解くのが「ステイ・アライブ」仮説だ。

哺乳類において、雌(女性)は妊娠・授乳という多大な生理的コストを払い、子の生存に不可欠な役割を果たす。母親の死亡は、父親の死亡に比べて子の生存率に壊滅的な影響を与えるため、進化の過程において女性は「自己の身体的損傷を回避する」ことに強い選択圧がかかったと考えられる。その結果、女性は男性に比べてて危険に対する恐怖の閾値が低く設定されている

実際に脳科学において恐怖や不快を司る扁桃体に女性の脳の方が男性の脳より強い影響を受ける事が判明している。例えば男女に不快な画像を見せ、その時の脳の反応をfMRIでモニタリングした研究では、不快な刺激に対して女性の方が扁桃体活性を長く持続させ、尚且つ男性と違って複数回同じ刺激に曝しても反応が弱まらなかった事が確認された。

しかし、これは女性が競争や攻撃を行わないことを意味しない。資源や配偶者を巡る競争は雌にとっても死活問題である。そこで発達したのが、身体的リスクを最小限に抑えつつ、競争相手(ライバル女性や好ましくない男性)にダメージを与える「間接的攻撃」である。

https://primate.uchicago.edu/1999BBS.pdf

間接的攻撃とは、ゴシップの流布、評判の毀損、社会的排斥、そして第三者を利用した処罰などを指す。これらは加害者が特定されにくく、報復を受けるリスクが低い「ローリスク・ハイリターン」な戦略だ。

弱い者イジメ

こうした女性の攻撃性は当然に男性にも向けられる。19世紀末から20世紀半ばにかけてのアメリカ南部における弱者…黒人男性リンチ(私刑)は、女性が主導、あるいは熱狂的に参加した「暴力の娯楽化」の最もおぞましい事例の1つだ。歴史的な記録は、白人女性が単に「守られるべき対象」であっただけでなく、リンチという残虐な儀式を扇動し、消費する主体であったことを示している。

南部のリンチを正当化する最大のイデオロギーは、「白人女性の純潔を守る」ことであった 。黒人男性は常に「白人女性を狙う野獣」として表象され、白人女性が指をさすだけで、その男性は死刑宣告を受けたに等しい状態となった。

ここで注目すべきは、白人女性が持つ「告発の力」だ。アイダ・B・ウェルズ(Ida B. Wells)らの調査が明らかにしたように、多くのリンチ事件の発端となった「レイプ」の告発は虚偽であったり、合意の上の関係を隠蔽するためのものであったりした 。エメット・ティル(Emmett Till)事件におけるキャロリン・ブライアント(Carolyn Bryant)の証言がその典型である。彼女はティルから口笛を吹かれた、あるいは身体を掴まれたと証言し(後に1部虚偽であったことを認めている)、その結果、ティルは拉致され、目玉が飛び出るほど殴打されて殺害された。

この構造において、白人女性は自らの手を下すことなく、夫や地域の男性、あるいは暴徒という強力な「代理人」を使って、気に入らない相手や恐怖を感じた相手を抹殺することができた。これは進化心理学的な「代理暴力」の極致であり、女性は「被害者」という絶対的な道徳的優位性を保ちながら、他者の生命を奪う権力を行使したのである。

https://www.americanstudies.uwo.ca/documents/mrps/MRP%20LDevouge.pdf

このリンチが女性の純粋な恐怖心や思い込み或いは誤解ではない事を示す直接的な証拠が、リンチは観衆を集める「見世物」として開催されたことだ。リンチは新聞で事前に告知され、特別列車が運行されることもあった。そしてその主な観客は着飾った女性達であった。

1934年のクロード・ニールのリンチでは、女性や子供たちが遺体の損壊に積極的に参加し、興奮した様子でそれを見守ったと記録されている 。また多くのリンチ現場では、拷問され焼かれた遺体の前で記念撮影が行われ、それが絵葉書として販売された。これらの写真に写る白人女性たちの表情は、恐怖や嫌悪ではなく、しばしば「満足げな笑み」や「祭りのような高揚感」を浮かべている。中でも黒人男性の去勢ショーは女性の熱狂的な支持を集め、去勢された性器を熱心に集める女性は珍しくなかった。

