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Conversation

「人事を数学する」の続き②です。 最後にインセンティブが経営に悪影響を及ぼすケースを解説します。 ●インセンティブが悪影響であるケース(固定給が望ましいケース) 多くの職で客観的な業績指標があるにも関わらず固定給が支払われています。マルチタスキング・エージェンシーモデルはこの現象を説明するのに有効です。 例えば先の販売社員の例で、今度は販売活動とマーケティング活動のみを考え、努力費用は販売活動とマーケティング活動の努力コストの和、 ts+tm によって決まるとします。 Holmstrom and Milgrom(1991)に倣い、添付資料の費用関数を想定します。 この費用関数の下では、 ts+tm が2tに達するまでは、努力コストはゼロであり、何らインセンティブ契約がなくとも、従業員は上司の指示に従い合計2t までの努力配分を行うものとします。 企業利益は Π=−Bts tc−w と仮定します。つまり、マーケティング努力を全くしなければ、顧客のニーズに合った商品・サービスは提供できず、販売活動のレベルに関係なく、間もなく売上げはゼロになるという、「マーケティング活動が極めて重要な状況」を想定します。 この時、マーケティング活動の業績指標が存在せず、販売業績指標のみが存在するとします。マーケティング活動が不可欠であるこうした状況で販売業績に基づくインセンティブを導入すべきでしょうか? 答えはノーです。 販売業績指標を ps=ts+εs とし、報酬を w=α+βps と表します。この報酬制度の下では、従業員は「限界効用=限界費用」となる努力を選択し、 ts=2t ̅+β/C , tm=0 となります。いかにβを小さく取っても、それが正である限り、マーケティング活動より販売活動に時間を使うことが得で、誰も前者に時間を割かなくなります。 したがって、期待企業利益は、 EΠ=−α−β・2t ̅ <0 つまり負となり、この企業は赤字に転落するということです。 仮に固定給を支払う場合(つまり β=0 とし、固定給 w=α を支払う場合です)は、 ts+tm≤2t ̅ である限り努力コストはゼロなので、従業員は会社の指示にしたがって努力の分配を図ります。上司が、 ts=tn=t ̅ を指示すれば、企業利益は、 Π=Bt ̅^2−α となり、 Bt ^2>α である限り企業利益は正となり黒字となります。 この事例は、インセンティブ契約を導入することで、従業員の努力配分が企業の望む方向とは逆に捻じ曲げられ、結果的に企業業績が悪化するメカニズムを端的に示しています。
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