また歴史的にもコレは普遍的に見られる現象であり、例えばフランスでギロチン処刑を最も好んだのは「編み物女性」であった。

何故女性達は、これほど凄惨な暴力を「娯楽」として享受できたのか?社会学者エイミー・ルイーズ・ウッドは、リンチが見る者に「白人コミュニティの結束」と「人種的ヒエラルキーの再確認」という心理的報酬を与えたと指摘している 。白人女性にとって、黒人男性が拷問され殺される様を見ることは、自分たちが社会の中心にあり、守られるべき高貴な存在であるという自己愛的な満足感を満たす儀式であった。黒人男性の苦痛は、彼女たちの社会的地位と権力を可視化するスクリーンとして消費されたのである。また彼女の説明は「黒人が白人女性を敬い道を空けるようになるほどリンチが激化した」という1見矛盾する現象を直接的に説明出来るものだ(つまり黒人男性の白人女性に対する敬意や畏怖こそが白人女性のナルシシズムや虚栄心を刺激し、また殴り返してこない事を確信させ、虚偽の告発やリンチの積極的扇動に結び付いた)。

1949年のフロリダ州グローブランドで起きた事件では、17歳のノーマ・パジェット(Norma Padgett)による虚偽のレイプ告発が、4人の黒人男性の人生を破壊し、地域全体を巻き込む暴動を引き起こした 。また、1987年のタワナ・ブロウリー(Tawana Brawley)事件では、自作自演のレイプ被害を訴え、白人男性(検察官や警察官)を陥れようとした。  

これらの事例は、女性が「被害者としての物語」を構築することで、法制度や公権力、そして世論という巨大な暴力を動員できることを示している。このプロセスにおいて、対象となる男性が実際に罪を犯しているかどうかは、告発する女性にとって2次的な問題となることがある。重要なのは、自身の訴えによって世界が動き、対象が破滅するという「効力感」と、それによって得られる周囲からの同情や注目である。これは、現代のインターネット上での集団リンチやキャンセルカルチャーにおいても見られる、承認欲求と攻撃性が融合した心理メカニズムと通底している。

羞恥心の武器化と心理的拷問

第1次世界大戦中のイギリスで展開された「白い羽根運動」は、女性による男性への集団的ないじめ、あるいは心理的暴力が愛国心という大義名分を得て公然と行われた事例である。

1914年、チャールズ・ペンローズ・フィッツジェラルド提督の呼びかけに応じ、数多くの女性達が軍服を着ていない私服の男性を見つけては「白い羽根(臆病者の象徴)」を手渡す活動を開始した 。この運動は瞬く間に広がり、街頭、路面電車、職場など、あらゆる公共空間で展開された。  

女性達は知らぬ男性に近づき、衆人環視の中で白い羽根を突きつけ、「お国のために戦わないのはなぁぜなぁぜ?」「臆病者」と罵った。この行為は、男性としての尊厳を公衆の面前で剥奪する強烈な羞恥プレイであり、心理的なリンチであった。

この運動の「娯楽的」あるいは「無責任」な側面は、女性たちが相手の事情を全く考慮せずに攻撃を行った点に現れている。休暇中の兵士、重要な軍需産業に従事する技術者、さらには負傷して除隊した元兵士までもが標的となった 。ある事例では名誉の負傷で手を失った退役軍人に羽根を渡そうとした女性が、彼が空の袖を見せると恥じ入って逃げ去ったという記録まである。これらの事実は女性が「男性と貶める機会」を如何に心待ちにしていたかの証拠だ。 彼女達の活動は目的と手段が完全に逆転していた。

更には彼女達はまだ徴兵年齢に達していない少年達をもターゲットにしたことが記録には残されている。

白い羽根を受け取ったことによる屈辱は、多くの男性を精神的に追い詰めた。病気や障害で入隊できなかった男性が、羽根を受け取ったショックで自殺した事例も報告されている 。女性たちの「羽根を渡す」という1見軽微な行為は、男性にとっては社会的死、あるいは物理的な死(戦場への強制的な参加による死)を意味した。ここにも、直接的な身体的暴力を行使せずに相手を死に至らしめる、女性特有の攻撃戦略が見て取れる。

メシウマの性差

何故これほどの残虐性を女性は「楽しい」と感じられるのか。現代の脳科学は、その背景にある神経生物学的・性格的メカニズムを解明しつつある。その1つがシャーデンフロイデのジェンダー差だ。

シャーデンフロイデ(Schadenfreude)とは、他者の不幸に対して生じる喜びの感情である。この感情は妬みや競争心と強くリンクしている 。1般にシャーデンフロイデは同性のライバルに対して強く生じるとされるが、近年の研究では、女性が「異性(男性)」の不幸に対しても特定の条件下で強い喜びを感じることが示されている 。特に、社会的地位の高い男性や、自分を不当に扱ったと感じる男性が失脚する際、女性はそれを「公正な処罰」と認識し、脳の報酬系(線条体)が活性化する。

というと「要は他人の不幸で飯が美味い!だろ?男女関係なくそれはあるだろ」とツッコミたくなる方もいるだろう。それ自体は正論であり、男性にも多かれ少なかれその傾向があること自体は示唆されている。だが問題は「多かれ少なれ」の差だ。研究では男性は女性に比してメシウマを感じ難く、特に異性に対するソレに対しては線条体が活性化しないことが示唆されている。

https://www.researchgate.net/publication/277920563_Schadenfreude_as_a_mate-value-tracking_mechanism_Replication_and_extension_of_Colyn_and_Gordon_2013

伝統的にサディズムは男性的な特性とされてきたが、最近の研究では女性にも独自のサディズムが存在することが明らかになっている。女性のサイコパシーやサディズム傾向が高い場合、彼女たちは身体的な暴力よりも、言語的攻撃や間接的攻撃を選好する傾向がある。サディズムの高い女性は、相手を即座に傷つけることができる言葉のナイフや、社会的地位を失墜させる噂話(虚偽告発)を好み、相手が困惑し、苦しむ様子をリアルタイムで観察することに快感を覚えることが明らかになった。

https://psycnet.apa.org/doiLanding?doi=10.1037%2Febs0000395

また同研究では環境が許せば女性のサディズムも容易に身体的暴力へとエスカレートしうることも示唆された。

リンチや処刑の女性愛好と現代においても残酷ポルノの主要消費者が女性であることは上記したが、変わったところだとトゥルー・クライム(実録犯罪)ジャンルの主要な消費者であることも明らかになっている。例えば毎年恒例の講演者や犯罪専門家が集まるイベント「CrimeCon」 には5,000人以上が参加するが、カンファレンスで発表されたデータによると 、その約75%が女性だ。

これに関してある種の活動家やジェンダー研究者は「女性は常日頃残虐な目にあい犯罪に怯えているから、それから身を守る為にそういったジャンルを愛好してるんだ」という電波を唱えているが、私のnoteの読者なら犯罪被害者の男女比という点で論外なのが分かるだろう。念のために言っておくと、令和6年版犯罪白書によれば日本における犯罪被害者の65%は男性である。

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代理暴力と嘘松

女性は残虐性を露わにする時に往々にして「怖い」と口にする。上記の「女性は常日頃残虐な目にあい犯罪に怯えているから、それから身を守る為にそういったジャンルを愛好してるんだ」然り、黒人男性に対する「睨みつけてきて怖い」然り、私人逮捕に対する「常日頃女性は脅かされてる」然り…。しかし極論から言えば、女性のこうした「怖い」は加害の犬笛である。歴史的に女性は誰かを攻撃する際には代理暴力…自らの肉体を使わずに、他者(特に男性や権力機構)を操作して攻撃を実行させる…を用いてきた。

代理暴力の成功には、自身の正当性と脆弱性をアピールすることが不可欠である。アメリカ南部のリンチにおける「レイプされかけた白人女性」という立場は、白人男性騎士道を刺激し、彼らを殺人マシーンへと変貌させるためのトリガーであった。そして女性は代理暴力が許される環境では、それを躊躇なく持ち込み「娯楽」とすることが明らかになっている。

この女性による代理暴力が最も振るわれた時代の1つがナチスだ。強制収容所における女性看守の(男性以上の)残虐性は以前noteに記したが、強制収容所の外でもドイツ女性は体制の維持に積極的に加担した。エリック・A・ジョンソンによるケルン地方の研究によれば、ゲシュタポに寄せられた密告の25%は女性によるものだった。

「男性の方が多いやんけ」と突っ込んだ方は多いと思うが、問題はその内容だ。というのは男性の密告は「職域・公共の場」に集中していたのに対し、女性の場合は家庭や近隣などの「半プライベートな空間」に集中していたのだ。研究では女性は些細な口論や近隣トラブルの延長で密告したり、夫婦仲が悪化した際に妻が夫を排除するために「夫が反ナチス的な発言をした」とゲシュタポに密告するケースが殆どだったことが明らかになっている。更に女性自身が直接警察に行くだけでなく、自分の夫や兄弟、愛人を煽って、彼らに(男性の名義で)密告を行わせるという「間接的な関与」も多く存在したと暗数の存在も指摘されている。

更に露骨なのは虚偽告発の割合だ。というのも1933年から1945年の間にケルン地方裁判所に持ち込まれた706件の「虚偽通報」事件のうち、約3分の1が女性によるものだった。更に注目すべきは偽証で訴えられる女性の割合は年々上昇し、連合軍がケルンを占領する直前(1944年)には、訴えられた人の約半分(46%)が女性になっていることだ。これは、戦争が進むにつれて男性が戦場へ送られ、銃後に残った女性たちが日常生活の中でのトラブルを解決するために、密告という「武器」をより頻繁に使うようになった実態を示唆している。単純計算になるが、告発者全体の25%を占める女性が、虚偽告発者の3~5割を占めているとして女性の告発が嘘松である確率は男性の約1.29~3倍に達する。

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こうした傾向を指してエリック・A・ジョンソンは「男性の密告は政治的な大義によるものが多かったが、女性の場合は日常生活の空間における人間関係の衝突の武器によるものが多かった」と結論付けている。要は女性の暴力行使は男性と違い大義を必要としないということだ(或いは個人的感情を大義としている)。

https://www.ssoar.info/ssoar/bitstream/handle/document/3255/ssoar-hsr-1995-no_1__no_73-johnson-german_women_and_nazi_justice.pdf

まとめ

「なぜ女性は男性を痛めつけることを娯楽にするのか?」という問いに対する答えは、女性が決して「平和な性」ではないという現実の直視から始まる。歴史的事例(リンチ、ナチス、白い羽根)と脳科学的知見を総合すると、以下の結論が導き出される。

1.適応としての攻撃性: 女性の攻撃性は、生存と繁殖のために進化した適応戦略である。ただし、身体的リスクを避けるため、それは「間接的」「心理的」「代理的」な形態をとりやすい。

2.スペクタクルの機能: 男性の苦痛を「娯楽」として消費することは、シャーデンフロイデ(報酬系)を通じたライバルの排除確認、あるいは集団内での自身のステータス(守られるべき価値ある存在)の再確認として機能する。

3.代理暴力の脅威: 女性は「か弱い被害者」という社会的スクリプトを巧みに利用し、男性や国家権力を「武器」として使うことで、自身の手を汚さずに破滅的な暴力を振るうことができる。

4.環境依存性: ナチス・ドイツやジム・クロウ法下のアメリカ南部や現代日本のような、特定の暴力を容認・推奨する環境下では、女性のタガが外れ、密告、リンチ、子殺しが多発する

歴史的な文脈を現代にスライドさせた時、我々は「女性の代理暴力」にとって、これ以上ないほど最適な環境が整備されていることに気づく。それがSNS、特にX(旧Twitter)のようなテキストベースの公共空間だ。

かつての「白い羽根」や「ゲシュタポへの密告」は、物理的な移動や対面というコストを要した。しかし現代ではスマートフォン1つで対象を社会的に抹殺できる。ここで重要なのは、SNSが「身体的リスクゼロ」で「無限の代理人(フォロワーや野次馬)」を動員できる装置であるという点だ。

女性が被害を訴え(あるいは捏造し)、涙のアイコンと共に「怖かった」「震えが止まらない」と投稿する。すると瞬く間に無数の「騎士」たちが現れ、対象の男性を特定し、職場に電話をかけ、人格を否定する罵倒を浴びせる。このプロセスにおいて発端となった女性は指1本触れることなく、安全圏から対象が炎上し、職を失い、社会的に葬り去られる様を高みの見物ができる。これこそが現代版の「リンチの観戦」であり、ドーパミンが脳内を駆け巡る瞬間だ。

デジタルアーツ社の調査にあった「女子中高生の法的認知の低さ」は、この環境と悪魔的な親和性を見せる。彼女たちにとって画面の向こうの相手を破滅させることはゲームの延長であり、自分が「暴力の行使者」であるという自覚は希薄だ。何故なら直接殴ったのは自分ではなく「拡散した皆」だからだ。責任の分散と匿名性は、女性特有の攻撃スタイルである「間接的攻撃」の威力を極限まで高めている。

「弱者」という名の権力

結局のところ、女性が暴力を娯楽とできる背景には、社会全体に根付く「女性=守られるべき弱者」というドグマがある。 このドグマがある限り、女性の攻撃は常に「反撃」や「自衛」としてフレームワークされ、正当化される。男性が暴力を振るえば「野蛮」「犯罪」として即座に制裁されるが、女性の暴力(特に精神的・社会的暴力)は「そこまで追い詰められていた」「彼女にも事情がある」と情状酌量され、不可視化される。

この非対称性こそが、女性の暴力を助長するインセンティブ構造そのものだ。ペナルティのないゲームで反則を犯さないプレイヤーがいないように、リスクのない暴力を行使しない人間はいない。女性は「弱者」という最強の鎧を纏っているからこそ、最も残酷になれるのである。

しかしここまで読んで、こう思った方もいるだろう。何故女性は残虐なコンテンツを好み、ある種の弱者を馬鹿にし、暴力イキりをやり、虚偽告発を多用するにも関わらわす、自認は「無害で無力な被害者」なのだろうか?と。そして最大の問題はコレは嘘や取り繕いではなく、少なくとも主観的には彼女達は本気でそう信じているということだ。彼女達は男性より低い自殺率、低い労災・労災死率、長い寿命、多い人口比、高卒後進学率、各種公的支援措置、支援法、助成金、シェルター、相談窓口、女子枠、車両、トイレ…etcを有しているにも関わらず、自分達を「可哀想」と思えるのか。そして女性のこの認知は変わる事はあるのか?と

結論から言えば、女性の認知が変わる事はないだろう。何故ならそれは文化的な要因ではなく、生物学的な要因に由来しているからだ。端的に言えば女性とは男性目線では、そもそも公正や公平、或いは思い遣りという概念を理解出来るか?以前の問題として

公正を感情より上におけない

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やまねこ

フェミニスト系からしばしば発せられる「レイプは性欲発散でなく女性に対する優越を確認するために行われる」という分析があんまりピンと来なかったんですが、もしかして女性の自己紹介だっ…

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隠棲された「特垢さん」の思想につながる話 https://note.com/anonymous28/n/n2b8ab160a9c2

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gametan

東京都の電撃拷問女王様も同じ発想なんですかねぇ⋯。

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Lemon

女性のいう共感ってそんな素晴らしいものか?という疑問はネットでは言われるようになりましたが、今回の記事はそれを最も深く突き詰めたもので、迫力がありました。

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女性は何故暴力を娯楽とするのか?|rei
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